心理臨床の現場において、抱えている問題とクライエントの特徴がどのように関わっているのかを同定するかを特定し、問題解決の見通しを持つことは非常に重要です。
そこで今回はケース・フォーミュレーションを取り上げます。ケース・フォーミュレーションとはいったいどのような意味を持っているのでしょうか。そのプロセスやよく似た意味を持つアセスメントとの関係性についてもわかりやすく解説していきます。
目次
ケース・フォーミュレーションとは
ケース・フォーミュレーションとは、クライエントの抱えている問題解決の見通しを立てるために、心理的問題がどのような仕組みで発生しているのかを考えることを指します。
ケース・フォーミュレーションの意義
クライエントが来談した際にまず行われる心理査定では、面接、観察、心理検査などを用いてクライエントに関わる様々な情報を収集します。
しかし、集められたデータがいかに正確なものであっても、単に羅列された個々の情報だけではクライエントへの有効な介入を行うためには不十分です。
そのため、クライエントが抱えている問題がなぜ成立し、維持されているメカニズムを特定するために、収集された情報を集約し、まとめなおす必要があるのです。
このように、収集した情報を実践的で意味のある形にまとめなおすことで、問題のメカニズムを捉え、有効な介入の方針を定めていくことがケース・フォーミュレーションなのです。
ケース・フォーミュレーションと似ている用語
ケース・フォーミュレーションとよく似ている用語として、アセスメントや診断が挙げられます。
これらはケース・フォーミュレーションとどのように異なっているのでしょうか。
アセスメント
アセスメントとは、クライエントの心理的問題が何であるかを把握し集約することを意味します。
例えば、面接で成育歴や家族についての情報を収集する、心理検査を実施して検査結果を得るなどはアセスメントの活動の代表例です。
ケース・フォーミュレーションとアセスメントの違い
これに対し、ケース・フォーミュレーションはアセスメントによって収集されたそれぞれの情報を問題のメカニズムを捉えるためにまとめなおす過程です。
そのため、アセスメントはケース・フォーミュレーションを行うための土台となるものであり、アセスメントの多角的な情報収集によってその後のケースフォーミュレーションを有意義なものにできるのです。
診断
診断は精神医学の分野で行われる過程のことを指します。
精神医学的な診断では、どの病気であるかを特定することに主眼が置かれることとなります。
そのため、患者の困りごとや周囲の困りごとなど起こっているネガティブな情報に目を向ける過程となり、既にある診断基準と照らし合わせどの疾患に当てはまるのかというタイプ分けを行う作業であるとも言えます。
ケース・フォーミュレーションと診断の違い
これに対し、心理臨床の現場で行われるケース・フォーミュレーションでまとめ上げる情報は何もクライエントのネガティブな側面だけではありません。
クライエントの得意なこと、長所などがどうして有効に機能しないのかも含めクライエントの抱える問題を全体的に捉えていく過程なのです。
このような視点という意味でも診断とケース・フォーミュレーションは異なると言えるでしょう。
認知行動療法的ケース・フォーミュレーションのプロセス
認知行動療法とは、行動科学と認知科学を臨床現場へ応用した治療法であり、出来事の捉え方によって感情や行動といったアウトプットが異なるという前提に立ち、出来事と結果を媒介する認知の歪みを変容させることによって症状の改善を狙う治療法です。
そして、様々な技法がある認知行動療法においてどのようなアプローチを採用するか決定するにあたりケース・フォーミュレーションが重要となってくるのです。
認知行動療法でのケース・フォーミュレーションでまず行うべきは、面接・自己報告・心理検査・行動観察・生理指標など多角的な視点から行動アセスメントを実施し、クライエントの主訴を明確化していきます。
そして、ターゲットとなる行動や症状を特定し、機能分析を実施するのです。
機能分析とは
機能分析とは、クライエントの起こす不適応行動や症状となる反応の目的を分析することを指します。
この時にベースとなる考えが3項随伴性です。
3項随伴性(ABC分析)とは
3項随伴性では先行事象(Antecedent Events)・行動(Behavior)・結果(Consequences)の関連性を検討します。それぞれの頭文字を取ってABC分析と呼ばれることもあります。
例えば、会社の上司いつも怒られていて強いストレスを感じているというケースを考えてみましょう。
このとき、仕事のミスで上司に怒られる(先行事象)→恐怖でひたすら謝る(行動)→上司の怒りがおさまる(結果)という機能分析ができるかもしれません。
これは、仕事のミスを叱責している上司に対し、ひたすらに謝るという行動の結果、怒りがおさまることで、ひたすら謝るという行動が強化され、習慣化されているため自分のミスは一向に減らすことができず、いつも怒られる状況を作り出してしまっていると捉えられるかもしれません。
認知モデルへの適用
このような3項随伴性は認知モデルにも適用できます。
認知モデルでは先行事象(Antecedent Events)・認知(Belief)・結果(Consequences)という枠組みで現象を捉えようとします。
上述の例で考えると、仕事のミスで上司に怒られる(先行事象)→「ミスが起こってしまうほど抱えている業務量が多いが、その理由について理解は示してくれないだろう」と考え(認知)→恐怖で頭が真っ白になり、ひたすら謝り続ける(結果)というメカニズムが生じうるのです。
このように認知行動療法ではクライエントに関する様々な情報を収集した後、先行事象と結果の間を媒介する認知や行動が何であるかを整理し、そこに焦点を当てて介入を行うのです。
精神分析的ケース・フォーミュレーションのプロセス
精神分析的心理療法でもケースフォーミュレーションは行われます。
精神分析的心理療法とは、人間のこころには本人が気づいていない無意識の領域があると仮定し、無意識を巡る様々な心理的機能への解釈を通じて、クライエントが無意識の内容に気づく洞察を促す心理療法を指します。
無意識的な力動を対象とする精神分析的ケースフォーミュレーションは、診断のような観察可能な症状であったり、目に見える行動をまとめ上げる認知行動療法的ケース・フォーミュレーションとは一味異なっています。
そもそも精神分析的アプローチでは、治療により症状の緩和だけでなく、個人の自尊心や自我の強さ、主体性などの領域の発達も目標としています。
そして、特に精神分析的ケース・フォーミュレーションにおいて注意すべき事項は次の6つであると言われています。
【精神分析的ケース・フォーミュレーションにおける重要な領域】
- 気質や変わらない特質
- 発達のテーマ
- 防衛パターン
- 中心的な感情
- 同一化
- 人とのかかわり方
- 自尊心の調整
- 病因となる信念
気質や変わらない特質
気質や変わらない特質はクライエントの心理的要素というよりも、クライエントの心理に根差している土壌の一部ともいえるものです。
個人の気質的特徴や先天的要因、身体的外傷、疾患・中毒が与える不可逆的な影響、変えられない身体的現実、個人史などが挙げられます。
例えば、自己醜形恐怖(自分が醜く思える障害)などにおいて、自身の身体的な特徴は重要な意味を持つでしょう。
精神分析的アプローチでは自己嫌悪感や変化への魔術的思考(自分の行動はある結果を必ずもたらすという歪んだ信念)を手放して喪の作業(愛着や執着していたものを手放すために行われる心の整理)を行うことで適応へ至ることができるケースもあります。
このように、ケース全体を考えるうえで変えられない個人の性質にも目を向ける必要があるのです。
発達のテーマ
精神分析では、どのような発達を遂げてきたのかということが非常に重視されます。
というのも、精神分析において、病理の発生は発達における発達課題の失敗とその発達段階への固着が重要な意味を持っていると考えられているからです。
そのため、クライエントの発達過程や親子関係にも十分に注意を払いながら情報をまとめ上げていく必要があります。
防衛パターン
これは先述の発達過程にも通ずる話ですが、精神分析では症状のメカニズムと防衛機制の関連性を重視します。
防衛とは、無意識的な認めがたい感情や欲求、記憶から自我を守るために行われる対処法であり、私たちも日常的に用いていると考えられています。
しかし、発達段階において何らかの問題があると、その時期に固有の防衛を行う癖がつき、成長後にストレスにさらされると、癖のついた防衛を不適切かつ過剰に行ってしまいます。これにより、精神疾患の症状が現れると考えられているのです。
そのため、クライエントがどのような防衛を行いやすい人なのかということは非常に重要な情報なのです。
中心的な感情
カウンセリングを必要とするクライエントの多くは感情的に混乱しており、自らの感情をコントロールできず苦しんでいます。
しかし、カウンセリングでは転移や逆転移という固有の感情反応が生じてしまうことがあります。
そのため、カウンセリング場面で表現される感情が転移性のものであるのか、クライエントの感情を評価する自身の視点に逆転移によるバイアスがかかっていないのかを評価し、クライエントの真の感情状態を把握するよう努めなければなりません。
そして、クライエントの中心的な感情は何なのかを特定することで、その感情とかかわりのある様々な心的要因との関連性を検討することができるのです。
同一化
同一化は防衛の一種で、他者の持っている特徴を自分の中へ取り入れることを指します。これは何も不適応的なものではなく、憧れのスポーツ選手の真似をするから自分もうまくなるなど望ましいことも多い防衛です。
しかし、これが過剰になってしまうと病理に至ることがあります。
例えば、被虐待児などは、暴力をふるってくる親の攻撃性を取り入れてしまうことがあります。虐待が連鎖しやすいこと、つまり世代間連鎖の問題は古くから叫ばれていますが、それには同一化が関連している場合もあるでしょう。
特に重要な他者である親との関係性の中で、どのようなものを同一化しているのかはクライエントの全体像をとらえるうえでも重要な情報となるのです。
人とのかかわり方
精神分析において現実的な人とのかかわり方は、こころの中で起こっている対象関係を反映していると考えられています。
特に境界性パーソナリティー障害など病理が深いケースは、対象を全体として捉えるのではなく、部分対象によって自身のパーソナリティが大きく揺れ動く場合があります。
そのため、クライエントはどのような対象関係を持っているのかについて考えるために、対人関係のパターンを探ることは重要なのです。
自尊心の調整
自尊心はあらゆる生活における満足感の基盤となるもので、自尊心に傷つきがある人は何らかの異常をきたします。
特に、自尊心が傷つきそうな場面において、他者を攻撃したり、傷つきそうな場面を回避するなどの不適応行動は症状として現れやすく、治療でもメインターゲットとなりうるものです。
精神分析的心理療法により自分自身への持続的な満足感を体験するための内的な基盤が欠けているクライエントの治療や、他者の苦しみを犠牲にして自尊心を守ろうとする破壊性を低減させることが望まれるのです。
病因となる信念
病因となる信念は認知行動療法などでもターゲットとなりうるものであり、子ども時代にどのような経験から一般的な世の中や人々、そして自分自身に対し信念を抱くようになったのか、そしてそれがどのように作用しているのかを特定することは精神分析的アプローチでも重要です。
精神分析的アプローチでは、本人の表面に現れる言動や考えなどの背景にある無意識的な信念の源、子ども時代におけるその機能、クライエントの最近の人生における機能不全などをクライエントが理解できるようサポートしていくのです。
ケース・フォーミュレーションについて学べる本
ケース・フォーミュレーションについて学べる本をまとめました。
初学者の方も手に取りやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみて下さい。
認知行動療法カウンセリング実践ワークショップ CBTの効果的な始め方とケースフォーミュレーションの実際
認知行動療法を実践する際に、事前のケース・フォーミュレーションは非常に重要です。
効果的な認知行動療法を実施するために必要なケース・フォーミュレーションの実際はどのようなものなのかを本書でしっかりと学びましょう。
ケースの見方・考え方:精神分析的ケースフォーミュレーション
精神分析的アプローチにおいて、抱えているケースをどのように捉えたらよいのでしょうか。
そのガイドラインとなるものがケース・フォーミュレーションであり、ケースの情報をまとめ上げていく上で核となるポイントをおさえている本書から精神分析的ケース・フォーミュレーションについて学びましょう。
ケース・フォーミュレーションの重要性
クライエントは来談したときに混乱状態にあり、自分がどのようなことに困っているのか、自分と問題がどのように関わっているのかについてはっきりとは分かっていません。
そもそも、それが分かっていればわざわざカウンセラーの元を訪れること必要はないでしょう。
そのため、専門家であるカウンセラーはしっかりとしたアセスメントにより収集した情報をケース・フォーミュレーションによってまとめ上げ、クライエントの状態像の正確な把握と治療方針の決定を行わなくてはならないのです。
ぜひこれからもケース・フォーミュレーションについて深く学んでいきましょう。
【参考文献】
- 今田雄三(2017)『心理臨床家の養成における「型」の意義についての再考 : 『異文化』としての精神医学の知識の習得をめぐって』鳴門教育大学研究紀要 32 93-106
- 石川信一(2013)『講演 子どもの不安に対する心理的介入について (特集 第19回広島大学心理臨床セミナー 子どものうつと不安へのエビデンスベイストアプローチ)』広島大学大学院心理臨床教育研究センター紀要 11 26-32
- ナンシー・マックウィリアムズ著;湯野貴子・井上直子・山田恵美子訳(2006)『ケースの見方・考え方 : 精神分析的ケースフォーミュレーション』創元社