「仮現運動」
とは、物理的な運動が存在しないにもかかわらず知覚される見かけの運動を指し、ウェルトハイマー(ヴェルトハイマー)によって発見されたと言われています。
仮現運動は、映画やアニメといった動画の原理となっているほか、踏切の警報機や駅の電光掲示板にも活用されているなど、日常生活における様々な場面で用いられています。
今回は仮現運動とは何か、意味や種類、活用法についてを具体例を交えながら解説していきます。
仮現運動とは
仮現運動とは、ゲシュタルト心理学の創始者であるウェルトハイマーによって提唱された現象であり、物理的な運動が存在しないにもかかわらず知覚される見かけの運動のことを表します。
さらに狭義では、「β(ベータ)運動」と呼ばれる、2つの対象を適切な時間間隔で交互に呈示すると、あたかも対象間を実際に運動しているように見える現象のことを指します。
なお、β運動の他にも、「α (アルファ) 運動」や「γ (ガンマ)運動」 などの種類も存在します。
α運動とは、ミュラーリヤー(同じ長さの主線の両端に外向き・内向きの矢羽があると、主線の長さが異なって見える錯視)などの錯視図形を交互に呈示したときに起こる運動(主線が伸縮するように知覚される)現象を指します。
γ運動は、光点が出現するとき(暗い場所で点灯したとき)には光点が膨張するし、消失するとき(明るい場所を消灯するとき)には光点が収縮するように見える現象を指します。
ゲシュタルト心理学とは
(ゲシュタルト心理学についてはこちらの記事で詳しく解説しておりますので、併せて参照ください)
ゲシュタルト心理学とは、物事を個々の要素の集まりと捉えるのではなく全体のまとまりとして捉えるアプローチのことを指します。
このゲシュタルト心理学においてウェルトハイマーは、人間は対象をグループ・まとまりとして知覚する傾向があると示し、この傾向を「ゲシュタルト原則」と呼ばれます。
特に、図を知覚するときに全体として最も簡潔で、秩序のあるまとまりとして捉える以下のような視覚的な要因のことを「プレグナンツ(群化)の法則」と言います。
- 近接の要因:近い要素同士がまとまる
- 類同の要因:似た性質を持つもの同士がまとまる
- 閉合の要因:閉じた領域をつくる要素同士がまとまる
- 経験の要因:過去に経験したものは、経験時と同じようにまとまりやすい
- 共通運命の要因:同じように変化する要素同士がまとまりをつくる
- 良い連続の要因:滑らかにつながっているように見える要素同士まとまりをつくる
- 良い形の要因:まとまると良い形を形成する要素同士まとまりをつくる
- 客観的態度の要因:一度まとまりを見る態度が形成されると、その傾向が保たれる
仮現運動の種類
狭義の仮現運動はβ運動のことを指しますが、その他の仮現運動の種類について、例を挙げながら整理していきます。
β運動
β運動
とは、2つの対象を適切な時間間隔で交互に呈示すると、あたかも対象間を実際に運動しているように見える現象を指し、この時間間隔が適切であるとなめらかで自然な運動感が得られるとされています。
例えば、踏切の警報機では、赤い2つのランプが交互に点滅を繰り返すことによって、赤い光が左右に移動しているように見えます。
また、駅で見かける電光掲示板にもβ運動が活用されており、電球を良いタイミングで点滅させることによって、実際に文字は動いていないですが、文字が移動して見える仕組みとなっています。
φ(ファイ)現象
φ現象とは、時間間隔が最適時相(時間間隔が60ミリ秒)程度で生じるなめらかな仮現運動のことを指します。電光掲示板の文字がなめらかに動いているように見えるのはφ現象が起こっていると言えます。
一方で、時間間隔が30ミリ秒以下だと、同時に点滅している(同時時相)ように見えたり、200ミリ秒以上だと(順番に点滅していると知覚されるが)運動が生じているように見えなかったりします(継時時相)。
なお、仮現運動によってφ現象が出現するための条件(空間・時間・刺激輝度など)のことをコルテの法則と呼びます。
誘導運動
誘導運動
とは、視野が「囲まれるもの」と「囲むもの」に分けられているとき、囲むものは枠組みとして固定され、囲まれるものが動いていると錯覚する現象を指します。
例えば、流れる雲の間から月が覗いている場面において、実際は雲が動いているにもかかわらず、月が動いているように見える現象が挙げられます。
そのほか、隣のホームに停車している電車が動き始めたとき、自分が乗っている電車が動き始めたように感じるといった現象も誘導運動の一例です。
自動運動
自動運動
とは、暗所で光点を見つめていると、実際は静止している光点が揺れ動いて見える現象のことを指します。
これは図と地の分化が生じにくい状況では、図(光点)の知覚が不安定になるため起こると考えられています。(なお、ゲシュタルト心理学では、背景として認識する部分を「地」と言い、注意を向けて見ている部分を「図」と言います。)
運動残像
残像運動
とは、一定方向への運動を凝視し続けた後に静止対象を見ると、静止対象が逆方向に移動して見える現象を指します。
例えば、滝の流れを一定時間見た後に、周囲の岩を見ると岩が昇っているように見えるような現象が挙げられます。
日常生活における仮現運動の活用
先ほど紹介したβ運動を活用した踏切や電光掲示板などが日常生活における活用例として挙げられますが、他にも様々な場面で活用されています。代表的な分野としては、映画やアニメーションの動画にも仮現運動が用いられています。
例えば、映画のフィルムは静止画像を連続して撮影したものですが、その静止画像を少しずつ位置をずらしながら高速度でスクリーンに映写すると、あたかも人や物が動いているように見える仕組みとなっています。
アニメにおいても同様で、静止画に少しずつ変化を加えながら何枚も重ねることで、あたかも動いているように知覚する仮現運動の働きを応用して作られています。
そのほか、仮現運動は視覚情報だけでなく、触覚や聴覚など他の感覚にも応用されています。例えば、触覚において、皮膚表面に位置を少しずつずらしながら点々と刺激すると、刺激が連動して動いているように感じられる現象があるとされています。
そうした触覚における仮現運動の原理はVR(仮想現実)やロボティクスの分野などへの応用が期待されていると言われています。
仮現運動について学べる本
最後に仮現運動について詳しく学ぶ上で参考になる書籍を紹介します。
仮現運動を含めた、知覚・感覚に関する基礎的な理論について理解することができる一冊です。
アニメーションについて、心理学からの視点も踏まえてまとめられている1冊です。仮現運動についても解説がなされており、理論とその応用が理解しやすい内容です。
仮現運動は日常生活の中にも多く存在しています
実際は動いていないのに動いているように知覚される現象である仮現運動について、具体例を示しながら解説してきました。
仮現運動は、実際はつながっていないものでも、脳が補完してつながって知覚される現象であり、物理的には存在しない情報を補完して知覚するといった「補完的知覚」のひとつとされています。
私たちの生活の中には、こうした人間の知覚特性を応用したものが実は多く存在しており、日常生活の様々な場面において知らないうちに体験しているものです。
参考文献
- 無藤隆 森敏昭 遠藤由美 玉瀬耕治 著(2018)『心理学 新版 (New Liberal Arts Selection) 』有斐閣
- 無藤隆 森敏昭 池上知子 福丸由佳 編集(2009)『よくわかる心理学 (やわらかアカデミズム・〈わかる〉シリーズ) 』ミネルヴァ書房
- 佐藤隆夫 著(1991)『仮現運動と運動知覚のメカニズム』心理学評論 34(2), 259-278