未成熟な状態で生まれる新生児は、生きていくために重要な他者である養育者と愛着(アタッチメント)を形成するという特徴があります。
それではこの愛着とはいったい何なのでしょうか。その意味やボウルビィによる愛着理論について、愛着行動や愛着形成の過程をわかりやすく解説します。また、エインズワースによる愛着スタイルの分類や愛着理論が心理臨床に与えた影響についても取り上げます。
目次
愛着(アタッチメント)とは
愛着とは子どもの発達にかかわる発達心理学の領域や対人関係にトラブルを抱えたクライエントを理解するための臨床心理学の領域で重視されている概念です。
愛着の意味
人間は非常に未成熟な状態で生まれ、自分で独り立ちできるようになるまでには養育者のそばで過ごします。
そして、養育者が自分に愛情を注ぎ、身の回りの世話をしてくれることで大きく成長することができるのです。
そのような家庭の中で乳幼児と養育者との間に築かれる基本的な信頼感のことを愛着といいます。
愛着の形成
愛着は英語でアタッチメント(Attachment)と書きますが、これにはもともと、小さなものが大きなものにくっつく、付着するという意味があります。
愛着は乳幼児が自分では対処できないような危機的状態に置かれたとき、あるいは不安を感じるような状況に置かれたとき、養育者との接近を求める形で自己の生存と安全を確保しようと作用する特徴があります。
例えば、お腹が空いたとき、乳幼児は自分の食事を作ることができません。
このままの状態が続けば餓死してしまう恐れがあり、養育者に自分の危機的な状態を伝えようと泣くことで、母親はそれに気づき、ご飯を作って食べさせることができるのです。
そして、このようなやり取りの中から、養育者は自分に愛情を持っており、自分を守ってくれる存在だという信頼を形成していくのです。
愛着(アタッチメント)理論とは
このような愛着が人間の発達でどのように作用するのかを研究し、モデル化したものが愛着理論です。
ボウルビィによる愛着の発見
愛着という用語を心理学の領域で初めて用いたのがボウルビィです。
彼は、親がいない施設収容時や第二次世界大戦における戦争孤児が人間関係や情緒面で不適応をきたす施設病(ホスピタリズム)の研究を通じ、発達の早期に母親からの分離を余儀なくされ、母性的な養育を受けられないことの危険性を提唱しました。
これを母性はく奪と呼びます。
このような状況下に置かれた子どもは、母親と物理的に切り離されていることから、苦痛や葛藤を経験します。
このように、母親との物理的な分離は子どもに精神的な意味でも影響を与えるのであり、分離不安経験が少ないことこそ愛着関係形成の重要な条件であると考えられているのです。
愛着の発達と愛着行動
ボウルビィは愛着理論で、愛着の発達における愛着行動の変化を以下のように4段階に分けて説明しました。
段階 | 対象 | 時期 | 愛着行動 |
第一段階 | 不特定(識別がない) | 出生〜生後3ヶ月頃 | 定位(養育者の姿を目で追う、声を聞こうとするなど)・信号(手をのばす、微笑する、声を上げるなど) |
第二段階 | 識別された特定の対象 | 生後3ヶ月〜生後6ヶ月頃 | 定位・信号 ※他人よりも母親に対して顕著に親密な行動が見られる |
第三段階 | 識別された特定の対象 (見知った人と見知らぬ人を明確に識別) | 生後6ヶ月〜3歳頃 | 発信(泣く、ぐずる、じっと見つめるなど)・動作による接近(吸う、しがみつく、後を追うなど) いわゆる「人見知り」もこの頃に観察される |
第四段階 | 母親 | 3歳頃〜 | 認知的接近(母親の考えや目的を推測し、目標修正的な協調性を形成する) |
内的作業モデル
内的作業モデルとはボウルビィが提唱した概念で、生後半年から5歳ごろまでの間に内在化されたイメージのことを指します。これは養育者との愛着関係がベースとなった心的な表象です。
このイメージは、養育者との関係を基礎として、より一般的な人間関係のひな型となるものです。
例えば、養育者と良好な関係を築くことができれば、世の中の大半の人にも信頼でき、好意的な印象を抱くようになります。
この作用は無意識的・自動的に作用するため、意識的に修正したり見直すことが困難であるとされ、内的作業モデルの質が精神病理と深く関連しているという指摘もあります。
エインズワースによる愛着タイプの分類
ボウルビィによって、人間の発達の重要な要素として見られるような愛着にはいくつかの類型があることを示したのがエインズワースです。
彼は、ストレンジ・シチュエーション法と呼ばれる実験を通じ、乳幼児が見せる反応によって愛着はいくつかのタイプに分類できることを示しました。
【ストレンジ・シチュエーション法の手続き】
約20分にわたり、親と乳幼児を2回の分離と再会を繰り返す実験場面を設定する。
子どもにとって母親との分離というストレスを経験することによって、母親との分離及び再開場面においてどのような反応を示すのか、現れるアタッチメント行動の個人差を評価する。
この実験手続きから、Aタイプ(回避型)、Bタイプ(安定型)、Cタイプ(アンビバレント型)の3類型が見出されました。
長い間、愛着のタイプはこの3つからとらえられていましたが、近年、この3つのいずれにもあたはまらないDタイプ(無秩序・無方向型)の存在が指摘されています。
愛着のタイプと特徴
それぞれのタイプと特徴は次の通りです。
愛着のタイプ | 特徴 |
回避型 | 親との分離に抵抗を示さず、一人になっても平気。親との再会にも強い興味を示さない。 |
安定型 | 親との分離に抵抗し、一人で過ごすことに寂しさを感じる。親との再会を強く喜ぶ。 |
アンビバレント型 | 親から離れることに抵抗を示したかと思えば、一人で過ごし、親との再会に興味を示さない。 |
無秩序・無方向型 | 一貫した行動がとれず、非常に混乱したアタッチメントが形成されている。被虐待児に多く、接近と回避を同時的に示す葛藤から不適応に陥る危険が高い。 |
愛着の分類基準の見直し:愛着スタイルによる分類
近年、エインズワースから始まった愛着類型は見直されつつもあります。
1990年代ごろから愛着スタイルの分類基準には次の2つが重視されるようになってきています。
【最近の愛着スタイルの分類基準】
- 関係への不安
- 関係からの回避
関係への不安は他者と親密となり、その関係を維持することへの不安の強さを意味します。
これに対し、関係からの回避は他者との親密さの回避や拒否の強さです。
愛着スタイルの分類と特徴
これら2つの基準を用いて愛着スタイルは次の4つに分類することができます。
関係への不安(高ー低) | |||
関係からの回避 | 高 | 低 | |
高 | おそれ型 | 愛着軽視型 | |
低 | とらわれ型 | 安定型 |
- おそれ型:表面的には他者から一定の距離をとり、親密な関係をもたない特徴を持ちながらも、他方では他者との親密な関係を求め、拒絶されることへの恐れを抱いており、愛着やつながりを求める気持ちは失われていない。むしろそうした関係を維持するために自らの苦痛、葛藤、不満などを抱え込み、他者に向けないよう抑制している
- 愛着軽視型:愛着対象から拒絶される不安やおそれがなく、愛着を否認し、親密な関係を攻撃的に拒む
- とらわれ型:他者との親密な関係を希求し、それがなくなることに強い不安を感じる。常に他者との関係を維持し、距離を近づけようとする
- 安定型:他者との親密な関係を肯定的にとらえ、良好な関係を構築、維持しようとする
従来と多く違う類型として特筆すべきなのがおそれ型です。
おそれ型の人は近づきたいけども拒絶されることも怖いという葛藤の最中におり、強いストレスを抱え、適切な対人関係の距離感もわからないため、不適応に陥りやすいとされているのです。
愛着理論が心理臨床にもたらしたもの
愛着理論は、人間の発達過程をとらえる発達心理学の領域で重視されているだけでなく、社会不適応に陥ったクライエントの理解及びその治療を行う臨床心理学でも重視されているモデルです。
それでは心理臨床の領域において愛着理論はどのようにかかわっているのでしょうか。
愛着と精神病理
心理臨床の現場では不安定もしくは未解決な愛着スタイルは精神病理へのリスクになると考えられています。
このような不安定な愛着の背景には虐待など不適切な養育を受けることが挙げられます。
虐待を受けている家庭では、気分によって親が示す態度はその時々で大きく異なるため子どもは混乱し、基本的な他者への信頼感が損なわれ、適切な対人関係を築くことができない愛着障害へと発展する恐れがあります。
それ以外にも不安定な愛着は不安障害・気分障害・摂食障害・パーソナリティ障害との関連が指摘されており、精神疾患への罹患や重篤化を予測する重要な要因として重視されているのです。
また、このような、不安定な愛着状態を育んだ養育は世代を超えて伝達される恐れがあります。
不適切な養育によって愛着関係が未成熟なまま親となったとき、わがことの相互作用において湧き上がるネガティブな感情を抱えきれず、はからずも子どもに自分がされてことと同じ養育的態度をとってしまうのです。
このような現象のことは世代間伝達と呼ばれています。
見立てにおける愛着の重要性
このように社会不適応をとらえるうえでクライエントのなかに形成されている愛着関係の質を見極めることは治療や支援において重要な要素となりうるのです。
個人の持つ愛着スタイルを理解するAAI(Adult Attachment Interview)という半構造化面接が開発されており、それによれば、クライエントとカウンセラーの関係性においてそれぞれの愛着スタイルは次のような特徴がみられるとされています。
【愛着スタイルと面接場面の特徴】
- 安定型:過去の愛着関係についてよい面も悪い面もともに評価できる。過去の記憶への接近は情緒的な混乱をもたらさず、カウンセラーを安全基地として利用できる
- 軽視型:理想的な関係を語りながらその詳細に触れようとしない。知的・観念的な語り方が強く、情緒的な要素が切り離されている。弱さを認めず、カウンセラーと郷里を取ろうとし、時には攻撃的な態度をとる。
- とらわれ型:過去の関係における悪い側面の詳細を多く語る。情緒的に巻き込まれ、話の一貫性を保つことが難しいカウンセラーへ苦痛を訴え、共感や保護を求める。
- おそれ型:過去の記憶を思い出すことを避け、親密な関係を求めながらも拒否されることを恐れる。他者への接近や記憶の想起に苦痛を伴い、感情を言語化する能力に乏しいため、ネガティブな感情を抱え込みやすい。
愛着について学べる本
愛着について学べる本をまとめました。
初学者の方でも理解しやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみて下さい。
愛着関係の発達の理論と支援 (シリーズ支援のための発達心理学)
愛着関係とはいったいどのようにして育つものなのでしょうか。
そして、それは大人となってからでも育てなおしたり、修正することは可能なのでしょうか。
愛着関係の発達とその支援について詳しく解説してある本書から学んでみましょう。
愛着障害・愛着の問題を抱えるこどもをどう理解し、どう支援するか? アセスメントと具体的支援のポイント51
愛着は内的作業モデルとして、その後の人間関係を左右する基礎ともなるものです。
そのため、一番身近な存在である養育者と安定した愛着関係の構築に問題を抱えると、その後の社会適応に支障をきたします。
そのような愛着障害、愛着に問題を抱える子はどのように理解すべきなのでしょうか。
ぜひ本書から詳しく学んでみましょう。
基本的な信頼感
愛着は人間関係の基礎となりうるものであり、この基本的な信頼感が自分のなかで確立できていないと、どのような人との付き合いにもしっくりこない感じ、親密になることが難しくなってしまいます。
このような、愛着に問題を抱えてしまった人には、新たに愛着関係を構築しなおす場が求められるのであり、それが心理臨床の専門家との関係性なのです。
【参考文献】
- 中野明徳(2017)『ジョン・ボウルビィの愛着理論― その生成過程と現代的意義 ―』別府大学大学院紀要 19 49-67
- 工藤晋平(2002)『見立てにおける愛着理論の観点の適用について : おそれ型の事例を通しての試論 』九州大学心理学研究 3 129-136
- 三原理恵(2000)『愛着理論から見た発達病理と精神病理 』東京大学大学院教育学研究科紀要 39 327-338