何か懐かしさを感じた時、心惹かれた時などにノスタルジックな気分などと言ったりすることもありますが、実は心理学においてよく似た用語に「ノスタルジア」というものがあります。
それでは、ノスタルジアとは一体どのような意味を持っているのでしょうか。論文での研究例を交えてご紹介していきます。
目次
心理学におけるノスタルジアとは
ノスタルジアとは「個人の過去に対する感傷的な思慕」と定義されています。
心の機能としては感情の一つとして分類されることが多く、より平易な言い方をすれば、昔の出来事を懐かしむ気持ちと言い換えることが出来るかもしれません。
ノスタルジアの意味
ノスタルジアは英語でnostalgiaと書きますが、もともとの言葉は次のような言葉が元となっています。
【ノスタルジア:nostalgia】
- notos:家へ帰る
- algia:苦しんでいる
この2つを組み合わせ、故郷へ帰ることを切望する想いと、それが叶わず苦痛が生じているというネガティブな心理現象を指す言葉でした。
しかし、もう少しその感情状態を紐解いていくと、過去に対する感傷的なあこがれや恋しさという想いも含まれており、単なる苦痛というよりも恋しさが叶わず苦しんでいる葛藤を抱えた複雑な感情状態であるととれます。
そして、心理学的なノスタルジアの定義は”a sentimental longing foe one's past”、つまり「感傷を伴う懐かしさ」とされています。
ノスタルジアに関する心理学的研究
しかし、もともとは苦痛にまつわるネガティブな意味を持っているノスタルジアですが、心理学研究の結果、ノスタルジアはポジティブな心理的効果をもたらすものであることが分かってきました。
ノスタルジアの生理的機能
こころと身体は密接なつながりを持っていることが古くから指摘されており、これを心身相関と呼びます。
それでは、ノスタルジアを感じているときに身体ではどのようなことが起こっているのでしょうか。
小林ら(2017)は音楽によってノスタルジアを喚起させる群とそうでない群の脳波や心電図、皮膚コンダクタンス反応(皮膚を通る電気刺激の量を測ること)の違いを比較した実験を行いました。
その結果、心拍数、皮膚コンダクタンス水準、心拍変動の総パワー値に対する高周波帯域のパワー比率(%HF)にのみ、ノスタルジアを感じた群とそうでない統制群との間で違いが生じたのです。
この%HFとは、心臓迷走神経活動の指標とされており、ノスタルジアを感じると%HFの値が下がったということは、心臓迷走神経活動が抑制されたということを示しています。
この活動が抑制される状況の代表例としては、持続的な注意を行うことが挙げられます。
つまり、ノスタルジアを感じるときは、自らの過去の記憶に注意を向けているときであり、その反応が体にも生じていると考えられるのです。
ノスタルジアと本来性
ノスタルジアにはポジティブな心理的効果があることが研究で明らかとなってきたと述べました。
長峯・外山(2018)では、ノスタルジアの機能的な特徴を明らかとするために、本来性を指標として関連を検討しています。
本来性とは、「自己の内的な目標、気分、感情、経験、行動などに対する正しい意識や理解のことであり、自己概念の中核をなすもの」と定義されています。
本来性の高い人は認知的なアプローチを利用することで相手の気持ちを理解し、共感することができるため、「他者と良好な関係を築き、適応する」ために重要な機能を果たす概念です。
そこで、ノスタルジックな出来事を想起する群とそうではない統制群の本来性を比較したところ、ノスタルジアが喚起された群は統制群に比べ、本来性の得点が高くなっていました。
また、この効果は平常時だけでなく、脅威を感じる状況においても確認されています。
ノスタルジアと主観的幸福感・抑うつ
ノスタルジアはネガティブな意味を持ちながら、ポジティブな効果を持っているという一風変わった概念です。
そして、ネガティブな気分を引き起こした際にノスタルジアは喚起されやすく、ノスタルジアが喚起されるとウェルビーイングのようなポジティブな心理的要因が促進されるという機能を持っていることが海外の研究で指摘されてきました。
このようなことが起こる理由としては、ノスタルジアが混合感情と呼ばれる複雑な感情であるからと考えられています。
しかし、これまでに関連が十分に検討されていなかったポジティブな感情に関わる特性との関連はどのようなものなのでしょうか。
そこで小林・大竹(2018)はネガティブな感情と関わる特性として抑うつ傾向を、ポジティブな感情に関わる特性として主観的幸福感を挙げ、その関連を検討しています。
その結果、抑うつ傾向及び主観的幸福感が高ければノスタルジアが喚起されやすくなる正の関連がみられたことに加え、それぞれの特性の高低によってノスタルジアの喚起のされやすさが異なることが分かりました。
それぞれの特性の高低に沿って、4つの群に分け(両高群・抑うつ高幸福低群・抑うつ低幸福高群・両低群)、ノスタルジアの喚起のされやすさを検討したところ、抑うつ傾向と主観的幸福感が共に低い場合のみ、ノスタルジアの喚起量が小さくなることが分かったのです。
このようにノスタルジアはネガティブ・ポジティブ両方の感情に関わる特性と関連をもつ複雑な感情であり、感情の起伏の少なさ(抑うつ傾向も主観的幸福感も低い)がノスタルジアの喚起の度合いと関連していると考えることが出来ます。
ノスタルジアについて学べる本
ノスタルジアについて学べる本をまとめました。
なつかしさの心理学: 思い出と感情 (心理学叢書)
ノスタルジアと関連の深い日本語は「懐かしい」という感情が挙げられます。
そのようななつかしさとはそもそもどのようなものなのか、私たちの日常的な行動にどのような影響を与えているのかについて丁寧に紐解いた良書です。
これからノスタルジアについて詳しく学びたい人は必読の1冊になっています。
回想脳 脳が健康でいられる大切な習慣
ノスタルジアが生じるのは自伝的記憶を振り返ったときだということを説明しましたが、そのような過去を回想したときに私たちの脳にはどのようなことが起こっているのでしょうか。
今回は心理学的な概念との関連をご説明しましたが、生理学的に脳の中で起こる現象を探るのも面白いかもしれません。
ノスタルジアには様々な種類がある
今回「ノスタルジア」としてご紹介した概念は、厳密には「個人的ノスタルジア」と呼ばれるものです。
そのほかにもノスタルジアには、自分が生まれる前の遠い時代に思いをはせ、再現された過去を理想化する「歴史的ノスタルジア」と呼ばれるものもあります。
このように、ノスタルジックな気分と曖昧な表現で使われがちなノスタルジアも心理学の分野では細分化され研究されているのです。
ぜひ、ノスタルジアについての学びを深めてみましょう。
【参考文献】
- 小林正方・真田原行・片山順一・大竹恵子(2017)『ノスタルジア状態の生理的特徴 音楽聴取によるノスタルジア状態喚起を用いて』日本心理学会大会発表論文集 81(0), 2A-075-2A-075
- 長峯聖人・外山美樹(2018)『本邦におけるノスタルジアの機能的特徴 : 感傷を伴う懐かしさという観点から』筑波大学心理学研究(56), 21-26
- 小林正法・大竹恵子(2018)『主観的幸福感と抑うつ傾向がノスタルジア状態の喚起に与える影響――音楽によるノスタルジア状態喚起を用いて』パーソナリティ研究 27(2), 155-158