現代の研究倫理では許されないだろうとされている、過激な心理実験について今回はご紹介していきます。スタンレー・ミルグラム(Milgram,S)によって行われた「服従実験」、またの名を「アイヒマン実験」について詳しくご紹介します。
目次
ミルグラムの服従実験(アイヒマン実験)とは
現代の研究倫理では決して許されないと言われる、スタンレー・ミルグラムによる服従実験(アイヒマン実験)についてご説明します。実験者であるミルグラムは、なぜあのような過激な実験を行ったのでしょうか。服従実験の目的とは一体何だったのでしょう。
心理学者スタンレー・ミルグラムによる実験
イェール大学の心理学助教授だったスタンレー・ミルグラム(Milgram,S.)は、ボランティアの被験者がどこまで権威に対して服従するのか実験しました。
1963年に行われたミルグラムによる実験は「服従実験」または「アイヒマン実験」と呼ばれ、「"Behavioral study of obedience."(服従の行動実験)」というタイトルの論文にまとめられました。
この服従実験によって得られた結果は当時の社会に大きな影響を与えました。ナチスの強制収容所で看守をしていた人たちの裁判について有力な判断材料になる結果をもたらしたことから、社会的にも有益な実験と考えられます。
しかし一方で、服従実験に参加した被験者は多大なストレスを負わされたことから、研究倫理として問題があるのではないかと物議も醸されました。
ミルグラム実験の背景・目的
ミルグラムは、C・P・スノーが1961年に述べた言葉、「反乱の名のもとに行われる犯罪よりもひどい犯罪が、服従の名のもとに行われてきた」これに対し触発を受けたと言います。
また、ミルグラム実験が行われた20世紀中期には、第二次世界大戦中とそれ以前に、数百万人の罪なき人々が強制収容所のガス室で無残にも大量虐殺されていたことが白日の下に晒され、社会的にも大きな問題となっていました。
そこで、ミルグラムは、「人間は権威のある者から下された命令に対し、どこまで服従するのだろうか」という疑問を解決するため、服従実験を行いました。ナチスの強制収容所で看守をしていた者達も、もちろん権威者からの命令により虐殺行為を行っていました。
しかし、こうした命令によって突き動かされる人間は、元来的に悪魔の様な性格をした者なのか。それとも、誰もが権威によって命令が下されれば、悪魔となり得るのかを実験によって証明しようと試みたのです。
ミルグラム(服従)実験の内容
それではいよいよ、ミルグラムによる服従実験がどのような実験手続きを行っていたのか解説していきたいと思います。
実験の参加者
ミルグラムは「学習についての実験」という名目で40人のボランティアの実験参加者を集めました。表向きには罰を与えることが学習に対しどのような影響をもたらすのかを調べる目的ということでした。
実験参加者は一人ずつ、イェール大学でもう一人のサクラの参加者と共に説明を受けました。灰色の実験用上着を着た厳格な印象を漂わせる実験者が実験手順を説明した後、帽子の中から紙切れを一枚取り出す様に言います。
紙切れには「教師」と「生徒」が書かれているので、どちらを引いたのかは参加者にも分かるようになっていますが、実はこのくじ引きはインチキでした。全ての紙切れには「教師」が書いてあり、実験参加者は必ず「教師」に割り振られる様になっていました。
実験の流れ
「教師」に割り振られた参加者の目の前で、「生徒」に割り振られたサクラは椅子にストラップで固定され、手首には電極が取り付けられます。「生徒」を椅子に固定してから「教師」は別室に連れて行かれ、「生徒」とはマイクロフォンを使って会話は出来ますが、姿は見えません。
記憶実験は以下の手順で行われます。
①「教師」がペアになった単語を読み上げ、「生徒」はこの2つの単語を記憶する。
②それからペアの単語のうち1つと、別の4つの単語を読み上げる。後から読んだ4つの単語の中にはペアの片割れが入っていて、その単語を「生徒」が選べば正解になり、「教師」は次の問題を読み上げる。
③もし間違えた場合には、「教師」が手元のスイッチを押して「生徒」に電気ショックを与える。「生徒」が間違えるごとに、電気ショックの電圧が高くなっていく。
最初に「生徒」が間違えた場合に与えられる電気ショックは、わずが15ボルトであり、サクラも「ビックリした」と笑える程度です。
しかし、「生徒」が間違えるごとに、電圧は30、45、60と増加し、ついには420ボルトまで上がり、操作盤には「危険: 深刻なショックを与える」と警告が表示されます。さらに「生徒」が間違った場合には、最大電圧の450ボルトまで増加し、操作盤には「XXX」と書かれます。
電圧が流される度に(実際には電圧は流されていませんが)、「生徒」役のサクラは、段々とその痛みに苦痛の声を上げ、最後の450ボルトではうめき声をあげ、沈黙します。
ミルグラム(服従)実験の結果
300ボルトを超える電圧が「生徒」役のサクラに与えられる頃には、「教師」役の実験参加者も、本当にこれ以上続けていいのかと実験者に対して支持を仰ぐようになります。
「この実験、本当に生徒は大丈夫なんですか?」「警告板に危険だと書かれていますが、これ以上電圧を上げても本当に大丈夫なんですか?」と参加者は不安を口にします。
これに対し、実験者は「教師」である参加者に対し以下の様に一連の指示を与えます。
①そのまま続けてください。
②実験のために、あなたが協力し続ける必要があります。
③あなたが実験をつづけることが何よりも重要です。
④他に選択肢はありません。
この様な指示を受けて、一体どれだけの「教師」が、「この実験はそれでも危険だから辞めさせてもらう」と辞退したと思いますか?
当初、心理学者は、最大でも3%程度の人たちが実験を続けるだろうが、97%の参加者は、「危険である」との警告が操作盤に現れれば実験を中断し、辞退するだろうと予想しました。
しかし、実験の結果は以下の通りでした。
300ボルト以下で実験を拒否し、辞退した参加者は一人もおらず、全体の半数以上である26人の「教師」が、最大電圧の450ボルトに達するまで実験をつづけた。
つまり、ミルグラムの実験によれば、「ボランティアで実験に参加する善良で一般的な人間でさえ、権威を持つ者から命令を受ければ人の命を危険にさらすほどのサディスティックな行動を行える。」という結論が得られたのです。
ミルグラム(服従)実験の動画
実際に行われた実験の様子が以下になります。
ミルグラム(服従)実験への批判
服従実験に参加した被験者は最大電圧までボルトを挙げたと言え、非常に苦痛の表情を浮かべて「生徒」役のサクラに対して電気ショックを与えていたと言います。
中には、罪悪感に駆られ、涙を流しながら「生徒」に電気ショックを与える参加者もいれば、罪悪感に押しつぶされ、実験後に体調を悪くしてしまう参加者もいたと言います。
そこまでして電気ショックを与えるというのは、確かに社会的に絶大な影響力を与える、有益な実験結果ではあります。しかし、科学の実験とは「人類の英知の進歩に役立つため」という目的を持ちつつも、実験参加者に対してストレスを与えてよいものではありません。
このミルグラム(服従)実験にはこうした研究倫理としての問題点を指摘する批判が多く生まれました。そして、ミルグラム(服従)実験以降、再度、科学者の倫理というものが見直される一つのきっかけにもなりました。
ミルグラムの服従実験について学べる本・映画
非常に有名なミルグラムの服従実験であるため、本のみならず映画でも、この実験を題材に取り扱ったものがあります。
服従実験の実際を更に詳しく知りたいという方、映像で見てみたいという方には以下の本・映画をおススメします。
パブロフの犬 実験でたどる心理学の歴史
この本は、そのサブタイトルの通り、実験について詳しく書かれています。また一般向けの著書でもあるため、誰でも手に取りやすい本かと思います。
ミルグラムの服従実験について、「分かりやすく知りたい」という方にはこちらの本がオススメです。
Introducing Psychological Research. Second Edition: Revised and Expanded
英語が読める方には、こちらの本がオススメです。ミルグラムの服従実験の実際が実験データまで詳細に明記されています。
また、ミルグラムの服従実験が社会的にどの様な影響を与えたのかも載っています。ミルグラムの服従実験や心理学の歴史において有名な実験について、さらに詳しく学びたいという方にはオススメの一冊です。
アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発
ミルグラムの服従実験を題材に扱った映画です。映画製作にあたって非常に良く調べられ、再現されています。「ただ映画を楽しみたい」という方、「ミルグラムの服従実験についてさらに詳しく知りたい」という方、どちらも楽しく学べる教材と言えます。
参考
映画を見るなら、見放題作品がたくさんあるAmazon Prime Videoがおすすめです。名作から最新作品まで揃っているので、ぜひ確認してみてください。
人間は誰もが悪魔なのか?ミルグラムに出された社会的問題
先にも述べたように、ナチスドイツの強制収容所の元看守たちは、生来的に悪魔だったのか。ミルグラムの実験を見る限り、答えは「ノー」です。では、第二次世界大戦で人を残酷にも撃ち殺したり、拷問にかける者も、生来的に悪魔なのか。こちらも「ノー」と言えるでしょう。
そう、あのような非道な行いをした者達も、もともとは一般的で善良だったものかもしれません。また私達も、権威的な者に命令されれば極悪非道な行いをしてしまう可能性もあるのです。
ミルグラムによる服従実験の結果を見る限り、私達もナチスドイツの元看守も、世界大戦で人を殺した軍人も、一様にただの人間なのです。
参考文献
・Introducing Psychological Research. Seventy Studies that Shape Psychology. Second Edition: Revised and Expanded. Philip Banyard and Andrew Grayson. (1996, 2000).
・パブロフの犬 実験でたどる心理学の歴史. (著)アダム・ハート=デイヴィス. (訳)山崎正浩. (2016). 株式会社 創元社.