バルテスのSOC理論(選択最適化補償理論)とは?具体例でわかりやすく解説

2022-07-05

後期高齢化が進んでいる現代においては、老年期の生活の質、つまりQOL(クオリティオブライフ)をどのように向上させるのかということに注目が集まっています。

このようなサクセスフル・エイジングと呼ばれる研究領域において有力視されているモデルの一つにバルテスのSOC理論(選択最適化補償理論)が挙げられます。それではSOC理論とはいったいどのようなものなのでしょうか。具体例を挙げながらわかりやすく解説していきます。

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バルテスのSOC理論(選択最適化補償理論)とは

選択最適化補償理論とも呼ばれるSOC理論とは、ポール・バルデスによって提唱された理論です。

SOC理論を提唱したポール・バルデスの生涯と思想

バルデスは1939年、ドイツに生まれました。

レストランを経営する家族の元で少年時代を過ごし、教育に対する信念を持つ母親のもとで教育による上昇志向を考えるようになりました。

そしてドイツのザールランド大学でピアジェの発達心理学を学んだあと、アメリカのネブラスカ大学へと留学し、そこで老年学やエイジングの領域に関心を示すようになります。

彼が生涯発達心理学へ関心を強めた1970年代はアメリカにおける生涯発達心理学の出発点であり、人間発達の最適化の問題について考え始めるようになりました。

そして、バルデスは生涯発達的観点から、獲得と喪失あるいは成長と衰退は同時進行するものであり、失っていくものがある老年期において私たちは選択的に選び取った内容を、周囲の助けを借りながら熟達化に向かっていくことで幸福に近づいていくという考えを元としてSOC理論を構築していったのです。

SOC理論における3つの要素

人間は老化により、どんどん身体的機能や認知機能が衰えてくことは広く知られています。そのような状況の中でも、老年期のQOLを向上させるための方略を構築したのがSOC理論です。

SOC理論は老年期に残された身体的資源や認知的資源を効率よく使用し、喪失以前の生活を取り戻すために目標の調整や変更を行っていく理論なのです。

この理論の前提には人は目標を達成することにより、ポジティブな感情や幸福を感じることができるというものがあります。

そして、失われていく身体的機能や認知的機能という現実的な制約の中で、目標を達成するためには次の3つの要素に分けて考える必要があると考えるのです。

【SOC理論の3要素】

  • 目標の選択(Selction)
  • 資源の最適化(Optimization)
  • 補償(Compensation)

SOC理論の「SOC」とはこの3要素の頭文字を取っています。

目標の選択

目標の選択は「自らによる選択」と「喪失による選択」の2つに分けることができます。

自らによる選択はやる気や能力、時間、資産などより高い水準の機能を達成するために適切な資源を使って個人のニーズや動機と合うよう目標を正確に描写する過程のことを指しています。

これに対し、喪失による選択は、これまでは保たれていた機能・資源を加齢等により喪失することになった場合、機能を維持したり、これ以上機能を失わないようにするために、目標を切り替えたり、目標を達成可能な水準にまで下げる過程を指します。

最適化

資源が十分にあるときには、個人の望みや願いに沿った自らによる選択による目標に沿って行動を起こしても良いですが、加齢により資源を喪失し、資源が小さくなっていった場合は目標の変更(喪失による選択)の他に、資源を目標達成のために効率よく配分する工夫も有効です。

これは最適化と呼ばれています。

補償

目標の選択、最適化のほかにも、外部からの援助を受けることで喪失した資源を補うことも可能です。これを補償と呼びます。

このようにSOC理論では喪失による選択、最適化、補償という3つの方略を駆使することによって喪失前の元の状態に近づけようとし、主観的な幸福感の大幅な低下を防ぐことができるのです。

SOC理論の具体例

それでは、具体的にSOC理論の3要素はどのようなものが挙げられるのでしょうか。

例えば、ずっとマラソンに取り組んできた人を考えてみましょう。

喪失による目標の選択

若い頃であれば、フルマラソンの平均タイムの自己記録を更新する、3時間以内で完走するなどの目標設定が可能かもしれませんが、加齢により体力は衰えてくるため、このような目標設定は現実的でなく、本人の幸福感にも繋がらないでしょう。

そのため、「マラソンを楽しみながら、完走する」ことを目標とするのような、若い頃の目標よりもハードルの低い目標を設定すると良いでしょう。

資源の最適化

このような目標を達成するためには、資源の最適化は欠かせません。

楽しみながら、完走するという目標の達成を考えた時、「マラソンを楽しむ」、「完走する」ということを阻害する事態は避けなければならないでしょう。

そのため、トレーニングコースをときどき変えてみて、練習のモチベーションを維持することなどはマラソンを楽しむことに繋がるでしょうし、ケガをしないようしっかりと身体のケアを行うことで加齢によりケガしやすくなった老年期の身体でもマラソンを完走できるようになるでしょう。

このように、新たに設定した目標を達成するために自分で出来る工夫を考えるのが資源の最適化なのです。

補償

新たに設定した目標を達成するには、資源の最適化だけではなく補償も必要となるでしょう。

例えば、30kmからの苦しい時間帯も家族の応援があれば乗り越えられるかもしれません。

また、けがをしにくく、タイムを出すために走り方のフォームを教えてくれるトレーナーの元を訪れることで、より目標の達成がしやすくなるでしょう。

このように、独力では難しいことも積極的に他者の力を借りることで、新たに設定された目標を達成しやすくなり、その目標達成から得られる主観的幸福感も高まるのです。

心理臨床の現場へのSOC理論の応用

それでは、実際にSOC理論は心理臨床の現場でどのように活用されているのでしょうか。

特に高齢の患者のモチベーションが問題となる外来リハビリテーションでは、患者の身体面だけではなく、精神面へのアプローチも重要となってきます。

そこで、辻下・涌井(2021)は、外来リハビリテーション高齢患者を対象に、SOC理論を応用したリハビリテーション目標設定の介入を行いました。

具体的には、自分自身の心身機能の低下や身の回りの環境を考慮したうえでの人生の目的や目標の「選択」、自分の能力だけは補えない部分に対して、他者の力を借りたり、道具を利用する「補償」、決定した目標に対して、自分の心身機能や周りの環境を調整する「最適化」の3要素を踏まえた運動の目標設定を理学療法士と話し合いながら患者と考えていきました。

【SOC理論3要素の例】

  • 目標の選択:健康のための体力づくり
  • 最適化(目標達成のために行うこと):毎日30分歩く
  • 補償(目標達成のための工夫):天気、体調、痛みがあれば控えめに、週3回以上はキープ

そして、このような介入前後における患者の運動習慣や生きがい、QOLなどを比較した結果、介入後は生きがいや社会生活機能、こころの健康度などが有意に高くなったとされています。

このように、生きがいや自己実現が身体的機能の衰えにより難しくなりやすいリハビリテーション患者に対しても、SOC理論に基づいた介入は有効なのです。

SOC理論について学べる本

SOC理論について学べる本をまとめました。

初学者でも手に取りやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみて下さい。

サクセスフル・エイジングの研究

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後期高齢化が進む現代において、充実した老年期を過ごすサクセスフル・エイジングの重要性は高まっています。

そして、その実現のために重要となるのがSOC理論のなのです。

ぜひ本書を読んで、老年期の人々が充実した生活を送るためには何が必要なのかについて考えましょう。

エピソードでつかむ生涯発達心理学 (シリーズ生涯発達心理学 1)

SOC理論では人間は一度大人になると発達は止まり、衰えていくのみとは考えません。

その背景にあるのは、人間は生涯かけて発達し続けていくのであり、その過程の中で失うものと獲得するものがあるという生涯発達心理学の視点です。

ぜひ本書からSOC理論のバックボーンとなる考えに触れましょう。

新たな目標を人とのつながり

SOC理論は、衰えゆく現実的な制約の中で生活の質を高く保つために必要なヒントが隠されています。

高齢者が増えてくると言われるこれからの社会において必須とも言われる、サクセスフル・エイジングの主要理論ですので、ぜひSOC理論について深く学んでみて下さい。

【参考文献】

  • 堀薫夫(2009)『ポール・バルテスの生涯発達論』大阪教育大学紀要 第IV部門 教育科学 58 (1), 173-18
  • 辻下聡馬・涌井忠明(2021)『外来リハビリテーションにおける「選択的最適化とそれによる補償の理論」を活用した目標設定の介入が高齢患者の心身に及ぼす影響:予備的研究』奈良学園大学紀要 14 235-245
  • 黒田文(2010)『サクセスフル・エイジングに関する再考 : プロセス指向性を求めて 』社会文化論集 : 島根大学法文学部紀要社会文化学科編 6 53-64,

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    • この記事を書いた人

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    臨床心理士指定大学院に在学していました。専攻は臨床心理学で、心理検査やカウンセリング、心理学知識に関する情報発信を行っています。

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