傍観者効果という言葉を聞いたことがありますか?
俳優の松田翔太さん主演の映画「アフロ田中」の原作漫画にも描かれ、コミカルな印象もあるこの心理現象。
実は元となった事件は、悲惨な殺人事件でした。事件が起きてしまった真相を探るべく行われた実験から、その意味、予防策までを学んでいきましょう。
もしあなたがその場にいたら、殺人事件を防げましたか?
目次
傍観者効果とは
傍観者とは、傍でただ見ているだけで自分は関わらない人のことを言います。傍観者効果は、社会心理学の用語で、助けが必要な人を目撃した場合、自分以外にも目撃者がいることで援助行動が起こりにくくなることを言います。
傍観者効果の起こりやすさは、①状況の緊急性、②あいまいさ、③環境、④社会的手がかり、⑤責任の分散によって異なります。
①状況の緊急性;傍観者が状況の緊急性を低いと判断するほど、被害者を助ける行動を起こしにくくなります。
②あいまいさ;被害者が助けを求めていることが明確な場合に比べ、助けの必要性があいまいな場合ほど、傍観者は行動を起こしにくくなります。
③環境;傍観者にとって、事件現場が慣れている場所に比べ不慣れな場所であるほど、傍観者は行動を起こしにくくなります。
④社会的手がかり;傍観者は自分以外の人の行動を手がかりとして自分の行動を決めます。他の人が何もしなければ、傍観者も行動を起こしにくくなります。
⑤責任の分散;傍観者以外にも目撃者が複数いることで、傍観者は自分の責任を低く考え、行動を起こしにくくなります。
傍観者効果の原因
私達は、助けを必要とする人がいるにも関わらず、なぜ行動を起こさない時があるのでしょうか?
ラタネとダーリー(1997)によると、傍観者効果の原因には、①責任分散、②多元的無知、③評価懸念があるとされています。
①責任分散
責任は、その場にいる人達で分けられるという発想です。1人の失敗をチーム全員で取らなければならない連帯責任と逆の発想と言えるかもしれません。
「私1人くらい関わらなくても、事態はそれほど変わらないよね?」
②多元的無知
他の人の行動を見た時に、その意味を誤って判断することで、自分の行動判断も誤ってしまうことです。
「あの人が(大したことじゃないと考えて)動かないということは、私も行動する必要はないんだ(きっと大したことじゃないだろう)。」
③評価懸念
自分の行動結果に対して、他者から否定的な評価を得るリスクを心配することです。
「上手く行ってヒーローになれるならいいけれど、逆に『余計なことしやがって』と言われたらどうしよう。それなら何もしないでおいた方がいいや。」
傍観者効果提唱のきっかけとなったキティ・ジェノヴィーズ事件
1964年3月13日午前3時過ぎ。ニューヨーク。
当時28歳だったキティ・ジェノヴィーズは、バーでの仕事を終え、自宅に向かいました。車を停め、アパートに向かう途中、男に刃物で刺されます。彼女は悲鳴をあげ、一旦は逃げ出しますが、家の前でまた捕まり殺害されてしまいました。
この殺人事件は、深夜に誰にも気づかれずに実行されたと思いますか?誰か1人でも通りかかれば助かったのに、と思いますか?
衝撃的なのは、この間、38人もの目撃者がいたにも関わらず、誰1人警察に通報すらしなかったことです。
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傍観者効果に関する心理学的実験
キティ・ジェノヴィーズ殺人事件は、当時のマスコミ各社によって、「これほど多くの目撃者がいながら誰も助けない。都会人の冷淡さ」として大々的に報道されました。
しかし、心理学者のビブ・ラタネとジョン・ダーリーは、そうは考えませんでした。彼らは、むしろ目撃者が多くいたからこそ、助けるという行動がなされなかったと考えたのです。その考えを実証するためになされた実験が次のようなものでした。
実験の手続き
個室に入った大学生同士に、マイクとインターホンで討論をしてもらいます。討論者のうちの1人(協力者)が発作を起こした時、それ以外の参加者がそのことを実験報告者に報告するか否か、及び報告するまでの時間を測定しました。
討論グループはそれぞれ、2人(協力者と被験者1人ずつ)、3人(協力者と被験者とそれ以外の参加者1人ずつ)、6人(協力者と被験者各1人ずつに加え、それ以外の参加者4人)の3パターンです。
実験の結果
発作を実験者に報告した割合は、討論者の数が多くなるほど減少しました。また、発作を報告するまでの時間も、討論者の数が多くなるほど長くなりました。
実験結果による事件の考察
ラタネとダーリーはこの他にも、部屋に煙が充満してくる状況において、自分1人の場合と他にも人がいる場合とで、行動に違いが見られるかどうかなど、多くの実験をしています。
煙の実験では、被験者が1人きりの時は、半数以上が2分以内に報告をしました。しかし煙に気付いても何もしない協力者と同席をした被験者は、ほとんどが報告をしませんでした。
このような実験結果からラタネとダーリーは、キティ・ジェノヴィーズ事件について、都会人が冷淡な訳でもなく、目撃者が多くいたからこそ悲劇につながったのだと考察しました。
実生活における傍観者効果
傍観者効果は、半世紀前に海外で起こった事件をきっかけに研究が始まった人間心理ですが、実はもっと身近なところでも見られます。
日本での事件例
その事件は、2007年4月21日の「毎日新聞」夕刊に掲載されました。
2006年8月、JR北陸線の富山発大阪行きの特急「サンダーバード」車内で、当時21歳の大阪市内会社員女性への暴行を行なったとして容疑者男性が逮捕されました。
当時、同じ車両には40人程の乗客がいたとされています。乗客は容疑者に怒鳴られるなどし、制止することも車掌へ通報することもしなかったといいます。
被害を受けられた女性は、被害そのものもさることながら、誰にも助けてもらえなかったことでも、どれほど傷ついたことでしょう。
いじめ
事件や実験の話だけを聞いても、まだ他人事の様に感じる人もいるかもしれません。けれど、いじめの問題を考えた時、被害者・加害者・傍観者のいずれかを経験した人は少なくないのではないでしょうか。
いじめにおける傍観者効果は、次のように働いていると考えられます。
責任分散;いじめを見ているのは自分だけではないのだから、誰かが止めてくれるだろう。
多元的無知;みんな見て見ぬ振りをしているのだから、助けるほどの深刻性はないだろう。
評価懸念;助けたことで、今度は自分がいじめの標的になるのは怖い。
女子プロレスラーの木村花さん(当時22歳)はSNSでの誹謗中傷により自殺したと報道されました。これは、いじめが事件に発展した事例であり、傍観者効果が働いていなかったと言い切れるでしょうか。
花さんを傷つける書き込みをしたわけではなく、ただ見ていただけの人達は、加害者とは言えませんか?花さんが、誰からも助けてもらえないことで、自分の価値を見失ってしまったのだとしたら、傷つけたのは、誰でしょうか。
傍観者効果を防ぐ方法
傍観者効果は、どのように防ぐことができるでしょうか。
被害者側のあなたへ
心身ともにすり減ってエネルギーがなくなってしまう前に、どうか勇気を出してSOSを発信してしてください。家族、友人、公共機関などに、直接訴えることで、傍観者をあなたにとっての援助者に変えていきましょう。
傍観者側のあなたへ
傍観者効果という人間心理を学んだあなたは、きっと援助者にまわることができるでしょう。勇気を出して他の傍観者とコミュニケーションを図りましょう。きっとあなたと一緒に援助者になってくれる人がいるはずです。
傍観者効果について学べる本・論文
傍観者効果に関する理解を更に深めたいという方に向けて、おすすめの本をご紹介します。
傍観者が登場する漫画「しあわせアフロ田中」
家が火事で燃えている!野次馬の1人は、消防車は呼べばすぐ来ると言います。なのに、なぜ来ないのか?コミカルさの後に響く恐ろしく切ない傍観者効果が描かれています。
人はなぜ集団になると怠けるのか 「社会的手抜き」の心理学
社会的手抜きが多様な視点から書かれています。傍観者効果に関しては、2007年4月21日に「毎日新聞」掲載された暴行事件から、なぜ誰も助けなかったのか、その理由が述べられています。
冷淡な傍観者ー思いやりの社会心理学
ラタネとダーリーの数々の実験がまとめられています。突発的な緊急事態で、傍観者がどのように行動するのかについて考察がなされています。
【論文】ビジネス読書会における傍観者効果についての研究
1冊の課題本を数人で読み合うビジネス読書会において、責任分散、多元的無知、評価懸念の抑止に成功した研究です。
傍観者効果に巻き込まれないためには、空気を読みすぎないこと
傍観者効果は、人が心を持つ社会的動物だからこその弱点です。周りの人の行動を見て判断できるのは、所謂空気が読めるといって評価される傾向にあります。
けれど、助けが必要な人がいる場合、その空気を壊す勇気も必要です。傍観者効果という心理学用語を学んだあなたは、傍観者効果と戦う一歩を踏み出したと言えるでしょう。
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参考文献
- のりつけ雅春(2016) 「しあわせアフロ田中」 小学館ビッグコミックス
- 釘原直樹(2013)「人はなぜ集団になると怠けるのか『社会的手抜き』の心理学」中央公論新社
- ラタネ(著)、ダーリー(著)、竹村研一・杉崎和子(訳)(1997) 「冷淡な傍観者ー思いやりの心理学」ブレーン出版
- 星田昌紀(2015) 「ビジネス読書会における傍観者効果についての研究」 経営情報学会 全国研究発表大会要旨集