青年期は生涯発達での発達段階で特に注目される時期であり、心理学の分野でも古くから研究がなされていました。
その中でも、今回はレヴィンが提唱したマージナルマンを取り上げます。マージナルマンとはいったいどのようなものなのでしょうか。その意味や類似概念のモラトリアムについて例を挙げながらわかりやすく解説していきます。
目次
マージナルマンとは
マージナルマンとは社会心理学者であるクルト・レヴィンという学者によって提唱された概念です。
マージナルマンはレヴィンの生い立ちと深いかかわりがある概念であるため、早速レヴィンの生い立ちを紐解いていきましょう。
レヴィンの生涯
レヴィンは1890年にポーランド(当時はプロイセン)のユダヤ人家庭に生まれました。
その後、彼の家族はドイツのベルリンへと引っ越し、そこで教育を受け、大学では心理学や哲学を学んでいます。
1921年からはベルリン大学の講師としてキャリアをスタートさせ、彼の興味深い授業は評判となり、スタンフォード大学の客員教授としてアメリカへ招かれるほどでした。
しかし、彼がアメリカに行っている間に、ユダヤ人である彼に重大な出来事が起こります。彼の故郷でもあるドイツの首相にナチス党のヒトラーが就任したのです。
ヒトラーはご存じの通り、ユダヤ人を敵視しており、反ユダヤの政策を推し進めたことで有名です。
こうして、生まれ育ったドイツに戻ることのできなくなったレヴィンはアメリカへと移住し、民主的社会のあるべき姿とそこにいる望ましいリーダー像を追い求め、偉大な社会心理学者へとなったのです。
マージナルマンの意味と具体例
それでは、このようなレヴィンの生い立ちとマージナルマンはどのように関連しているのでしょうか。
元々、マージナルマンとは、1928年にパークという学者によってはじめて提唱された概念です。パークによれば、マージナルマンとは次のような人物のことを示します。
【マージナルマンの定義】
完全には融合しない2つの社会あるいは2つの文化のマージン(へり、縁)に住み、両者の間で必然的に内的動揺と強烈な自意識を経験するもの
このように、当初のマージナルマンは、文化や社会の摩擦の渦中にいる人物を指す言葉でした。
ユダヤ人としての文化を持ちながら、ドイツの教育を受け、ナチスによる反ユダヤの運動により故郷を追われたレヴィンは、ユダヤ人としてのルーツと愛する故郷のマージンにおり、強い動揺を経験したマージナルマンだったに違いありません。
しかし、レヴィンはこのマージナルマンという概念を青年期の特徴を示す言葉として心理学へと持ち込んだのです。
レヴィンによれば、マージナルマンとは「2つの集団の境界上に立ち止まり、両方の集団に関係していながら、実はどちらにも所属していない人」を指します。
そして、子どもから大人への過渡期であり、非常に不安定な青年期の特徴をなぞらえて、子どもと大人の重なり合いのうえに立つ青年のことをマージナルマン(周辺人・境界人)と呼んだのです。
マージナルマンとモラトリアムの違い
レヴィンによるマージナルマンは青年期の特徴を示す用語ですが、もう一つ、心理学において青年期に示される特徴の1つにモラトリアムというものがあります。
これは、生涯発達理論を提唱したエリクソンによるもので、エリクソンの述べる青年期の特徴とモラトリアムは次のようになっています。
【青年期】
およそ13歳から成人までの期間。この時期の発達課題はアイデンティティの確立であり、自分がどのような人間なのか、どのように生きていくべきなのかを模索していく。
【モラトリアム】
青年期に自己のアイデンティティを模索する中で、大人に求められる勤労などの義務を猶予されていること。
エリクソンは、モラトリアムによって様々な義務が猶予されることにより、青年は自己のアイデンティティを模索するべく様々な活動に触れることができる余裕がもたらされると考えました。
そのため、モラトリアムは不安定な青年の過ごし方が悩みながらも自分という人間を確立するために役立つという肯定的側面を強調した概念です。
これに対し、レヴィンのマージナルマンは、青年の否定的側面に焦点を当てた概念です。
レヴィンは個人が2つ以上の集団に所属することは自然であり、そのこと自体に問題があるわけではないと前置きをしたうえで「本当の危険はしっかりと足を踏まえる場所のないこと、つまりマージナルマンであり、永遠の青年であることにある」と述べています。
レヴィンの指摘するマージナルマンは、しっかりとした自分のアイデンティティ、所属する集団を見つけきれず、どっちつかずの状態をよしとしている状態です。
このように、同じ青年期という特徴に言及したモラトリアムとマージナルマンは別の事柄を指している概念であることに注意しましょう。
マージナルマンについて学べる本
マージナルマンについて学べる本をまとめました。
初学者の方でも読み進めやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
エピソードでつかむ青年心理学 (シリーズ生涯発達心理学 4)
マージナルマンは青年期を捉えるキーワードの一つとして知られています。
それでは、マージナルマンの含まれる青年期の心理的特徴を把握していますか。
ぜひ本書で青年心理学について詳しく学びましょう。
社会的葛藤の解決 社会的葛藤の解決と社会科学における場の理論
この記事と青年期の心理的特徴についてつかむことが出来たら、ぜひレヴィンの執筆したマージナルマンについての記述にも触れてみましょう。
本書ではマージナルマンの図式も掲載がなされており、社会・文化のはざまに立つ人という点から青年期までを捉えたマージナルマンについて深く学べるはずです。
自身の生い立ちから見出されたもの
時代に翻弄され、安定した時を過ごすことが難しかったレヴィンが、マージナルマンについて言及したことはむしろ自然なことでしょう。
発達心理学で青年期に関連する用語としてはモラトリアムが有名ですが、それとはまた別の視点で青年期を捉えたマージナルマンについて学ぶことで、複雑な青年期の心性をよりとらえやすくなるでしょう。
【参考文献】
- 川浦康至(2020)『レヴィンの贈り物 : 研究ノート』コミュニケーション科学 51 170-162
- 小林孝行(1976)『マージナルマン理論の検討』ソシオロジ 21 (3), 65-83
- 中野明德(2020)『E.H.エリクソンの人生とアイデンティティ理論』別府大学大学院紀要 22 31-50