愛着は人間が健全に発達するために欠かせない要素であり、安定した愛着はこころの安全基地として機能することが知られています。
それでは安全基地とはいったいどのような概念なのでしょうか。その条件と作り方、大人の愛着障害との関係についてわかりやすく解説していきます。
目次
安全基地とは
安全基地は、アメリカの発達心理学者メアリー・エインズワースが提唱した愛着行動に関する概念です。
安全基地と愛着(アタッチメント)
愛着(アタッチメント)は発達心理学者のボウルビィによって提唱された概念です。
愛着は未成熟な状態で生まれる乳児は母親に身の回りのことを世話してもらいながら成長します。
そして、このような過程において育まれる母子間の基本的な信頼関係のことを愛着と呼びます。
愛着は生涯にわたって成長し続けることが知られていますが、より早期の愛着は成人になってからの愛着の方を70%の確率で予想できるものであることが研究によって示されているの用、早期の愛着形成は発達において非常に重要視されています。
そして、愛着形成の表れとして安全基地現象がみられるのです。
安全基地の意味
乳幼児は生後間もないころは片時も母親から離れず過ごしていても、ある程度成長をすると外界へ強い興味を示すようになります。
そして、母親から適度な距離を保って探索を行い、離れている時間が長くて心配になったり、何か困ったことがあればすぐに母親のもとへ戻ってこれるような行動を示すようになります。
このような現象は、まるで母親が安全を確保する拠点かのように機能しているため、「安全基地」現象と呼ばれているのです。
安全基地の3つの機能
安全基地には次の3つの機能があることが知られています。
【安全基地の3つの機能】
- 安全基地機能
- 安心基地機能
- 探索基地機能
安全基地機能とは、恐怖や不安などネガティブな感情から自身を守る機能を指しています。
安全基地へ戻ってくることができれば、ネガティブな不安から離れることができ、子どもは安心することができます。
このような、母親と一緒にいると「落ち着く、ほっとする、気が楽になる、安らぐ、楽しくなる、癒される」などのポジティブな感情を育む機能を安心基地機能と呼びます。
そして、この2つの機能がきちんと機能することによって探索基地機能が成立します。
探索基地機能の大切な働きは子どもが基地に戻ってきたときに自分の行動や経験を報告することで自分の感情が変化することにあります。
このような自分の行動は、経験を共有したいという気持ちの表れであり、その気持ちが安全基地によって満たされることで様々な意欲を育み、新しい活動を始めていくのです。
安全基地の条件と作り方
母親が安全基地として機能するためには、母子間で安定した愛着を形成することが欠かせません。
それではしっかりとした愛着形成にはどのようなことが必要なのでしょうか。
養育者と子どもの情緒的なかかわり
安全基地機能は子どもが「守られている」と感じる、安心できることが重要な要素であり、母親が子どもに安心感を与えるような情緒的なかかわりが欠かせません。
そのため、赤ちゃんが泣いたからあやしてあげる、微笑みをもって接するなど母親の養育において日常的にみられる些細な行動の積み重ねが大切だといえるでしょう。
この時に大切なのは、愛情は与えられるものではなく、子どもが大人とのかかわりの中から感じ取るものであるということです。
そのため、普段のかかわりの中で一緒の行動をして、同じ気持ちを持てているのかを確認していく作業がしっかりとした愛着形成につながっていきます。
「対象の永続性」の獲得
子どもは認知機能の発達によって、今この場に母親がいなくても、それはこの世の中から消え去ってしまったわけではなく、存在し続けているという対象の永続性を獲得していきます。
これは、母親を安全基地として身の回りの探索行動を起こすうえで非常に重要な役割を果たします。
子どもとのかかわりの中で「いないいないばあ」は日常的に行われますが、これは安全基地獲得の前段階として重要な役割を果たすと考えることができます。
「いないいないばあ」をする際に、母親の顔が子どもの視界から消えたとしても、すぐに母親がまた現れ、そこに確かにいることを確認する経験をするでしょう。
この経験はたとえ見えなくても母親はそこに居続けることを理解する課題ともなっており、安全基地機能を形成するうえで有効なやり取りであるといえるのです。
安全基地と大人の愛着障害
安全基地は安定した愛着が形成された場合に現れる機能です。
しかし、不適切な養育などにより不安定な愛着が身につき愛着障害に陥ってしまった場合、安全基地が有効に機能しないというケースがあります。
愛着障害とは
愛着障害とは虐待やネグレクトなど不適切な養育を受けることで不安定・歪んだ愛着を形成したことにより情緒の安定性や良好な対人関係の形成に支障をきたす精神障害です。
臨床的診断に至る愛着障害には以下のような2つの特徴があります。
- 安全基地である対象との間に歪んだ関係性を形成している
- 愛着行動を示す特定の対象が欠如している
愛着障害の下位類型
愛着障害には次の2つの下位分類が存在します。
【愛着障害の下位類型】
- 抑制型:愛着行動が過度に抑制されているために対人交流を開始、反応することが困難
- 脱抑制型:無差別に誰にでも社交性を示し、選択的な愛着を形成できないため、親密な対人関係を築くことが困難
過度な警戒心を示し、人と関わることができないのが「抑制型」、誰にでもなれなれしく接するものの、心の奥底では裏切られることを恐れ試し行動や自分勝手な行動をするのが「脱抑制型」です。
これらの背景には、人を基本的に信頼できないという不安定な愛着が背景にあり、安全基地として母親が機能していなかったことにより強い警戒心や試し行動などをやめることができないのです。
安全基地の歪みによる影響
安全基地が重度に歪んでいる愛着障害では、次のような行動が特徴的であるとされます。
【安全基地の重度の歪み】
- 極端な服従
- 危険な行動を頻繁に行う
- 役割逆転(子どもが親の面倒をみたり、親へ懲罰的な命令を繰り返す)
安全基地について学べる本
安全基地について学べる本をまとめました。
初学者の方でも読み進めやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
生き抜く力をはぐくむ 愛着の子育て
愛着は人とつながり生きていくために必要な基盤となるものであり、外界へ探索に出かけた後に戻ってくることのできる安全基地としての機能を持ち合わせています。
それではこのような安全基地機能を十分に発揮することのできる愛着を育むためにはどのような子育て、かかわりをするべきなのでしょうか。
生きる抜くために必要な愛着を育む子育てについて本書から学びましょう。
やさしくわかる! 愛着障害―理解を深め、支援の基本を押さえる
愛着は基本的な人への信頼感であり、それは大人になった後も他者に対する一般的なイメージとして対人関係に影響を与えます。
そして歪んだ愛着を形成してしまった愛着障害では、安全基地として愛着が機能しないため、他者に対し心の奥底で信頼することができず、社会不適応を引き起こす症状を作り出してしまうのです。
そのような安全基地機能の失われた愛着障害の症状について深く学び、どのように支援していくべきなのかを本書から学びましょう。
安全基地の重要性
しっかりとした愛着が形成できず、安全基地の機能が十分に発揮されないと、人間関係の問題、規範行動からの逸脱、攻撃性など不適応行動と関連することが指摘されています。
愛着にかかわる問題はその克服が困難であることに加え、他の精神疾患への移行など大きなリスクをはらんでいるものです。
そのため、安全基地機能の重要性について深く学び、安定した愛着形成のために必要なかかわり方についてこれからも学んでいきましょう。
【参考文献】
- 中野明徳(2017)『ジョン・ボウルビィの愛着理論― その生成過程と現代的意義 ―』別府大学大学院紀要 19 49-67
- 青木豊(2016)『人間のアタッチメントについて』心身健康科学 12 (2), 49-51
- 山下洋(2012)『思春期問題の背景にある愛着障害について』総合病院精神医学 24 (3), 230-237