心理臨床において、クライエントと治療者は「治療」という共通の目標を目指す良好な治療関係を築くことが欠かせません。そして、その良好な治療関係の中核となりうる概念がラポールです。
それではラポールとはいったいどのような意味なのでしょうか。その意味やラポール形成のためのテクニックをご紹介していきます。
目次
ラポールとは
ラポールとは、人と人との間において相互に信頼してる状態を示す用語です。
元々は臨床心理学の現場において用いられるようになった用語ですが、現在では商談を行う場合の営業マンと顧客の間の信頼関係のように広く用いられる一般的な用語となっています。
心理臨床の現場におけるラポール
一般的な用語となりつつあるラポールですが、もともとはカウンセリングを行う場面でクライエントと治療者の間に築かれる信頼関係を指す用語でした。
この言葉はフランス語でRapportと書きますが、その語源はラテン語のApportareを語源としており、この言葉が治療場面に関連する最初の契機はドイツのメスメルという動物磁気師によってもたらされたとされています。
動物磁気とは、動物の身体にあって、天体や磁石の影響を受けるような特性のことであり、この動物磁気に作用するアプローチによって病気を治療しようとしたのが動物磁気師と呼ばれる人々です。
現在では科学的な支持を受けていないこの治療法ですが、メスメルが多くの治療実績を残せた理由として、治療により生じた動物磁気による影響を受けた治療者とクライエントの関係が指摘されます。
ここから、心理臨床を行ううえで、治療者とクライエントの間の信頼関係という相互的な要因にも光が当たるようになり、ラポールは心理臨床の基本的概念として重宝されるようになりました。
ロジャーズによるラポールの意味
人間性心理学の創始者であるロジャーズによるとラポールは次のようなものであるとされています。
【ラポールの意味】
温かい関係として表現され、カウンセラーのクライエントに対する純粋な関心あるいはある程度の同一化の上に成り立ち、またその状態はカウンセラーによって理解され、ある程度はコントロールされるもの
このように、心理臨床の現場におけるラポールは、クライエントと治療者の間に形成される温かな信頼関係を指すことが多いでしょう。
ラポールという言葉は当初、クライエント中心療法をはじめとする第三学派である人間性心理学で重視されていましたが、現在では学派の壁を越え、行動療法や精神分析をはじめとする多くの心理療法・カウンセリングにおける基本として広まっています。
学派を超えたラポールの定義
このような学派を超えたラポールがどのように定義されるのかについて、小川(2019)は様々なバックグラウンドを持つ心理臨床家を対象に調査を行いました。
その結果、ラポールとは、「治療者の専門性を背景に、治療者とクライエントの間に基本的信頼感がある協働関係を形成した状態・安心感があり、安全でしなやかな強さのある安定した関係」を指すという結果が示されました。
単なる温かい関係となると友人や家族のような関係性も含まれることとなりますが、あくまで心理臨床の現場で提供されるサービスはクライエントの治療を目的とされるものであるため、そのような共通目標を達成するために互いを信頼し合い、心理臨床という専門的な知識・技術の元で治療者がクライエントを見るという関係性だと言えるでしょう。
ラポール形成のテクニック
ラポールを形成することは治療上欠かせないものとなっています。
それでは、心理臨床の専門家はどのようにしてラポールを形成していくのでしょうか。
かかわり行動
ラポールを形成するうえでかかわり行動を行うことが有効だということが指摘されています。
関わり行動とは、クライエントが語る不適応や困り感に関するエピソードなどに対し、聞き手である治療者が積極的に傾聴する姿勢を見せることです。
具体的には、次のような行動がかかわり行動であるとされています。
【関わり行動の具体的内容】
- 相手に目線を合わせる
- 身振り手振りや姿勢など身体言語に配慮する
- 声の質(声の大きさやトーン、話す速さなど)に配慮する
- 相手が話そうとする話題を変えない(言語的追跡)
カウンセリングではクライエントと治療者の間で会話が行われますが、そこで起こることは言語的なやり取りだけでなく、非言語的なやり取りも行われています。
そのため、目を合わせる、身振り手振りのような非言語的なコミュニケーションにも気を使う必要があるのです。
基本的傾聴の連鎖
悩みを抱えているクライエントは、治療者に自分の苦しみを話し、共有したいと考えているケースも多いですが、不適応に陥っているクライエントは強い不安や混乱により、どこから自分の話をすればよいのかが分からない場合も少なくありません。
そのようなときに治療者がクライエントが語りやすいよう導いていくスキルにより話を深めていくことが求められます。
基本的傾聴の連鎖は主に次の4つが挙げられますが、これらを連鎖的に組み合わせて用いることが有効です。
- 閉じられた質問・開かれた質問
- クライエントの観察技法
- はげまし、言い換え、要約
- 感情の反映
【閉じられた質問・開かれた質問】
イエス・ノーで答えられる閉じられた質問は、クライエントがまだ緊張している場合などに有効ですが、話を広げるという点では適していません。状況に応じて開かれた質問をすることによってクライエントは安心して自分に関する深い話をすることができます。
【クライエントの観察技法】
クライエントの内的な状況を察知するためには言語的な内容だけでなく、身振りや表情、声のトーンなど非言語的な情報にも注目する必要があります。そのような、観察によってクライエントの感じていることを適切に捉えていくことがラポール形成に役立ちます。
【はげまし、言い換え、要約】
相手が理解しているのか、興味をもって話を聞いてくれているのかが分からなければなかなか話を続けるのが困難になるでしょう。
そのため、うなずきや相槌などで語りを励ましたり、語られた内容を言い換えたり要約することでしっかりと話を聞いてもらっているという安心感を得ることができます。
【感情の反映】
語りの中に現れる事実だけを追っていくのではなく、語られた内容に対してどのような気持ちを感じているのかという感情に焦点を当てていきます。
これは話し手であるクライエントが「今ここ」で感じている感情に焦点を当てることで、クライエントと治療者の間で感情の共有体験ができます。
ラポールについて学べる本
ラポールについて学べる本をまとめました。
初学者の方でも手に取りやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
対人援助のスキル図鑑: イラストと図解でよくわかる
人と関わり、支援を行う対人援助職が身に着けるべき基本的スキルの1つがラポールです。
しかし、単に信頼関係といってもどのように築けばよいかわからない方も少なくないでしょう。
イラストを豊富に用いた本書でラポールをはじめとする対人援助の基本スキルについて学びましょう。
DVDで学ぶ心理療法入門 臨床に必要なスキル
本ではラポールの重要性やラポール形成のテクニックを挙げたものも多いですが、百聞は一見に如かずという言葉があるように、本を読んだだけではラポール形成をしっかりと行えるスキルは身につきません。
そのため、資格的な教材もついた本書を用いることで、より一歩進んだラポールの理解ができるでしょう。
心理臨床の基本的スキル
心理臨床の現場においてクライエントとラポールを形成せずに治療を行うことのできる治療者はいません。
それほど基本的なスキルであるラポール形成ですが、しっかりとしたラポールに基づいた治療関係が最も治療の成果を決定づけると報告する研究まであるほど重要な概念です。
ぜひこれからもラポールについて詳しく学んでいきましょう。
【参考文献】
- 佐渡忠洋(2021)『ラポールについて : いまの心理療法はF.A.メスメルの先を歩めているのか (山本昌輝教授退職記念論集)』立命館文學(671), 638-627
- 小川瑛(2019)『心理臨床家の経験知に基づくラポールの定義について』立教大学臨床心理学研究 13, 15-24
- 青柳宏亮(2013)『心理臨床場面でのノンバーバル・スキルに関する実験的検討:―カウンセラーのミラーリングが共感の認知に与える影響について―』カウンセリング研究 46(2), 83-90