ここでは、ソーシャルスキルトレーニングについて解説します。はじめにソーシャルスキルトレーニングの概要をまとめ、大まかな理解を図ります。その後、より具体的に理解していただくため、ソーシャルスキルトレーニングの中身(手順や実践例)を見ていきます。最後に、関連する本を2冊ほどご紹介します。
目次
ソーシャルスキルトレーニングとは何か
それでは、ソーシャルスキルトレーニングの概要から見ていきましょう。
ソーシャルスキルトレーニングの定義
最初に、ソーシャルスキルトレーニング(social skills trainingのこと。SSTと略されることも多い)とは何かを押さえておきましょう。現代心理学辞典には、次の記述があります。
ソーシャルスキル(社会的スキル)を獲得することを目的として、対人関係や社会的適応に問題を抱えている人に対して行われる訓練のこと。スキルトレーニングのうち、”社会性”に焦点を当てた訓練である。
ソーシャルスキルトレーニングは、1970年代に、アメリカの精神科医リバーマンによって考案され、日本には1988年に紹介されました。
当初は精神疾患のある人たちに適用されていましたが、やがて医療機関や療育機関など多くの施設で実践されるようになり、現在に至ります。対象も精神疾患や発達障害の有無や年齢を問わず、幅広く実践されています。
なお、ソーシャルスキルトレーニングは、社会的スキル訓練や生活技能訓練と訳されることもあります。また、ソーシャルスキル(社会的スキル)は、簡単に言えば集団場面や人と付き合う場面で必要とされる行動を指します。
ソーシャルスキルの種類
ソーシャルスキルトレーニングで扱われるスキルは大きく4つに分類されます。順番に見ていきましょう。
1つ目は社会的なマナーやルールの理解、対人関係に関するスキルです。例えばルールやマナー、時間を守ることや、順番を守ること、相手を助けることや相手にお礼を言うことなどが含まれます。
2つ目はコミュニケーションに関するスキルです。相手の話を聞くことや、自分の意見を説明すること、会話を開始・維持・終わらせることなどが該当します。
3つ目は問題解決のスキルです。誰かに依頼する、誘う、断る、謝る、相談するといったことが含まれます。
最後は感情の理解と対処のスキルです。ここには、自己理解や相手の感情の理解、気持ちの切り替え、ストレス対処などが含まれます。
ソーシャルスキルトレーニングにおいては、これらのスキルを獲得し、かつ状況や場面に応じた使い方も学んでいきます。
なぜ”トレーニング”が必要なのか-発達障害の観点から-
ソーシャルスキルトレーニングの対象は幅広いですが、そうは言っても、私たちの多くは親子・友人・社会とのかかわりの中で、こうしたスキルを自然と身に付けていきます。しかし、それだけではスキルの獲得や使用が困難な場合が存在します。ここに”トレーニング”する必要性が生じます。
代表的なケースは、発達障害を持つ人たちです。彼らが持つ障害特性が、スキルの獲得や使用を阻むと言われています。
例えば、相手の気持ちを想像することが難しい人たちがいます。この場合、例えば自分の振る舞いに対して叱られたとき、”叱られた”ことはわかっても、それがなぜなのか、次はどうすれば良いのかまでは自然に学ぶことが出来ません。そうすると自分の振る舞いを修正できず、同じ失敗を繰り返すことになってしまいます。
また衝動性が強い場合、”わかっていても行動してしまう”ことがあります。何をすべきかがわかっていても(スキルを知識として持っていても)、目の前にやりたいことがあるとそれに飛びついてしまうため、結果として状況に応じたスキルの使用が出来ないのです。
このように、発達障害を持つ人たちなど、スキルの獲得や使用において支援が必要な人たちがいます。そこで、”トレーニング”が必要になってくるのです。
ソーシャルスキルトレーニングの実際
ここからは、ソーシャルスキルトレーニングの中身をより詳しく見ていきます。ソーシャルスキルトレーニングの手順や、どのような教材が用いられるのかを紹介し、さらに実践例を見ていきます。
ソーシャルスキルトレーニングに必要な準備や教材
トレーニングを行うに当たって必要な準備などを確認しておきましょう。まず、困っている人のアセスメントを適切に行わなければいけません。そしてその人に必要なスキルを特定し、その獲得に向けた工夫(環境設定や習得しやすい指導など)が展開されていきます。
また、特に小学生の子どもが対象の場合は、落ち着いた部屋を用意し、掲示物も外しておくことも大切な準備です。
トレーニングの内容によっては、教材が用いられる場合もあります。よく用いられる教材としては、ワークシートや絵カードがあります。
これらの教材は自作することも可能ですが、インターネット上で無料で使える教材がありますし、教材が付いている書籍も出版されています(書籍については後述します)。
なお、トレーニングを行う指導者については、特に専門知識がないと出来ないことはありません。ポイントを押さえれば、初学者の方でも行うことが出来ます。
ソーシャルスキルトレーニングの基本的な手順
ソーシャルスキルトレーニングの基本的な手順は以下の通りです。
①教示
やるべきことを言葉で説明・支持して教えます。言葉のみで分かりにくい場合は、対象者の言語理解力に応じて、写真や絵など視覚的なサポートも行います。
②モデリング
望ましい見本を提示します。必要に応じて、どこを模倣すれば良いか具体的に教示します。
③行動リハーサル
ロールプレイや劇遊びで練習します。ワークシートを用いて確認しながら、何度もリハーサルを行います。
④フィードバック
対象者の行動が良かったか、もう少し修正したほうが良いのかを振り返り、評価します。
以上が基本的な流れになります。この中で特に大切な要素は、②と③です。指導者が、丁寧に分かりやすく見本を示したり、演じて見せるロールプレイの場面設定をして、練習をしたりしていくことがポイントになります。
ソーシャルスキルトレーニングの例-怒りをコントロールスキルを学ぶ-
それでは実践例を見て頂きましょう。今回は、中高生を対象に、怒りをコントロールするスキルを身に付けてもらう場合を考えてみます。
事前準備としては、板書する内容の整理、教室内の環境調整、ワークシートの用意などがあるでしょう。こうした準備を行ったうえで、トレーニングを行います。以下に概略を示します。
まず、最近イライラしたことがあるかを尋ね、そのときの自分の心身の状態を確認させます。次に、怒りながら「ねえ、昨日一緒に帰るって言っていたのにどうしたの?」と言う場合と、冷静に同じセリフを言う場合を見せます。両方を提示することで、怒りの伝え方が異なることを知ってもらうのです。
その後、怒りという感情がなぜ生じるか説明し、怒りをコントロールする方法(深呼吸など)を紹介します。そして実際に怒りをコントロールする方法や、相手との関係を損なわない伝え方を考えさせ、練習してもらいます。最後に、指導者がフィードバックを行い、終了となります。
このトレーニングにおけるポイントとして、1つにはモデリングを通して、感じた怒りをそのまま相手にぶつけることで、相手との関係を悪くしてしまうことに気づかせることがあります。そして、怒ること以外の解決の方法を学んでもらうのです。またもう1つは、以上を踏まえて自分なりのコントロールの仕方を学ぶことです。
ソーシャルスキルトレーニングについて学べる本
最後に、ソーシャルスキルトレーニングについて学べる本を2冊紹介します。なお、そのうち1冊は教材集としても利用することが出来ます。
発達障害の子をサポートする ソーシャルスキルトレーニング実例集
ソーシャルスキルトレーニングの実例集ということで、非常に多くの実例が掲載されています。別冊で教材も付いていて、興味のあるスキルをすぐ練習することが可能です。またテキストとしても有用で、本記事に書いた内容+αの知識を身に付けることが出来るでしょう。
自閉症スペクトラムの子のソーシャルスキルを育てる本 思春期編
ASDで且つ思春期の子に特化した1冊です。ソーシャルスキルを”相談する力”と定義し、基本的なスキルから応用的なスキルの順番で身に付けていけるように構成されています。著者の日戸先生は、横浜市にある”ぴーす新横浜”という、総合リハビリテーションセンターで園長をされている方です。
適切なアセスメントに基づいたトレーニングを心がける
ここではソーシャルスキルトレーニングについて、その概要と、より詳細な中身を説明してきました。発達障害を始めとする、支援が必要な人たちにとって、ソーシャルスキルトレーニングは大きな効果を発揮することでしょうし、支援者にとっては大きな武器となることでしょう。
また最近では、ソーシャルスキルトレーニングに関する書籍も多く出版されており、関心のある人が学習しやすい環境が整っていると言えます。
しかし、決してやみくもに用いれば良いという訳ではありません。アセスメントを丁寧に行い、どのスキルがその人にとって必要なのかを検討する過程が大切です。実践へのハードルが下がっているからこそ、この点を疎かにしないようにしたいものです。
本記事をきっかけに、皆さんがソーシャルスキルトレーニングについての学びを深めて行っていただければ幸いです。
【参考文献】
- 子安増生,丹野義彦他(2021).『現代心理学辞典』有斐閣
- 霜田浩信ら編著(2017)『ちゃんと人とつきあいたい2』エンパワメント研究所
- 渡辺弥生,原田恵理子編著(2015)『中学生・高校生のためのソーシャルスキル・トレーニング』明治図書