TVや新聞などのメディアでIQや知能指数という言葉を耳にしたことがある方も多くいらっしゃるかと思います。一般的なIQや知能という言葉は「頭の良さ」を示す程度として用いられがちですが、そもそもの知能とはどのような意味を持っているのでしょうか。今回は心理臨床の現場で用いられている代表的な知能検査の1つであるウェクスラー式知能検査を取り上げ、その特徴や結果の解釈の仕方などをご紹介していきます。
目次
ウェクスラー式知能検査とは
ウェクスラー式知能検査とはその名の通り、ウェクスラー,Dが開発した知能を測定するための心理検査のことを指します。
ウェクスラーによる知能観
この検査で測定できる「知能」については様々な心理学者によって古くから議論されてきました。
そして教育システムの構築や徴兵での基礎資料とするために、知能を測定するため知能検査の開発が求められることとなりました。
1905年に開発されたビネー・シモン式知能検査は上述のような教育現場における知的障害のスクリーニングや徴兵資料として用いることを目的としていることから、全般的な知能指数の高低を測定するものでした。
これに対しウェクスラーは知能を包括的に捉え、次のように定義しています。
知能とは、目的的に行動し、合理的に思考し、環境を効果的に処理するための、個人の集合的ないしは全体的能力
そして、知能を分析的に判定することができるウェクスラー式の知能検査を開発しました。
ウェクスラー式知能検査の特徴
ウェクスラー式知能検査は偏差知能指数(DIQ)を算出するという特徴があります。
偏差知能指数とは年齢集団のうち、検査の結果が一般的な値(平均点)からどの程度離れているかを示す値です。
はじめて知能指数という言葉を用いたシュテルンは知能テストの結果から算出される精神年齢を実年齢で除算することで求めていました。
しかし、人間の知能はある程度の年齢まで行くと、そこまで大きな差が出なくなってしまいます。
例えば5歳児が10歳になった時には知的能力は大きく向上しますが、30歳から35歳になったからと言って頭がよくなったり、難しい問題を解けるようになったということはないでしょう。
偏差知能指数は次の式によって求めることができます。
偏差知能指数=100+15×{(個人の得点―同年齢集団の平均点)÷同年齢集団の標準偏差}
大人になるまで発達障害に気付かなかったという例も近年増えてきていますが、大人になってからの知能の測定ができるようになったのもウェクスラー式知能検査の功績だと言えます。
ウェクスラー式知能検査の種類
ウェクスラー式知能検査には適用可能な年代ごとに次の3種類に分けられます。
・WAIS(Wechsler Adult Intelligence Scale):成人用(16歳~90歳11か月)
・WISC(Wechsler Intelligence Scale for Children):児童用(5歳~16歳11か月)
・WPPSI(Wechsler Preschool and Primary Scale of Intelligence):幼児用(3歳10か月~7歳1か月)
3歳から89歳まではウェクスラー式知能検査の実施が可能であり、ほとんどの人を対象として知能の測定が可能であることがわかります。
なお、WAISとWISC、WISCとWPPSIは適用可能な年齢が重なっていることもありますが、その際はどちらを実施しても構わないとされています。
これまでにとった検査との比較、もしくは今後の検査の予定、課題の困難さなどを考慮し、どちらを実施するか検討すると良いでしょう。
ウェクスラー式知能検査の実施法と問題
ウェクスラー式知能検査ではそれぞれの下位検査を実施する順番が決められているため、それに沿ってそれぞれの検査を行っていきます。
実施時間は基本検査のみで60分程度、補助検査を含めると90分前後とされています。
可能であれば、すべての検査を実施することが望ましいですが、時間の制限から1時間から2時間ほどで区切ってしまうことも多いとされます。
特に被検者が疲労を訴えた場合に無理強いして検査を強行するのは厳禁とされており、状況にあわせて臨機応変に対応することが求められます。
また、「3問連続で失敗したら中止」というように、それぞれの下位検査には中止条件が設定されています。
WAIS-Ⅳでの検査内容
成人用のWAISの第4版であるWAIS-Ⅳでは検査を4つの群に分けることができます。
基本検査 | 補助検査 | |
言語理解(VCI) | 類似・単語・知識 | 理解 |
知覚推理(PRI) | 積み木模様・行列推理・パズル | バランス・絵の完成 |
ワーキングメモリー(WMI) | 数唱・算数 | 語音整列 |
処理速度(PSI) | 記号探し・符号 | 絵の抹消 |
右の補助検査とは基本検査の実施ができなかったなどの際に、IQの算出に用いられるものです。
それぞれの検査の内容は次の通りです。
【言語理解】
類似:口頭で提示された言葉がどのような類似点があるか答える
単語:提示された単語の意味や絵の名称を答える。
知識:一般的な知識に対する質問に答える。
理解:一般的なルールや社会的状況への質問に答える。
【知覚推理】
積木模様:提示されたモデルと同じ模様を作る。
行列推理:不完全の行列を完成させるために適切な選択肢を選ぶ。
パズル:見本と同じものになるよう組み合わせを選ぶ。
バランス:天秤が釣り合うための重りを選ぶ。
絵の完成:絵の中で欠けている重要な部分を答える。
【ワーキングメモリー】
数唱:読み上げられた数字をその通りもしくは逆から答えていく。
算数:口頭で提示された算数の文章題に答える。
語音整列:読み上げられた数字とかなを並び替えて答える。
【処理速度】
記号探し:目的の記号を様々な記号が書かれたグループの中から探し出す。
符号:数字と対となっている記号を書く。
絵の抹消:特定の図形を探し、線を引く。
検査結果の解釈
ウェクスラー式知能検査では、まず検査結果を概観し、全検査IQと呼ばれる被検者の全体的な知能の程度を算出します。
IQ | 分類 |
130以上 | 非常に高い |
120~129 | 高い |
110~119 | 平均の上 |
90~109 | 平均的 |
80~89 | 平均の下 |
70~79 | 低い |
69以下 | 非常に低い |
その後、知能を形成する4つの柱である群指数を算出し、それぞれの発達の偏りや被検者の強み・弱みを評価していきます。
言語理解(VCI) | 言葉を中心とした理解力や知識の能力 |
知覚推理(PRI) | 知覚を中心とした状況の把握・理解のための能力 |
ワーキングメモリー(WMI) | 聴覚を中心とした記憶力・集中力・注意力 |
処理速度(PSI) | 単純な作業の正確さやスピード、処理能力 |
ディスクレパンシー
ディスクレパンシーとは、ウェクスラー式知能検査の群指数、下位検査間で統計的に大きな差があることを指します。
つまり、知的能力の中で得意なところと苦手なところのばらつきが激しいことを表しています。
ウェクスラー式知能検査で測定することのできる様々な知能を組み合わせて使うことで、日常的な活動のほとんどを行っているため、その中で特に苦手とする知的作業が入っているだけで現れる行動は不適応的なものとなることも考えられます。
ディスクレパンシーは発達障害の人に多く見られる特徴であることが知られていますが、あくまでディスクレパンシーからわかることは「発達障害の疑い」ということだけであることに注意が必要です。
ウェクスラー式知能検査について学べる本
ウェクスラー式知能検査について学ぶことのできる本をまとめました。
日本版WISC-IVによる発達障害のアセスメント ‐代表的な指標パターンの解釈と事例紹介‐
児童用のウェクスラー式知能検査であるWISCの最新版についてのアセスメントに関して書かれた良書です。
臨床の場面で典型的に表れるパターンを例示しながら、実際の事例を紹介してあるため、これまでにウェクスラー式知能検査の実施経験のない初学者でもイメージをつかみやすいと思います。
日本版WAIS‐IIIの解釈事例と臨床研究
日本では希少な成人に対する知能検査の解説書です。
現在のWAISは第4版となっているため、最新のものとは少し異なっている部分(言語性・動作性IQの廃止など)がありますが、発達障害だけではなく、豊富な疾患を対象とした事例も紹介されています。
大人になってから発達障害に気付く人も多く、WAISの需要も今後伸びてくることが予想されるためこれからウェクスラー式知能検査を学ぶ方にはぜひ手に取っていただきたい一冊です。
知能検査では優れた部分も見つかります
ウェクスラー式知能検査は児童精神科における発達障害の診断場面でも重視されている検査です。
しかし、その目的は発達障害の鑑別としてしまうと、目の前の被検者のもつ特徴の見落としにつながりかねません。
ウェクスラー式知能検査では苦手な部分だけでなく、優れている部分を見つけることもできるのです。
検査後の介入をより効果的にするためにも、得意な部分を見つけ、日常生活でそれを活かす方法を見つけていくことこそ重要だと念頭において検査に臨むようにしましょう。
参考文献
- 藤田和弘・前川久男・大六一志・山中克男(2011)『日本版WAIS-Ⅲの解釈事例と臨床研究』日本文化科学社