退行とは?精神分析における意味や具体例、防衛機制との関連を解説

2021-02-07

退行という言葉は一般的に「後方に下がること」という意味合いで用いられています。しかし、退行は臨床心理学、特に精神分析においてとても重要な用語であり、様々な意味合いで用いられています。今回はそんな退行の意味を具体例をおりまぜながら解説していきます。

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退行とは

精神分析における退行は様々な意味合いで用いられています。

大きく分類すると、「局所論的退行」と「発達論的退行」に分けることができます。

これらについて、詳しく見ていきましょう。

局所論的退行とは

局所論的退行とはいったいどのようなものなのでしょうか。

局所論的退行の意味

局所論的退行とは、自我が弱ることで欲動に飲み込まれてしまい、快楽原則に従って機能してしまうことです。

精神分析では、自我は「自分とはこういう人間です」というこころの範囲を意味し、それ以外(自分のこころの中にありながら自分と認められるもの以外)のことをイド(エス)と呼びます。

通常、自我は現実原則、エスは快楽原則と呼ばれるルールに則って機能しています。

現実原則:現実世界に適応するために、快楽の充足を一時的もしくは永久に諦める自我の働き

快楽原則:人間に生まれつき備わった快楽を追求する無意識的な傾向

例えば、「仕事に行かず、遊びに行きたい」という欲求に負けて、仕事をさぼってしまっては生活費がなくなり生きていけなくなってしまいます。

このように、やりたいことをたり、やりたくないことはやらないという快楽原則に従ってしまうと現実世界に適応することが困難となるため、自我は「今日は仕事に行き、休日に遊びに出かけよう」と欲求の充足を諦め、現実社会に望ましい行動をとれるよう制御しているのです。

局所論的退行の例

例えば、自我が未成熟な子どもは何か嫌なことを避けたかったり、やりたいものがあったりするとその欲求を満たすために泣き続けたり、かんしゃくを起こしたり、大人の世界ではありえないような自分勝手な行動をとります。

また、睡眠中は自我の働きが弱まるため、夢のストーリーは時間や場所の秩序が乱れていたり、話のつじつまが合わなかったりすると考えられます。

このように、自我が弱まると現実に即した活動をするよう保つ機能を発揮できなくなり、退行してしまうため、上記のような現実に沿わない・望ましくない行動が起こるのです。

局所論的退行と防衛

自我は欲動に飲み込まれず、現実社会に適した「自分」を保つために防衛機制と呼ばれる対処を行っています。

しかし、強いストレスがかかると防衛機制を用いる自我自体が疲弊してしまい、その働きが鈍くなってしまいます。

ただ、全く機能していないわけではなく、働きが鈍くなっているだけなので、何とか欲動に対処しようとして、つい現実に即しない対処を行ってしまいます。

例えば、強迫神経症では、「鍵を閉め忘れていないか何度も確認してしまう」、「手が汚れてしまったかもしれないから繰り返し手を洗ってしまう」などの確認行為が特徴的です。

通常であれば、鍵を閉め忘れてないか確認するのは「用心深いしっかり者」、手が汚れてないか洗うだけなら「きれい好き」と望ましい特徴ですが、自我が現実に即した対処を行えなくなってしまうことで、20回・30回と確認することやめられない病的な状態へと発展してしまいかねません。

このように、自分のこころを守る防衛機制ですが、それを用いる自我が機能不全に陥る(退行する)ことで病的状態の原因となってしまうことがあるのです。

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健康的な退行

フロイトが退行の概念を提唱した時に上記のような退行は精神疾患に繋がりかねないとして病的なものとみなしていました。

しかし、その後の精神分析における主流の学派の一つである自我心理学は退行には健康的なものもあるとしています。

健康的な退行の条件は次の通りです。

  • 一時的な退行である。
  • 部分的な退行である。
  • 退行が自我にとって有益である。

例えば、芸術家などは常人とはかけ離れたアイデアや感性によって素晴らしい作品を作り上げていますが、その多くは現実とかけ離れた美しい世界を表現しています。

これは、芸術家が現実世界とはかけ離れた、快楽原則に則った世界での体験を現実世界に戻ってきて表現していると捉えることができます。

健康的な退行は一時的かつ部分的に自我が退行しているわけではないので、必要に応じて現実に戻ることが可能であり、自我が日頃行っている防衛や現実検討などの重荷から解放されお休みすることができるので自我の回復につながるとされています。

精神分析的心理療法と退行

心理療法ではクライエントに対し、意図的に退行を促すことがあります。(これを治療的退行と呼びます)

例えば、精神分析療法での自由連想法(無批判に心に浮かんだ事柄を口に出させる方法)では、無意識に抑圧されていた内容が表現されることになります。

治療者が行う共感や傾聴は自我や超自我による望ましくない欲動や感情への禁止を緩めることで、退行するよう促しているのです。

精神分析的心理療法では、このようにして表面化した欲動や感情に関して、治療者は解釈を行い、それを受けてクライエントが気付きを得る過程から治療を行っていきます。

しかし、自我の退行を健康的と言える範囲にとどめるためには、一時的・部分的な退行である必要があります。

そのため、心理療法では一定の手続きや場所・時間に制限を加え、その範囲内のみで退行できるよう配慮することが重視されています。

発達論的退行とは

退行は発達理論からも言及されています。

精神分析的な発達論における退行は現在の発達段階より前の段階に逆戻りするということを意味します。

フロイトの心理性的発達理論では、無意識から湧き上がるリビドーが集中する部位が、発達段階ごとに異なっているとされます。

各発達段階は次の通りです。

口唇愛期(0~2歳):リビドーが口に集中する。十分な愛情を得られていないと依存的・悲観的な性格になる。

肛門期(2~4歳):リビドーが肛門に集中する。親の適切なしつけを得られないと、几帳面で生真面目な性格になる。

男根期(4~6歳):リビドーが男根(ペニス)に集中する。同性親の同一化に失敗すると、性役割の混乱や自己顕示的なヒステリー性格になる。

潜伏期(7~12歳):リビドーが特徴的な活動に繋がらず、抑え込まれている状態。この時期に形成される性格特徴は無し。

性器愛期(12歳以降):これまで身体の各所に点在していたリビドーが性器に統合され、成熟した人格を形成する。

防衛としての退行

人は強いストレスを受けると、自我を守るための働きである防衛機制を駆使して何とか現状を乗り越えようと試みます。

しかし、手を尽くしてもどうにもならないことがわかると強い不安が生じ、最終手段として過去へ遡ろうします。これが退行という防衛です。

発達論的退行の具体例

例えば、「ディズニーランドに行ってはしゃぐ」など、大人になってから童心に返るような体験をすることはリフレッシュできることをご存じだと思います。

そのため、時と場所が限定された退行であれば非常に有効な防衛であると言えます。

発達論的退行と病理

退行は欲動や感情を望ましい(許容できる)形に変換して現実的に表現するという他の防衛機制とは異なり、精神内でその場しのぎをしようという特殊な防衛です。

そのため、長期化してしまうと、日々発達し変化する身体とこころのバランスが崩れてしまいます。

そこで、それより前の発達段階へと退行すると同時に、症状を形成することで何とかその齟齬を埋めようと試みます。

例えば、会社に行きたくないという欲求を充足させるために、駄々をこねるという子どものような振る舞いでは何も解決しません。

そのため、男根期へと退行しヒステリー性格を呈する一方で、足が動かなくなってしまったというヒステリー症状を呈することによって、「足が動かないから会社にいけない」という現実を作り出し、欲求を充足させるのです。

ちなみにどの発達段階へと退行しやすいかは、発達課題に失敗した、つまりどの段階固着しているかによって決められるとされています。

退行について学べる本

退行について学べる本をまとめました。

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日本における精神分析の大家、馬場禮子先生の本書は難解な精神分析の用語を分かりやすく解説してある良書です。

特に第5章では退行をテーマとして取り上げ解説しているため、これから退行について深く学びたい方におすすめの一冊です。

新装版 治療論からみた退行―基底欠損の精神分析

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心理療法の最中に起こる治療的退行は、一緒に回復へと向かうポジティブな退行もあれば、治療者に依存し、治療を阻害する悪質な退行の2つに分けられます。

質の悪い退行をしてしまう人には、人との基本的な信頼関係を築くことが出来ない、つまり基底的な欠損のある人であるとされます。

そのような人に対する心理療法で現れる退行をどのように扱えばよいのかについての本書は内容が少し難解なため、精神分析に関する学びを深めてから手に取ることをおすすめします。

様々な意味合いを持つ退行

退行は精神分析についての本や論文で何度も登場する重要概念ですが、どのような意味合いで用いられているかについて知っておくとより理解が深まるでしょう。

今回ご紹介した本でさらに学び、人間の心に起こる不思議な現象「退行」についての理解を深めましょう。

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参考文献

  • 馬場禮子『精神分析的人格理論の基礎 心理療法を始める前に』岩崎学術出版
  • 名越康文(1995)『治療における「退行」の位置づけ』アドレリアン第6巻第2号(通巻第11号),81-87

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    • この記事を書いた人

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    臨床心理士指定大学院に在学していました。専攻は臨床心理学で、心理検査やカウンセリング、心理学知識に関する情報発信を行っています。

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