注目を集めるために必死になる人が周囲にいませんか。人から関心を得るためであれば、不適切な言動をするなどあまりにも顕著な場合、もしかしたら演技性パーソナリティ障害と呼ばれる精神障害かもしれません。
それでは、演技性パーソナリティ障害とはいったいどのような精神障害なのでしょうか。その原因や特徴、症状にくわえ、治療法と接し方について解説していきます。
目次
演技性パーソナリティ障害とは
演技性パーソナリティ障害とは、誰かれ構わず注意を引こうとする言動をとることを特徴とします。
いわゆる目立ちたがり屋ともいえるかもしれませんが、それがパーソナリティ障害という水準まで発展すると、場に適さないほど性的に誘惑な服装をしたり、他人を挑発するなど他者を巻き込む行動をとることもあります。
また、注目を浴びるためにこのような行動をとりますが、その結果として他者からそっぽを向かれてしまうと重篤な抑うつ状態に陥ります。
演技性パーソナリティ障害の歴史
演技性パーソナリティ障害という疾患概念が確立されたのは最近のことですが、演技性パーソナリティ障害の元となるヒステリーという精神疾患は非常に古くから注目されていました。
ヒステリーの誕生
ヒステリーの歴史は古代ギリシアまで遡ります。
そもそも、ヒステリーの語源となるギリシア語のHysteriaは子宮を意味する言葉です。
そして、古代ギリシアの医師であるヒポクラテスは、子宮に何らかの異常が引き起こされることで精神的な異常をきたすと考えていました。
これにより、19世紀後半まで、ヒステリーは女性に特有な疾患であるという見方が優勢になります。
精神分析とヒステリー
そして19世紀に入り、ヒステリーが器質的な異常ではなく、精神的な異常により発症するとして、ヒステリーを最初に取り上げたのがシャルコーです。
ヒステリーには、解離症状と転換症状(器質的な異常ではなく、心理的原因により身体機能の異常を呈するもの)がありますが、シャルコーは痙攣症状を催眠によって治療をするという方法を考案しました。
そして、これを受けヒステリー研究に大きな進歩をもたらしたのが、精神分析の創始者であるフロイトです。
彼は、ヒステリーの原因が無意識と呼ばれる領域に閉じ込められた望ましくない欲求や思考、感情、記憶などが症状として形を変え現れていると考え、何も女性だけに起こる疾患ではないことを指摘します。
そして、無意識の内容を探り、それを意識化する精神分析療法でヒステリーを治療するという方針を示したのです。
ヒステリー研究の発展と衰退
そして、ヒステリーの原因や治療法は確立されたことにより、ヒステリーの特徴に関する研究も熱を帯びました。
その中で、シュナイダーはヒステリー患者に特有の性格傾向があることに気付き、ヒステリー性格には「自己顕示性」が特徴として挙げられると指摘します。
そして、この自己顕示性は社会や集団の中で自分の意見が受け入れられるという長所もある一方、自己顕示性が支配性に変化すると社会的な問題が生じる可能性があるとして、ヒステリーの症状だけでなく、ヒステリー性格による問題も指摘しています。
このように、ヒステリーに関する研究は大きな発展を遂げましたが、第2次世界大戦が終わり、女性の社会進出が進んでいく世の中において、子宮がその疾患名になっており、女性差別や女性蔑視を招きかねないヒステリーという言葉を診断名として用いるべきではないという立場が増え、ヒステリーという疾患概念は次第に薄れていきました。
DSMの登場
次第に、心理臨床の現場で用いられることの少なくなったヒステリーという用語は、DSM-Ⅲでは完全に失われ、転換性障害と解離性障害に分離されることとなります。
しかし、DSM-Ⅱまでは、転換性障害と解離性障害、ヒステリー性格を含むヒステリー性人格障害という疾患概念が示されていました。
そして、DSM-Ⅲへの改訂の段階で概念の整理が行われ、ヒステリー性格による社会不適応は演技性人格障害と新たな疾患概念へと分けられたのです。
ヒステリー性格の原因
ヒステリー性格とはどのようなものなのでしょうか。
一般的にヒステリー性格は次のような特徴を持っているとされています。
【ヒステリー性格の特徴】
- 情緒不安定
- 自己中心性
- 自己顕示性
- 感情的興奮(すぐに取り乱す)
- 過剰な自己表現
- 幼児退行性
- 依存性
- 虚言癖
- 誘惑的
それでは、このような性格傾向はいったいどのようなメカニズムによって生じると考えられるのでしょうか。
ヒステリーの研究を古くから行ってきた精神分析では、自分と認められるこころである自我を守るためのこころの働きである防衛機制が深く関連しているという見方を示しています。
そもそも、ヒステリーという症状は望ましくない欲求や思考、感情、記憶を無意識の中から出てこないように押し込めておく「抑圧」という防衛を行うために、抑圧された内容が身体症状として形を変えて表出されると考えられています。
そして、抑圧という防衛を効率的に行うためには、無意識の中に閉じ込めている内容と似通っているような望ましくない刺激を無視する「否認」が必要です。
そのため、ヒステリー性格とは、抑圧と否認が強い人のことを指すのです。
このような、自分の認められるものしか受け入れようとしない姿勢は、辛く、嫌な音のある現実世界とは馴染みません。
そのため、ヒステリー性格の人は、物事の良い面を見るばかりではなく、自分が持っている素質などをよい方向に過大評価して歪曲したりすることで、自分のすばらしさを宣伝します。
こうすることで、自信がなく、弱い自分という嫌な面を見ないよう、効率的に抑圧・否認の防衛を行っているのです。
演技性パーソナリティ障害の特徴
演技性パーソナリティ障害はヒステリーという疾患と深い関わりを持っているパーソナリティ障害であることをご紹介してきました。
それでは、演技性パーソナリティ障害の心理的特徴とはどのようなものが挙げられるのでしょうか。
市川・村上(2016)は、アタッチメントスタイルという観点から演技性パーソナリティ障害傾向の特徴を検討しています。
アタッチメントスタイルとは、「自分が愛される価値ある存在か」という不安・自信のなさを根底とした自己観と「他者は自分を助けてくれる信頼できる人物か」という肯定的な他者観を根底とした2次元から表現されます。
そして、演技性パーソナリティ障害傾向は、否定的な自己観と肯定的な他者観を根底としていることが示されました。
そして、見捨てられてしまうかもしれないという不安は本来、精神的健康を害するものですが、演技性パーソナリティ障害傾向の高さを媒介することで、抑うつを抑制することが示されました。
これはいったい何を示しているのでしょうか。
前項でもふれたように、ヒステリー性格は自信のない弱い自分を見ないようにするために、抑圧・否認という防衛を用いることで派手な言動を行っているものです。
そして、この研究の結果でも、見捨てられてしまうのではないかという弱い自分を積極的に対人関係を構築するという演技性パーソナリティ障害傾向の対処法によって、精神的な落ち込みを防いでいると捉えることができるのです。
演技性パーソナリティ障害の症状
演技性パーソナリティ障害におけるこのような症状は、周囲との人間関係を悪化させるような事態を引き起こします。
例えば、公共の場で情熱的な方用をしたり、そこまで仲良くないにも関わらず「親友」だと周囲に話すなどによって、巻き込まれた人物は非常に恥ずかしい思いをしたり、困ったりしてしまいます。
そして、このような言動は人からの注目を集めるための行為であり、意図した結果が得られなければ、途端に機嫌が悪くなってしまいます。
演技性パーソナリティ障害の治療法と接し方
演技性パーソナリティ障害に対する治療法はカウンセリングなど一般的な心理療法がおこなわれます。
基本的にパーソナリティとは生まれつき持っている素質に加え、これまでの人生で受けてきた影響によって形作られたものであり、何らかの薬物やプログラムで性格を短期間で激変させることは難しいでしょう。
そして、演技性パーソナリティ障害はヒステリーと関連が深いと考えられているように、自分の本当の感情を抑圧・否認することで気づいていないケースも少なくありません。
そのため、心理療法によって、無意識に抑圧された感情に気づくよう促し、注目を集め中ればならないような不適切なコミュニケーション法を修正するような接し方が求められます。
また、自分は見捨てられてしまうかもしれないといいう強い不安や注目を集められないために抑うつ状態に陥った場合には抗不安薬や抗うつ薬が処方されることもありますが、これは副次的な症状を抑えるだけに過ぎないため、心理療法での介入をメインとして行うことが重要です。
演技性パーソナリティ障害について学べる本
演技性パーソナリティ障害について学べる本をまとめました。初学者の方でも手に取りやすい入門書をまとめてみましたので、気になる一冊があればぜひ読んでみてください。
改訂 精神分析的人格理論の基礎―心理療法を始める前に
演技性パーソナリティ障害はヒステリーと非常に関連が深いパーソナリティ障害です。そして、ヒステリーを学ぶためには精神分析的な人格理論を深く学んでおくとその後の理解に役立つでしょう。
初学者の方でも読み進めやすいよう難解な精神分析を易しく解説している本書から、まずはヒステリーが起こるメカニズムについて詳しく学んでいきましょう。
パーソナリティ障害 いかに接し、どう克服するか (PHP新書)
パーソナリティ障害は自分が困るもしくは他者が困るという特徴があります。
そのため、本人には異常であるという病識がなく、周囲が困ってしまって医療機関に繋がるケースも少なくありません。
演技性パーソナリティ障害を含む、様々なパーソナリティ障害の特徴をまとめた本書には、パーソナリティ自己診断シートも付属されています。
ぜひ、本書を手に取って、早い段階で演技性パーソナリティ障害に気づける目を養いましょう。
演技性パーソナリティ障害に振り回されないために
演技性パーソナリティ障害は、その派手な言動のために周囲との人間関係が迷惑を被るケースも少なくありません。
そして、何よりも恐れているのは周囲から関心を得られないことであり、迷惑だからと人間関係を断とうとすると、自殺をほのめかすなど手段を選ばないケースもあります。
そのため、早期の段階で演技性パーソナリティ障害に気づき、医療機関につなぐなど適切な対応が求められるのです。
ぜひ、これからも演技性パーソナリティ障害について詳しく学んでいきましょう。
【参考文献】
- 長尾博(2021)『青年期自我の時代的変遷に関する臨床心理学的考察 -自己顕示・アイデンティティから多面的自己、自己愛的没入へ-』活水論文集 = Kwassui Bulletin (64), 23-39
- 馬場禮子(2016)『改訂 精神分析的人格理論の基礎―心理療法を始める前に』岩崎学術出版社
- 市川玲子・村上達也(2016)『パーソナリティ障害傾向とアタッチメント・スタイルとの関連:―横断研究による精神的健康への影響の検討』パーソナリティ研究 25(2), 112-122
- American Psychiatric Association(高橋三郎・大野裕監訳)(2014)『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院