日常的にストレスに曝される現代社会で抑うつや不安などの精神的な不調には陥りたくないもの。そのようなストレスに起因する精神疾患である適応障害から私たちは身を守らなくてはいけません。
しかし、適応障害はうつ病とよく似ていることもあり、治らない病気なのではないかと誤解を受けることも多いでしょう。
そのため、今回は適応障害が治らないと思われる理由や悪化させない過ごし方、再発を予防するための方法について解説していきます。
目次
適応障害は治らない?
適応障害は現代社会で最も私たちに身近な疾患の1つです。しかし、1度発症してしまうと治らない病気なのでしょうか。
適応障害とは
適応障害
とは、心理社会的ストレスが原因となり、抑うつや意欲低下、不安、睡眠障害など多彩な精神・身体症状を示す精神障害です。
職場でのうつ病は社会問題となっていますが、厳密には「うつ症状」を示す疾患の代表的なものとしては次のようなものが挙げられます。
【うつ症状を示す精神障害の代表例】
- うつ病(大うつ病)
- 気分変調症
- 双極性障害
- 気分循環性障害
- 適応障害
このように疾患名を羅列すると混乱をしてしまいますが、そもそも精神障害には伝統的な分類があります。
それは、病気をその原因によって分類する方法(病因論)です。
【病因論による分類】
- 外因性疾患:頭部のケガなど器質的な障害により精神症状を呈するもの
- 内因性疾患:現代の医学ではその原因が不明なもの
- 心因性疾患:ストレスなど心理的要因によって発症するもの
一般的にうつ病と呼ばれるものは、大うつ病や気分変調症、適応障害などを含んだ広い概念です。
しかし、精神医学的にうつ病と呼ばれるものは原因不明の内因性疾患と呼ばれるものに該当します。
これに対し、適応障害はうつ病とよく似て気分が落ち込んだり、意欲が低下するなどの症状を示すものの、心理社会的なストレスが原因となって発症するものなのです。
うつ病と比べると、適応障害はその原因が明確に分かっているため、治すことのできる精神障害だと考えることが出来るでしょう。
適応障害が治らないと思われる理由
このように、適応障害は疾患概念の分類上、治すことのできる精神障害であると考えられます。
それでは、なぜ適応障害は治らないと思われがちなのでしょうか。
生活環境
適応障害はストレスが原因となる精神障害です。
そうなれば、ストレスに感じるものから離れてしまえば問題は解決です。
事実、適応障害は、ストレス因から距離を取ることによって、比較的早くその症状はおさまると言われています。しかし、現実問題としてそう簡単にストレス因を完全に除去することは難しいでしょう。
例えば、職場でのストレスが原因となって適応障害を発症したケースを考えてみましょう。
この時、単純のその職場がストレスであれば、勤め先を変えれば問題解決となりますが、仕事は辞めることが出来てもすぐに再就職先が見つかるとは限らないでしょう。そのような不安はかえって本人にストレスとなりうるものである可能性もあります。
また、職場の労働環境を変えるという選択肢もあり得ます。人事に相談し、そりの合わない上司とは別の部署に変えてもらうなどの対処法です。しかし、新しい部署で人間関係に恵まれるとは限りません。
また新たな人間関係のストレスによって、一度症状がおさまっていたと思われた適応障害が再燃したり、同僚の間でのノルマの競争など新たなストレスに曝される可能性もあります。
このように、ストレスを完全に除去することは難しいために、適応障害は治らないものと感じられてしまうのかもしれません。
休息不全
身体が疲れているのであれば、ゆっくり休む必要がある。これは誰しもが納得できることでしょう。
そして、こころもストレスに曝され疲弊してしまったらゆっくり休む必要があるのです。
人間にとって睡眠は非常に重要です。しっかりとした睡眠は、身体の疲労回復だけではなく、精神的健康を保つためにも不可欠なのです。
しかし、適応障害の症状でもある睡眠障害は、こころの休息を妨げる要因となり得ます。
そして、抑うつ気分や意欲の低下は日中の活動量に影響を与えます。
気分がふさぎ込んで仕事でも頭が回らず、しっかりと仕事が出来ないため、睡眠を導く疲労感が得られず、睡眠の質が低下して、さらに抑うつ気分が強くなり…という悪循環に陥りかねないのです。
また、意欲の低下から、休日に何もする気が起きず、ずっと家でダラダラしてしまったため、リフレッシュが出来ていないなどのケースも考えられます。
このように、休息をうまく取れなくなってしまうため、症状がなかなか改善せず、適応障害は治りにくいと考えられてしまう可能性があるのです。
疾病利得と性格
疾病利得
とは、症状を形成することで患者が得ることのできる利益のことを指します。
例えば、職場でのストレスが原因で適応障害を発症した場合、ストレスとなっている職場へ出勤しなければならないことは本人にとって苦痛であることは当然です。
そのため適応障害が治り、嫌な職場へ行かなくてはいかなくなってしまうことは本人にとって損となるでしょう。
その結果、適応障害の症状を形成して得られる「職場へ行かなくても良い」という利益を手放さないようにするため、症状に引きこもり、長期化するケースが挙げられます。
また、精神疾患患者の性格に関する研究は古くから行われてきており、うつ病の病前性格(発症する前の性格特徴)として有名なのがメランコリー親和型性格です。
これは、非常に几帳面で真面目、自分に厳しく他者に優しい、ルールを重んじるなどの特徴が見られます。
このような真面目な性格のため、うつ病を発症したとしても、休息している自分に罪悪感を感じたり、発症したのは自分のせいだと自己を否定的に捉えたりします。
しかし、適応障害をはじめとする心因性のうつは、パーソナリティが未熟で、他者へ依存的、自己中心的で人のせいにする傾向があることが指摘されています。
このような、パーソナリティ特徴は対人関係で問題を引き起こしやすいことは想像に難くありません。
そのため、適応障害を療養中も、周囲からの理解を得られず、対人関係でストレスを引き起こしやすいため、疾病利得を生み出す症状から抜け出すことがなかなかできないという状況に陥ってしまうのです。
適応障害を悪化させない過ごし方
それでは、適応障害が治らないという状況を避けるためにはどのように過ごせばよいのでしょうか。
まず挙げられるのは、精神科や心療内科などの専門機関を受診することです。
適応障害は長期化し、うつ病へと発展する事例もあり、たかが適応障害と軽視することなく早期に専門機関で治療を受けることは非常に重要です。
また、基本的な生活習慣を整えることを意識することは非常に重要です。生活習慣の乱れは、ストレス耐性を下げ、適応障害の回復を妨げる大きな要因です。
そのため、食事、運動、睡眠などを含む生活習慣の乱れを改善し、ストレスの少ない環境づくりを目指すべきなのです。
適応障害の再発予防方法
適応障害を克服した後、再発を防ぐためにはどのようにすべきなのでしょうか。
重要となるのは環境調整とコーピングを身に着けることです。
環境調整は、適応障害の原因となるストレスを減らす取り組みであり、「残業時間が長いため、上司に相談する」、「同僚との人間関係を悩んでいるため、別の部署へ移動する」などです。
しかし、環境調整には限界があり、全くストレスのない環境を作ることは非常に難しいと考えて良いでしょう。そのため、環境調整により出来るだけストレスを少なくしつつ、自らのストレスへの体制を高めることが求められます。
そもそも、同じ環境において同じストレスに曝されたとしても、適応障害を発症する人もいれば、平気な人もいます。
このような個人差を説明するうえで重要となるものが、ストレスへの対処行動であるコーピングです。
コーピングはストレスとなる刺激に対して行う対処行動であるため、適切なコーピングを行い、成功すれば適応障害の症状となりうるストレス反応を低減させることができます。
そのため、適切なコーピングを採用できるようトレーニングを行い、自らのストレス耐性を挙げることによって適応障害の再発の確立を下げることができるでしょう。
適応障害の治療について学べる本
適応障害の治療について学べる本をまとめました。
心理学にあまりなじみのない方でも手に取りやすい本をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
もしかして、適応障害? 会社で“壊れそう”と思ったら
適応障害を治すためには、適応障害とはどのような精神障害であるのかを正しく理解し、早い段階で気づくことが重要です。
もしかして、適応障害ではないか?と思われる方は、重症化する前に本書を手に取り、必要に応じて医療機関を受診するようにしましょう。
コーピングのやさしい教科書
適応障害を治したり、再発を予防するためにストレスから逃れようと躍起になることはあまりお勧めできません。
むしろ、ストレスのある環境下でもうまく付き合ることのできる能力を育てたほうが有効です。
コーピングという用語が聞きなれない方からでも読み進めることのできる入門書ですので、適応障害の再発予防に興味のある方はぜひ手に取ってみてください。
適応障害から回復するために
適応障害は、きちんとした治療、療養をすれば治すことのできる精神障害です。
ストレス社会である現代病であるからこそ、自分のこころは自分で守る必要があるのです。
そのためにも、適応障害かな?と思い当たることがあれば、早期に専門機関を受診し、適切な治療を受けることが大切なのです。
【参考文献】
- 平島奈津子(2018)『適応障害の診断と治療』精神経誌120,6,514-520
- 笹野友寿(1987)『神経症性うつ病の鑑別点』川崎医学会誌,366-371
- American Psychiatric Association(高橋三郎・大野裕監訳)(2014)『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院