今回は、心理療法の中でも新しい分野である「ナラティヴ・セラピー」Narrative Therapyについて学んで行きましょう。
家族療法から発展し、ホワイトらが創始したナラティヴ・セラピーについて、その手法・学会・研修・講座から、2020年に出版された国重浩一氏の本もご紹介していきます。
目次
ナラティヴ・セラピーとは
ナラティヴ・セラピーのナラティヴnarrativeとは、語ることを意味します。このことから、物語療法とも呼ばれます。ナラティヴ・セラピーは家族療法から発展した心理療法です。
ナラティヴ・セラピーの大きな特徴は、聴き手が意識を向ける対象が、語り手自身ではなく語られていることである点です。
それまでの心理療法においては、治療者は患者自身やその抱えている問題そのものに意識を向けてきました。
これに対し、ナラティヴ・セラピーでは、聴き手は話し手の語りに意識を向け、物語の世界を共に散策します。話し手が抱えている問題そのものに固執せず、自由に物語の世界を散策していくうちに、話し手はこれまで問題を作り出してきた物語とは別の、新しい物語を語れるようになっていきます。
家族療法からの発展
ナラティヴ・セラピーは家族療法への批判から発展したものです。家族療法とは、どのようなものなのでしょうか。
家族療法は、問題を抱えた個人だけを対象にするのではなく、家族全体に働きかける心理療法です。家族療法では、家族全体をひとつのシステムとみなすので、家族1人の問題は、家族全体から影響を受けていると考えます。
例えば、不登校という問題を抱えた人がいた場合、不登校という問題はその人個人の問題としては捉えません。不登校という問題は、その家族全体のシステムの不具合から生じて来た問題と考えるのです。
そのため、不登校となっている人だけではなく、両親や兄弟など家族全体に対して働きかけていくことになります。
ホワイトによるナラティヴ・セラピー
ナラティヴ・セラピーは、オーストラリアの精神科であるマイケル・ホワイト(White,M)と、ニュージーランドの文化人類学者であるディヴィド・エプストン(Epston,D.)によって、1980年代後半に創始されました。
ナラティヴ・セラピーでは、人が悩むのは、自分自身で問題行動を引き起こすような人生物語(narrative)を描いているためだと考えます。本来人は、様々な物語を持っているはずなのに、その中から問題を引き起こす物語が今は語られているのだ、と考えるのです。
そうであるならば、問題を引き起こしている物語を、別の新しい物語に書き換えていけば良いということになります。
ナラティヴ・セラピーの手法
では、実際にはナラティヴ・セラピーはどのような方法で行われるのでしょうか。ナラティヴ・セラピーの方法は、次の3段階からなっています。
- クライエントの悩みの元となっている物語を聴く
- 問題をクライエント自身から切り離す(外在化)
- 別の物語に書き換える
ホワイトは、ナラティヴ・セラピーにおいて質問が重要な鍵であると考え、以下の2つの質問方法を工夫しました。
1.その問題が影響を与えている範囲はどこなのかを知るためのもの。
過去はそうではなかった、問題が生じない場合があるなど、例外的な場面を見つけることができる。
2.問題がなぜいつまでも続いていることができるのかを知るためのもの。
問題が続かない条件が見つかったら、それを広げる質問を行うことができる。
以上のように、ナラティヴ・セラピーでは、問題をクライエント自身から切り離し、問題からクライエントが支配されなくなるような物語に変えていくことが大切になります。
ナラティヴ・セラピーの実施例
ここで、例を1つ考えてみましょう。あなたがカウンセラーになって話を聴くことを想像してみるもの良いかもしれません。
クライエントの悩みは、上司にいつも怒られるということです。企画書を出しても会議で発言してもいつも頭ごなしに怒られるので、もう会社を辞めたいくらいに悩んでいると言います。
あなたは、どのように対応しますか?問題をクライエントが自分自身から切り離せるために、どのような質問が有効でしょうか?
「あなたの会社を辞めたいくらいの悩む気持ちは、どこからきたのでしょうか?」
「上司に怒られているあなたは、どのように見えるでしょう?」
このような質問も、クライエントが悩みを外在化させていく手掛かりになるかもしれません。
では、書き換え可能な新しい物語には、どのようなものがあるでしょうか?
「実は前の上司からは可愛がられていた。今の上司は自分だけではなく誰にでも怒る性格だ。」
「この前の飲み会で、上司から、『お前には期待している』と言われた。上司の怒りは自分を育てようとしているためなのかもしれない。」
など、沢山あるでしょう。
ナラティヴ・セラピーへの批判
ナラティヴ・セラピーは、語りを聴くことから始まり、語りが変化していくことを重視する心理療法であるが故に、次のような批判もあります。
障害者特性ゆえに、「自分の思いが言葉や文字にしてうまく伝えることができない」「言語としてのコミュニケーション能力が低い」知的障害児・者には、まったく不可能とまでは言えないが、当てはまりにくいと言えるだろう。
(引用;西村2005)
つまり、元々の物語をうまく語ることが困難な場合、現在のナラティヴ・セラピーはうまく機能しないというのです。
ナラティヴ・セラピーの学会
ブリーフサイコセラピーは短期療法とも言われ、ナラティヴ・セラピーの他、解決志向アプローチ、システムズアプローチ、認知行動療法、家族療法、オープンダイアローグなど、多様なセラピーを含むものです。日本ブリーフサイコセラピー学会では、研修会やセミナーなども行われています。
名称が似ていますが、日本ブリーフセラピー協会というところでも、研修や養成講座が行われています。
ナラティヴ・セラピーの研修・講座・資格
前に挙げた、日本ブリーフサイコセラピー学会及び日本ブリーフセラピー協会の他にも、ナラティヴ・セラピーを学べる団体を紹介します。
「ナラティヴ実践協働研究センター」Narrative Practice And Coresearch Centre (NPACC)では、ナラティヴ・カウンセリングの実践、専門訓練そして協働研究が行われています。ナラティヴ・セラピー実践家の育成・成長を目指し、ワークショップや研修も行われています。
参考文献に挙げました「ナラティヴ・セラピーのダイアログ」の編著である国重浩一氏及び横山克貴氏がスターティングメンバーとなっていらっしゃいます。
資格としては、先に挙げた日本ブリーフセラピー協会における「ブリーフセラピスト」があります。
ナラティヴ・セラピーについて学べる本
更に詳しくナラティヴ・セラピーについて知りたいという方に向けて、おすすめの本をご紹介します。
「ナラティヴ・セラピーって何?」
理論としては初学者には馴染みにくいナラティヴ・セラピーを、分かりやすく解説した本です。ナラティブ・セラピーの手順や実例が読みやすく記載されています。
「ナラティヴ・セラピーのダイアログ」
タイトルの通り、カウンセラーとクライエントの実際の対話が記録された本です。ポイントごとのクライエントの心の動きもクライエント自身の言葉で記されています。
ナラティヴ・セラピーで世界と自分が変わる
今回は、家族療法から発展したナラティヴ・セラピーという心理療法について見てきました。
私たちが人から相談を受けたり、いわゆる問題行動を起こす人を見る時、その人自身に問題があるように思ってしまうことがあります。けれども、ナラティヴ・セラピーでは、その人が問題なのではなく、問題が問題なのだ、と考えるのです。
カウンセラーのそのような見方から発することばが、クライエントのことばを徐々に変えていき、物語の意味が変わり、新たな物語が生まれていくのです。
参考文献
- 中川晶(2017) 講義と演習で学ぶ保健医療行動科学 日本保険医療行動科学学会雑誌、31別冊、70−73
- 楡木満生(2005) ナラティヴ・セラピーの理論と実際 日本保険医療医療行動科学会年報、20
- 坂田真穂・竹田眞理子(2007) 不登校への家族療法的アプローチの試み 和歌山大学教育学部紀要教育科学 57、9−14
- 国重浩一・横山克貴(2020) ナラティヴ・セラピーのダイアログ 北大路書房
- アリス・モーガン著 小森泰永・上田牧子訳(2003) ナラティヴ・セラピーって何? 金剛出版