皆さんは会社やクラスなど複数の人が所属する「集団」がどのような性質であるか説明できますか。集団を対象とした心理学では集団のメンバーのつながりに注目することによって集団の特徴や構造を捉えようとするものがあります。今回はその中でもソシオグラムを取り上げ、その特徴を解説していきます。
目次
ソシオメトリーとは
ソシオグラムとはソシオメトリック・テストと呼ばれる測定法によって得られるある集団のメンバー間の関係性の図のことです。そしてこれらの元となっている理論をソシオメトリーと呼びます。
ソシオメトリーの意味・定義
ソシオメトリーとは、モレノ,J.L.によって提唱された、特定の集団メンバーの心理的作用に注目することでその集団の特徴や構造を数値でとらえようとする理論のことです。
ソシオメトリーという名前は、ラテン語で仲間(Socios)と測定(Metrum)に由来しています。
つまりソシオメトリーは集団の構成メンバーである「仲間」間の測定を行うための理論といえます。
ソシオメトリーの特徴
他にも複数の人間関係を図式化する方法は存在します。
しかし、後述するその他の人間関係図とは異なり、ソシオグラムは集団を構成するメンバー全員を対象として調査する必要があるという特徴があります。
つまり、(集団は個人では成立しないため)最低でも2人以上のメンバーから情報を得る必要があり、集団全体へアプローチする手法であると言えます。
ソシオメトリーの測定法
モレノは集団における人間関係や構造を測定するべく次の5つの測定法を考案しています。
- 自発性テスト
- 役割演技テスト
- 状況テスト
- 知己テスト
- ソシオメトリック・テスト
ソシオメトリック・テスト
ソシオメトリック・テストは集団の心理的関係性に着目する測定法です。
ソシオメトリック・テストでは、「これから皆さんで体操をするために班を決めます。班を決めるうえで希望するメンバーを5人挙げてください」のような一定の場面を提示します。
そして、一緒の班になりたいと思える人(選択)となりたくない人(排斥)を集計したデータから分類していくことで、集団の構造を明らかにしていきます。
ソシオグラムの作り方
ソシオメトリック・テストによって得られたデータを一目でわかるよう図式化することで、より集団の構造を捉えやすくすることができます。
それではソシオグラムを作るためにはどのようにすればよいのでしょうか。
ソシオマトリックスの作成
ソシオマトリックスはソシオメトリック・テストで得られたデータをまとめた表のことです。
具体的には、次の4パターンで分類を行います。
ソシオマトリックスの分類法
- 選択:〇
- 排斥:×
- お互いに選択:◎
- お互いに排斥:キ
この分類を落とし込んでみた例は次の通りです。
Aさん | Bさん | Cさん | |
Aさん | ◎ | 〇 | |
Bさん | ◎ | キ | |
Cさん | × | キ |
表は縦が選択の結果(例えばAさんがBさんを選択し、Cさんを排斥した)、横が被選択の結果(例えばAさんはBさんとCさんから選択された)を示しています
表にしてみると、「AさんとBさんはお互いに好き」、「BさんとCさんはお互いに嫌い」、「Cさんは一方的にAさんのことが好き」などの情報が得られるでしょう。
このようにソシオマトリックスを作成していくと、特に選択されている人や排斥されている人、あまり選択されていない人などの特徴が浮かび上がってきます。
こういった特徴は次の4つに分けることができます。
- スター(人気者):多くの人から選択された(好まれた)人
- 排斥:多くの人から排斥された(苦手とされた)人
- 孤立:選択も排斥もされていない人
- 周辺:選択や排斥の数が少ない人
ソシオグラムの作成
こうしてソシオマトリックスにまとめた情報は図式化することでより分かりやすくすることができます。
ソシオグラムにまとめる際には、ソシオマトリックスで得られた選択を実線で排斥を破線(点線)で表します。こうすることで実線が多く向けられている人気者や破線が多い嫌われ者を一目で把握することができるようになります。
ソシオグラムのメリット・デメリット
ソシオグラムを作成することで、集団における関係性を捉えることができるのは大きなメリットだと言えます。
しかし、メンバーの数が増えると分類しなければならないデータ量も膨大なものとなります。そのため、データの集計、分析には大きな労力がかかるというデメリットがあります。
また、倫理面の問題も無視することはできません。
ソシオメトリーの実施にはメンバーの実名による調査が必要となります。ソシオメトリーでは選択だけでなく、排斥も調査対象とするため、嫌われている人を浮き彫りにしてしまうことから情報漏えいは個人の人権に抵触する問題へと発展しかねません。
しっかりとした調査の同意と記録の秘密保持が必要となります。
また、嫌っている人という社会的に望ましくない回答を求めることから、データに歪み(バイアス)かかったり、回答者への心理的な負担が指摘されています。
ソシオグラムと合わせて覚えておきたい人間関係図
人間関係を捉える人間関係図はソシオグラムだけではありません。代表的な手法として、ジェノグラムとエコマップが挙げられます。
これらは特定の個人にのみ調査をすれば図式化できるという点と、図を作成していく過程で自身の置かれている状況への気づきを促進するという治療効果があるという特徴を持っています。
ジェノグラム
ジェノグラムとは遺伝子(Gene)によるつながりを図式化した人間関係図のことを指します。
ジェノグラムでは女性を〇、男性を□で表し、人物間の夫婦関係や親子関係を棒線でつなぐことによって、特定の人の家族関係を捉えます。
心理臨床の場面では家族関係や遺伝(精神疾患の中には遺伝する可能性の高いものがあります)に関する情報が重要となります。そのため、インテーク面接などでジェノグラムを作成することで、有益な情報を入手できるでしょう。
エコマップ
生態図とも呼ばれるエコマップは、対象となる人と家族や周囲でかかわりのある人、機関、組織など幅広い社会的資源との関係性を図式化します。
それぞれの社会的資源との関係性の質は次のようなルールで分類されます。
- 実線:強い結びつきのある関係
- 破線:弱い結びつきのある関係
- ジグザグ線:軋轢のある関係
集団の特徴を捉える測定法の活用例
ソシオメトリーはその測定法の抱えるデメリットから現在積極的に活用されている方法とは言い難い現状にあります。
そこで、そのほかの集団の構造を捉えることのできる測定法の活用例を「ビジネス」と「教育」の2つを取り上げます。
ビジネス
ビジネス場面において優れたチームワークを発揮するうえでメンバー間のコミュニケーションは重要な役割を担っています。このような職務チームのコミュニケーションを測定する有用なツールとして「ビジネス顕微鏡」と呼ばれる測定システムが挙げられます。
ビジネス顕微鏡は質問紙法やソシオメトリック法による測定とは異なり、自然な職務中の対面的なコミュニケーションを可視化し、ネットワーク構造を捉えられるツールとされています。
田原ら(2012)は9チーム計59名のシステムエンジニアを対象にビジネス顕微鏡を用いた研究を行いました。その結果として、頻繁且つ緊密なチームコミュニケーションは必ずしも優れたチームワークを保証するものではないことが示されています。
そして、チームコミュニケーションとチームワークの関連にはチームとしての発達段階や課題の特性、習熟度など様々な要因も併せて検討する必要があることも示唆されています。
つまり、ビジネスの場面において高いパフォーマンスを発揮するためには、頻繁に会議をするだけでは足りないことが示されています。
教育
教育場面における集団の構造を想定する方法の代表例としてはQ-U(Questionnaire-Utilities)という「楽しい学校生活を送るためのアンケート」が挙げられます。
Q-Uは学級満足度と学校生活への意欲の2つを測定することができ、近年問題になっているいじめや不登校、学級崩壊の予兆を捉え、未然に防ぐ手がかりとなることが期待されています。
金田ら(2014)ではQ-Uの示すクラスの状態と担任の主観的なクラスの状態の関連が検討されました。その結果、Q-Uのスコアと担任の主観的評価が大きく異なる学生の就職活動がスムーズに進んでいない現象が示されています。
このように、Q-Uでは普段の学級運営で担任の教諭が捉えきれない情報も可視化できる効果が見込めます。
集団の性質を測定するうえでの注意点
このような集団の性質を測定する方法は、通常ではとらえきれないメンバー間の関係性の質などを捉えるために非常に有用です。
しかし、測定された結果は正解ではありません。
あくまで自分とは異なる視点を持つための補助的なツールであり、調査の結果を受けて先入観を持ってしまうことは望ましいとは言い難いため注意が必要です。
ソシオメトリーについて学べる本
集団の特徴を捉える測定法をさらに詳しく知りたいという方に向けて、本を2冊ご紹介します。
社会の見方、測り方―計量心理学への招待
社会の単位である集団を捉えるための測定法について解説されている書籍です。
データの扱い方や分析の基本的な知識に加え、社会の様態を捉える手法の一つとしてソシオグラムが紹介されています。
集団を対象とした研究を考えている初学者の方におすすめの一冊です。
ソシオメトリー入門―集団研究の一つの手引
古い書籍ですが、タイトルにもあるようにソシオメトリーを学ぶ上での入門書となっています。
ソシオメトリーの考え方は現代の集団研究に大きな影響を与えているため、その基礎を押さえておくことはさらなる学習をする上で不可欠ともいえるでしょう。
そのため、この入門書でソシオメトリーについての知識をおさえておくことをおすすめします。
集団を捉え、効果的なアプローチをするために
ソシオメトリーは集団の構造を捉えるために有用な手法です。
今回ご紹介した集団を対象とする測定法を用いることで、集団の中で特徴的な人物(支援が必要な人を含む)を明確化したり、より良い集団を目指すために鍵となる人物を洗い出すことができます。
心理臨床では、個人のクライエントを対象とするだけではありません。例えばスクールカウンセラーとして学校の先生に学級の構造を分析し、アドバイスをするような場面も考えられます。
構造を捉え、より良い集団へ導くためのツールとして、今回ご紹介した測定法についてもぜひ学んでみてください。
参考文献
- 公益財団法人日本ファシリティマネジメント協会『ビジネス顕微鏡の概要』
- 金田忠裕・石丸裕士・塚本晃久・中谷敬子・和田健・重井宣行・久野章仁・小幡卓司・稗田吉成(2014)『担任の主観とQ-U に基づくクラス状態の把握の比較』大阪府立大学工業高等専門学校研究紀要,48, 23-26
- 田原直美・三沢良・山口裕幸(2013)『チーム・コミュニケーションとチームワークとの関連に関する検討』実験社会心理学研究 53(1), 38-51