現在の心理臨床の礎となっている心理学理論の1つに精神分析というものがあります。そして、その創始者はフロイトと呼ばれる学者であり、彼の業績が心理臨床に与えた影響は計り知れません。
それでは、フロイトとはいったいどのような考えを持った人物だったのか、彼の業績を追っていきましょう。
目次
フロイトとは
フロイト,S.とは19世紀末に精神分析を治療として確立したオーストリアの精神科医です。
フロイトの経歴
1856年、フロイトは現在のチェコにあたる地域で毛織物商をしているユダヤ人家庭に生まれました。
ユダヤ人は商売が上手なことで知られており、比較的裕福な家庭で生まれたフロイトは強いマザーコンプレックスを抱いて育つ中で、ユダヤ人差別受けたこともあり、幼少期にオーストリアへ移住しました。
この不安定な幼少期はフロイトの精神分析理論に繋がるものを感じます。
しかし、このような逆境にも関わらず、フロイトは学業で優秀な成績を収め、ウィーン大学の医学部に進学し、動物の神経構造について研究を行いながら、精神科医として有名なブロイラーと出会いました。
ウィーン大学を卒業後、フロイトはウィーン総合病院に3年間医師として勤務し、神経病医としての資格を取得します。
その時の生活は決して裕福とは言えないものでしたが、神経病理学の講師などを務めながら、1885年にパリのサルペトリエール精神病院へ奨励金を使ってシャルコーの元へ留学し、精神分析理論を構築していったのです。
フロイトは自身の構築した精神分析理論で数々の業績を残しています。彼が提唱した理論について詳しく見ていきましょう。
精神分析論におけるフロイトの業績①無意識の発見と局所論
サルペトリエール精神病院へ留学したフロイトですが、そこにいたシャルコーという学者は神経症のナポレオンとも呼ばれる権威であり、主にヒステリーを対象とした催眠療法の研究を行っていました。
ヒステリーとは現在での転換性障害及び解離性障害を指す精神疾患で、古代は子宮が体内を移動することによって、身体機能の異常や意識の消失などといった精神異常をきたすと考えられていました。
しかし、シャルコーは催眠中に人工的に麻痺を引き起こすことができることを発見し、この催眠暗示を用いればヒステリー患者の起こす失立などの麻痺を治すことができると考え、ヒステリー患者に対する催眠療法にのめり込みます。
その様を間近で見ていたフロイトは、ヒステリー患者に催眠をかけている中で、患者が買った内容が催眠が解けた後にその内容を全く覚えていないという不思議な現象に直面します。
そして、フロイトはその人のこころの中にある内容が語られたはずなのに、催眠から覚めるとその内容がこころから締め出されてしまったために覚えていないのだと考えました。
こうして、人間のこころには次の3つの領域があるという局所論を唱えました。
【局所論】
- 意識:普段、人々が自覚できる精神の領域
- 前意識:努力をすれば知覚することのできる精神の領域
- 無意識:全く自覚することが出来ない精神の領域
精神分析論におけるフロイトの業績②構造論
フロイトは前述の催眠療法における現象から、自分と認められるこころを自我(ego)だけではなく、その個人の中には無意識に締め出されている自分と認められない、自分以外のこころがあることに気付きました。
そして無意識に締め出されているこころを、It(それ)という意味を込めてイド(ido)と名付けました。
その他のこころ「超自我」も含め、3つのこころの機能に着目した分類を構造論と呼びます。
【構造論における3つのこころ】
- 自我:現実原則に則って作用する自分と認められるこころ
- 超自我:道徳原則に則って、イドを監視するこころ
- イド:快楽原則に則って、自分とは認められることのないこころ
イド・自我・超自我の機能
イドは性的なエネルギーであるリビドーが昇ってくるものであり、個人にとって生きるための原動力を与えてくれるもので、不必要なものではありません。
しかし、社会生活を送るうえで、何かと我慢しなければならない場面は多数あるように、快を強く追い求めるという快楽原則に則って働くイドに自分のこころが支配されてしまっては、生活を送ることが難しいはずです。
そのため、自我は常に認められないイドが自我に入り込まないよう防衛をしなくてはいけなくなります。
しかし、私たちは人と会話しているときにパソコンで仕事をするなど、複数のことに同時に注意を向けるのは難しいでしょう。このように、自我は外界の情報を知覚しながらも、常にイドに注意を向けていることは難しいはずです。
そこでフロイトは自我へ昇ってこようとするイドを自我に代わって監視するこころの機能があると考え、それを超自我と名付けました。
超自我は無意識の奥底から上ってくるものが、自我に認められるものかどうかを道徳原則に基づいて監視し、判断する役割を担います。
これにより、自我へ昇ってこようとするものが自我にとって望ましいものではないと報告を受けると、自我はイドに対処しようと防衛と呼ばれる対処を行おうとするのです。
精神分析論におけるフロイトの業績③防衛機制
自我が自分を認めておけるこころを保つための方法を防衛機制と呼びます。
フロイトは次のような防衛があることを指摘しました。
【フロイトが提唱した防衛機制の例】
- 抑圧:認められないものを意識しないよう、無意識へ閉じ込める
- 否認:効率的に抑圧を行うため、認められないものに関連するような外界のものを無視する
- 隔離:抑圧された内容の一部である、観念のみを自我へ入ることを認める
- 反動形成:抑圧された内容とは正反対の言動をとる
- 打消し:認められないことをうっかりしてしまった際に、それを取り消そうとする
- 投影:認められない思いを自分から発せられたものではなく、他者から発せられたものと思い込む
- 取り入れ:他者の考えや振る舞い、特徴などを自分の中に取り入れようとする
- 置き換え:望ましくない感情や欲求を、他の方法によって表出できるよう置き換えること
- 退行:発達段階を遡り、赤ちゃん返りすることによって心的エネルギーを補給し、安心感を得ようとする
フロイトは無意識を発見した際に、催眠が解けた後、催眠療法中に語られた内容を患者が覚えていないことは、無意識へ望ましくない欲求や記憶、感情を抑圧しているためであると考えました。
そして、その後の研究で様々な防衛機制が働いていることに気付くのですが、ほとんどの防衛機制は抑圧をベースとして作用します。
抑圧自体は望ましい自分のこころを保つために非常に有効な手段ですが、自我へ昇ってこようとするものを無意識へ押し込めているため、自我は非常に疲れてしまいます。
そのため、隔離のように抑圧した内容の一部だけ自我へ入ることを認めたり、反動形成のように抑圧したものとは正反対の行動をとることで、無理に押さえつけることなく効率的に無意識へ抑圧しておこうとするのです。
フロイトの発見した防衛機制は神経症的防衛機制とも呼ばれ、私たちも日常的に用いている防衛であると考えられています。
精神分析論におけるフロイトの業績④性発達理論
フロイトの提唱した理論の代表的なものとして、リビドーに注目をした性発達理論が挙げられます。
この理論では、性的なエネルギーが集中する身体部位によって発達段階を分類しています。
主な発達段階は次の通りです。
【フロイトの性発達段階説】
- 口唇期:母乳を摂取する時期であり、口周辺にリビドーが集中する
- 肛門期:トイレトレーニングを通じて排泄を一人で行う躾を受ける時期であり、肛門にリビドーが集中する
- 男根期(エディプス期):男根にリビドーが集中し、性器いじりなどの行動がみられ、異性親への愛情と憎悪を経験する
- 潜伏期:これまで表面化していたリビドーが潜伏し、社会的規範や知的活動にエネルギーが向けられる
- 性器期:身体の各所に点在していたリビドーが性器を中心として統合される。リビドーは異性へと向けられ、健全な異性関係を求めるようになる
フロイトは各段階において、取り組むべき発達課題を想定しており、その課題に失敗してしまうと、性欲が十分に解消されなかったり、過剰に充足されるという事態に陥ります。
そうなると、その課題に失敗してしまった発達段階に停滞し、特有のパーソナリティ傾向が形成されると考えたのです。
性発達理論とエディプス・コンプレックス
性発達段階説で紹介されている重要概念としてエディプス・コンプレックスと呼ばれるものが挙げられます。これは、男根期の男児のこころに生じる葛藤のことを指しています。
この時期の男の子は、自身の男根にリビドーが集中することにより自身は男であるということを自覚し、最も身近な異性である母親に対して性愛を抱きます。
しかし、母親には既に父親というパートナーがいるため、愛する母親を自分のものにしようと父親に対し強い憎悪を抱きます。
ただし、自分は非力な子どもであるため、父親に対し憎悪を抱き攻撃をしようとしても力の差は歴然であるため、父親を攻撃すると報復として自身の男性の象徴である男性器が奪われてしまう(去勢不安)とも考えます。
このような父親に対する攻撃欲求と恐怖の間に生じる葛藤がエディプス・コンプレックスなのです。この葛藤を乗り越えるためには、父親への憎悪や母親への性愛を無意識へ抑圧しなければなりません。
こうすることにより、母親、父親とも良好な関係を築き、母のような素晴らしい人をパートナーにしている父親のようになりたいと同一視が生じることで次の発達段階へ移行することができると考えられているのです。
フロイトの理論:神経症と精神分析療法
先ほど、フロイトの提唱した防衛機制は神経症的防衛機制であり、健常者も日常的に用いていると紹介しましたが、この防衛が場面ごとに適切に使用できず、過剰に用いられるようになると精神的な不調をきたします。
これが神経症のメカニズムであるとフロイトは考えました。そして、この防衛機制の偏りは発達段階の固着に由来するとしています。
例えば、肛門期の発達課題においてあまりにも厳しい躾を受けてしまうとどのようになるのでしょうか。
肛門期は、親の躾によって自分の自由が侵害されるため、親に対して激しい怒り・敵意を抱きます。しかし、愛着対象である親の躾通りに振舞うことにより、親を喜ばせ褒められたいという気持ちも抱えています。
そのため、この親に対する矛盾した気持ちに対処するために抑圧を行おうとするのですが、激しい感情が生じるために単に抑圧を試みるだけでは不十分です。
そこで隔離や反動形成、打消しなどの防衛を行うことによって、効率的に抑圧を行おうとするのです。
このような、隔離や反動形成、打消しを行う肛門期に固着が起こると、その後の発達過程で何らかのストレスフルな事態に陥ったときに、発達の時に大変だった肛門期に行った対処を行おうと対抗してしまいます。
そのため、過剰な隔離によって「鍵はちゃんと閉めただろうか」という強迫観念が止まらなくなったり、汚いものを触れた後に、打消しによって手洗いをやめられなかったり、自分の手が綺麗であるかを確認する強迫行動が止まらなくなってしまいます。
このように、発達課題の失敗と過剰に用いられている防衛機制から神経症を捉えようとしたことがフロイトの理論の大きな特徴だと言えるでしょう。
フロイトについて学べる本
フロイトについて学べる本をまとめました。
初学者の方でも手に取りやすい入門書をまとめてみたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
フロイト入門 (筑摩選書)
フロイトの提唱した精神分析には独特な考えや用語が頻発するため、いきなり難しい本を手に取ると拒否感が出てしまうかもしれません。
そのため、これからフロイト、そして精神分析について学びたい方は入門書とされるものを手に取ることがおすすめです。
局所論や構造論、神経症の理解などフロイトの基本的な考えをわかりやすくまとめている本書からぜひフロイトについて詳しく学びましょう。
図解 ヒトのココロがわかるフロイトの話
目に見えないこころの働きというものはなかなかイメージがし難いこともあるでしょう。
そのようなときには図解を用いて説明している書籍がおすすめです。
豊富な図解を用いてフロイトの提唱した理論を解説している本書は、精神分析をあまりよく知らない人が手に取る入門書にぴったりです。
フロイトが心理臨床に与えた絶大な影響
今では無意識にしてしまっていたなど、無意識は一般的な用語として使われるまでに浸透しています。
しかし、フロイトが精神分析理論を構築しなければ、私たちは自分が思っている、感じているものがこころの全てだと思い込んでいても不思議ではないでしょう。
フロイトが残した偉大な功績は絶大な影響を与えており、学派を超えて心理臨床の現場でも重視されているのです。
【参考文献】
- 馬場禮子(2016)『精神分析的人格理論の基礎―心理療法を始める前に (改訂)』岩崎学術出版
- 中野明徳(2014)『S.フロイトの自我・本能論 : メタ心理学の展開』福島大学総合教育研究センター紀要 (17), 39-48
- 飯岡秀夫(2006)『フロイトの「人間論」--デーモンと自立』地域政策研究 8(3), 19-39