ストレス社会と言われる現代では、精神的健康を保つことの重要性が高まっているでしょう。そして、ストレスがどのように心身に影響を与えるのかを理論化したことで有名な学者がラザルスという人物です。
それでは、ラザルスとはどのような業績を残した人物なのでしょうか、彼とフォルクマンによるストレスコーピング理論を詳しく解説していきます。
目次
ラザルスの経歴
ラザルス,R.S.とは、アメリカで活躍した心理学者です。ラザルスは1942年にニューヨーク市立大学で文学を学んだあと、第2次世界大戦において従軍しました。
終戦後、ピッツバーグにて博士号を取得した後に、大学教授として勤務します。その間の主な研究テーマは個人間の認知の相違に関するものでした。
1960年代に入るとラザルスは独自のストレス理論を提唱し、より大きな注目を集めました。この功績が認められ、1989年には米国心理学会から優秀科学貢献賞を受賞しています。
ラザルスとフォルクマンによるストレスコーピング理論とは
それではラザルスが提唱したストレスコーピング理論とはどのようなものなのでしょうか。まずは前提となるストレスに関する研究から説明していきます。
ストレスの定義
今では、一般的に用いられているストレスという用語を初めて心理学の領域で用いたのはキャノンという学者です。
キャノンは、生体はストレスフルな状況に置かれると、闘うもしくは逃げるために交感神経系が活性化することを発見しました。この反応のことを闘争か逃走反応と呼びます。
これが世界で初めてのストレス状態に関する理論となったのですが、当時のキャノンはストレスの明確な定義を行っていませんでした。その後セリエがストレスを次のように定義し、それまで曖昧だったストレス概念の整理を行いました。
【セリエによるストレスの定義】
ある個人の資源に負担をかけたり、あるいはそれを超えたり、そして個人の心身の健康を脅かすものとして評価された、人間と環境とのある特定の関係
日常で用いるストレスと心理学におけるストレスの違い
私たちは、日常的にストレスという言葉を使っていますが、その「ストレス」という言葉が指しているものは、ラザルスの言うストレスではありません。
例えば、「上司に怒られることがストレス」のように、不快な出来事や状況のことを指すこともあるでしょうし、「ストレスが溜まっている」のように、心身の不快な状態のことを指すこともあるでしょう。
一方、ラザルスは前者のような個人にとって負担のかかる不快な刺激のことをストレッサー、後者の心身の不快な状態のことをストレス反応と呼んでいます。
そして、生体がストレッサーに曝されることで、ストレス反応が引き起こされる過程のことをストレスと呼んだのです。
ストレスと汎適応症候群
セリエはストレスに関する取り組みの中で、ストレスと身体の疾患や健康状態の関係を解明しようと汎適応症候群を唱えました。ストレッサーと身体反応の関係性を明確にしたことは、その後のストレス研究に大きく寄与しました。
例えば、試験前には風邪をひきやすいなどといったそれまで原因不明とされた身体症状も、ストレス反応により抵抗力が低下したためと理解することができるようになったのです。
汎適応症候群は生体を新しい条件に適応させる反応であり、次のような3つの段階を経ると考えられています。
- 警告反応期
- 抵抗期
- 疲弊期
警告反応期
ストレッサーに対する身体の防衛機能が活性化する時期。初期には体温下降、低血圧、低血糖などのショック症状が出現し、数分から一日程度持続した後に体温上昇、血圧・血糖値の上昇など反ショック症状が出現する。
抵抗期
警告反応期を過ぎても持続しているストレッサーへの抵抗力が形成される時期。ただし、抵抗しているストレッサーに多くのエネルギーを割いているため、それ以外のストレッサーに対する抵抗力は著しく低下する。
疲弊期
ストレッサーに長期間曝されることで、抵抗力が下がってしまう時期。生体の適応エネルギーが限界に達し、体重減少や胃潰瘍などの症状が現れ、最悪の場合死に至る危険性もある。
ラザルスとフォルクマンのストレスコーピング理論
そして、1980年代に入り、ラザルスはフォルクマンと共に重要なストレス理論を構築しました。それがストレスコーピング理論です。
例えば、同じ職場という環境で同様のストレスに曝されていたとしても、ストレス反応を呈するかどうかは人によって異なるでしょう。このように、ストレスには何らかの個人差があるのです。
しかし、汎適応症候群で示された過程では、その個人差まで捉えることができません。
そのため、ラザルスらは同じストレッサーであっても、人がそれをどのように捉えるのかということによってストレス反応の強度や質が変化すると考えたのです。
そのモデルで重要となるのが認知的評価とコーピングと呼ばれるストレッサーへの対処行動です。
認知的評価
自分にとってストレッサーがどのようなものかを判断すること。
ストレスコーピング理論ではストレッサーが自分と関連し、有害で脅威的なものなのかを判断する一次的評価とそのストレッサーに対し、自分が対処できそうなのかを判断する二次的評価の2つに分かれる。
コーピング
個々のストレス状況やストレス反応に対する意識的な対処行動のことを示す。
大きく原因となるストレッサーを解決しようとする問題焦点型コーピングと自身のストレス反応を低減させようとする情動焦点型コーピングの2つに分けることができる。
精神分析の防衛機制も心理的要因に対する対処法であるが、主に自身の無意識的に行われるという点でコーピングと大きく異なる。
心理学的ストレスモデル
ラザルスとフォルクマンによる理論では、生体がストレッサーに曝されると、認知的評価が行われるとされます。
そこで、自分にとって脅威であり、その事態に対処できないと評価された場合、急性ストレス反応が生じます。逆に、自分とは無関係であったり、その事態は自分で簡単に対処ができると判断した場合はストレス反応は生じません。
例えば、自分の国で戦争が起こったら大事ですが、遠い外国で戦争が起こったからといってストレス反応は生じにくいはずです。これは自分との関連性が薄いと判断されたためだと考えることができます。
この急性ストレス反応は生体に脅威を伝える信号としての役割を果たしており、その状況に対処するための行動、つまりコーピングを促します。
このようにして、適したコーピングを採用することができれば人は精神的な健康を保てるでしょう。
しかし、不適切なコーピングが実施されたり、コーピングに失敗すると、ストレッサーに対する適切な対処が行われないため、心理面、行動面、身体面で慢性ストレス反応が生じてしまうのです。
ラザルスの理論を採用した心理学研究
ラザルスのストレスコーピング理論は数多くの研究で基本的なモデルとして採用されています。今回はその中でも、楽観性という基本的パーソナリティ特性とストレス理論を組み合わせた研究をご紹介します。
楽観性は精神的健康度の高い適応的な性格特性の1つとして見られています。確かに、肯定的な未来を抱くことのできる楽観性は精神的健康度は高そうですが、なぜストレス耐性にも優れているのでしょうか。
外山(2014)は、楽観性の高い人の特徴として、状況に応じて認知処理や行動を調節する「自己制御能力」が長けていることを指摘しています。
ラザルスの理論によれば、たとえストレッサーを自分にとって有害なものであると判断しても、適切なコーピングを採用することができれば、慢性ストレス反応は生じず、精神的健康が損なわれることはありません。
コーピング方略にはそれぞれ特徴やメリット、デメリットが存在するのですが、概ね問題焦点型コーピングはストレスの原因に対し行動を起こすため、成功することが出来れば精神的健康面で有益であると考えられています。
しかし、時間と労力には限りがあるため、日常における全てのストレスフルな出来事に問題焦点型コーピングを行ってしまうと疲弊し、かえって精神的健康が損なわれてしまうおそれがあるでしょう。
そこで、外山(2014)は、楽観性の高さとストレスフルな出来事の重要性がコーピング方略にどのような影響を与えるのかを検討しました。
その結果、楽観性の高い人は物事を肯定的に解釈しようとする「肯定的解釈」コーピングをストレス場面が重要である場合に用いる傾向が見られたのです。
このように、個人のコーピング採用の傾向はパーソナリティの影響とストレス場面の性質を受けるのでしょう。
このような知見は、精神的健康度を高く保つためにどのようにすれば良いのかという貴重な知見をもたらしており、その基盤にはラザルスの提唱した理論があるのです。
ラザルスについて学べる本
ラザルスについて学べる本をまとめました。
初学者の方でも手に取りやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみて下さい。
ストレスとコーピング―ラザルス理論への招待
ラザルスの理論はストレス研究において外すことのできない重要理論であることには間違いありませんが、私たちが日常的に用いているストレスという用語だけでは理解することが難しいかもしれません。
ラザルス自身が、自らの理論を解説した講演をまとめてある本書は、ストレス理論を学ぼうとする方は必読の一冊です。
ストレスの心理学―認知的評価と対処の研究
ラザルスについて入門書を読み終えた方は、この本を手に取ってみるのはいかがでしょうか。
ストレスというのは環境からのストレッサーと個人の認知的評価、コーピングとの間に起こる相互作用のことを指しています。
このことが理解できたのであれば、本書でもう一歩踏み込んでラザルスの理論を学びましょう。
ストレス社会を乗り切るために
現代では、ストレスにどのように対処するかを学んでおかなければ、精神的健康を害するリスクがあります。そして、ラザルスの構築した理論は、そのような現代人が取り組むべき課題にヒントを与えてくれます。
今も精力的にストレス研究は行われており、今後のさらなる発展が望まれているのです。
【参考文献】
- 斉藤瑞希・菅原正和(2007)『ストレスとストレスコーピングの実行性と志向性(Ⅰ) : ストレスとコーピングの理論』岩手大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 6 231-243
- 羽岡邦男(2002)『労働ストレス研究(1)-職場ストレスモデルに関する一考察-』政治学研究論集 15 69-83
- 伊藤絵美(2006)『日本看護診断学会第11回学術大会報告 定着させようNANDA看護診断 【レクチャー中範囲理論】 1.ストレスコーピング』看護診断 11 (1), 113-115
- 外山美樹(2014)『特性的楽観・悲観性が出来事の重要性を調整変数としてコーピング方略に及ぼす影響』心理学研究 85 (3), 257-265