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精神分析とは?フロイト派・ラカン派の理論や精神分析的心理療法の流れと批判を解説

精神分析は、現在の臨床心理学の基礎を築いたと言っても過言ではない代表的な治療理論です。

そこで今回は精神分析の代表格であるフロイト派やラカン派の理論に加え、精神分析を応用した現代の心理療法とそれへの批判、精神分析の主要な学会についてもご紹介します。

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精神分析とは

精神分析とは、19世紀にフロイト,Sによって提唱された人の心理的機能に関する理論及びそれに基づいた心理療法の体系のことを指します。

精神分析の背景理論

精神分析の最も大きな特徴として、こころには自分が自覚できている以外の領域も存在すると仮定することが挙げられます。

これを局所論と呼びます。

元々、精神分析の創始者であるフロイトは、当時流行っていたヒステリーという精神疾患に対する催眠療法をシャルコーという精神科医のもとで学んでいました。

その中で、ヒステリー患者は催眠をかけられると、それまで全く語られることのなかった患者にまつわるストーリーを語り始め、催眠が解けると全くそのことを患者は覚えていないという事態にフロイトは直面します。

これを受け、フロイトは、普段全く自覚されることのない「無意識」と呼ばれるこころの領域があることに気付きます。

そして、催眠によって語られる内容は無意識から出てこないように抑圧された内容であり、催眠によって抑圧が緩んだために言葉として外へ出てきたと考えたのです。

そこから精神分析の理論が始まっていくのですが、その最も基礎となる、「人間のこころが意識・前意識・無意識の3つの領域で構成されている」という考えのことを局所論と言います。

フロイトによる精神分析

フロイトが提唱した精神分析の理論は多岐に渡ります。

今回は代表的な理論を紹介します。

構造論

局所論はこころの領域に関する理論でしたが、構造論ではこころの持つ機能に関する理論です。

先述の催眠療法で見られた患者の普段の様子と、催眠状態での様子は異なるものでした。

つまり、催眠中に語られた内容は自分のこころの一部であるにも関わらず、普段は自分の一部として認めがたいために、無意識へ抑圧して見えないようにしてしまっていると考えることができます。

そして、自分として認められるこころとそうではないこころがあるということになります。

この自分として認めることのできるこころを「自我」、自分として認めることのできないこころを「イド」と呼びました。

自我と現実原則

自我は自分として認められるこころであることから、意識から前意識、無意識まで広く位置しており、外界と繋がってやり取りをするこころです。

そのような特徴から自我は外界という現実に即して振舞うことができるよう「現実原則」と呼ばれる法則に従って機能します。そして、自分として認められるこころが外界やイドから脅かされることが無いように現実機能を果たしています。

皆さんの中の多くはこの現実機能を自我が果たしているということを自覚していないのではないでしょうか。

それこそが自我が無意識の領域まで達している所以なのです。

そのため、普段は意識されていませんが、

  • 現実検討:現実世界に置かれている自分の状況を観察し、どのように自分が行動すべきか状況判断をしていく機能のこと
  • 自我境界:自分と自分ではないものを区別するための境界線

といった無意識的なこころの機能を果たすことで自分と認められるこころを保持しているのです。

イドと快楽原則

これに対し、イドは無意識の深い層にある、自分とは認めがたい欲求や衝動(リビドー)が昇ってくるこころです。

初期のフロイトは、その多くを性欲という他者にはなかなか開示することのない欲求に求めていました。

イドは「快楽原則」と呼ばれる自分本位な法則にしたがった性的な欲求や攻撃的な欲求が含まれる本能的なこころの部分であり、自我の領域に昇ってこようとしますが、自我はそれが昇ってきてしまうと自分と認められるこころを守ることができません。

そのため、防衛機制と呼ばれる手法を用いて、イドから望ましくない欲求が自我まで昇ってくることを防いでいるのです。

超自我と道徳原則

実は構造論で登場するこころは、自我・イドのほかにももう一つあります。それが超自我と呼ばれるこころです。

先ほど、イドから自我へ昇ってこようとする欲求が望ましくないものであれば防衛を行うと述べましたが、中には現実的に認めることのできるものもあるわけです。

しかし、自我は外界からの情報にも目を凝らしていなければならないため、常に自分の内部から昇ってくる欲求に注意を向けているわけにもいきません。

そこで超自我の登場です。超自我は「道徳原則」という、良い・悪いという基準でイドから昇ってくる欲求を監視し、不適当であれば防衛をするように自我へ伝えています。

このように、それぞれの3つのこころが役割分担をして、意識-無意識を含む全体的な自分のこころを維持していると精神分析では考えるのです。

※構造論についてより詳しく知りたい方は、以下の記事もご参照ください。

イド・自我・超自我とは?精神分析の最重要概念を具体例でわかりやすく解説

防衛機制

先ほど、自我とイドの対立に関して触れましたが、望ましくない欲求が自我へ昇ってこないようにするための対処法が防衛機制です。

代表的な防衛機制には次のものが挙げられます。

【代表的な防衛機制】

  • 抑圧:無意識の中に抑え込む
  • 合理化:もっともらしい理由をつけて正当化する
  • 投影:自分の望ましくない感情や欲求を相手が持っているものと思い込む
  • 反動形成:抑圧された感情などと正反対の言動をする
  • 隔離:受け入れがたい感情や衝動と思考や行為、観念などを切り離す
  • 打消し:認めがたい感情や欲求を表出してしまった後に、それを取り消す行動をとる
  • 取り入れ:ある対象の属性を心理的に自己の内部へ取り入れる
  • 退行:自我とイドの間に生じる葛藤から逃れるため、より未発達な段階へ逆戻りする
  • 昇華:受け入れがたい欲求や感情を、社会的に価値ある形に変換し表出する

※防衛機制についてより詳しく知りたい方は、以下の記事もご参照ください。

防衛機制とは何か?種類と具体例―私達は不安から自我をどう守るのか

性発達理論

フロイトはそれぞれの発達によってリビドーが充足される身体の部位が異なり、それに基づいて人格が形成されるとする心理性的発達理論を提唱しました。

心理性的発達理論では、それぞれ「口唇愛期」・「肛門期」・「男根期」・「潜伏期」・「性器愛期」という5つの段階を経ることが提唱されています。

口唇愛期

出生してからおよそ2歳までの時期のことを指します。

赤ちゃんを見てみると、なんでも口に入れて確かめようとする傾向があることに気づくかと思います。また、生命を維持するために重要な食事では、授乳という形で母親と唇を使って接触します。

このように、乳幼児にとって口唇は非常に重要な意味合いを持っています。

そこでフロイトは、乳幼児期においてリビドーが口唇に集中し、母親屋の甘えと受容される経験こそが発達的な課題であると捉えました。

肛門期

おおよそ2~3歳の時期が該当します。この時期の幼児が直面する現実的な課題こそがトイレット・トレーニングです。

この時期はリビドーが肛門に集中しています。これまで、養育者から甘えることを許され、受容されてきたため、おむつに排便しても養育者が片付け、おしりをきれいにしてくれていたわけです。

しかし、トイレット・トレーニングを通じて養育者から排泄のしつけを受けることとなります。

適切なしつけを受けることで、それは内在化され主張的・能動的な特徴が形成されるというのがこの時期の特徴です。

男根期(エディプス期)

およそ3~6歳の時期が該当します。

この時期は性器いじりと呼ばれる行動がみられるように、リビドーは男根(ペニス)に集中しています。

男の子の異性親である母親に対し、性愛的な感情を抱きます。

そして、母親には既に父親というパートナーがいるため、父親に対し敵意を向けるようになります。

しかし、父親のほうが力が強いことは言うまでもなく、敵意を抱くと共に父親から男根を奪われてしまうのではないかという去勢不安を抱きます。

その後、発達が順調に進めば、母親を性愛の対象にすることを諦め、父親の男らしい言動を見習いモデルとして見習うようになります。

潜伏期

およそ7~12歳の期間が該当します。

小学生が男女関係なく入り混じって遊ぶように、この時期ではリビドーが抑圧され、知的な活動や社会的規範の獲得に注力されます。

この時期ではリビドーが特徴的な活動に繋がらないため、この時期に形成される性格傾向に関しては触れられていません。

性器愛期

13歳以降の時期が該当します。

身体的な成熟に伴い、これまでの発達段階において分散されていた口唇・肛門・男根のリビドーが性器を中心として統合され、性的快感をもたらす時期とされます。

この時期に到達すると、成熟した感情を示し、人を愛して受容するという理想的な大人の人格が形成されます。

ラカンによる精神分析

フロイトから始まった精神分析ですが、その後は様々な心理学者・精神学者の手によって発展を遂げています。

今回はフランスの精神分析学者であるラカン,Jの理論を取り上げます。

フロイト後の精神分析では様々な理論が提唱されていますが、ラカンはフロイトの理論を重視し、その解釈を行ったことで有名です。

特に難解と言われているラカンの理論ですが、その核となるのは言語と母親役割・父親役割の2つになるでしょう。

象徴界・想像界・現実界

ラカンは人間のこころを支えているものは言語であると考え、世界の姿を「象徴界」・「想像界」・「現実界」の3つに分類しました。

象徴界

言葉というものは単なる記号でしかありませんが、言葉がつながっていくことでそこには意味が生まれてきます。(「あ」はただの記号に過ぎませんが、「あ」+「お」となると青色という意味を持ってきます)

つまり、現実世界にあるものを、感覚器によって取り入れ、自分のこころの中のイメージとして保存し、それが言葉と結びつくことではじめて意味が生まれるのです。

このように、人間は言語を使うことで認知的活動ができるのであり、そのような象徴(イメージ)と言葉によって結び付けられる活動が行われるこころの領域は象徴界と呼ばれます。

想像界

象徴界での事物は言語により人間が明確に捉えることのできる領域ですが、「平和」や「幸福」のような漠然としたイメージは描けるけれども、それを正確に表現することが難しいものもあるでしょう。

このような対象が属している世界を想像界と呼びます。

想像界は漠然としか捉えることができないため、他者と共有することが難しく、個人的な世界であると考えられています。

現実界

そして、象徴界・想像界以外の人間が本来捉えることのできない世界こそが現実界です。

例えば、殺人事件が起こったことを報道するニュースがあるとしましょう。

そこでは、いつ、どこで、何があったのかということを言語を通じて知覚したり、「なんだか恐ろしい」という漠然とした不安感を感じられるかもしれません。

しかし、実際にニュースで報道しているのはその事件の一部にしかすぎず、そこで起こったでき事をそのまま切り取り、ニュースの視聴者の脳内へ運ぶことは不可能です。

鏡像段階論

乳幼児はその認知的発達が進むことによって、鏡に映った像が自分の姿であることを認識できるようになります。つまり、人間は自分が何者なのかであることを知るためには鏡を見なければならないということも示しています。

そして、これは人間関係においても当てはまります。

先の想像界・対象界・現実界で述べたように、現実界にある他者のこころそのものや自分自身を捉えることができません。

そのため、対人関係において把握できるのはあくまで、「他者にこのような人と思われているだろう」という自己イメージであり、その他者という鏡に映った自分によって、自我を形成していくのです(これを想像的自我と呼びます)。

ラカンと神経症

フロイトは、神経症患者への分析を行う中で、多くの患者に共通してエディプス期に母親・父親との葛藤が出現したことから、神経症の原因はエディプス期に起こる葛藤であると考えたようです。

しかし、ラカンは神経症の原因となる根源的な不安感が湧き上がってくるのはエディプス期のトラウマではなく、より初期の生後間もない時期であるとしています。

子宮の中にいる乳幼児は何をすることもなく生きていることができるため万能感を有していますが、出産により外界へ出てきて、へその緒を切られた途端に誰かの助けが無くては生きていくことができない無力な存在となってしまいます。

これが、人間にとって一番のトラウマ(想像界)であり、自由連想法などで思い出されるショッキングな出来事(象徴界)はトラウマを思い出しかねない引き金に過ぎないと考えるわけです。

そのため、ラカンはすべての人間は神経症であると考えているのです。

精神分析的心理療法とは

精神分析の理論はそもそも心理療法として、患者の病態を理解し、治療を行うために提唱されています。

そのような精神分析的心理療法の多くは次のような流れで実施されます。

自由連想法

自由連想法とは、クライエントが椅子に腰かけるなどしてリラックスした体勢をとり、こころに浮かんできたことを無批判に口にするという技法です。

症状を形成している無意識の中にある内容は強く抑圧されているため、その防衛を弱めなければ自由連想でクライエントから内容を引き出すことができません。

そのため、クライエント自身がプライバシーが守られた空間で、治療者とのしっかりとしたラポール(信頼関係)の形成をすることが重要となってくるでしょう。

自由連想法の解釈

自由連想法によって表面化した無意識にある内容が現在の症状にどのようにつながっているのかは一見するとわからないものも多く、勿論クライエントも自覚していません。

そのため、クライエントの成育歴などの生活情報と、自由連想法で語られた内容、現在の症状や不適応などを総合的に捉え、語られた内容がクライエントにとってどのような意味を持っているのかに対し解釈を行っていきます。

このような手続きを直面化と呼びますが、あまりにもクライエントにとって受け入れがたい内容を心理的に不安定な状況で直面化を行うことは望ましくありません。

そのような対応をした場合、急な面接キャンセルなどの「抵抗」を引き起こしてしまったりすることがあります。

転移と逆転移

また、面接が深まってくる中で、クライエントは重要な他者(主には養育者)に対する想いを治療者へ向けてくる「転移」が起こることがあります。

それによって、治療者も「逆転移」と呼ばれる想いを掻き立てられることになりますが、冷静さを失うことが無ければ、この逆転移は治療を進めるうえで大きな役に立つと言われています。

いずれにしても、適切な解釈を行い、クライエントが受け止められるタイミング、内容の直面化を行うのが臨床家の腕の見せ所となるのです。

このように適切な解釈を与えることで、クライエントは自身の症状を生み出している不安や葛藤の背景にある無意識の内容を意識化する洞察が促され、適応へと至るとされています。

※自由連想法についてより詳しく知りたい方は、以下の記事もご参照ください。

自由連想法とは?カウンセリングのやり方や基本規則、日常での活用事例を解説

精神分析的心理療法への批判

心理療法として長い歴史をもつ精神分析的心理療法ですが、これまでに多くの批判を受けてきました。

主な内容としては次の通りです。

  • 無意識という仮定の存在を前提とした理論のため、科学的なエビデンスに欠け、客観性や再現性に乏しい
  • 治療終了までに長期間を要するケースが多い
  • 言語的なやり取りを前提とするため、子どもへの介入としては不適

このような批判を多く受け、エビデンスを重視した行動療法が台頭するわけですが、現在も精神分析的な心理療法を行う臨床家も多く、クライエントの症状の根本的な原因を取り上げ、自我を強化するということから長期的な治療効果を得られるというメリットがあることも忘れてはいけません。

精神分析の主要な学会

精神分析の主要な学会としては次のようなものがあります。

これらの学会の会員となることができれば、専門的な精神分析の学術集会や研修に参加することができるでしょう。

また、日本精神分析学会では精神分析的精神療法の維持と向上を目的とし、心理療法士、スーパーバイザーの認定を行っています。

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フロイトの基礎理論は独特の用語を用いるため敬遠されがちですが、初学者でも分かりやすいようかみ砕いて解説してあるためおススメです。

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ラカンの理論は特に難解であることが知られており、ラカンの論文の翻訳本をいきなり読んでも挫折してしまうおそれがあります。

そのため、ラカンの理論を分かりやすくかみ砕いた解説本から入るのが良いでしょう。

現代の臨床心理学の礎

精神分析は当時から変わった視点で精神障害を捉えようとしていたため、批判を受けることも多かったようですが、間違いなく現在の臨床心理学の礎を作った理論です。

心理療法や精神医学を学ぶ方には避けては通れない道のため、しっかりと学びを深めましょう。

【参考文献】

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    • この記事を書いた人

    t8201f

    臨床心理士指定大学院に在学していました。専攻は臨床心理学で、心理検査やカウンセリング、心理学知識に関する情報発信を行っています。

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