精神分析を創始したフロイト,Sの死後、精神分析は彼の弟子によって様々な学派に分かれていきました。そして、その1つがメラニー・クラインによって創始された対象関係論です。
クラインの残した業績とはどのようなものなのでしょうか。難解な対象関係論をわかりやすく解説していきます。
目次
メラニー・クラインの経歴
メラニー・クラインは1882年に、精神分析を創始したフロイト,Sが活躍したオーストリアのウィーンに生まれました。後に対象関係論と呼ばれる重要な発達理論、防衛モデルを構築します。
彼女が精神分析を始める前には、抑うつ神経症を患っていたと言われています。抑うつ神経症とは、うつ病とは異なり内的な葛藤など心理的な要因が原因となって抑うつ症状を呈する精神疾患です。
このような神経症の治療として当時注目されていたのが精神分析でした。そのため、クラインは1912年ごろからサンドラ・フィレンツィという分析医に精神分析的心理療法を受け始めました。
そして、いち早く子どもへの分析の必要性を主張していたフィレンツィの影響を受け、クラインは自分の息子エーリッヒに分析を行い、そこから精神分析家としてのキャリアをスタートさせていったのです。
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メラニー・クラインの対象関係論とは
クラインは子どもの分析を行う中で、精神分析をさらに一歩発展させた対象関係論という理論を構築しました。
部分対象と全体対象
クラインによれば、子どもは外界を捉える過程は部分対象関係からスタートするとされます。部分対象とは、その瞬間に自分を満足させてくれるかどうか、つまり快-不快の状態と対象を結び付けて捉えることを指します。
ごく幼い乳幼児はまだ感覚器官や認知機能が十分に発達していません。そのため、常に一緒にいる母親という存在を1つのまとまりとして捉えることができないのです。
客観的に考えれば、お腹が空いて泣いた時に、母乳を与えてくれるお母さんという対象が欲求を満たしてくれていると考えるでしょう。しかし、未発達な乳幼児には、空腹を満たしてくれるという快と結びつき知覚されるのは、母乳を出す乳房のみなのです。
そして、発達が進むことで乳児は母親という統合された存在であると理解していくことになります。
自分の快-不快と結びついた部分対象の知覚から物事には良い面も悪い面もあると受けとめ、部分を統合して捉える全体対象関係への発達していくのです。
妄想-分裂ポジションと抑うつポジション
妄想-分裂ポジション
部分対象関係において特徴的な状態を妄想-分裂ポジションと呼びます。これは生後4~6か月頃の乳幼児のこころの中で起こる現象のことです。
この時期の乳幼児は部分対象関係で物事を知覚しているため、空腹を満たしてくれる場合には、良い乳房という部分対象関係にあります。しかし、自分が泣いた時に母親は別の家事をしていたり、眠っているなどにより常に自分の欲求を満たしてくれるとは限りません。
そのため、同じ存在であっても、その時に自分の欲求を満たしてくれなければ悪いものであると評価がガラッと変わってしまいます。部分対象関係にある状態では、相手が連続性・恒常性を持ったものだと捉えられないのです。このような現象、防衛のことを分裂と呼びます。
お腹を満たしてくれるときは「良い乳房」と考えるものの、ひとたびお腹を満たしてくれないことがあると不快と結びつくために「悪い対象」となってしまうのです。
抑うつポジション
その後、全体対象関係が獲得されていくことにより、次第に乳房とはあくまで母親の部分であり、必ずしも自分の欲求を満たしてくれるとは限らないのだと気づき始めます。
今まで悪い対象だと思い、憎悪していたものが愛する母親であることに気付き、乳幼児は深い罪悪感を抱え抑うつ状態に陥ってしまいます。これが抑うつポジションです。
抑うつポジションは全体対象関係の獲得を促すものであり、成長に必要な痛みでもあるのです。
アンナ・フロイトとの論争
子どもを対象とした精神分析に注力したクラインですが、同時期によく似た取り組みを行っている学者と見解の違いから激しい論争を巻き起こします。
その相手とは、精神分析の創始者であるフロイトの娘であるアンナ・フロイトです。
アンナ・フロイトの主張
アンナ・フロイトは父の提唱した防衛機制を整理した業績で有名ですが、児童分析と呼ばれる子どもへの精神分析に関しても精力的に活動していました。彼女は、子どもに対して自由連想法を実施することは発達の関係上難しいと考えていました。
そのため、子どもとのやり取りを行ううえで、治療者に家庭での不満などを漏らせるような信頼関係を築くために遊びを共有するという導入を行う必要性を主張しました。
そして保護者を中心とした周囲の大人たちを巻き込み、子どもの情報を収集しながら成長を促進する環境を整えることで不適応を解消しようとする治療スタイルを目指したのです。
メラニー・クラインの主張
対して、クラインは子どもの遊びは大人の自由連想法と同等のものであるという主張を行っています。
人形やコップ、筆記用具などのおもちゃを使って子どもたちが遊ぶ姿には子どものこころの内面が表現されており、それを解釈することで分析を行おうとしたのです。
また、初期のクラインは子どもの家へ治療をしに行っていましたが、そこでは親に対する感情を治療者に転移させることができないという壁にぶつかります。親にネガティブな感情を抱いていたとしても、親の目の前や普段親も過ごしている自宅では正直な気持ちを吐露できなくても無理はありません。
このことからクラインは親を巻き込みながら治療を進めることを批判したのです。
このように、子どもを対象として遊びの中から治療を行おうとした精神分析家であっても、方法論に関し大きな食い違いがあったため、大きな論争を巻き起こしたのです。
メラニー・クラインとアンナ・フロイトの違い
両者の主な違いに関しては次のような点が挙げられます。
【メラニー・クラインとアンナ・フロイトの違い】
メラニー・クライン | アンナ・フロイト | |
原理 | 大人と同じ | 大人とは異なる |
治療法 | 自由連想の代替として遊びの解釈 | 自由連想法の改良 |
家族参加 | 転異に関してマイナス | 情報収集と教育的配慮から必要 |
神経症 | 既に神経症を形成する下地が整っている | 発達途上のため、神経症を形成する途中 |
クラインについて学べる本
クラインについて学べる本をまとめました。初学者の方でも手に取りやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
改訂 精神分析的人格理論の基礎―心理療法を始める前に
クラインの提唱した対象関係論は乳幼児の捉えている世界を説明するものであり、大人の視点を持っているとなかなか理解しがたい部分もあるでしょう。
本書はそのような初学者にもわかるよう易しく対象関係論を解説しています。ぜひ、これから対象関係論について学ぼうとする方に手に取って頂きたい1冊です。
対象関係論を学ぶ―クライン派精神分析入門
対象関係論を学ぶための入門書です。クラインは精神分析は非常に難解なため、初学者の方はまず入門書を手に取ることがおすすめです。
図や表を用いて視覚的に理解しやすいよう工夫されていますので、精神分析の知識に自身が無い方でも安心して読み進めることが出来るでしょう。
子どもの発達から病理の理解へ
クラインの提唱した対象関係論は、後に他の学者によって境界性人格構造(BPO)の発生機序を説明したり、精神疾患の病理を説明する病態水準の基礎ともなるものでした。
それまで絶対的な権威を持っていたフロイトの娘と論争するまで子どもの発達理論にこだわりを持っていたクラインが後世に与えた影響は非常に大きいものです。
ぜひ、クラインの研究についてこれからも深く学んでいきましょう。
【参考文献】
- 妙木浩之(2003)『フロイト-クライン論争の臨床的意義』久留米大学心理学研究 : 久留米大学文学部心理学科・大学院心理学研究科紀要 (2), 77-87
- 高澤知子(2021)『「行動化」再考 : メラニー・クラインの「プレイ・テクニック」での発見を経て』専修人間科学論集. 心理学篇 11 11-21
- 馬場禮子(2016)『精神分析的人格理論の基礎―心理療法を始める前に (改訂)』岩崎学術出版