心理療法においてクライエントと治療者は対話を通じ、深い感情的な交流を行います。そして、治療場面において必ずと言っていいほど生じてくる感情反応に転移と逆転移と呼ばれる概念があります。
それでは、転移・逆転移とはいったいどのようなものなのでしょうか。その意味について具体例を挙げながらわかりやすく解説していきます。
目次
転移・逆転移とは
心理療法の効果は治療効果に関する実証研究において様々なクライエントに対し効果があり継続すること、信頼や温かな治療関係が治療効果に重要な影響を与えることが示されています。
そして、良好な治療関係に大きな影響を与える構成要素として注目されているのが転移・逆転移という概念です。
つまり、心理療法を行ううえで、その治療がうまくいくかどうかには転移・逆転移をうまく扱うことが鍵を握っているとも言えるのです。
転移の意味
転移という概念は、精神分析の創始者であるフロイト,Sによって提唱された概念であると言われており、クライエントが治療者に対して向ける感情反応のことを指しています。
精神分析では、自由連想法などの手法により、クライエントの無意識へ抑圧された内容を探っていきます。
こうしていく中で、無意識の中に抑圧されていた(主に両親に向けられた)様々な感情が治療場面において再現され、治療者への感情反応として現れてくるようになります。
これが転移と呼ばれる反応です。
転移の持つ機能
フロイトは転移に関して次のように述べています。
『転移反応は分析家に、近づきがたい患者の過去や無意識を探求する計り知れない貴重な機会を提供すると同時に、作業に対して最も危険な妨害となる抵抗を引き起こす』
つまり、転移とは治療において、クライエント理解を促進する貴重なきっかけでもあるのです。
そのため、この転移がクライエントにとってどのような意味を持っているのかを解釈することによって、クライエントの幼少期の葛藤や苦悩を理解することができるのです。
転移抵抗
しかし、同時に転移は意識化しがたい過去の記憶を思い出し苦痛を感じることから、自分の身を守ろうとする抵抗機能も持ち合わせています。
転移が治療を妨害するよう働く場合を転移抵抗と呼びます。典型的な転移抵抗には次のようなものが挙げられます。
【典型的な転移抵抗】
- 転移の充足:満たされていない衝動を治療者との関係で満たそうとする試み
- 防衛的転移反応:クライエントが情動に巻き込まれないようにするために、治療者に対して過去の防衛を再現すること
- 一般化された転移反応:治療者に対する転移反応が、日常生活の中の対象関係における反応とほとんど変わらない転移反応
- 転移の行動化:クライエントが記憶を想起する代わりに、手にの中で発展してくる感情や衝動を言葉に出さず、行動によって示すこと
転移性治癒
治療を開始し、クライエントに転移が生じると一時的に症状が収まることがあります。
これは転移性治癒と呼ばれます。
神経症は認めがたい欲求や感情が無意識の中に抑圧され、うまく処理されないまま残っているために起こります。治療によって、その抑圧されていた欲求や感情が治療場面で抑圧から解放され、表現されるのが転移性治癒です。
しかし、これはあくまで満たされなかった思いが再現されただけに過ぎず、クライエントがそのことに気付き、受け入れ、意識の中に統合をしているわけではないので、治療が完了したことを意味するものではありません。
転移性治癒はあくまで一過性のものであり、これを乗り越えて本当の治療が進んで聞くことを覚えておきましょう。
陽性転移と陰性転移
治療者に向けられる転移の性質は、陽性転移と呼ばれるものと陰性転移の2つに分けられます。
陽性転移とは、治療者に対し肯定的・ポジティブな感情を示すことです。
転移感情の代表的なものとしては次のようなものがあります。
【代表的な陽性転移】
- 依存
- 信頼
- 愛情
- あこがれ
これに対し、治療者に対しネガティブな感情を示すことは陰性転移と呼ばれます。
陰性転移の代表例としては次のようなものが挙げられます。
【代表的な陰性転移】
- 不信
- 敵意
- 嫌悪
- 恐怖
- 非難
- 軽蔑
転移の例と対処法
転移感情は治療の鍵となるものであるならば、どのように扱えば良いのでしょうか。
陰性転移の場合
陰性転移を扱う場面を考えてみましょう。
精神障害の治療を目指している治療者に敵意を抱いている場合、治療の妨害を行ってくる場合があります。例として、治療場面での暴言や無断キャンセルなどが挙げられるでしょう。
陽性転移の場合
治療者に対するポジティブな思いである陽性転移も治療を妨害する可能性があります。
例えば、クライエントの依存心が高まることによって、治療外にも会おうとしてきたり、注目を浴びようと自殺をほのめかす、自傷行為をするなどが挙げられます。
このような治療抵抗として現れる転移感情の行動化に対しては、治療の前に行う治療契約の取り決めに従い、粛々と対応する必要があります。
しかし、時には治療者を困らせる転移感情について根気強く向き合い、取り上げることによってクライエントの満たされなかった思いの中核に迫ることができるのです。
逆転移の意味
転移に対して、逆転移とは治療者のクライエントに対する感情反応のことを指しています。
転移感情は、クライエントの満たされなかった思いが治療場面において現れるものですが、それは何も精神障害を患ったから生じるものではありません。
健康に過ごしている治療者も、母親や兄弟など家族に特別な思いを抱いているものであり、クライエントにその家族の姿を重ねてしまうことがありうるのです。
例えば、中年の女性のクライエントに母親に重ねてしまい、母親が苦しみを吐露し、弱っていく姿を見たくないという思いから核心に迫ることが出来ず、治療が進展しないなどが考えられます。
治療者の逆転移は、気づかれず、制御されない場合などは治療の障害となりうるものです。
そのため、治療者は自分を振り返り、治療場面で生じた感情が、自らの情緒的反応なのか、それとも逆転移なのかを精査する必要があるのです。
転移・逆転移について学べる本
転移・逆転移について学べる本をまとめました。
初学者の方でも手に取りやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみて下さい。
ありがちな心理療法の失敗例101―もしかして、逆転移?
治療場面で転移、逆転移は避けることのできない反応ですが、これらに適切に対処することは非常に難しいものです。
無意識的に浮かび上がる逆転移の反応が実際の心理療法でどのように表れるのかを事前に知っておくと自己分析をする際にまた別の視点を持つことが出来るでしょう。
ぜひ本書からありがちな逆転移の失敗例について学んでみましょう。
新版 転移/逆転移
心理臨床の現場における実線で転移と逆転移は避けて通ることのできない最重要概念の一つです。
治療を妨害することもあるため、注意を払う必要がありますが、これらをうまく扱えるようになることはクライエントの深い理解を促し、効果的な治療の鍵ともなるのです。
ぜひ、転移と逆転移に抵抗感を持つことなく、本書で深く学びましょう。
中立的態度と私的関係を避けること
転移や逆転移によって治療者がクライエントと治療を行う以上の関係性になってしまうことは治療倫理に反するものであり、常にクライエントには中立的な態度を取るよう心掛けなければなりません。
そのためにも、転移と逆転移について詳しく学び、自己を見つめ直すことが欠かせないのです。
ぜひこれからも転移と逆転移について詳しく学んでいきましょう。
【参考文献】
- 西村洲衛男(2007)『転移・逆転移を超えて』東京家政大学附属臨床相談センター紀要 7 1-13
- 氏原寛(1997)『転移と逆転移について』椙山女学園大学研究論集 社会科学篇 28 91-101
- 伊藤研一(2015)『「逆転移」感得と吟味の練習法としてのインタラクティブ・フォーカシング : 初心心理臨床家のために』人文 13 117-126