カウンセリングなどの心理療法は、「面接室でカウンセラーと1対1の対話を行い、不適応を解消するもの」というイメージがあるかもしれませんが、うまく言葉を使って思っていること・感じていることを表現できない子どもにはどのようにアプローチすればよいのでしょうか。今回は遊びを通じたセラピーである遊戯療法を取り上げ、その目的や問題点主要な学会をご説明します。また、事例を紹介するので遊戯療法とはどのように行われるのかイメージを膨らませましょう。
目次
遊戯療法とは
遊戯療法とは、遊びの中で現れるクライエントの表現を通じて、クライエントを理解し、不適応を解消していこうとするアプローチのことです。
ヘルミーネ・フーク=ヘルムートによる児童分析
遊戯療法はヘルミーネ・フーク=ヘルムートによる児童分析にまで遡るとされています。
精神分析学派であった彼女は、遊びが子どもが自身の抱えている不安や葛藤などを大人ほど言語化できるわけではないということや記憶などの認知能力の発達途上であるため、過去の出来事の回想が上手にできないことなどの理由から、子どもを分析するうえで遊びに注目することの重要性を主張しました。
遊戯療法の実践
遊戯療法は様々な立場からのアプローチが行われてきました。ここでは代表的なものを取り上げてご紹介します。
精神分析的アプローチ
精神分析的な遊戯療法において有名な人物としては、アンナ・フロイトとメラニー・クラインが挙げられます。
アンナ・フロイト
アンナ・フロイトは遊びが、治療者とクライエント(子ども)との間の治療同盟(一緒に不適応を直す協力関係)の確立を促すものとして捉えました。
そのため、遊びのなかで現れる無意識の内容に対する解釈を行うことよりも、信頼関係を形成するためのツールとして重視したのです。
メラニー・クライン
これに対し、対象関係論と呼ばれる精神分析学派のメラニー・クラインは、子どもの遊びは大人での自由連想に該当するものであると捉えました。
そして、6歳以下の子供は遊びに自らの無意識を投影し、表す場として分析の対象としたのです。
そのため、クラインの遊戯療法の目的は、遊びの根底にある無意識に対する解釈を行い、それを意識化することによって、子どもの心的な発達を促進することでした。
人間性心理学的アプローチ
人間性心理学派を立ち上げたロジャーズの考えを遊戯療法に取り入れたアクスラインは、非指示的遊戯療法※と呼ばれる治療法を開発しました。
※非指示的遊戯療法は、ロジャーズの非指示的療法を取り入れたものです。非指示的療法は、近年では来談者中心療法、人間中心療法(パーソンセンタード・アプローチ)とも呼ばれます。来談者中心療法については、以下の記事で解説しています。
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非指示的遊戯療法では、子どもはどんな時でも自己実現の欲求を満たそうと行動するという人間性心理学的な理論に基づいています。
アクスラインによる遊戯療法の8原則
遊戯療法における治療者は、子どもをコントロールしたり、変えようとしない非指示的な態度を持つべきとして、次の8つの基本原則が提唱されています。
【遊戯療法の8原則】
- ラポールの形成:治療者と子どもの間でしっかりとした信頼関係を形成する
- あるがままの受容的態度:治療者は子どものあるがままの姿を受け入れる
- 許容的な雰囲気をつくる:子どもが自由に心の中を表現できるような雰囲気をつくる
- 情緒の適切な察知:遊びの中で表現している気持ちを言語化し、子どもの感情への気づきを促す
- 子どもに自信と責任を持たせる:自己治癒力を尊重し、遊び中でどう過ごすのか、子ども自身がどう変化してゆくのかを子どもに委ねる
- 非指示的態度:誘導などを行わず、子どもの主体性を尊重し、治療者はそれに合わせる
- 治療に時間がかかることを理解する:子どものペースに合わせ、進行を焦らない
- 必要な制限を設ける:遊ぶ時間・場所の約束や攻撃をしない、モノを壊さないなど最低限のルールを設ける
特に重要なのは8の必要な制限を設けることです。
遊ぶ時間や場所に関して制限を加えるのは、他の心理療法と同じ理由で、退行する時間と場所を区切ることでクライエントも安心して退行し、治療が終わったら現実世界へ戻れるようにするためです。
また、攻撃をする、モノを壊すなどは怒りの表現として表されることもありますが、このようにするのは、好ましい行動とは言い難いことに加え、遊戯療法後に罪悪感を抱くという治療への悪影響を予防するためです。
なお、このアクスラインによる遊戯療法の8原則は現在の遊戯療法の基礎として位置づけられています。
遊戯療法の問題点
プレイセラピーの問題点としては、その習得の困難さが挙げられます。
その理由としては、実際に心理療法を行う前に初学者同士で行うロールプレイができないためです。
心理療法を習得するうえで、実践形式による演習は学習効果が高く、教わる側も自信をつけやすいため非常に重視されていますが、クライエントとしての子どもを探すことは困難ですし、大人が子ども役としてロールプレイを行うことも困難です。
そのため、遊戯療法では、実際にセラピストとしてケースを担当する前に、先輩セラピストが担当しているケースに陪席や補助として入り、子どもが遊びの中で何を表現しているのか、セラピストがどのように介入しているのかについて徐々に学んでいくというスタイルが現実的といえるでしょう。
遊戯療法の学会・研修
遊戯療法を学ぶことのできる有名な学会としては、一般社団法人日本遊戯療法学会が挙げられます。この学会は1995年に設立してから、学会誌の発行や年に1回の研修会を開催するなど精力的に活動しています。
入会には2名以上の入会者による推薦が望ましいですが、心理学やそれに隣接する学部の4年制大学を卒業したもので、理事会の承認を得られれば正会員として入会が可能です。
また、学生会員も認めており、心理学やそれに類する学部に属し、卒業後は正会員となりうる遊戯療法に関心の高い学生は入会することが出来ます。
遊戯療法の事例
飯田(2019)は非指示的心理療法の中でクライエントが「かくれんぼ」を示した事例について紹介しています。
遊戯療法という場で、子どもが「かくれんぼ」という行動を示したことにはどのような意味があったのでしょうか。
クライエント情報
10歳男児
幼児期より他家おモノを持ち帰ってしまい、小学生になると万引きを繰り返す。
学校の勉強はやや苦手で、落ち着きがなく、友達は少なかった。
両親は乳児期に離婚しており、クライエントは姉妹に挟まれた第2子。
母親は仕事に就いていたが、買い物依存のため借金があった。
ウェクスラー式知能検査を行ったところ、知能はやや低く(境界域)、クライエントは視線を合わせず萎縮して、自分のことをうまく伝えることが出来ないでいるような様子でした。
そこで、出来の良い姉妹に比べ言葉を使って母親の関心を引くことが出来ず、盗みによって注目を集めようと窃盗行為を繰り返しており、母親から得られなかった愛情をモノを盗むことによって置き換えて満たしていると見立てました。
介入方法
このケースでは、遊戯療法を通じて注目されたいという欲求を満たすことで、自身の存在を受容し、自己肯定感を育むことを目的とした介入が行われました。
セッションを重ねる中で、次第にクライエントは人形遊びにおいて攻撃性を見せるようになり、その後は「かくれんぼ」をしようと提案し、セッションの時間中のほとんどをセラピストが「おに」の役でかくれんぼによって過ごすようになりました。
かくれんぼのやり取りの中では、クライエントが赤ちゃん言葉を話すなど退行している様子も見受けられ、セラピスト自身にもクライエントのことが「愛しい」という感情が芽生えていったそうです。
そして、次第にセッションの中でかくれんぼが占める割合が減っていき、ケースワーカーの話では日常生活で生じてたトラブルも見られなくなったため、ケースを終結にしました。
今回のケースのポイント
このケースにおいてクライエントが示した特徴的な行動は「かくれんぼ」と赤ちゃん言葉です。
遊戯療法の前半で示した人形遊びで攻撃性を出す「悪い自分」でさえも、見捨てずに「かくれんぼ」で探して(求めて)くれるのかを試すための行動でした。そして、粘り強く受容してくれるセラピストに対し安心したことで、赤ちゃんのように甘えることが出来たのでしょう。
赤ちゃんのように「退行」することで、母親代わりのセラピストから愛情を受け、情緒的な発達が促進されることによって、母親の愛情の代わりにモノを盗むという不適応行動が見られなくなったと考えることが出来ます。
遊戯療法を学ぶための本
遊戯療法を学ぶための本をまとめました。
プレイセラピー入門──未来へと希望をつなぐアプローチ
遊戯療法を学ぶための入門書です。特に子どもは言葉を使って相手に自分のこころの中で起こっていることを伝えることが苦手なため、遊びの中でどのような成長をするのか、象徴的な行動はどのようなものか、遊戯療法を行ううえでの留意点は何かなどのポイントを押さえておくことが重要でしょう。
遊戯療法:様々な領域の事例から学ぶ
遊戯療法はロールプレイを行うことが困難であり、実際の遊戯療法がどのように行われるのかについてなかなかイメージが湧きづらいという欠点があるでしょう。
そのため、事前に様々なケースの事例集に目を通しておくことは有益だと言えます。
遊びを共有するという体験から見えること
遊戯療法は一見するとただ単に子どもがセラピストと遊んでいるだけに見えますが、クライエントとセラピストの間には言葉で表現できない情緒の交流が行われており、発達の著しい子どもの変化を常に受け止めつつ、成長を促すという非常に高度な技術が求められる心理療法です。
今回ご紹介した内容は遊戯療法のほんの一部であり、ご興味のある方はぜひ専門書を手に取って遊戯療法の学びを深めてみましょう。
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参考文献
- 石谷みつる(2013)『プレイセラピーにおける受容と制限 : 効果的なロールプレイ学習の方法』京都光華女子大学研究紀要(51), 1-11
- 一般社団法人遊戯療法学会『日本遊戯療法学会』
- 飯田法子(2019)『プレイセラピーにおいて「かくれんぼ」がみられた事例の検討 : 「乳幼児の精神発達」と「虐待」の視点から』別府大学短期大学部紀要 (38), 43-52
- 愛甲修子(2010)『遊戯療法の本質--現象学的事例研究』大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター年報 (7), 11-16