集団における意思決定では、個人で行った時とは異なる結果となることがあります。リスキーシフトはそうした集団における意思決定で見られる傾向の一つです。それでは、リスキーシフトの具体例や心理学的実験、対策について見ていきましょう。
目次
リスキーシフトとは
リスキーシフト (risky shift)とは、何らかの集団経験の後、個人の元々持っていた意見や判断がより危険性の高いものに変化してしまう現象のことです。
リスキーシフトの具体例
例えば、ある会社で新しい経営戦略を始めようとしていたが、その経営戦略は明らかに成功する可能性が低く、社員たちは乗り気ではありません。しかしながら、その経営戦略についての会議の結果、リスキーシフトが働きその経営戦略が採択されてしまうことがあります。
すなわち、会議という集団体験が社員たちの判断をより成功する見込みの低い経営戦略に乗り出すという危険性の高いものに変化させてしまったのです。
リスキーシフトとコーシャスシフト
Stoner (1961)によって提唱されたリスキーシフトでは集団経験は個人の意見や判断がより危険性の高いものに変化させるとされてきました。しかしながら、その後の研究では、場合によっては集団経験がむしろ個人の意見や判断をより慎重な方向へシフトさせることが明らかになりました。
これをコーシャスシフト (cautious shift)と呼びます。
このように、集団経験は個人の意見や判断をどちらかの方向へ極化させてしまうことがあり、そうした現象はまとめて集団極性化 (group polarization)と呼ばれています (Moscovici & Zavalloni, 1969)。
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リスキーシフトに関する心理学的実験
このリスキーシフトはどのようにして見出されたのでしょうか。Stoner (1961)によって行われた実験を見ていきましょう。
実験の手続き
Stoner (1961)は学生98名に対して大学の選択や危険な手術を受けるか否かといった12種類の「人生の岐路」場面についての相談を受けた場合、どの程度うまくいく可能性があるならリスクを冒すようにアドバイスするのかということを尋ねる実験を行いました。
この実験では実験参加者は、以下の6つの選択肢の中からまず個人で答え、その後6名で討議の後に集団としての回答を1つだし、最後に再び個人で答えることが求められました。
選択肢
うまくいく可能性が以下の場合、リスクを冒すべきである。
①10に1つの場合
②10に3つの場合
③10に5つの場合
④10に7つの場合
⑤10に9つの場合
⑥いずれの場合でもリスクを冒すべきではない。
実験結果
結果として、集団としての回答結果は、最初に個人で下した回答結果の平均よりも、危険性の高いものとなりました。すなわち、リスクを冒してでも挑戦すべきだというアドバイスするという方向へと変化したのです。
また、最後に個人で再び答えた際にも同じように、最初に個人で下した回答結果と比べて、より危険性の高いものへとなっていました。
すなわち、集団討議の過程で、メンバーは相互に影響を及ぼすことで、結論を危険な方向に導き、さらに個人の意見もそれに合わせて変化してしまったのです。
リスキーシフトの説明理論
当初、リスキーシフトは、集団討議において責任の所在があいまいになり、責任の分散がなされてしまうために引き起こされるとされてきました。しかしながら、コーシャスシフトが見いだされたために、その説明では不十分となりました。
現在では説得的論拠理論 (Burnstein & Vinokur, 1977)と社会的比較理論 (Sanders & Baron, 1977)がリスキーシフト及びコーシャスシフトの有力な説明理論となっています。
説得的論拠理論
説得的論拠理論では、集団の成員が討論における情報交換を通じて彼らの意見をより妥当なものへと変化させるとしています。
すなわち、討論の中で議題への賛成意見と反対意見のどちらかが優勢となることで、リスキーまたはコーシャスな方向へ偏り、その結果として集団成員の考えが優勢な極の方へシフトするのです。
社会的比較理論
一方社会的比較理論では、集団の成員が自らをより望ましいものと知覚し提示しようという心理が働くことで生じると説明しています。
すなわち、討論を通じて、リスキーまたはコーシャスな社会的価値観が顕在化し、そうした優勢だと知覚された価値観と自らの意見や判断を比較することによって、望ましい社会的価値観に沿うように自らの考えを変化させるのです。
リスキーシフトへの対策
リスキーシフトまたはコーシャスシフトという意見や判断の変化が討論の結果として妥当である場合にはよいのですが、集団における意思決定では時としてあまりに不合理または危険な結論へと至ることがあります。これは集団思考 (groupthink)と呼ばれています。
それでは、リスキーシフトやその結果としての集団思考はどのようにして防ぐことができるのでしょうか?
Janis (1971)はそれらの対策として9つの提言をしています。
しかし、これは元々アメリカ政府が過去に行ってきた誤った意思決定についての事例研究に基づいた提言のため、その他の集団においても適応でき得ると考えられる4つをここでは取り上げます。
1. リーダーはメンバーに批判や疑問を言うことを推奨すること
2. 外部の専門家を討論の招き、中核メンバーの見方・意見に異議を唱えてもらうこと
3. 少なくとも1人のメンバーに悪魔の代弁者(devil’s advocate)となってもらい、優勢な意見に対して異議を唱えてもらうこと
4. 予備的な結論を出した後に、疑問を述べたり、議題について再度考える機会を与えるための会議を別で設けること
リスキーシフトについて学べる本
リスキーシフトについて深く知りたい方へ、お勧めの本を以下に紹介します。
集団行動の心理学
集団の意思決定だけでなく、集団の形成と発達や集団間関係など集団に関する心理学的研究についてわかりやすく解説されている本です。集団心理学について知りたい初学者の方にお勧めです。
新編 社会心理学 改訂版
これは社会心理学全般を扱っている本ですが、上記のStoner (1961)による心理学的実験が詳しく載っています。
集団における個人
本記事ではリスキーシフトの具体例や心理学的実験、対策等についてみてきました。集団における意思決定は個人で行うときとは異なることが理解できたかと思います。
意思決定だけでなく、人は様々な側面で集団の影響を受けることがあり、個人でいるときとは良くも悪くも心理や行動様式が異なる場合があります。
そうした悪い影響を軽減するためにはまず、集団における個人の心理や行動様式の傾向について知ることが肝要だと思いますので、興味のある方は集団心理学について調べてみることをお勧めします。
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Burnstein, E. & Vinokur, A. (1977). Persuasive argumentation and social comparison as determinants of attitude polarization. Journal of Experimental Social Psychology, 13, 315-332.
Janis, I. L. (1971). "Groupthink". Psychology Today, 5 (6), 43–46, 74–76.
Moscovici, S. & Zavalloni, M. (1969). The group as polarizer of attitude. Journal of Personality and Social Psychology, 12, 125-35.
Sanders, G. S. E Baron, R. S. (1969). Is social comparison irrelevant for producing choice shift? Journal of Experimental Social Psychology, 13, 303-314
Stoner, J. A. F. (1961). A comparison of individual and group decisions including risk. Unpublished master’s thesis, School of Industrial Management, MIT.