こころと身体は密接な関係にあるということが古くから指摘されており、社会不適応に対するアプローチの中には、対面して会話を行うカウンセリング以外にも、身体に対してこころに関わろうとするものがあります。今回は臨床動作法を取り上げ、そのやり方や効果、主な批判や主要な学会についてご紹介します。
目次
臨床動作法とは
臨床動作法とは、身体的アプローチによって心理的な緊張や情緒面の問題を改善しようとする心理療法です。
フロイトによる精神分析的心理療法やロジャーズによるクライエント中心療法など心理療法の多くは海外で得られた知見や理論から始まったものですが、臨床動作法は日本の成瀬悟策が開発したという特徴があります。
臨床動作法の開発まで
臨床動作法は、もともと脳性麻痺の子に対し、手足の不自由を改善し、意図したとおりに空度を動かすための努力の仕方を覚えさせる動作訓練が基となっているとされています。
しかし、同じ方法を自閉症やADHDなど発達障害の子どもに対して実施したところ、子どもの情緒の安定やコミュニケーションの改善などがみられたことから、心理面にも有効な手法であるとされ、現在までの発展を遂げました。
臨床動作法の効果
身体の誤った動かし方の癖の元となる緊張に気付きを促し、その緊張をほぐす臨床動作法の効果としては次の2側面に分けられます。
- バランスよく身体を動かすという身体の自己コントロール感
- 主体である自分が生き生きと生活することを目指すこころの自己コントロール感
綾野(2010)は、これまでの臨床動作法に関する研究を概観し、先に述べた自閉症や知的障害などの発達障害に加え、統合失調症、認知症、神経症、心身症、不登校、アルコール中毒、PTSD(心的外傷後ストレス障害)などの精神障害に対して有効であることが研究において示されていることを報告しています。
また、臨床動作法は身体の誤った動かし方の癖への気づきを促し、心理的な緊張をほぐすという特徴を持っているため、スポーツ選手のメンタルトレーニングなどの心理療法とは違った領域でも実践されているという特徴があります。
臨床動作法のやり方
臨床動作法はどのような考えに基づき、実践されるのでしょうか。
こころの働きと身体動作の関係
臨床動作法は、「日常生活における意識活動や感情活動は、無意識的な(身体)動作活動と同時的になされており、ある動作とある意識・感情は特定結びつきを持っている」という前提に立っています。
例えば、怒りや悲しみを感じるときにはその人に特有の動作をするということです。
これが長期化することで癖やパターンとして結びつきがより強くなり、その人の個性やユニークさを形成しています。
そして、動作は意図した通りに身体を動かそうとする主体の能動的な活動の過程ということが出来ます。
つまり、動作とは、意図という理想的なイメージがそれを実現しようと努力を促し、その結果身体運動が生じるという「意図→努力→身体運動」として図式化される自己制御過程であると言えるのです。
臨床動作法の流れ
臨床動作法では、まず他の心理療法と同じようにクライエントの様子をよく観察し、クライエントがどのような問題を持っているのか、その主訴に耳を傾けます。
しかし、臨床動作法では、視覚的な観察により重きを置いており、クライエントの語りに耳を傾けながら、姿勢や動作に歪みがないか、不適切な緊張がないかということに注目します。
そして、次のような流れでクライエントに課題の動作を提示します。
- 治療者がクライエントの状態像や特徴を見立て、適切な課題を提示する。
- クライエントはその課題に取り組みながら、その課題の意図に気付き、それを自分の課題として受容する。
- 治療者はクライエントの不適切な側面に焦点をあて、それを修正するよう働きかける。
代表的な動作法の課題としては次のようなものが挙げられます。
- 肩上げ
肩を上げたり下げたりする身体動作から緊張と弛緩を繰り返すことで、緊張している感覚と緩んでリラックスしている感覚の両方を養います。
- 3回深呼吸をする
- 片方の肩をゆっくりと上げる
- 一番上まで上げたら、しばらくキープする
- ゆっくりと肩を下げる
- 血が巡り、ぽかぽかと温かくなる感覚を体験する
- 肩押し
二人一組で一人が椅子などに座り、もう一人が背後からゆっくりと圧をかけることで信頼感を養い、緊張をほぐすことで精神の安定を狙います。
この動作はお互いに行い、感想を言い合うことも有効であるとされます。
- 両肩に手を乗せる
- ゆっくりと圧力を加える
- ゆっくりと緩める
- 血が巡り、ぽかぽかと温かくなる感覚を体験する
臨床動作法への批判
臨床動作法は言語を介さない心理療法であるため、比較的低年齢の児童に対しても実施しやすいことでも知られています。
しかし、その反面で動作課題がどのようにこころの問題と関係しているのかという治療者の意図に気付かないうちは動作課題に対する抵抗も生じやすい可能性があります。
そのため、臨床動作法を実施するにあたり、クライエントとしっかりとしたラポール(信頼関係)を形成しておくことが前提となるでしょう。
臨床動作法の学会
臨床動作法を学ぶことのできる学会としては日本臨床動作学会が挙げられます。
1993年に臨床動作学の研究を促進し、その成果の普及に貢献することと、会員相互の知識交流及び親睦を図ることを目的として設立し、扱っている研究領域は教育や福祉、医療、スポーツなど多岐に渡ります。
学会誌「臨床動作学研究」を刊行することに加え、学術大会や学会主催研修会を行うなど精力的な活動を行っています。
また、一般会員に加え、学生会員の入会も認めているため、学生のうちから入会し臨床動作法について詳しく学ぶことも可能です。
臨床動作法の事例
臨床動作法は自閉症といった発達障害児に対しても有効なアプローチであるとされています。
特に脳性麻痺のような肢体不自由を主訴としないクライエントに対しての臨床動作法は、動作そのものの改善ではなく、クライエントに働きかけていく媒体・ツールとして動作課題が用いられます。
そのため、緊張や興奮といった内的状態から引き起こされるパニックを頻発するような自閉症児や知的障害児に対しては、動作課題を通じて自己コントロール感を養うという点で非常に有効です。
そこで今回は鉄(2010)による自閉症児への臨床動作法の事例をご紹介します。
【事例概要】
クライエントは自閉症の診断を3歳から受けている中1男児。保護者によれば、ここ半年くらいでせっかちになり落ち着きがない。強迫行動やこだわりが強く、思った通りにことが進まないと気が済まない。
田中ビネーⅤの結果は知能指数が12と知的な遅れも顕著である。
見立ての時点において、クライエントは遊具を用いた一人遊びが多いが、動作を介したやり取りには応じてくれることがあることなどから、動作課題を通じたやり取りの中で他者の意図や周囲への理解力を育み、生活全般に落ち着きを持たせることを目的として介入を行いました。
腕上げ課題やあぐら座での背そらし課題、肩上げ課題などを実施していく中で、うまくいかないことへのいら立ちがみられたものの、次第に治療者との信頼関係が構築されていき、動作課題の最低限の声かけだけで主導的に課題へ取り組む姿勢がみられるようになりました。
そうしていく中で、クライエントの生活においても落ち着きがみられ、イライラも少なくなっていき、他者と目線を合わせ、自分の考えていることを伝えたり、他者の様子を確かめるようになっていきました。
臨床動作法を学べる本
臨床動作法を学ぶことのできる本をまとめました。
臨床動作法: 心理療法、動作訓練、教育、健康、スポーツ、高齢者、災害に活かす動作法
臨床動作法は、様々な領域で実践されている治療法です。
そのため、それぞれの領域でどのように活用されているのかについて学んでおくことで視野が広がり、様々なケースに対応できるようになるでしょう。
目で見る動作法―初級編(DVD付)
身体を使ってクライエントと交流する臨床動作法を学ぶためには、どのような動きを、どのようなペースで行うのかを知っておく必要があるでしょう。
もちろんワークショップなどで実践しながら学べれるのがベストですが、なかなか難しいという方はDVDを見ながら実際の介入の仕方を学んでみるのも良いでしょう。
身体をコントロールできるという実感
心理療法には様々な手法がありますが、いずれの手法もクライエントのこころに起こっていることや変化などを捉え、交流することで社会不適応を改善しようと試みています。
そのため、カウンセリングのような対面での会話以外にもクライエントと交流する手法があることを知り、様々なケースに対応できるよう学びを深めましょう。
参考文献
- 綾野眞理(2010)『身体を通しての心へのアプローチ--臨床動作法についての覚書』人文研究論叢 (6), 65-75
- 日本臨床動作法学会『日本臨床動作法学会 臨床動作法』
- 鉄拳(2010)『変化に弱くすぐ苛立ち、落ち着かない自閉症児への動作法のアプローチ』九州大学総合臨床心理研究 (1), 107-119