道徳的によくないことだと答えることは難しくありませんが、事実として未だ差別や偏見は社会に根強く残っています。そのような偏見などと深いかかわりを持っているとされる概念としてスティグマが挙げられます。
それでは心理学や福祉の領域におけるスティグマとはいったいどのような意味を持っているのでしょうか。心理学研究でのスティグマの位置付けについて例も挙げながら詳しく解説していきます。
目次
スティグマとは
スティグマとはある属性を持つ人に対するネガティブで誤った態度を示す言葉のことです。
心理学や福祉の分野におけるスティグマの意味
スティグマは元々「烙印」という意味を持っています。
古代では、奴隷や犯罪者などの社会的身分を一目見てわかるようにするために体に焼き印を押すことが通例となっていました。このような烙印を押される人は社会的身分が低い人であり、注意の人は烙印(スティグマ)を刻まれた人を劣等視していました。
このような流れから、福祉の分野において、同性愛や生活困窮者、精神疾患患者など特定の属性を持つ人に対するネガティブな態度をスティグマと呼ぶようになったのです。
スティグマの種類
スティグマには次の3種類があるとされます。
- 肉体的醜悪さ:身体に奇形があるなど
- 性格上の様々な欠点:精神異常・依存症・同性愛など
- 人種・民族・宗教
しかし、スティグマの定義については時代や文化、対象となる集団などから捉え方が微妙に異なるとされており、固定的な定義は存在しないと言われています。
スティグマと差別・偏見
スティグマとよく似ている概念として差別や偏見が挙げられます。
榊原・松田(2003)では、精神障害者に対するスティグマ・偏見・差別を次のように定義づけています。
【スティグマ】
地域社会から精神障害者を排斥する態度。烙印。
【偏見】
物事に対して、合理的な根拠がないのにも関わらず示される、意見、判断、及び、それに伴う感情や態度のこと。
【差別】
個人または集団の持っている種々のハンディーキャップを理由に、人間の基本的人権、価値を認めずに、それらを下級な存在として分け隔てすること。その程度に差をつけて扱いを分けること。
榊原文・松田宣子(2003)『精神障害者への偏見・差別及び啓発活動に関する先行文献からの考察』神戸大学医学部保健学科紀要 19, 59-74
この定義を見る限りそれぞれは概念的に重なっている部分も多いことが分かります。
そのため、これらを厳密に分けず用いることも多いですが、スティグマは烙印という語源にもあるように否定的に見なされてしまうしるしとしての意味合いが強いと言えるでしょう。
そして、そこから生じる否定的な態度という側面が強調されたのが偏見、直接的な行動としての側面が強調されたのが差別というように考えることが出来るでしょう。
心理学研究でのスティグマの位置付け
心理学研究でのスティグマはパブリック・スティグマとセルフ・スティグマという2つを取り上げ、研究しているものが多くみられます。
パブリック・スティグマと例
パブリック・スティグマとは、健常者など一般的な人々が精神疾患患者に対して持つ差別や偏見のことです。
例えば「精神疾患を持っている人はだらしがない」などの考えやその考えから生み出される精神新刊患者への拒否的な態度・言動などが挙げられます。
このようなパブリック・スティグマは精神疾患を患った人への社会復帰への妨げとなることが指摘されており、実際に人から避けられたり、平等な雇用の機会が得られないなど社会生活で不利益を被る可能性すらあります。
セルフ・スティグマと例
セルフ・スティグマとは、偏見を内在化させることで起こる危険性のことを指します。
例えば、「精神疾患だと診断を受けると周囲の人から変な目で見られるようになってしまうのではないか」や「他の精神疾患患者と一緒にされたくない」といったことが挙げられます。
このセルフ・スティグマも適切な早期受信や服薬などを妨げることが予想され、精神疾患に対する社会的イメージ(パブリック・スティグマ)による影響を強く受けるものと予想されます。
セルフ・スティグマと関連する心理的要因
セルフ・スティグマは問題であると指摘されることも多いですが、実際にどのような要因とかかわりを持っているのでしょうか。
セルフ・スティグマを増強・低減させる要因の例
セルフ・スティグマは他の心理的要因とどのような関係を持つのでしょうか。
嶋本・廣島(2014)は精神障害者社会復帰施設に通う利用者に対し、インタビュー調査を行い、次のようなセルフ・スティグマを増強もしくは低減させる要因を見出しています。
【セルフ・スティグマを増強させる要因】
家族や医療従事者、同じ疾患を持つ身近な人などの精神障害に対する理解のなさや差別、偏見など
【セルフ・スティグマを低減させる要因】
自己効力感を高める成功体験や周囲の人に対する感謝の気持ちを抱くことのできる理解ある環境
セルフ・スティグマが影響を与える心理的要因
セルフ・スティグマは社会適応に悪影響を及ぼすことが考えられますが、実際にはどのようなメカニズムなのでしょうか。
山田(2015)では、精神科に入院中の統合失調症患者に対しセルフスティグマと自尊感情及び抑うつの数値を測定し、それぞれの関連を検討しています。
その結果、セルフスティグマと抑うつとの間には正の相関が、自尊感情との間には負の相関が確認されました。
また、それぞれの変数の関連をより明確にするためにパス解析を行ったところ、セルフ・スティグマは自尊感情に対し直接影響を与えるのではなく、抑うつを介して間接的に自尊感情へ悪影響を与えるということが示されています。
スティグマについて学べる本
スティグマについて詳しく学ぶことのできる本をまとめました。
スティグマの社会学―烙印を押されたアイデンティティ
スティグマと一言でまとめても、その中にも様々な種類があり、それは個人間のやり取りだけでなく、社会的なアイデンティティとも深いかかわりを持っています。スティグマを関係論的枠組によって分析し、社会学としての検討を試みた本書では、スティグマに関する全体的な理解ができるでしょう。
「依存症」偏見とスティグマ―私たち、黙っているのはやめました([季刊ビィ]Be!増刊号№28) (季刊ビィ増刊号 No. 28)
スティグマは精神疾患ではありませんが、予後やのちの社会適応に大きな影響を与えることが知られており、実際にスティグマという烙印をつけられた人がどのような思いを抱えているのか当事者の声を知ることはスティグマへの理解を助けるでしょう。
自身の障害への認識を振り返ること
障害を持つ方やマイノリティの方々への差別や偏見が道徳的に許されないものであるという認識は多くの方が持っているはずです。
しかし、嶋本・廣島(2014)のインタビュー調査にもあるように、心理臨床や福祉の場面に従事している対人援助職や家族からも冷たい目で見られた経験があると答えた人が現にいるわけです。
いかに差別や偏見という問題が根深いかが、ここからわかります。
そのため、自分は差別や偏見を行わないと過信するのではなく、まだ障害に対し理解不足の部分があるのではないかと自身の価値観を振り返ってみることも重要なのではないでしょうか。
【参考文献】
- 風間眞理(2018)『精神障害者に対するスティグマ』奈良県立医科大学医学部看護学科紀要 14, 3-7
- 榊原文・松田宣子(2003)『精神障害者への偏見・差別及び啓発活動に関する先行文献からの考察』神戸大学医学部保健学科紀要 19, 59-74
- 嶋本麻由・廣島麻揚(2014)『精神障害者が持つセルフスティグマを増強させる要因と軽減させる要因』京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻紀要 : 健康科学(9), 11-19
- 山田光子(2015)『統合失調症患者のセルフスティグマが自尊感情に与える影響』日本看護研究学会雑誌 38(1), 185-191