私たちは日常的に気分がよい時も悪い時もそれぞれ経験します。しかし、どちらか一方の気分のみに支配されてしまったり、激しく変わる気分によって社会生活を送ることが難しくなってしまうのが気分障害です。
それでは気分障害とはいったいどのような精神障害なのでしょうか。その分類や原因、診断基準や治し方・接し方に触れながらご紹介していきます。
目次
気分障害とは
気分障害とは、気分が正常な働きをしないことによって主観的苦痛や社会不適応を引き起こす精神障害のことであり、大きくうつ病と双極性障害の2つに分けることができます。
【気分障害の大分類】
うつ病:大きな気分の落ち込みや意欲の減退、絶望感などを特徴とする
双極性障害:抑うつ症状と気分の高揚や誇大妄想などを特徴とする躁症状を繰り返し経験する
また、職場のストレスなどによってうつになったなどの場合は適応障害と診断されることもあるかもしれません。
確かに適応障害も抑うつ気分などの症状を呈しますが、現在の精神医学の知見では、うつ病とは本質的に異なっており、適応障害は気分障害群ではなく、PTSDなどと共に「心的外傷およびストレス因関連障害群」の1つとして捉えられています。
気分障害の分類
気分障害はDSM-5では解体されてしまいましたが、未だに心理臨床の現場では気分の不調を主症状とする疾患概念として採用されています。
そして、気分障害の大分類であるうつ病と双極性障害は次のような疾患を含んでいます。
【抑うつ障害群】
- 重篤気分調節症(18歳未満の児童において気分の調節がうまくいかないもの)
- 大うつ病
- 持続性抑うつ障害(気分変調症)
- 月経前不快気分障害
- 他の医学的疾患による抑うつ障害及び関連障害:身体疾患の影響によりうつ病の症状が出ている
- 物質・医薬品誘発性抑うつ障害及び関連障害:薬物などの影響により、うつ病の症状が出ている
- 他の特定される抑うつ障害:基準には満たないものの抑うつエピソードが認められるもの
- 特定不能の抑うつ障害:双極性障害のような病態を示すが、確定的な診断が出来ず、暫定的にうつ病性障害が疑われるときの診断
【双極性障害及びその関連障害】
- 双極Ⅰ型障害
- 双極Ⅱ型障害
- 気分循環性障害
- 物質・医薬品誘発性双極性障害及び関連障害:薬物などの影響により、双極性の症状が出ている
- 他の医学的疾患による双極性障害及び関連障害:身体疾患の影響により双極性の症状が出ている
- 他の特定される双極性障害及び関連障害:気分エピソードと閾値以下の症状で4つの精神疾患の診断基準が示されている
- 特定不能の双極性障害及び関連障害:双極性障害のような病態を示すが、確定的な診断が出来ず、暫定的に双極性障害が疑われるときの診断
これらの障害のうち、症状の強さによって診断名が分かれるものを太字にしておきました。
そして、次のような症状の強さの違いによって、これらの診断は分類することが可能です。
障害名 | うつ症状 | 躁症状 |
大うつ病 | 重度 | 無し |
持続性抑うつ障害(気分変調症) | 軽度 | 無し |
双極Ⅰ型障害 | 重度 | 重度(躁病エピソード) |
双極Ⅱ型障害 | 重度 | 軽度(軽躁病エピソード) |
気分循環性障害 | 軽度 | 軽度(軽躁病エピソード) |
気分障害の原因
現代の医学において、気分障害の原因は、はっきりとは特定されていません。
しかし、発症に関わるであろう生理的要因や心理的要因は仮説としていくつか提唱されています。
遺伝的要因
統合失調症のように、うつ病や躁うつ病も遺伝するという報告が古くからなされてきました。
これを遺伝負因と呼びます。
心理査定を行うときには既往歴に加え、必ず家族歴を聞きますが、近親者に気分障害の人がいる場合、その家族も発症するリスクはあることを頭の片隅に置いておきましょう。
性格的要因
うつ病を勉強していると必ずと言ってもいいほど見かけるメランコリー親和型性格という用語があります。
テレンバッハという精神科医が提唱したメランコリー親和型性格は、うつ病を発症した患者の性格傾向の分析から見出されました。
【メランコリー親和型性格】
秩序や決まり事をしっかりと守り、良心や義務感を大切にする所謂まじめな人。しかし、消極的な面もあり、自分のコントロールできる範囲の外で秩序が崩れてしまうことで破綻し、うつを発病する。
また、躁うつ病に通ずる性格傾向としてマニー親和型性格というものが挙げられます。
【マニー親和型性格】
秩序に対してそれを守りたい一方で破りたいとも思う矛盾する気持ちを抱える。自己中心的でありエネルギーにあふれているが、権威に対して反抗的な面もあり、1つのことに熱中しすぎてしまう傾向にある。
心理社会的要因
発症の引き金となる誘因
として心理社会的要因も重要です。
気分障害患者は死別やリストラ、人間関係の悪化など強いストレスを受ける状況が引き金となり発症していると考えられているのです。
また、強いストレスがかかっている状況だけでなく、そのようなストレスから解放されたときの「荷降ろし」によって発症するケースなども存在するため、注意が必要です。
遺伝的な要因(気質も含む)が発症に関連していることはすでに述べましたが、双子を対象とした研究などから、遺伝子情報が全く同じであっても100%するわけではないことが分かっています。
つまり、遺伝的なリスクを持っている人が、発達の中で、何らかのストレスによる影響を受けることで発症するのです。
これを脆弱性-ストレスモデルと呼びます。
神経伝達物質
抗うつ薬の研究を通じて、うつ病にはセロトニンと呼ばれる脳内の神経伝達物質がその発症に大きく関わっていることが指摘されています。
そして、うつ症状を呈する同じ双極性障害においても、脳内の何らかの物質の分泌異常が関連しているのでしょう。
しかし、双極性障害に対して抗うつ薬を使用するだけでは、躁症状を抑えることができません。
そして、現在も躁状態を抑えるリチウムなどの気分安定剤がどのように作用するのかに関しても詳しくは分かっていないのです。
特に双極性障害においては、その発症の生理学的基盤は詳しく特定はされていませんが、今後の研究で明らかになる可能性も高いため、最新の動向を注視しましょう。
気分障害の治し方・接し方
気分障害の治療では、薬物療法と心理療法を併用するアプローチが基本とされています。
また、治療と並行して特にうつ病に対しては励ますことはかえって患者を追い詰めることになってしまうため、服薬をしながら休むよう伝えることが最も大切であり、三寒四温のように冬は症状が辛くても春にかけて徐々に和らいでいく見通しを伝え支えていく接し方が大切となります。
薬物療法
うつ病への薬物療法でもっとも有名なのはSSRIもしくはSNRIと呼ばれる治療薬です。
脳神経は神経ごとの継ぎ目に微小な隙間が空いており、その間を電気信号が通ることができません。
そのため、インパルスと呼ばれる電気信号が神経の末端まで到達すると、そこから神経伝達物質を放出し、それを別の神経細胞が受容することで命令を各脳部位へ伝えているのです。
神経伝達物質がうつ病の発症に深く関わっていることは前項でも触れましたが、SSRIやSNRIはセロトニンやノルアドレナリンと呼ばれる神経伝達物質の放出・受容される量を調整します。
これによってうつ症状の軽減、改善を狙うのです。
ただし、抗うつ剤は十分な効果が出るまである程度時間がかかるケースが多く、眠気、集中力の低下などの副作用も見られることも多いため、使用してみて合わないようであれば別の薬の処方を検討することも念頭に置く必要があります。
また、双極性障害への薬物療法第一選択肢はリチウムと呼ばれる気分安定薬です
これは、双極性障害にのみ適用される薬として有名で、19世紀に偶然岩石の中から発見されてから、1881年にランゲ,K.により有効な治療薬であることがはじめて見出されました。
リチウムは躁症状を抑える為に非常に有効です。
しかし、長期的な服用による中毒症状を引き起こす可能性もある危険な薬であることを覚えておきましょう。
そのため、血中濃度の管理や、腎臓など体内物質の排出に関わる薬を併用しないようにするなどの服薬管理の徹底が不可欠であり、専門医の元での使用が必要です。
心理療法
薬物療法は、気分障害の症状を抑える、つまり症状を抑え込む治療を行うものです。
しかし、薬には合う合わないという個人差がどうしても存在することも事実です。副作用が重いために服薬をやめてしまうことで再発するなどのリスクが考えられます。
特に躁状態では病識が薄く、自分は健康で素晴らしいという誇大的な自己評価を導きやすいため治療に必要を感じず、自ら中断してしまうことも少なくありません。
そのため、気分障害の症状に関して心理教育を行ったり、日常生活におけるストレスや悩みにフォーカスを当てた心理療法を併用し、服薬管理に加え心理的サポートを行うことも欠かせません。
特に、うつ病には特有の自己否定的な認知の歪みがあることが有名であり、これを修正するよう働きかける認知行動療法などを用いて社会復帰を支えることも有効です。
気分障害の歴史
気分障害は非常に古くから注目されてきた精神障害であり、現在の心理臨床の現場でも健康な生活を障害する疾患として大きな注目を集めています。
気分障害の捉え方がどのような歴史をたどってきたのかを見てみましょう。
気分障害につながる研究「メランコリー」
気分障害につながる研究は「メランコリー」という用語を使った観点から行われた古代ギリシャまで遡ります。
メランコリーとは紀元前5世紀にヒポクラテスが提唱したメランコリアに由来する医学用語で、黒胆汁を意味します。この黒胆汁が過剰になると元気がなくなり、うつ症状を呈すると考えられていたのです。
このような、体液の異常によって精神障害を引き起こすという考えは「体液学説」と呼ばれています。中世まで人間の身体的・精神的な健康は主要な4つの体液のバランスが崩れることによって害されると考えられていたのです。
双極性障害の元となる疾患概念の発見
長い間、体液のバランスの崩れにより気分の異常が引き起こされると考えられていましたが、18世紀に入り、ピネルという医師によって精神病の分類が提唱されたことによって大きな転換を迎えます。
ピネルは精神病がデリールと精神遅滞という2つの精神的機能の要素から形成されると考え、次のような4分類を提唱しました。
【ピネルによる精神病分類】
- マニー
- メランコリー
- 痴呆
- 白痴
ピネルは気分障害の本質が「支配観念へのとらわれ」や「判断の誤り」であると考え、理性的な思考力が損なわれることで気分や感情のコントロールができず、気分障害に陥ると考えました。
この考えを受け継ぎ、修正したのがピネルの弟子であるエスキロールです。
彼はメランコリーが示すものがあまりにも多くの症状を含んでいることを指摘し、次のように細分化するべきだと主張します。
【エスキロールによるメランコリーの分類】
- リペマニー:悲哀と抑うつを示す
- モノマニー:熱情を伴い、限定された対象に向かう慢性の狂気
このリペマニーは現代のうつ病、モノマニーは現在の躁病に該当します。
エスキロールは躁とうつが規則的に後退する現象を認めていることから、現在のうつ病と双極性障害の元となる疾患概念を見出していたと言えるでしょう。
クレペリンによる循環病の提唱と「躁うつ一元論」
その後、19世紀には、現代の精神医学に多大な影響を与え、精神医学の父とも呼ばれるクレペリンという精神科医が二大精神病論を唱えました。
クレペリンは『精神医学教科書』において、精神疾患の中でも特病理が深いものの、器質的な異常が見当たらない内因性精神病を内因精神病と呼び、「早発性痴呆」と「循環病」の2つに分類しました。
このうち循環病と呼ばれる病気が、双極性障害のことを指しています。循環病とは、1度発症すると、症状が良くなったり悪くなったりをある一定のサイクルで繰り返す病気を指します。
躁うつ一元論とは
クレペリンが提唱した循環病は「躁うつ一元論」という疾病概念でした。
躁うつ一元論では、うつ状態と躁状態を繰り返す双極性障害だけでなく、うつ症状だけを示すうつ病も、現在は躁症状が現れていないだけで、今後躁症状が出現する可能性があるという前提に基づいています。
つまり、うつ病と双極性障害は本質的に同じ病気であると考えていたのです。
気分障害概念の確立
その後、クレペリンの一元論から、躁状態とうつ状態を繰り返す双極性障害とうつ状態のみを示すうつ病は同一の疾患なのかということが大きな議論を巻き起こします。
クレペリンが提唱した循環病は、確かに躁状態とうつ状態を繰り返す精神病であるという考えが採用されていますが、その繰り返すスパンは人によって大きく異なり、数か月単位で繰り返す人もいれば、数年単位で病相が変化する人もいたのです。
そのため、うつ病のみの症状がみられる人は、この繰り返すスパンが非常に長く、今はまだ、躁病の症状が現れず、うつ病症状しか呈していないだけであると考えられていたのです。
うつ病と双極性障害の分離
しかし、レオンハルトが単極性/双極性といううつ病と双極性障害を別の疾患として区別すべきと提唱してから、1960年代には遺伝研究によってうつ病と双極性障害は異なるものであるとする二元論的疾患概念が強まっていきます。
このような中で、1980年に米国精神医学会がDSM-Ⅲを発行しました。
DSM-Ⅲで、初めてうつ病と双極性障害を含んだ疾患概念である気分障害が提唱されます。
つまり、世界的に標準化された診断マニュアルにおいても、うつ病と双極性障害は別の疾患であるとする二元論的疾患概念が採用されたのです。
しかし、その後の遺伝学研究において、双極性障害はうつ病というよりも統合失調症に近いという知見が示され、DSM-5の改訂の際に気分障害は解体され、「抑うつ障害群」と「双極性障害および関連障害群」が独立して記載され現在に至ります。
気分障害について学べる本
気分障害について学べる本をまとめました。初学者の方でも手に取りやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
新版 入門 うつ病のことがよくわかる本 (健康ライブラリーイラスト版)
気分障害のうち、うつ病は自殺企図などもあり、治療には骨が折れる精神障害です。
しかし、正しいうつ病の知識を持っていなければ適切な対応が出来ないでしょう。
ぜひ、うつ病を易しく解説した本書でうつ病について学びましょう。
これだけは知っておきたい双極性障害 躁・うつに早めに気づき再発を防ぐ! ココロの健康シリーズ
気分障害のもう1つを構成する双極性障害に関する入門書です。
うつだけではなく、激しい行動化なども呈する躁病症状にはどのように対処すればよいのでしょうか。
ぜひ本書を手に取って詳しく学んでいきましょう。
適切な診断が予後を左右する
気分障害と一つにまとめられてはいますが、その中には様々な特徴を持つ疾患が含まれています。
そのため、最も大切なことは目の前で示されている症状がどの疾患によるものなのかを見極めることでしょう。
うつ病エピソードが示されているからと言って、本当は双極性障害なのに抗うつ薬を投与しても十分な治療効果は見込めないこともあります。
そのため、正しい知識を身に着け、気分障害に適切な対応ができるようしっかりと学んでいきましょう。
【参考文献】
- 松元圭(2017)『双極性障害研究から零れ落ちたもの : 社会学的研究へ向けての予備的考察』関西大学大学院人間科学 : 社会学・心理学研究 (86), 65-85
- 大野裕(2018)『うつ病の新しい考え方』総合健診 45(2), 359-365
- 岡村仁(2011)『うつ病のメカニズム』バイオメカニズム学会誌35(1), 3-8
- American Psychiatric Association(高橋三郎・大野裕監訳)(2014)『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院