カウンセリングや心理療法といえば「精神分析」や「認知行動療法」というワードが思いつく方も多いのではないでしょうか。今回はフランクルという精神科医が提唱したロゴセラピーという心理療法をご紹介します。
目次
ロゴセラピーとは
ロゴセラピーとはオーストリアのユダヤ人精神科医「ヴィクトール・E・フランクル」が提唱したフランクル心理学に基づいた心理療法のことを指します。
ロゴ(Logos)とは「意味」のことで、ロゴセラピーは「意味による癒し」と訳すことができます。
実存分析とも呼ばれるロゴセラピーでは「人生の意味」を見つけることで精神障害が引き起こす苦境や社会不適応を乗り越えることを目的としています。
「夜と霧」で知られるヴィクトール・E・フランクル
ロゴセラピーを提唱したヴィクトール・E・フランクルは、「夜と霧」の著者としても知られています。
ヴィクトール・フランクルの経歴
フランクルは、1905年にオーストリアの首都であるウィーンに生まれました。
幼い頃から父「ガブリエル」が叶えられなかった医師になる志していたフランクルは当時の精神分析学会の権威である「フロイト,S.」と若干16歳ながら文通をしていたそうです。
その後フロイトの弟子としても有名な「アドラー,A.」に師事し、ウィーン大学の医学生として在学中には『国際心理学年報』に論文が掲載されるほどの秀才ぶりでした。
しかし、フランクルは当時の絶対的な権威であったアドラーの考えに疑問を抱くようになった結果、アドラーが創設した個人心理学協会から追い出され、破門されてしまいます。
その後は抑うつ状態の若者が匿名で相談を受け付ける「青少年相談所」を作るなど、心理臨床の活動に尽力していました。
強制収容所での経験
第二次世界大戦中のナチスドイツの侵攻を受けたオーストリアで活動していたフランクルは、1942年から3年間もの間強制収容所で過ごすことを強いられます。
劣悪な環境の強制収容所では、多くの人が明日殺されるかもしれないという恐怖に怯え、フランクル自身も両親や兄弟、妻を失うという通常では考えられないほどの過酷な経験をしましたが、1945年にドイツが無条件降伏をするまで不屈の精神で耐え、ついに解放されます。
その時の壮絶な体験を綴ったのが世界的なベストセラーである『夜と霧』(原題:『強制収容所における一心理学者の体験』)です。彼は本の中で次のように述べています。
ここで必要なのは、生きる意味についての問いを百八十度方向転換することだ。わたしたちが生きることからなにを期待するかではなく、むしろひたすら、生きることがわたしたちからなにを期待しているかが問題なのだ、ということを学び、絶望している人間に伝えねばならない。哲学用語を使えば、コペルニクス的転回が必要なのであり、もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。
引用:ヴィクトール・E・フランクル(2002)『夜と霧 新版』より
フランクルは生き地獄ともいえる状況の中でも、「生きる意味が何であるか」を問うのではなく、「生きることから問われていること」に目を向けるべきという考えに至りました。
その後、フランクルは心理臨床の活動を継続し、「ロゴセラピー」の理論を構築し、世界中の人へ伝えていったのです。
フランクル心理学の特徴:フロイト・アドラーとの比較
フランクル心理学の特徴を説明するうえで、フロイトとアドラーの立場との比較をするとより明確になります。
フロイトの立場
フロイトによる精神分析では、人間を突き動かす原動力を快楽に求めています。(快楽原則)
快楽原則では、人間が快楽を求め、苦痛を回避しようとするというパターンが根幹にあると説明します。
アドラーの立場
アドラーによる個人心理学では、周囲の環境より力を持ったり、今の自分よりも力も持つことを志向すると主張しています。
そのため、人間を突き動かす原動力は現状への不満足から生まれ、現状を打破し「より良くなりたい」という優越性を志向することで、行動・努力するという目的志向の立場をとっています。
フランクルの立場
フランクルは自身が置かれた強制収容所という絶望的な状況下においても、他人を気遣い、援助する天使のような振る舞いを見せる模範的な人がいたことを報告しています。
このような行動は上述した2つの立場から説明できるでしょうか。
他者を気遣い、援助したとしも強制収容所で褒美(快楽)がもらえるはずもなく、周囲よりも力を持てるわけではありません。
そこで、フランクルはそのような振る舞いをみせる人から、人間は生きる意味を満たそうとする「意味への意志」を備えた存在であるという考えに至ります。
このひとりひとりの人間にそなわっているかけがえのなさは、意識されたとたん、人間が生きるということ、生きつづけるということにたいして担っている責任の重さを、そっくりと、まざまざと気づかせる。自分を待っている仕事や愛する人間にたいする責任を自覚した人間は、生きることから降りられない。
引用:ヴィクトール・E・フランクル(2002)『夜と霧 新版』より
強制収容所では食事を満足に与えられず、愛する人を奪われた人も多くいたでしょう。しかし、そのような状況でも人間は自分の行動や態度を自分自身の意志で決定することができます。これをフランクルは意志の自由と呼びました。
過酷な状況でも、尊厳ある態度で振る舞い、他者を援助したのは、自分自身が置かれた状況下で「意味」を生み出そうと自己決定したためだったのです。
このような、周囲の環境によらず、人間は自分の意思で自らの生き方を主体的に決めることができるという前提に立っているフランクル心理学は実存心理学とも呼ばれています。
ロゴセラピーのアプローチ方法
フランクル心理学は、人間が常に(無意識的に)人生の意味を求める存在であるという仮定からスタートするものでした。
それに基づいたロゴセラピーは、クライエントが人生が価値あるものだと気づき、生きる意味を見出すことを援助するというアプローチから行われます。
それでは、人生に見出すことの価値とはどのようなものなのでしょうか。フランクルは人が見出すことができる3つの価値を紹介しています。
創造価値
何かを創り上げることによって実現される価値のことです。
例えば、芸術的な絵を描き上げたり、素晴らしい書籍を書き上げることは価値のあることだと言えるでしょう。
また、友達をつくったり、家族を持つことも人生を豊かにするものですが、物理的なものだけでなく人とのつながりを作ることも創造価値に含まれます。
体験価値
何か素晴らしいことを経験することで実現することのできる価値のことです。
皆さんも「生きていてよかった」と心から感動する体験をしたことがあるのではないでしょうか。
フランクルは価値をもたらす体験を「自然」・「芸術」・「愛」の3つのカテゴリーを示しました。
どれも心を震わせる素晴らしい経験がですが、あくまでこれは例であり、そのほかにもあなたが心から感動できる素晴らしい体験であればそれは体験価値であると言えるでしょう。
態度価値
現実に対し自身が示す態度によって実現できる価値のことです。
先に強制収容所で尊厳ある態度で思いやりのある行動をとった人がいたことをご紹介しましたが、このような厳しい現実に対しても意思決定し、主体的な態度を示すことは態度価値に含まれます。
上述した創造価値や態度価値は、自分自身で制御困難な環境におかれている場合実現が困難なこともありますが、態度価値はそのような状況でも制約されることのないものです。
ちなみにフランクルは、現実に対し必ずしもポジティブな態度をとるだけでなく、ネガティブな態度をとることもあると述べています。
大切なことは、その態度を貫く自由が自身に与えられているということであり、そのことには価値があると気づくことなのです。
ロゴセラピーの実践方法
ロゴセラピーの考えに基づいた独自の検査や技法をご紹介します。
フランクル心理学に基づいたアセスメント
ストレス社会で生活していると生きがいを失ってしまったため不適応に陥る方も少なくありません。
PILテストではフランクル心理学の知見に基づき、選択式の回答や自由記述にもとづいて被検査者の「生きがい」の度合いを測定します。
健康保険も適用可能で、心理臨床の現場や終末医療などでも用いられています。
逆説志向
逆説志向とは、クライエントに生じた不安や恐怖をあえて積極的に求めるという手法です。
例えば、社交不安障害(注目されることが怖く、人前で過度に緊張してしまう人)が仕事でプレゼンをしなければならなかったとしましょう。
そのような場合、通常であれば「緊張しないように」と意識するがあまり、かえって身体が硬直し、苦しくなってしまいます。
逆説志向では、そのような場面において「もっと緊張しよう」と自らが苦手とし、恐れる状況を望みます。
さらにユーモアを込め「世界で一番緊張する、皆の笑いものになろう」と大げさに望むうちに、不思議とその症状が治まってしまうのです。
そもそも、不安や恐怖はそのことを事前に恐れる「予期不安」→動悸や発汗などの「身体症状」→不安を喚起する状況を避ける「逃避行動」というサイクルをたどることで悪化していきます。
逆説志向では逃げることなく自らが不安や恐怖を望むため、逃避行動によって次の予期不安を強化することが無く、負のサイクルから抜け出し、自己をコントロールしている現実感を取り戻すことができると考えられます。
反省除去
反省除去とは、過度に自己を省みることをやめるという手法です。
自分のことを過度に考えすぎてしまうと、物事がうまくいかなくなってしまう経験をしたことがある方も多いのではないでしょうか
例えば野球の大事な打席でホームランを打とうと意識すぎるがあまり、三振してしまう人がいるとします。
そのような時は、過度に自分へ意識が向かっているため、打席に集中しているとはいえません。
フランクルはフロイトと対比させるため、「精神的無意識」という概念を提唱し、無意識には主体的かつ、理性的、自律的な働きがあると主張しました。
つまり、反省除去では、自分に意識を向ける(意識して行うこと)ではなく、より自分の無意識的な力を信じ、人間らしい行動をとれるよう導くのです。
先の野球の例で反省除去を行うと必ずホームランが打てるようになるとは限りませんが、肩の力が抜け、少なくとも打席に立っているその瞬間を楽しむことができる人間らしさを味わうことができるでしょう。
ロゴセラピーに対する批判
ロゴセラピーは非常に哲学的な要素を含んでいる心理療法です。
そのため、エビデンスを重視する自然科学的立場から批判を受けています。
特にトランスパーソナル心理学者であるスタニスラフ・グロフは著書『脳を超えて』の中で、論理的に考えた場合、必ずしも人生の意味が発見されるとは限らないと批判しています。
確かにロゴセラピーは実証研究から導き出された心理療法ではないため、エビデンスに基づいた論理性には課題を抱えているといえるでしょう。
ロゴセラピーのカウンセリング資格取得
日本ロゴセラピスト協会では、A級~C級までのロゴセラピストライセンスが取得できます。
ロゴセラピストになるためには、協会が実施している講座もしくはスーパービジョン(熟練のセラピストから受けるケースの指導)を受ける必要があります。
ロゴセラピストを目指す前の入門講座も用意されているため、興味のある方は日本ロゴセラピスト協会のHPを確認してみてください。
ロゴセラピーについて学べる本
ロゴセラピーについて学べる本を3冊ご紹介します。
ロゴセラピーのエッセンス
この本ではロゴセラピーにおいて重要な18の基本概念を取り上げ、丁寧な解説を行っています。巻末には日本でロゴセラピーを実践している臨床家による解説もついているため、哲学的で難解な印象を持つロゴセラピー入門編としておすすめの書籍となっています。
フランクルを学ぶ人のために
フランクルの思想をより丁寧に解説している入門書です。臨床実践の事例も記載されているため、ロゴセラピーが行われる流れもつかむことができます。
神経症【新装版】
ロゴセラピーが有用な神経症などの病理論からロゴセラピーの適用までが解説されている一冊です。
精神病理やフランクル心理学についての一定の知識がないと少し難解に感じられるかもしれませんので、まずは上の2つの入門書を読んだ後に手に取ると良いでしょう。
ストレス社会で生きがいを失った方へ
昨今の引きこもりや自殺の背景には様々な要因があり、生きがい喪失も非常に深刻な問題です。
しかし、今回ご紹介したフランクル心理学によれば、生きる意味は自らが置かれた状況から探し出すものであり、価値ある行動は自分の意志で選択できます。
哲学的で難解な印象を持たれがちなフランクル心理学ですが、初学者の方にもおすすめの書籍をご紹介しましたので、ご興味のある方はぜひ手に取ってロゴセラピーの考えに触れてみてください。
参考文献
- ヴィクトール・E・フランクル 著, 池田 香代子 訳(2002)『夜と霧 新版』みすず書房
- 喜多佳子(2010)V.E.フランクルの「意味への意志」に関する一考察,佛教大学教育学部学会紀要 (9), 185-198
- ヴィクトール・E・フランクル 著, 宮本忠雄・小田晋・霜山徳爾 訳(2016)『神経症【新装版】』みすず書房
- SUCCSESS・BELL『PILテスト日本版(改訂新版)』
- 日本ロゴセラピスト協会『日本ロゴセラピーゼミナール』