幼少期の経験は心理臨床の現場で非常に重視されており、特に養育者との関係性は大人になった後の対人関係にも大きな影響を与えると言われています。
今回は、不適切な養育などにより歪んだ養育者との関係性により社会適応に支障をきたす愛着障害を取り上げます。愛着障害とはいったいどのような精神障害なのでしょうか。その原因と特徴、種類のほか、発達障害との違いや対応方法についてわかりやすく解説していきます。
目次
愛着障害とは
愛着障害とは、養育者との愛着が安定して形成されていないがために、情緒や対人関係に問題が生じ、社会適応に支障をきたす精神障害です。
愛着障害に名称にも使用されている愛着は、「子どもと特定の母性的人物との間に形成される強い情緒的なつながり、信頼関係」のことを指しています。
人間は他の動物と異なり、非常に未成熟な状態で生まれてくることが特徴です。
そのため、生後しばらくは自分ひとりで生きていくことが出来ない乳幼児は、主に自分の身の回りの世話をしてくれる母親と愛着を形成することで、安心感を得ながら自らの興味・関心の幅を広げ、認知や情緒を発達させていくと考えられています。
そして、この養育者との間の関係性は、より一般的な世の中の人々との関係性における土台となるものであり、しっかりとした愛着を形成し、養育者への信頼感を十分に形成できていれば、他者に対しても基本的信頼感を持って接することができるようになるのです。
しかし、何らかの原因により愛着形成が阻害されると、その後の生活においても情緒的な混乱や対人関係に大きな問題を抱えてしまうのです。
愛着障害の種類と特徴
愛着障害は大きく「反応性アタッチメント障害」と「脱抑制型対人交流障害」2つの下位分類があるとされています。
これらはどちらも安定した愛着形成が行われなかったために生じると考えられていますが、その症状の表れ方には大きな違いがあります。
反応性アタッチメント障害の特徴
反応性アタッチメント障害とは、対人関係において過度に警戒を示したり、よそよそしさがみられる、対人交流をしないなど、他者との親密な対人関係の形成に著しい困難をきたす障害です。
これは、愛着対象を求めないという心的働きから見られる症状であり、基本的な信頼感が形成できていないからこそ警戒感が強く、深い対人関係を築くことができないために社会適応に支障をきたしてしまうのです。
脱抑制型対人交流障害の特徴
脱抑制対人交流障害は、人との距離を取ろうとする反応性アタッチメント障害とは逆に、人と過剰に距離の近いという行動を示します。
具体的には誰にでもなれなれしく接する、過度に人に甘えるなどの行動がみられる一方で、協調性がなく自分勝手な行動をとるなどの症状が特徴的です。
このような行動の背景には愛着が安定せず、愛着対象を求めすぎることがあると考えられています。
そして、基本的な信頼感が損なわれているため、距離を近くしたとしても人を信用することができず、あえて自分勝手な振る舞いをすることで他者が自分のことを受け入れてくれるのかを試し行動によって確認することがやめられないのです。
しかし、周囲の人間からはなぜその様な一貫しない行動をとるのか理解ができず、周囲との関係に問題が生じてしまうことが大きな問題となっています。
愛着障害の原因
愛着障害の原因にはどのようなことがあるのでしょうか。
今回は環境的な要因と生理学的な要因という2つの視点から見ていきましょう。
不適切な養育
虐待など不適切な養育を受けた子どもは愛着障害のリスクが高くなることが指摘されています。
虐待には次のような種類が挙げられており、どれも愛着障害の発症に繋がりうるものであると危険視されています。
【虐待の類型】
- 身体的虐待(暴力など)
- 性的虐待(子どもに性的な行為をする、させるよう強要する)
- 心理的虐待(暴言、意図的な無視、DVの目撃など)
- ネグレクト(食事を作らない、風呂に入らせないなど健康な生活を送れる環境を提供しないこと)
このような不適切な養育を受けることで愛着障害の発症リスクが高まるのはもちろんのこと、出現する愛着障害に感情制御機能に問題を抱える頻度が高まり、成長につれ重篤な精神疾患に推移するリスクが高いことが指摘されています。
不適切な養育を受けることは、愛着形成において重要なこころの安全基地の形成に支障をきたします。
このこころの安全基地とは、安心感を持って戻ることの出来る居場所のことを指しており、これがあるからこそ子どもは安心して外的環境に興味・関心を示すことができるのです。
しかし、虐待を受けているような家庭では、ダブルバインドと呼ばれる一貫性のない環境に曝されることとなります(例えば、時間や状況によって母親の態度が大きく異なる、母親と父親によっていうことが異なるなど)。
これによって子どもは何が正しいのかということに確信を持つことができず、安心感を持った信頼関係を築くことができないのです。
また、幼少時に日虐待経験を持つ精神疾患患者は、合併症の多さ、治療反応性(治療的介入の効果の表れやすさ)も低いというリスクを抱えています。
そのため、より早期の段階において虐待を受けることは愛着障害の発症及び重症化のリスク要因の最たるものであると言えるでしょう。
脳機能
実は愛着障害の子どもと定型発達の子どもでは脳の機能に違いがあることが知られています。
脳の活動状況をモニタリングするfMRIという技術を利用し、ゲームの結果によりお小遣いをもらえる課題を行いました。
その結果、定型発達児は報酬が多くても少なくても脳の活性化が見られたにもかかわらず、愛着障害児は報酬があろうとなかろうと脳の活性化が見られなかったのです。
そのため、欲求が満たされたときに活性化し、快の感覚をもたらす腹側線条体という神経系の賦活が乏しいと考えられているのです。
愛着障害の子どもは周囲のへの不信感が強く、褒め言葉にも反応が乏しいという特徴がありますが、これは脳の快を感じさせる機能が低下してしまっていることに由来しているのです。
また、愛着障害児には左半球の一次視覚野の容積が2割程度減少していたという報告もあります。
この領域の容積現象は過度の不安や恐怖、心身症状、抑うつなどの関連が指摘されており、感情的に不安定な特徴を示す愛着障害の症状はこの脳部位に起因する可能性が高いと考えられています。
愛着障害と発達障害
愛着障害を考えるうえで問題となるのが発達障害との鑑別です。
愛着障害と発達障害はどちらも人間関係というという観点において困難を抱えています。
ADHDと愛着障害
多動や衝動的という意味で愛着障害とADHDは非常に似ていると話題にあがることがあります。
しかし、ADHDは生まれつき脳機能の異常があるために落ち着きのなさ、不注意、衝動性のコントロール不全などの症状を呈するという点で生まれた後の養育者との関係性に問題を抱えた愛着障害とは大きく異なります。
例えば、多動・落ち着きのなさという特徴で考えてみましょう。
ADHDは脳の機能の異常によるものであるため、場面を選ばずいつも多動であるという症状を呈します。
これに対し、愛着障害の多動様行動は感情的な不安定さに起因しています。そのため、ネガティブ感情が多い時やポジティブ感情で興奮している状態など、特定の状態によって多動的特徴を示します。
このほかにも、片付けやルールを守れないという症状では、ADHDはルールを守らなくては、片づけなくてはという気持ちはあるものの、注意が散漫になりやすいため失敗してしまうということが起こります。
これに対して、愛着障害では「ルールを守ったほうがいい」、「片づけたほうが気分がよい」などの感情・意欲が育っていない状態です。
そのため、うまくやろうと思っても失敗してしまうADHDとは表面上の症状は似ていても根本的に異なっていると言えるのです。
介入の違い
この違いは介入においても大きな差を生みます。
例えば、ADHDでは不適切な行動をとった場合、行動療法的な観点から不適切な行動をしたことに反応を示さないというアプローチをとることがあります。
これは、本人の意図とは無関係に生じる不適切な行動に対し、怒る、理由を聞くなどの反応を示すと、他者が自分に関心を示してくれたとして行動の生起頻度を高める強化子として作用してしまうことを防ぐために行われます。
しかし、感情的のムラによって不適切な行動をする愛着障害にはこのようなアプローチは有効ではないと指摘されています。
愛着障害の子が行う不適切な試し行動の背景には「自分に注目してほしい、関心を向けてほしい」という思いがあります。
そのため計画的な無視は、本人の感情をかえって逆なでることとなり、注目を引くためにさらに不適切行動が増加する恐れがあるのです。
そのため、カウンセリングなどによってクライエントがカウンセラーと基本的な信頼関係である愛着を築く発達の場として機能するよう介入することが望ましいでしょう。
愛着障害について学べる本
愛着障害について学べる本をまとめました。
初学者でも手に取りやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
やさしくわかる! 愛着障害―理解を深め、支援の基本を押さえる
愛着障害は、気分の不安定さ、基本的な他者への信頼感の欠如などから不安定な言動をとり周囲は困惑してしまうケースも少なくありません。
そのため、まずは愛着障害というものがどのようなものなのかをしっかりと理解する必要があるでしょう。
ぜひ本書で愛着障害への理解を深めましょう。
事例でわかる! 愛着障害―現場で活かせる理論と支援を
百聞は一見に如かずとは言いますが、実際に愛着障害の人へ支援を行う前に事例に目を通しておくことは非常に有効です。
ぜひ様々な愛着障害の事例に目を通し、どのようにケースを理解すればよいのか、どのように支援をしていけばよいのかを学びましょう。
近づきたいけど近づけない
愛着障害の人は、基本的な他者への信頼感が育っていないため、愛着対象を求める一方で、他者に自分のことを知られ、理解されないのではないか、見捨てられてしまうのではないかという矛盾した気持ちを揺れ動いています。
その大変さに気づき、受容することが信頼関係構築の第一歩となるでしょう。
【参考文献】
- 友田明美(2018)『アタッチメント(愛着)障害と脳科学 』児童青年精神医学とその近接領域 59 (3), 260-265
- 山下洋(2012)『思春期問題の背景にある愛着障害について』総合病院精神医学 24 (3), 230-237
- 小林隆児(2016)『愛着障碍と発達障碍 』西南学院大学人間科学論集 12 (1), 101-116