ここでは、対人認知ついてお話していきます。まず、対人認知とは何かという定義や具体例を説明します。次に、印象形成や対人認知の歪みについてお伝えし、最後により詳しく学ぶための本をご紹介します。
目次
対人認知の意味・定義
まずは対人認知と言う概念の定義を押さえておきましょう。APA心理学大辞典によれば、対人認知とは
人々が他者について考え、評価するプロセスのこと
と定義されます。より噛み砕いて言えば、“他者を理解する認知的な活動”を対人認知と呼ぶわけです。なお、対人認知は英語でperson perceptionと表記されるため、対人知覚と訳されることもあります。
対人認知の具体例
続いて対人認知の具体例を見ていきます。
例えば、私たちが電車の中で席を見つけたとしても、その隣に金髪で色黒、ピアスをした男性が座っていたら、座ることを躊躇うかもしれません。「怖そう」と感じるからです。しかしその男性が赤ちゃんを抱っこし、笑顔であやしていたら、私たちの躊躇いは軽減されるかもしれません。
このように、対人認知は、私たちが日々生きていく中で自ずと行っている行為と言えます。
ところで、この例からも分かるように、私たちは客観的に人を判断しているつもりでも、そうではないことが極めて多いです。なるべく正確に他者を理解するためには、対人認知を歪ませる要因も併せて知ることが大切です。この点については後述します。
対人認知と印象形成
対人認知と同じ文脈で語られる用語に、印象形成があります。印象形成は対人認知のプロセスの1つで、"服装や外見、声や身振りなど、他者に関する限られた情報を手掛かりにして、その人物の全体的なパーソナリティ像を推測すること"を指します。
対人認知に関する研究は、アッシュ(1946)の印象形成研究に端を発すると言われています。アッシュが行った研究概要は次の通りです。アッシュは、架空の人物の特性を表す7つの形容詞リストを用意し、その人物の印象を尋ねました。その際のリストは以下の通りです。
リストA | 知的 | 才能がある | 勤勉である | 温かい | 注意深い | てきぱきしている | 実際的 |
リストB | 知的 | 才能がある | 勤勉である | 冷たい | 注意深い | てきぱきしている | 実際的 |
このように、両者で異なっていたのは“温かい”と“冷たい”だけでしたが、形成された印象はAのほうがずっと好意的でした。この実験からアッシュは、人が印象を形成する際には、核となる特性(中心特性)が存在し、また中心特性の影響を受けて印象形成が成される周辺特性が存在することを見出しました。
そしてこの研究以降、対人認知の研究が始まったとされているのです。
対人認知の歪み
先ほどの例で説明したように、私たちは、必ずしも客観的に対人認知を行っているわけではありません。寧ろ、客観的に行うことはほぼ不可能と言っても過言ではありません。何故でしょうか。それは、対人認知を歪ませる様々な要因が自ずから存在するからです。
ここでは、具体的な歪みの要因として、ハロー効果とステレオタイプをご紹介します。
ハロー効果(光背効果)
ハロー効果は、”1つの良い特徴によって他の特徴も良い方向に捉えたり、反対に、1つの悪い特徴によって他の特徴も悪い方向に捉えたりすること”を指します。例えば、学歴だったり職歴だったりが優れている人は、そうでない人に比べ、概して前者の方が信頼でき、能力が高いと判断されるでしょう。
ステレオタイプ
ステレオタイプは”ある社会集団やその構成員の特徴に関して、社会的に共有される信念”を指します。ステレオタイプには人種や宗教、性別など様々なものがあります。日本ならではのステレオタイプとしては、血液型ステレオタイプがありますね。「A型は几帳面。B型はわがまま」などがそうです。
ステレオタイプと類似した概念に、偏見と差別があります。特に偏見とステレオタイプは混同されやすいので、具体例を挙げてこれら3つの違いを理解しておきましょう。
例えば、社会全体にある”女性はリーダーシップに欠ける”という認識はステレオタイプです。この認識をもとに女性のリーダーに不満を感じやすくなるのが偏見、「だから女性を登用しない」とするのが差別です。つまり、ステレオタイプは認識(認知)、偏見は感情、差別は行動ということになります。
さて、ステレオタイプが対人認知を歪めることを示した研究は数多くありますが、代表的なものとして、コーエンが1981年に行った研究をご紹介します。
この研究で参加者は、ビデオに登場する女性が”司書”あるいは”ウエイトレス”であると告げられ、続いてその女性が登場するビデオを視聴しました。そして視聴後に記憶テストを行った結果、事前に与えられた職業ラベルに一致する情報の再認成績が、一致しない情報の再認成績より高かったのです。
この結果から、参加者が事前に告げられた職業ステレオタイプに合致する情報をより記憶していたことが示されました。
対人認知について学べる本・論文
対人認知についてより深く学びたい方向けに、ここでは本を3冊ほどご紹介します。
朝倉心理学講座〈7〉社会心理学 (朝倉心理学講座 7)
社会心理学の概論書で、対人認知やステレオタイプも1つの章を使って丁寧に説明しています。今回取り上げられなかった対人認知のプロセスについての記述もあります。
エピソードでわかる社会心理学: 恋愛関係・友人・家族関係から学ぶ
同じく社会心理学の概論書のような位置づけですが、こちらはエピソードを通して学ぶスタイルとなっています。その分、より実感を伴った学習が出来るかもしれません。
ステレオタイプの科学――「社会の刷り込み」は成果にどう影響し、わたしたちは何ができるのか
ステレオタイプに特化した1冊です。ステレオタイプ脅威というキーワードを軸に、ステレオタイプが学業成績や運動成績などに与える影響を科学的に実証し、ステレオタイプの影響からどのように抜け出すことが出来るのかに言及している、といった点が特徴です。
歪みを知り、歪みに自覚的になる
ここまで対人認知と、それを歪める要因について概説してきました。正確な対人認知がほぼ不可能であると述べましたが、そのこと自体は必ずしもネガティブなことではありません。出会う人全員を正確に理解するには相当な負担を強いられますし、そうする必要性もないからです。
しかし、歪みに自覚的であることで、自身の対人認知のあり方を内省することが可能になります。特に心理職や教職などを志す方は、例えばステレオタイプ的な見方をしていないかを自分に問うことは、適切な見立てや理解のために役立つことでしょう。
ぜひ様々な文献にあたり、理解を深めていってください。
Asch,S.E.(1946)."Forming impressions of personality"Journal of Abnormal and Social Psychology(41),258-290.
Cohen,C.E.(1981)."Person categories and social perception:Testing some boundaries of the processing effect of prior knowledge"Journal of Personality and Social Psychology(40),441-452
G.R. ファンデンボス監修 ; 繁桝算男, 四本裕子監訳(2013).『APA心理学大辞典』培風館