私たちは普段から何気なく、他者の心を読み取り行動を予測しています。空気を読んだり、コミュニケーションが取れるのも「心の理論」という機能が備わっているから出来るのです。では「心の理論」はどのようにして身に付けられ、発達していくのでしょうか。
目次
心の理論とは
まずは心の理論の基礎をご紹介します。
心の理論の意味と定義
「心の理論」(Theory of Mind) とは、他者の行動に心を帰属させる機能のことを言います。もっと簡単に言い換えると、他人の気持ちを推測し、理解する力ということです。
通常自分と他者の考えは異なるものです。さらに他者の考えは目に見えません。そのような目に見えないものについては、心の理論を用いて意識せずとも予測することが出来ます。
他者の目的・意図・知識・信念・思考・疑念・推測・ふり・好みなどの内容が理解できるのであれば、心の理論を持つと定義されています。
心の理論の具体例
「父が出張のお土産に、私の好きなケーキを買ってきてくれた」このような場面で私たちは何を考えるでしょう。
・父は長いこと家を空けて申し訳ないと思っているのだろう(他人への心の帰属)
・父は私に喜んでほしくて好物のケーキを選んだのだろう(心的状態の理解)
・あとで味の感想を聞いてくるはずだから、その時にお礼を言おう(行動の予測)
このように、相手の行動から、今どういった心の状態なのかを自然と予測していますね。これも心の理論が備わっているから出来ることなのです。
心の理論の提唱
1978年、アメリカの動物心理学者であるD.プレマックとG.ウッドラフは「チンパンジーは心の理論を持つか」という論文を発表しました。
チンパンジーAと、チンパンジーTがいます。AよりもTのほうが地位が高いです。格下のAは自分のすぐ近くに餌を発見したとしても、Tが側を通っているときはわざと餌のほうを見ません。横取りされない位置まで離れたことがわかるとようやく餌を取りに行きます。
チンパンジーTは餌に気付いてない、ということをチンパンジーAは知っています。Aがすぐに餌を取りに行けばTが気付いてしまうことも、「横取りしたい」という考えを持つことも分かっているのです。
プレマックらは、こういった一連の行動から、チンパンジーには他者の心を理解する能力があると考えました。そして他者の行動に「心」を帰属させることを「心の理論」という言葉で説明したのです。
心の理論の獲得と発達
心の理論は、一般的に4~6歳頃獲得し始めると言われています。その後少しずつ、複雑な他者の状況も理解出来るようになります。
3歳以下の子供は心の理論が未発達です。「お友達が嫌がることはしちゃダメだよ」と伝えても、相手の気持ちや状況を理解することが出来ません。このような場合「これはやってはいけないよ」と行動そのものを注意する方が適しているでしょう。
心の理論課題
心の理論が獲得出来ているか調べるためには「心の理論課題」を行います。このテストを行うと、心の理論の獲得時期や発達過程が分かると言われています。
まずは一次的誤信念課題の例題を2つご紹介しましょう。
一次的(誤)信念
「Aさんは(物)X が(場所)Y にあると(間違って)信じている」という他者の状況を理解する力のこと
サリーとアンの課題(位置移動課題)
- 同じ室内にサリーとアンがいます
- サリーはビー玉を自分のバスケットに入れたあと、部屋の外へ出掛けていきました
- アンはサリーがいない間にバスケットに入ったビー玉を取り出し、自分の箱の中に移します
- サリーが部屋に戻ってきました
Q.1 「ビー玉はどこにありますか(現実質問)」「最初にビー玉はどこにありましたか (記憶質問)」
現実質問の答えは箱、記憶質問の答えはバスケットです。3歳児はこの質問に正しく答えられます。
Q.2 「ビー玉で遊びたいサリーは、バスケットと箱、どちらからビー玉を探しますか (信念質問)」
3歳児の多くはこの信念質問に対し「箱の中」と答えます。子供自身が知っていることと、サリーとアンが知っていることは違う、とまだ理解出来ていないのです。
しかし4~5歳児になると「バスケットの中」と正答する割合が増えてきます。心の理論が芽生え、サリーの立場になって物事を考えられるようになったことが分かりますね。
スマーティー課題(内容変化課題)
- チョコレートの箱の中にあらかじめ鉛筆を入れておきます
- 箱を子供に見せて、何が入っているのか質問します(子供はチョコと答えるでしょう)
- 鉛筆を取り出して見せた後、再び箱の中にしまいます
Q「ここにはいないお友達にこの箱を見せたら、お友達は何が入っていると思うでしょうか」
心の理論が発達した4~5歳児は「チョコ」だと正答します。しかし未発達の3歳児はこの質問に対し「鉛筆」と答えます。また、一番最初に箱の中身は何が入っていると思ったか聞いても「鉛筆」と答える割合が多いようです。
続いて一次的誤信念課題より複雑化した二次的誤信念課題について見てみましょう。
二次的(誤)信念
「Aさんは(物)X が(場所)Y にあると思っている、とBさんは(間違って)信じている」という他者の状況を理解する力のこと
アイスクリーム課題
- ジョンとメアリーは公園で遊んでいました。すると移動販売のアイスクリーム屋さんを見つけます。アイスクリームが食べたくなったメアリー。けれどもお金を持っていません。
- アイスクリーム屋は言いました「おじさんは午後もこの公園にいるだろうから、お金を持ってまたおいで」メアリーは喜んで「午後に買いにくる!」と約束し家に帰りました。
- 暫くするとアイスクリーム屋が公園を立ち去ろうとします。一人残って遊んでいたジョンは驚き、どこへ行くのか尋ねると「ここでは売れないから教会の前に移るよ」と言われました。
- アイスクリーム屋は教会へ行く途中、メアリーの家の前を通り掛かりました。それに気付いたメアリーもどこへ行くのか問いかけます。「教会の前へ行くんだ」とおじさんは答えました。
- ジョンも自分の家に戻り、昼食をとった後宿題を始めます。しかし分からないところがあったのでメアリーに手伝ってもらおうと思い彼女の家へ向かいました。するとメアリーのお母さんに「あの子はアイスクリームを買いに外に出たわよ」と言われました。
Q 「ジョンはメアリーの後を追います。ジョンはメアリーがどこに行ったと思っているでしょうか」
この問題の正答は「公園」です。ジョンはアイスクリーム屋とメアリーの会話を知らないので、そのような答えに至ります。
二次的誤信念課題に関しては、早い子で5歳半~6歳頃、大体の子供たちは9~10歳になると正しく答えられるようになると言われています。それより下の年齢の子供たちは、まだ心の理論が未熟なため「教会」と答えてしまうのです。
心の理論と自閉症
心の理論は概ね、4~6歳頃までに獲得し始めるとご紹介しましたが、それは定型発達の子供たちの場合です。社会的なやりとりや他者とのコミュニケーションが困難な自閉症やアスペルガー症候群は、心の理論に障害があるため、発達が著しく遅れる傾向にあります。
先述した心の理論課題では、同年齢の定型発達児とダウン症児の正当率は約80%でした。しかし自閉症児に限っては正しく答えられた割合が20%と低くなります。障害の重さによって心の理論の獲得時期にもバラつきがあるようです。
イギリスの発達心理学者であるバロンコーエンは、健常児、知的障害のあるダウン症児、知的障害のない自閉症児の三群を比較し、自閉症児の心の特徴について研究を行いました。心の理論を理解するには、まず人が何を注意して見ているか理解することが重要だと考え、三群の共同注視(共同注意)能力を調べたのです。
【共同注視】
- 人の視線の動きを追いかけることができる(視線の追従)
- 人の注意を引き付けるための指さしを理解し、行うことが可能になる(宣言的指差し)
- 物を他の人に見えるように示すことができる(物の提示)
共同注視は他者と心を通わせるための第一ステップです。しかし、自閉症児はこの共同注視が苦手だという研究結果が出ており、心の理論の発達が遅れてしまう一つの要因だと考えられています。
また心の理論課題を通過できるようになっても、自閉症児独自の思考回路が適用されている場合があるようです。
心の理論のトレーニング
心の理論が育たないと日常生活で様々な弊害を生みます。自閉症児や発達障害児の心の理論を養うにはどのような方法があるのでしょうか。
ソーシャルスキルトレーニング(社会生活技能訓練)
ソーシャルスキルとは、社会生活や対人関係を円滑に営むために必要な技能や技術のことを言います。しかし、心の理論に障害を持つ自閉症児たちがこのソーシャルスキルを獲得するのは、簡単なことではありません。
そこで活用されるのがソーシャルスキルトレーニング(SST)です。訓練を通して心の理論を養い、ソーシャルスキルを獲得しようという試みです。
【トレーニングで得られるスキル】
- 対人関係の基本的な知識
- 他人の思考・感情を理解する方法
- 自分の思考・感情の伝え方
- 対人関係の問題解決方法
具体的には、ゲームや話し合い、役割を決めて演じ分けをするロールプレイなどが行われます。SSTは認知行動療法の一つとされている通り、実践型なのが特徴です。こうして少しずつ本人たちの実生活に役立てていきます。
家庭では絵本や紙芝居を読んであげるのが良いでしょう。物語の読み聞かせは心の理論の発達に効果的だと言われています。
心の理論について学べる本
心の理論について、更に知識を深めたい方にお勧めの書籍です。
心の理論 心を読む科学
著者の子安益生さんは教育認知心理学を専門としている教育心理学者です。心の理論について書かれた本も数冊出版しています。
本書は、この記事を書くにあたりメインの参考文献にしていました。心の理論の概要や様々な研究方法が、著者独自の見解を織り交ぜながら非常に分かりやすく解説されています。文庫より一回り大きいサイズの縦書きで、気負わずに読める専門書となっています。
※本書では共同注視のことを合同注視という言葉で解説しています
「心の理論」テストはほんとうはなにを測っているのか
専門書は研究者の視点で書かれているものが多いですが、本書は違います。心の理論課題を受ける子供の視点から、心の理論について解説しているのです。
回答の背景にはどのような考えがあるのか、正当できない子供たちは本当に他者を理解できていないのか、興味のある方はぜひご一読ください。
心の理論を育む
心の理論が備わっていることと、心があることは同列ではありません。課題を通過出来なくても、他者と全く心を通わせられないわけではないのです。
しかし、より円滑な対人関係を築くためにも、心の理論を育むのは良いことだと言えます。今回ご紹介したトレーニングや書籍を参考に、ぜひ一度自身の心の理論と向き合ってみてください。
参考文献
- 無藤隆 佐久間路子 (2008)『発達心理学』学文社 44-45,50-51
- 子安増生 (2014) 『心の理論 心を読む心の科学』岩波書店
- 一般社団法人 全国地域生活支援機構