今回はパニック障害について取り上げます。パニック障害とはどのような病気で、どのような症状があるのでしょうか。
パニック障害のきっかけやなりやすい人の特徴と、具体的な治療法、患者自身でできる対処法などについて解説します。
目次
パニック障害とはどのような病気なのか
まず、パニック障害とはどのような病気なのかについて見ていきます。なお、現在パニック障害はパニック症に名前が変更されていますが、日本で広く定着しているのはパニック障害ですので、本記事においてもこちらの呼称を使用します。
パニック障害とは
パニック障害は、後述するパニック発作などを症状とする精神疾患で、不安症と呼ばれる病気に分類されます。不安症は不安や恐怖が病的に高まる病気のグループであり、パニック障害はその1つということです。
不安症には他に、社交不安症や限局性恐怖症などがあり、いずれも病的な不安が特徴です。
しかしパニック障害の不安には、別の大きな特徴があります。それは、”何も理由がないのに、不意に強烈な恐怖や不安に襲われる”ことです。
例えば社交不安症は対人不安とほぼ同じ病態の病気ですが、要するに、人と関わる場面に不安を感じるわけです。対してパニック障害の不安は、何も理由がなく始まります。
そしてこの強烈な恐怖や不安が、パニック発作をはじめとする様々な症状を引き起こしていきます(具体的な症状については後述します)。
DSM-5によるパニック障害の診断基準
DSMとは、アメリカの精神医学会による診断基準のことで、DSM-5はその第5版です。そこでは、パニック障害の診断基準として、以下のようなものが挙げられています。
- 予期しない発作が繰り返し起こる。
- また発作が起こるのではないかと言う不安(予期不安)がある。
- 気がおかしくなるのではないかなど、発作の結末を心配する。
- 発作に関連した行動の変化がある。
- このような症状が1か月以上続いている。
以上のような条件を満たす場合、パニック障害と診断されます。
パニック障害の症状
パニック障害の症状を理解するうえでは、前述したパニック発作や予期不安に加え、広場恐怖症という言葉がキーワードとなります。
パニック発作は動悸やめまいなどの身体症状に加え、強い不安や恐怖という精神症状も表れます。心臓がドキドキしたり、脈拍数が多くなったりといった心臓の異常を感じるため、文字通り死を意識するレベルの恐怖を感じます。
実際、救急車を呼ぶ人も多いようです(ただし、パニック発作で実際に命を落とすことはありません。)。
パニック発作はいったん収まっても再び起こるため、やがて発作が起こっていないときにも”また発作が起こるのではないか”という不安が生まれます。これが予期不安です。
そして予期不安が生まれると、外出や雑踏を避けるようになります。これが広場恐怖症と呼ばれる症状になります。広場というのは広い場所という文字通りの意味ではなく、発作が起きても逃げられない場所、助けを求められない場所のことを指します。
このように、パニック障害では①身体症状と精神症状の両方を伴うこと②一般にパニック発作から予期不安、広場恐怖症という経過を辿ることが特徴です。
パニック障害と合併しやすい精神疾患
パニック障害は、他の精神疾患を合併しやすいとされています。特に多いのがうつ病で、合併する割合は8割に上り、そのうち2~3割は躁うつ病であるとされています。他の精神疾患としては、適応障害、依存症、パーソナリティ障害、社交不安症、強迫症(強迫性障害)などが合併することが知られています。
パニック障害の原因やきっかけ
次に、パニック障害に至る要因などを見ていきます。
パニック障害の原因・きっかけ
パニック障害のきっかけは”不意に生じる強烈な不安”であり、その発病のメカニズムは十分に解明されていません。しかし、パニック発作が脳の機能障害によるものと言うことは分かっています。以下で簡単に説明します。
不安や恐怖は、元々は危険から身を守るための反応です。危険が迫ると、脳の偏桃体という部分が警報を鳴らし、不安や恐怖を呼び起こします。その一方で、脳には、不安を抑え、平常心を保とうとする働きもあります。通常、こうしてバランスを取っているのです。
しかしパニック障害の場合、この不安や恐怖を抑える働きが弱まっているとされています。そのため偏桃体が呼び起こす不安や恐怖が過剰となり、パニック発作に繋がると考えられているのです。
なお、脳の働き以外の原因としては、ストレスが挙げられます。ただし、厳密にはパニック発作が起きやすくなる”誘因”がストレスであって、直接の原因はやはり脳の働きにあると考えられています。
パニック障害になりやすい人の特徴
パニック障害はおおよそ100人あたり3人に発症するとされ、珍しい病気ではありません。とはいえ、パニック障害になりやすい人と、そうでない人が存在します。いくつかの観点から、具体的に見ていきましょう。
年齢
パニック障害は比較的若い年齢で発症しやすいとされており、特に20代での発症が多く見られます。一方で、65歳以上の有病率は0.1%に過ぎません。
性別
パニック障害は女性の方がなりやすく、女性の有病率は男性の3倍ほどと言われています。
はっきりした理由は不明ですが、1つ考えられているのは、女性ホルモンのメカニズムです。女性のホルモン分泌は男性に比べ複雑でバランスを崩しやすく、不安を招きやすいと言われています。女性は妊娠や出産でもホルモン分泌が変化するので、パニック発作が起こりやすくなる、と考えられているのです。
体質
体質的な要因も指摘されています。すなわち、パニック障害の患者は、そうでない人と比べ、ストレスに対する感受性が高く、不安をためやすい傾向があるとされているのです。
このような体質を不安体質と呼び、この体質は家族で似ることがあります。ただし、そうした体質を持っているだけでは発症せず、そこに環境やストレスなどの後天的な要因が加わって発症すると言われています。
性格
パニック障害の患者は、幼いころからいい子と褒められ、大人になってからも真面目な人と評価されている人が多いです。周囲に合わせて空気を読む、仕事熱心であるといった具合です。
一方で、何もしていないと不安や苦痛を感じることがあります。その反動として真面目に頑張ってしまうのです。
パニック障害の治療法・対処法
ここからは、パニック障害の治療や対処法について見ていきます。
パニック障害の治療法①薬物療法
薬物療法は治療の第一選択であり、パニック発作をコントロールし、不安感を和らげるために行われます。
発作のコントロールは、特に発作が頻繁に起こる急性期(急性期:症状が急に現れる時期や、病気になり始めの時期のこと)には重要です。ですからまず、お薬によって発作を抑える治療を行います。
具体的な治療薬としては、抗うつ薬であるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬が使われます。これらのお薬を用いて、段階的に薬物療法を進めていきます。
薬物療法のメリットとしては、お薬の力を借りることで発作や不安を軽減させることが期待できます。また、お薬を飲むだけで良いので、患者にとって取り組みやすいことも利点です。一方で、副作用や依存性といったデメリットも存在します。
パニック障害の治療法②心理療法
心理療法としては、一般に認知行動療法(略称:CBT)が推奨されています。ただし、まずはお薬で発作を軽くしてから心理療法、という流れが原則です。
心理療法は、文字通りこころを対象に行います。お薬は発作が和らげることは出来ても、次の発作を恐れる、何でもないことに不安になるといった、心の動きまで治すことは出来ません。こうした後ろ向きな思考などにアプローチするのが心理療法の役割、と言うことになります。
パニック障害に対する認知行動療法は、認知面と行動面にアプローチしていきます。具体的には、認知面について、後ろ向きな思考(考え方のクセ)を、クライアント自身で修正していくよう支援します。
そして行動面については、不安を感じる場面にあえて身を曝すことで、徐々に不安に慣れ、不安が解消されるよう支援するのです(この方法は、エクスポージャーと呼ばれています)。
この認知行動療法は、治療や再発防止に高い効果を発揮します。しかしその一方で、効果が出るまでに時間がかかる、実行には強い意思や根気が必要といったデメリットがあります。
自分でできるパニック障害の対処法
治療を始めてパニック障害から回復してくると、発作におびえて家に閉じこもるのではなく、病気に立ち向かおうとする力が生まれます。ここでは、自分でできる工夫をいくつかご紹介します。
①自分に言い聞かせる
パニック発作が起きたときに騒ぐのではなく、経験から得たことや、医師から言われたことを言い聞かせます。具体的には、「パニック発作で死ぬことはない」、「薬を飲んだから大丈夫」と言った言葉を言い聞かせます。
②出入口の近くにいる
電車や映画館などのすぐに逃げられない場所が苦手なので、何かあってもすぐ逃げ出せるよう、出入口に近いところに居るようにしましょう。
③自分なりの安心グッズを持つ
自分なりのお守りや愛着のある物を持つだけで安心できる場合も少なくありません。頓服薬や家族の写真、お水、文庫本などが挙げられます。もちろん、本物のお守りでも問題ありません。
④運動をする
パニック障害の人は、運動をすることで不安や抑うつ症状が軽くなるという研究があります。特に、ウォーキングやランニングなどの有酸素運動を適度に行う習慣をつけると良いとされています。体力的に運動することが難しければ、部屋の掃除をしてみると良いでしょう。
パニック障害の予後
ここまで、パニック障害の治療法や対処法を述べてきました。しかしながら最も大切なことは、こうした治療にどの程度効果があるのか、です。そこで、パニック障害の予後について、貝谷らが1999年に行った研究をもとに見ていきましょう(貝谷ら,1999)。
この研究では、2年半以上治療を続けているパニック障害の患者208名を対象に、アンケート調査が行われました。
結果、治療開始2年半以後にパニック発作がまったくないと答えた割合は66%でした。また仕事の達成度では、仕事がしっかりこなせていると答えた割合が90%に上りました。一方、2年半経過後でも服薬している割合は70%を超えていることも分かりました。
以上を踏まえ、本研究では、”パニック障害は慢性化しやすく長期の治療を必要とするが、社会的障害は比較的軽い”と結論付けています。
パニック障害について学べる本
最後に、パニック障害についてより詳しく学べる本を2冊紹介します。
患者のための最新医学 パニック障害 正しい知識とケア 改訂版
パニック障害に特化した1冊です。症状や原因、治療について丁寧に説明されています。また、周囲がどうサポートすべきか、自分自身でどうケアすべきかといったことも書かれています。掲載されている症例も7つと豊富で、実践的な学びを得ることが出来るでしょう。
パニック症と過呼吸 発作の恐怖・不安への対処法 (健康ライブラリーイラスト版)
こちらはパニック障害と、パニック障害の代表的な症状である過呼吸を中心的に扱った1冊です。本書はページ数が98ページと少なく、より手に取りやすい書籍と言えるでしょう。
まずは正しい理解から
今回は、パニック障害の症状や原因、治療法などについて概説しました。パニック障害に限らず、どの精神疾患も、まずは正しく知ることから見立てや治療が始まります。この記事をきっかけに、皆さんがそれぞれ学びを深めていってくだされば幸いです。
参考文献
- 貝谷久宣監修(2015).『パニック症(パニック障害)の人の気持ちを考える本』講談社
- 貝谷久宣, 宮前義和, 吉田栄治, 石田展弥, 山中学(1999).『パニック障害の30カ月転帰とその予測因子』Panic Grand Round ’98,13-18
- 坪井康次監修(2021).『患者のための最新医学 パニック障害 正しい知識とケア 改訂版』高橋書店