ストレス社会で深刻な問題となっている適応障害。この精神障害は他人事ではなく、適応障害を理由に退職するケースもありうるでしょう。
しかし、適応障害を患った方は「適応障害を理由に退職することは逃げることなのか」と悩みを抱えることも少なくないようです。
それでは、適応障害が周囲から理解を得られなかったり、甘えだと思われる理由は何なのでしょうか?対応策も含めて詳しく解説していきます。
目次
適応障害で退職することは逃げることか?
もし適応障害を患い、体調を崩してしまったら、仕事を続けることが困難になるかもしれません。退職しなければならない場合も十分にありうるでしょう。
しかし、適応障害が理由で退職することは逃げることではありません。まずは、適応障害とはどのようなものなのかをきちんと理解しておく必要があります。
適応障害とは
適応障害とは、次のように定義される精神疾患です。
【適応障害の定義】
はっきりと確認できるストレス因子により、3か月以上にわたり社会的機能が著しく障害されているもののうち、他の精神障害の基準を満たしていないもの
出典:米国精神医学会(2014)『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院
適応障害は抑うつ気分や意欲の減退などうつ病と類似した症状を示します。
しかし、定義にもあるように、明確なストレスが原因となり、抑うつ感、不安、いら立ち、睡眠障害、体重減少、食欲不振などの精神・身体症状により社会生活を送ることに支障をきたす精神障害です。
そのため、原因となるストレスから離れることが出来れば比較的早く症状はおさまるという点がうつ病と大きく異なります(うつ病はストレスなど心理的要因が原因ではない内因性精神疾患です)。
適応障害の発症まで
ストレスが原因となっている適応障害は、持続的なストレスによって慢性のストレス反応が生じてしまっている状態であると言えます。
そして、ストレス反応が出るまでの過程はラザルスという心理学者が提唱した認知的ストレス理論から説明がなされています。
この理論では、まず、ストレッサー(ストレス反応を引き起こす不快な刺激)と直面すると、人はその刺激がどの程度脅威的なものであるのかを判断をします。
そして、その刺激が脅威的なものであると判断されると、それに対し自分が対処することが可能かどうかに関する判断が促されます。
その後、下された判断のもとストレスへの対処行動であるコーピングが行われ、不適切なコーピングによりストレッサーに対処することが出来ないと、ストレス反応が生じると考えられているのです。
そして、慢性的にコーピングに失敗し、3か月以上ストレス反応が生じている状態が続くことで、適応障害となってしまうのです。
適応障害が理解されない・甘えだと思われる理由
それでは、なぜ適応障害が周囲から理解されなかったり、甘えだと思われるのでしょうか。
個人差
適応障害は慢性的にストレス反応が生じている状態です。
しかし、適応障害の発生メカニズムでも説明しましたが、ストレス反応の生じやすさはストレッサーに対する認知的評価や適切なコーピングを選択、実施する能力によって左右されます。
例えば、部活の先生が怒っているという場面を考えてみましょう。
大きな声かつ強い口調で話されることで自分が攻撃され、脅威だと感じる人もいれば、自分を思って指摘してくれていると捉える人もいるでしょう。
このようにストレッサーに対する捉え方は人それぞれです。
また、怒られたとしても、その内容について質問をし問題の解決を図ろうとする人もいれば、怒られた後に気晴らしでゲームをしてしまうという人もいます。
このようにコーピングも個人差があるのです。
そのため、職場で同様のストレスに曝されたとしても、適応障害になるリスクには個人差があるのですが、その理解が得られないと「これくらいのことで適応障害になるなんて甘えだ」と人格を否定されてしまうかもしれないのです。
これは適応障害の発症メカニズムに対する知識不足から生じるものであるため、心理教育などで周囲の誤解を解いていくような介入を行うことが必要となるでしょう。
身体症状
適応障害は抑うつ感や不安などの精神症状だけでなく、多様な症状を示します。特に、うつ病に比べ食欲不振や体重の減少、不眠などの身体症状が前面に出やすいのです。
ところが、適応障害は心因性の疾患であるため、医学的な検査を行ったとしても器質的な異常は見当たりません。
そのため、適応障害となり体調不良を訴えたとしても、身体のどこにも異常が見当たらないから甘えなのではないか、ただ働きたくなくて逃げようとしているのではないかと思われることがあるようです。
しかし、心因性の疾患であっても身体症状が生じることは事実です。そのような場合には、心療内科などで必要な診断書を得ることで誤解を解くことができるでしょう。
認知機能の障害
適応症害に罹患すると認知機能に障害が引き起こされます。
和迩(2017)は適応障害の認知機能の特徴を検討するためにウェクスラー式知能検査を用いた研究を行っています。その結果として、適応障害の患者は処理速度とワーキングメモリの得点が有意に低いということが示されています。
処理速度とは目から入ってきた情報を素早く理解したり、情報処理を行う機能のことを指しています。
また、ワーキングメモリとは認知的な処理や複数の物事を結びつけるような思考を行うための作業場となる一時的な記憶の貯蔵庫であり、注意制御の能力と深い関わりがあると言われています。
そのため、仕事の書類を読んでも頭に上手く入ってこず、考えがうまくまとまらないなどの問題が生じてくる可能性があります。
このような状態が続けば、仕事の業績は低下に繋がる可能性は高く、周囲からは仕事を怠けている、甘えていると反感を買いやすくなってしまうかもしれません。
しかし、これは適応障害による症状であり、甘えなどではありません。
そのため、しっかりと適応障害の治療を行い、このような認知機能の障害を治す必要があるのです。
疾病利得
うつ病とよく似ている適応障害ですが、昔は抑うつ神経症や心因性うつなどと呼ばれていました。このような心理的な要因で生じるうつ症状には症状を形成することで本人が得をする、疾病利得があることが特徴です。
例えば、職場のストレスが原因で適応障害となってしまった場合、症状が収まり、また仕事をするようになるとストレスに曝されてしまう状況に陥ります。
そのため、適応障害の症状により休職し続けたり、退職して働かないという状況を続けることは、職場のストレスを避けるという意味で本人とって利益になるものであるとも言えます。
このように、適応障害を理由とした退職は、仕事からただ逃げているだけだ、甘えだと思われてしまいやすいかもしれません。
しかし、退職をして違う仕事をすれば退職前の職場のようなストレスに曝されるとは限りません。そのため、働くことに対するネガティブなイメージのような認知の歪みを修正することが必要でしょう。
適応障害を理由に退職したとしても、ストレスに対する適切な対処法を身に着けようとしたり、認知の歪みを修正しようとするのであれば、それは甘えや逃げることではありません。
適応障害について学べる本
適応障害になったときに退職することは逃げることかどうか悩まれている方にぜひ手に取って頂きたい本をまとめました。
初学者の方にも手に取りやすい入門書をまとめましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
もしかして、適応障害? 会社で“壊れそう”と思ったら
適応障害はれっきとした精神障害の1つであり、それを理由に退職をすることは甘えや逃げではありません。
しかし、何よりも大切なのは適応障害で退職を余儀なくされるほど追い込まれる前に早い段階で適応障害だと気づき、適切な治療を受けることです。
もしかしたら適応障害かもと思ったら、本書を手に取ってみることがおすすめです。
うつと診断されたら 休職して 傷病手当金を申請しよう: ちょっと待ってその退職
適応障害で退職することは決して逃げることではありません。
しかし、退職だけが選択肢であるとも限らないことを覚えておきましょう。
退職を決断する前に何が出来るのか、ぜひ本書で学びましょう。
適応障害になったらまず必要なこと
適応障害になってしまい、退職をすることはより良い人生を送るための選択肢の1つであることは間違いありません。
しかし、退職をして環境を変えたからと言って、次の職場でも同じ問題に悩まされないという保証はどこにもありません。
そのため、適応障害になってしまったら、その原因は何だったのか、どのように対処すれば良いのかについてきちんと理解し、再発防止に必要なことを明確にする必要があるのです。
ぜひ、適応障害について深く学び、自分の身を守るための最善の方法を学びましょう。
【参考文献】
- 斉藤瑞希・菅原正和(2007)『ストレスとストレスコーピングの実行性と志向性(1)ストレスとコーピングの理論』岩手大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 (6), 231-243
- 和迩健太(2017)『適応障害患者における Wechsler 式知能検査所見と臨床的特徴の検討』川崎医学会誌43(1), 43-55
- 米国精神医学会(2014)『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院