精神障害を診断するために、心理臨床の現場では問診によって診断基準と照らし合わせることで診断を行っています。
その診断基準のもっとも代表的なものの1つが国際疾病分類(ICD)です。それでは国際疾病分類とはいったいどのようなものなのでしょうか。その内容やDSMとの違い、使われ方や最新のICD-11についても解説していきます。
目次
国際疾病分類(ICD)とは
国際疾病分類とは、世界保健機関(WHO)が発行する疾病の分類のことを指します。
正式名称は「疾病及び関連保健問題の国際統計分類」という名称であり、International Statistical Classification of Diseaseの頭文字をとり、ICDと呼ばれることもあります。
国際疾病分類の目的と使われ方
国際疾病分類は異なる国、地域から疾病、傷害及び死因の統計を国際比較することを目的として作成されています。
世界各国の疾病にかかわる情報を集約していることから国際比較が可能となり、一般疫学全般や健康管理のための標準的な国際分類となっていることが特徴です。
国際疾病分類の歴史
ICD開発までの歴史をさかのぼると、その起源は死因分類から始まっています。
それまではどのような理由により人が死亡するのかという分類は国々で統一した基準がなく、国際比較ができないという疫学的な問題を抱えていました。
そこで1853年にブリュッセルで開催された第一回国際統計会議において統一した分類の必要性が強く叫ばれ、流行病・全身性疾患・解剖学的部位別の局所疾患・発育疾患・暴力による疾病などを含む死因分類が提出されました。
そして、1900年にはフランス政府の提唱により、パリで国際死因リストの改定に関する第一回国際会議が開催され、国際疾病分類が生まれました。
その後複数回の改定がなされたのちに、1948年には第一回世界保健総会が開催され、第6回の改訂により死因の統計だけでなく死に至らない疾病も含む疾病統計にも利用できるよう分類のためのルールが導入されました。
その後、約10~20年の間隔を空けて複数回改訂がなされており、現在用いられている最新版は国際疾病分類の第11回改訂版であるICD-11が発表されています。
国際疾病分類(ICD)の内容
それでは、国際疾病分類はどのような内容で構成されているのでしょうか。
成立の経緯にもあるように、もともとICDは死に至る病を広く取り扱っている疾病分類です。
そして、次のような大分類がなされています。
【国際疾病分類の内容】
- 第1章:感染症および寄生虫症
- 第2章:新生物
- 第3章:血液および造血器の疾患
- 第4章:免疫機構の障害
- 第5章:内分泌栄養及び代謝疾患
- 第6章:精神、行動及び神経発達に関する疾患
- 第7章:睡眠・覚醒障害
- 第8章:神経系の疾患
- 第9章:視覚系の疾患
- 第10章:耳又は乳様突起の疾患
- 第11章:循環器系の疾患
- 第12章:呼吸器系の疾患
- 第13章:消化器系の疾患
- 第14章:皮膚の疾患
- 第15章:筋骨格系および結合組織の疾患
- 第16章:腎尿路生殖系の疾患
- 第17章:性保健健康関係の病態
- 第18章:妊娠、分娩および産褥
- 第19章:周産期に発生した病態
- 第20章:先天奇形、変形および染色体異常
- 第21章:症状、徴候および異常臨床所見・異常検査所見で他に分類されないもの
- 第22章:傷病、中毒およびその他の外因の影響
- 第23章:傷病および死亡の外因
- 第24章:健康状態に影響をおよぼす要因および保健サービスの利用
- 第25章:特殊目的用コード
- 第26章:補助チャプター伝統医学の病態・モジュール
- 第V章:生活機能評価に関する補助セクション
- 第X章:エクステンションコード
このような幅広い疾病をカバーする国際疾病分類ですが、その中でも心理臨床の現場にかかわる章としては第6章の「精神、行動及び神経発達に関する疾患」の章が該当します。
ICDとDSMの違い
ICDと同じく、心理臨床の現場で用いられる診断基準として有名なのが精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)です。
ICDの第6章「精神および行動の障害」はDSMと連動して作成されているため、おおむねその記述内容に大きな違いはありません。
しかし、DSMは米国精神医学会が発行している精神障害の診断基準であり、ICDがWHOにより発行されているという点で発行母体の違いが挙げられます。
また、ICDが様々な疾病を対象としていることに対し、DSMのカバーする範囲は精神障害の分野に限られるということも大きな違いでしょう。
そのほかにも、DSMの診断基準を目にするためにはマニュアルの購入が必要ですが、ICDは無料で公開されているという点も異なります。
最新版(ICD-11)の特徴
現在発行されている国際疾病分類の最新版は第11版であるICD-11です。
それではICD-11にはどのような特徴があり、どのような改訂がなされたのでしょうか。
ICD-11全体に関する主な変更点
ICD-11全体は基本的に前身にあたるICD-10をベースとしたものです。
感染症・がんから始まり、器官別の疾患などが続く形となっています。
しかし、ICD-11への改訂にあたり、2つの心理臨床の関わる章が新設されています。
【ICD-11で新設された章】
- 睡眠―覚醒の障害
- 性の健康に関連する状態
睡眠障害はうつ病や不安障害など様々な精神障害にみられる症状の1つです。
しかし、ICD-11では、睡眠障害自体が精神疾患から独立してまとめられることとなっています。
特に、それまで神経系の疾患として捉えられていた睡眠時無呼吸やナルコレプシー(急激な睡魔と脱力発作がある障害)などは、新たに「睡眠―覚醒の障害」にまとめなおされたのです。
また、性の健康に関連する状態も精神障害から切り離されることとなっています。
この章の核となるものは性同一性障害(性別違和)であり、ジェンダーの問題を精神的な異常ととらえ、差別を助長することを防ごうとする意図が背景にあると考えられます。
障害から症への呼称変更
ICD-11では、日本語での病態の呼称についても見直しがなされています。
長らくDisorderを障害と訳す立場が採用されていましたが、障害という言葉の持つネガティブな印象が懸念される声が多く、日本精神神経学会から2018年6月にDisorderの訳語を症にするべきであるという提案がなされ、呼称が変更されています。
第6章に含まれる疾患群の改訂、修正
心理臨床に大きくかかわる第6章「精神、行動及び神経発達にかかわる疾患」に含まれる精神障害もICD-11への改訂に伴い変更がなされているものがあります。
【第6章の変更点】
- 神経発達症群
- 統合失調症またはほかの一次性精神症群
- 気分症群
- 不安または恐怖関連症群
- 強迫症または関連症群
- 解離症群
- 食行動症または摂食症群
- 身体的苦痛症群または身体的体験症群
- 物質使用症群または嗜癖行動症群
- 衝動制御症群
- 認知症と他の神経認知障害群
このように、第6章の精神障害のなかでも様々な改訂がなされていますが、その中でも特に話題となったのが、物質使用または嗜癖行動症群のなかにゲーム障害が含まれるようになったことでしょう。
本来、この障害群に該当する者の代表といえば、いわゆる依存症であるアルコール依存や薬物依存などが代表的です。
オンラインゲームに病的なまでにのめりこみ、自身を制御できないというゲーム障害は近年新しく生まれた病態であり、ICDという国際的な診断基準が示されたことによって、さらなる研究がすすめられることが期待されます。
国際疾病分類(ICD)の使い方
国際疾病分類はWHO加盟国の診断基準として採用されており、こちらのサイトから無料で誰でも閲覧することができます。
ICD-11のサイトでは、疾患を検索できるよう検索バーが用意されています。調べたいと考えている疾患の分類番号を入力することで、その疾患の診断基準や統計情報が表示されます。
ただし、英語表記となっているため、英語の表現を理解するもしくは日本語に翻訳しなおすなどの作業が必要となるでしょう。
国際疾病分類について学べる本
国際疾病分類について学べる本をまとめました。
初学者の方でも読み進めやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
ICD‐10 精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン
国際疾病分類について学びたいのであれば、ICDの示す病態の臨床像やそれに基づいた診断のガイドラインについて触れることが重要でしょう。
特に心理臨床にかかわりの深い第6章を取り扱った本書を読むことで、ICDでは精神障害についてどのようにとらえ、どのような診断基準を示しているのかを理解することができるでしょう。
ICD-11・DSM-5準拠 新・臨床家のための精神医学ガイドブック
国際疾病分類は確かに精神的な不調を抱え、社会不適応に陥っている人がどのような疾患を抱えているのかを理解するために有用なツールです。
しかし、実際の心理臨床の現場では、診断基準通りにクライエントが症状を語ってくれる場合はまれであり、必要な質問をして情報を引き出し、似ている病態としっかりと鑑別診断を行う必要があるのです。
そのため、本書を手に取り、国際疾病分類の診断基準を活かした、精神医学的な診断はどのように行われるべきなのかについて学びましょう。
国際的な診断基準によって得られる恩恵
国際的に共通の診断基準が示されることは、心理臨床の現場において、適切な介入方針を決定する診断に大きな影響を与えています。
しかし、それだけではなく、疾患を詳しく調べる臨床研究にも多大な影響を与えているのです。
臨床研究によってより効果のある治療法が開発されていくということもあり、その基盤となるICDの改訂にかかわる動向には注目していく必要があるでしょう。
【参考文献】
- 秋山光浩・松浦恵子・今津嘉宏・及川恵美子・首藤健治・渡辺賢治(2011)『疾病及び関連保健問題の国際統計分類について 』日本東洋医学雑誌 62 (1), 17-28
- 飯森眞喜雄・松本ちひろ・丸田敏雅(2013)『ICD-11の最近の動向』精神神経学雑誌 115 (1), 49-52
- 松本ちひろ(2021)『ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」構造と診断コード 』精神神経学雑誌 = Psychiatria et neurologia Japonica 123 (1), 42-48