クライエントが示す社会不適応に対し、何らかの介入を行う際には、カウンセラーがクライエントひとりの語りのみを傾聴し、苦悩を軽減させるだけでは不十分な場合もあります。例えば、クライエントと密接なかかわりを持つ家族を取り巻く問題だった場合、その家族全体に心理士がアプローチする必要があります。今回は、家族を巻き込んだ心理療法である家族療法を取り上げ、その長所や短所、注意点や主要な学会についてご紹介します。
目次
家族療法とは
家族療法とは、社会不適応を抱えているクライエントに加え、その周囲を取り巻く家族も対象としてアプローチをする心理療法の1つです。
家族療法は1950年代から発展した心理療法であり、虐待やDV、発達障害、引きこもり、摂食障害など様々な社会不適応に有効なアプローチであるとされています。
なお、家族療法における特徴的な用語としてIPが挙げられます。
これはIdentified Paitientの略称で、直訳すると患者とみなされた人となります。家族療法において問題を訴えている人ないしは問題の中心にいる人のことを指しています。
家族療法の理論
家族療法には代表的な2つの立場があります。
コミュニケーション派の立場
コミュニケーション派の立場では、家族を絡めた不適応の問題として、家族間のコミュニケーションに注目します。
家族間のコミュニケーションにおいて特に問題視されているのが、ベイトソン,Gが提唱したダブルバインドコミュニケーションです。
これは、話している言葉の内容、つまり言語的な情報と顔の表情や、声のトーンなどの非言語的な情報とに食い違いのあるコミュニケーションのことです。
例えば、学校で「先生は怒っていないから、いたずらをした人は正直に申し出なさい」と怒った表情で話している思い出がある方もいらっしゃるかと思います。
このようなコミュニケーションが特に幼い子どもと密接な関係性にある保護者との間で日常的に繰り返されていると、子どもはどちらが保護者の本心であるのかを読み取ることが出来ず、精神的な混乱を引き起こす可能性があるのです。
コミュニケーション派ではこのような不適切なコミュニケーションが繰り返されている家庭環境によって健全なこころの成長が阻害され、心理的な問題が生じると考えます。
構造派の立場
構造派の立場では、家族の構成員それぞれが持っている役割や関係性に注目します。
ミニューチン,Sは親子間においてはっきりとした境界線、つまり親と子の役割が明確化していない場合に家族関係のバランスが崩れると考えました。
例えば、家計の話などは夫婦間(親)で行う、子どもは親に甘える、など家族の成員には特徴的な役割や立場が存在するでしょう。
しかし、ネグレクトの家庭などでは、「親が子どもの世話をする」という本来持っている親の役割を放棄しているといえます。
また、自我が芽生え始め、自律の第一歩となる思春期の子どもに対し、過干渉な親の態度も望ましくないとされます。
このような、親・子どもとして期待されている役割が不明確な状態が続くことで、こころに問題を抱えやすいということが指摘されているのです。
家族療法を行う上での注意点
家族療法を行う上ではいくつか注意しなければならないポイントがあります。
目の前のクライエントひとりに注目しない
家族療法の前提となる考えにシステムズ・アプローチと呼ばれる理論があります。これはもともと経営工学における理論であり、それが家族という集合体に当てはめられています。
システムズ・アプローチに基づく家族療法では、IPが訴える問題は家族というシステム全体の機能不全が表れた一例であると考えます。
例えば、学校がつまらないからという理由で登校を拒否するIPに対し、無関心な両親という家族がいたとします。
この家族において、いくらIPに学校がつまらないと感じる理由は何か、学校で楽しめるものを探してみようと心理士がアプローチをしても、家庭での無関心な雰囲気を変えることが出来なければ改善へ向かうことは難しいかもしれません。
家族という集団は特に相互作用の強いまとまりであり、IP一人が変わることよりも、家族全体を変えていくことで得られる効果のほうが大きいことがあります。
そこで、問題を抱えているIP一人だけではなく、システムとしての家族全体の機能を回復するために家族の構成員を巻き込んで心理療法を行うシステムズ・アプローチが重視されるのです。
悪者探しをしない
家族療法における不適応を考える際には、円環的因果律が重要となります。円環的因果律は卵が先か、鶏が先かという問題と非常によく似ています。
問題行動について考える際によく陥りがちな思考法は「直線的因果律」、つまりなぜそのような問題が起こったのかという1つの原因を探そうとすることが挙げられます。
このような明確な原因とそれに対応する結果という図式に当てはめることは、機械などの法則に則ってのみ働くものの問題に対処する際には有効です。
しかし、人間のこころは性格のようなある行動のとりやすさという傾向はあったとしても、絶対的な法則によって捉えられるほど単純ではありません。
そのため、「学級崩壊が起こったのは、最近の子どもがキレやすいからだ」のような原因のレッテル貼りをしても、学級崩壊を防いだり、解決することには繋げられないでしょう。
現実の対人間の問題は相互に影響を与え合っています。
そのため、家族全体を治療対象とする家族療法では、IPに顕在化した問題というのは家族の影響を受けた結果でありつつ、家族の在り方に大きな影響を与えている原因でもあると捉えるのです。
家族療法の代表的な技法
家族療法における代表的な技法をまとめました。
ジェノグラム
ジェノグラムとは、IPを中心とした家族関係を理解するために描く図のこと
を指します。
ジェノグラムのジェノはGene(遺伝子)を意味しており、主に3世代ほどの家族関係を図式化することによって世代間の相互的な影響を視点から観察できるという特徴があります。
これによって整理された家族関係から、どのような構成なのか、遺伝的な影響はあるのかなど介入するうえで重要となる情報を確認することが出来ます。
ジョイニング
治療者が家族にアプローチするうえで、対象となる家族に加わり、交流する必要があります。これをジョイニングといいます。
このような説明では簡単そうに思えますが、実際にはそうではありません。その理由としては、家族にはそれぞれに独特の価値観や文化、ルールなどが存在しているからです。
そのため、治療者はまるで家族の一員かのようにその独特の文化に溶け込む必要があるのです。
カップルの同棲や結婚生活で価値観の違いを埋めることの難しさを考えれば、ジョイニングがそう簡単なものではないということがイメージして頂けるかと思います。
なお、ジョイニングを成功させるためのポイントとしては次の3つが挙げられます。
- アコモデーション:家族のルールに治療者が合わせること
- トラッキング:家族の構成員が持つ役割に治療者が合わせること
- マイム:家族内でのコミュニケーションの形に治療者が合わせること
このように、治療者はこれまで自身が育ってきた環境とは明らかに異なる文化を持つ家族内に批判的な態度をとらず溶け込むことが求められているのです。
リフレーミング
リフレーミングとは、ある事象に対する視点・捉え方を変えてみること
です。
例えば、過干渉気味な保護者が、子どもが反抗期になり言うことをきかなくなってしまい困っているという状況があったとします。
ただ、その状況に対し、子どもが反抗するということに同調し、子どもを非難しているだけでは子どもの健全な発達を阻害しかねませんし、保護者の歪んだ親役割を促進してしまう可能性があります。
しかし、過干渉気味なことを非難するような言い方をしてしまっても状況は好転しないでしょう。
そこで、「お子さんも自分らしさが芽生えてきて、しっかりと成長してきているんですね」のように肯定的な意味づけをすることによって、新たな視点を保護者に与えることが出来るでしょう。
パラドックス技法
パラドックス技法とは、本来望ましくない行動や現象を支持するような介入法のことです。
例えば、片付けができない子どもに対し、「片付けをしてはいけません」と言ってみることなどです。このようにすることで、子どもは言われたことに反抗し、片付けをするようになる可能性があります。
また、例え片付けをしないということが続いても、子どもは言われたとおりにしているだけということになり、片付けをしないことを叱責して親が疲弊してしまうことを防げるでしょう。
家族療法の事例
ここからは、家族療法がどのように行われるのかという具体的なイメージを持ってもらうために、得津(1999)が紹介している家族療法の事例をご紹介します。
事例の概要は次の通りです。
IP:25歳(大学中退後、無職)統合失調症の診断を受け、引きこもり・家庭内暴力・抑うつによる自殺企図などがみられる
家族構成:父親(55歳・公務員)母親(53歳・専門職会社員)弟(21歳・大学生)
主訴:引きこもりを改善し、自立してほしい
このケースの特徴
統合失調症とは、幻覚や妄想がみられるという特徴的な精神疾患であり、さらに進行すると意欲の減退や社会的引きこもりなどの重篤な社会不適応に陥ります。
現在、統合失調症は完治することがないと言われており(継続した服薬によって症状を抑える寛解は可能です)、家族のサポートを得ながら治療を続けていくことが重要です。
しかし、このケースでは、父親がIPに対し「気が弱くて、甘えているだけであり、病気であるとは思えない」と語り、母親も「IPが統合失調症の誤診断により入院させられているのではないか」と精神疾患の受容が出来ていない様子でした。
また、IPに対し、父親が頭ごなしに話す様子で、母親が言っても父親は耳を貸さないという家族間のパワーバランスが崩れていることも特徴的です。
介入方法
これに対し、IPは両親への恨みが強く、親子のコミュニケーションの疎通も良くないことから、家族全体を治療に巻き込むことで、どのような診断名であっても家族として支え合える環境をつくり、自立を促していくことを目的として介入を始めました。
家族療法の中では、IPがこれまで両親へ面と向かって述べたことのなかった恨みや弟との不公平感に関する不満が語られました。そして、それを家族が受け止めることで次第にIPの問題行動が消失し、父親と二人で外出するなど親子関係も安定してきました。
また、セラピストは、これまでにIPを取り巻く問題が起こっても家族で話し合って危機を乗り越えようとしてきたという事実に気が付きました。そこで、家族がこれまでに一丸となって問題に取り組んだことを再評価し、家族の持つレジリエンス(回復力)の機能を強化するように働きかけました。
このような介入によって、父親の知人の会社でアルバイトをするという本来の目標である自立が達成でき、それがある程度安定したことでこのケースは終結しています。
家族療法の学会
家族療法を学ぶことのできる学会にはどのようなものがあるのでしょうか。
一般社団法人日本家族療法学会
1984年に設立された「日本家族研究・家族療法学会」を引継ぎ、現在も精力的な活動をしている日本家族療法学会では、1年に1度、会員に向けた年次大会を開催し、家族療法についての知識を深めることが出来ます。
また、心理臨床の場面における家族療法の普及と質の向上を目的として次の2つの資格を交付しています。
認定スーパーヴァイザー:家族療法の指導者としての能力を認める資格
認定ファミリー・セラピスト:家族療法の実践家としての力量を認める資格
なお、認定スーパーヴァイザーは認定ファミリー・セラピストの上位資格であるため、まずは認定ファミリー・セラピストを目指すことになります。
認定ファミリー・セラピストになるための条件としては、一度の学会発表を含む5回以上の大会参加に加え、日本家族療法学会が主催の「家族療法基礎講座」の全課程を修了し、家族療法に関するスーパーヴィジョンを一定以上受けていることとされています。
NPO法人日本家族カウンセリング協会
1985年に設立されたNPO法人日本家族カウンセリング協会では、相談支援に加え、定期的な研修会・事例検討会を開催しています。
また、家族への心理的な支援を行うことのできる専門家を養成するために、家族相談士養成講座を開講しており、講座を修了し、定められた資格試験を合格した際には家族相談士の資格を認定しています。
家族療法を学ぶための本
家族療法を学ぶことのできる本をまとめました。
システムズアプローチによる家族療法のすすめ方
家族療法は家族を構成しているそれぞれのメンバーに加え、その間の関係性やパワーバランス、コミュニケーションの特徴などシステムとしての家族全体の機能に注目して介入するシステムズアプローチを前提としています。
そこで、他の心理療法とは少し違った観点であるシステムズアプローチについて学ぶことは家族療法の特徴を使ううえで非常に有益でしょう。
マンガでわかる家族療法: 親子のカウンセリング編
実際の家族療法がどのように行われるのかはなかなかイメージが湧きづらいところもあるかと思います。
そのようなときには視覚的にイメージができる漫画形式のものを読んでみるのはいかがでしょうか。
いきなり難しい専門書を読んで挫折してしまうのはもったいないので、入門書としては読み進めやすいものを選ぶのがおススメです。
家族を1つのシステムと捉える考え方
家族を取り巻く問題では現れた不適応的問題の原因が何であるかを追求しがちですが、明確な因果関係に基づく「原因」を特定できるケースばかりとは限りませんし、それがIPの適応という観点から望ましいものとは限りません。
そこで、家族療法のような、表面化した不適応は家族システムの機能不全と捉える考え方によって、家族全員が問題に対して取り組む姿勢が形成されやすくなるでしょう。
必ずしも問題を引き起こした原因を特定する犯人捜しが心理療法において正解とはならないということを頭の片隅に置きながら学びを深めてください。