ワーキングメモリとは、情報の保持と処理という機能を考慮した概念です。
今回は、短期記憶の発展的な概念であるワーキングメモリの意味や短期記憶との関係、容量、検査などについて、具体例とともに解説します。また、ワーキングメモリのトレーニングについても記載していきます。
最後に、ワーキングメモリについて学べる本もご紹介しますので、さらに学びたい方は参考になさってください。
目次
ワーキングメモリとは
まずは、ワーキングメモリとはどのようなものなのか、具体例とともに理解していきましょう。
ワーキングメモリの意味
ワーキングメモリは作業記憶とも呼ばれ、短期記憶の発展的な概念です。
記憶の多重貯蔵モデルでは、記憶をその保持時間に基づき、感覚記憶、短期記憶、長期記憶と名付けています。
つまり、短期記憶は、短期貯蔵庫に保持された情報という意味しか持ちません。
これに対して、短期記憶が何のためにあるのかという目的を考え、情報の処理機能及び制御機能にも着目した概念がワーキングメモリです。
ワーキングメモリの具体例
ワーキングメモリは、文字通り「行動する」ために用いられる記憶ですから、私たちは日常的にワーキングメモリを使っています。
例えばスーパーに夕飯の材料を買いに行く場合を考えてみましょう。今日の献立はカレーライスです。
「カレーのルーとお肉とにんじんは買うけれど、玉ねぎとじゃがいもは家にあったから買わないでおこう」
このように、買い物をする場合、「必要な材料を買う」という行動のために、家にある物を思い出しています。これがワーキングメモリです。
ワーキングメモリのモデルと短期記憶・長期記憶
ワーキングメモリのモデルでは、アラン・バッドリーによるものが有名です。
このモデルは、ワーキングメモリを「1つの司令塔が3つのサブシステムを制御するシステム」として説明するものです。
それぞれの構成要素は以下の通りです。
音韻ループと視空間スケッチパッド
ワーキングメモリの3つのサブシステムのうち、2つが短期記憶に関わるものです。
音韻ループは音声の短期貯蔵庫で、リハーサル(繰り返す事)によって情報を保持します。
視空間スケッチパッドは視覚的・空間的な情報の短期貯蔵庫です。
エピソードバッファ
当初のモデルでは、上記の音韻ループと視空間スケッチバッドのみがサブシステムとされていましたが、その後エピソードバッファが3つ目のサブシステムとして追加されました。
エピソードバッファは、3つのサブシステムを長期記憶と結びつける役割をしています。そして、ワーキングメモリで行われている事を1つのエピソードとしてまとめる機能を果たしているとされています。
中央実行系
中央実行系は、上記3つのサブシステムを制御する司令塔の役割を果たします。
中央実行系それ自体は、保持機能を持ちません。
オーケストラで例えると、演奏の速度や強弱や雰囲気をコントロールする指揮者の役割と言えるでしょう。
ワーキングメモリの容量と検査
ワーキングメモリが短期記憶の発展的概念である以上、短期記憶と同様に容量には限界があります。
ワーキングメモリの容量は、会話や計算といった行動をするために必要な情報を保持できる量です。
ワーキングメモリは中央実行系と3つのサブシステムから成り立つというモデルに基づき、それぞれの容量を測定するテストが開発されてきました(土田、2009)。
音韻ループの容量と検査
音韻ループの容量は、聴覚的な刺激を記銘する課題で測定されます。
例えば、WAISやWISCにあるような、無意味な数や文字列を覚えるテストがこれにあたります。
視空間スケッチパッドの容量
視覚ワーキングメモリの容量は、視覚パターンテストなどで測定されます。
視覚パターンテストは、3×3マスの枠の中に黒マスと白マスがランダムに配置されていて、それを覚えるような課題です。
空間ワーキングメモリの容量は、ランダムに配置された9つの丸のうち点滅した丸の位置と順番を覚えるような課題で測定されます。
中央実行系の容量
中央実行系の容量の測定で有名なのは、リーディングスパンテストです。
これは、短い文章を読みながらその中の指示された単語を覚えるものです。
ワーキングメモリのトレーニング
ワーキングメモリをトレーニングによって鍛えられるかどうかについては意見が分かれます。
けれども現在わかっていることは、トレーニングによって処理能力は向上するという事です。
苧坂(2014)は、記憶しながら行動するという日常的な活動によって、ワーキングメモリは日々鍛えられているとしながらも、以下のような強化方法を述べています。
それは、記憶する単語を絵に書くという作業です。あるテーマの絵を書くトレーニングにより、リーディングスパンテスト結果が向上したとしています。
また、ワーキングメモリを使う事で鍛えられるとすれば、昔ながらの遊び方の多くがトレーニングになると言えます。
カルタ、しりとり、神経衰弱、かくれんぼ等、子供にとっては、遊ぶ事そのものがトレーニングになっているのです。
最近の流行りでは、eスポーツもトレーニングになると言えるかもしれません。
さらに、脳を癒し疲れを取る事もワーキングメモリの向上につながります。睡眠、栄養などの規則正しい生活によって脳が元気になることで、処理能力が高まるからです。
ワーキングメモリについて学べる本
ワーキングメモリについて学べる本をご紹介します。
ワーキングメモリの第一人者による本「もの忘れの脳科学」
ワーキングメモリの第一人者である苧坂氏による、読みやすく最新のワーキングメモリの本です。
文庫サイズで手に取りやすいですが、内容はワーキングメモリの測定や脳内機構、強化など盛り沢山になっています。
深く学びたい方に「認知心理学ハンドブック」
日本認知心理学会編集の認知心理学全般にわたる解説書です。
第4部の「記憶・知識」の中で、ワーキングメモリの概念、モデル、テスト、発達などが詳しく解説されています。
鍛える事がゴールではありません
脳トレ、コグトレなど、ワーキングメモリを鍛えるための本が、多く出版されています。ゲームにまでなっている程、ワーキングメモリを鍛えたいと思う人が多いのでしょう。
勿論、ワーキングメモリを鍛える事で勉強ができるようになったり、仕事ができるようになったりするのは喜ばしいことです。
ただ、トレーニングが負担になるほど必死になるのは本末転倒です。
その人の今持っているワーキングメモリを理解し、それに合った情報の提供の仕方を考える事の方が大切な場合もあります。
「処理能力を向上させるための処理」で、有限なワーキングメモリの容量を減らしてしまわないように、気をつけたいものです。
参考文献
苧坂満里子(2014) もの忘れの脳科学 最新の認知心理学が解き明かす記憶のふしぎ 講談社
越智啓太(2018) 意識的な行動の無意識敵な理由 心理学ビジュアル百科 認知心理学編 創元社
子安増生・二宮克美(編)(2011) キーワードコレクション 認知心理学 新曜社
土田幸男(2009) ワーキングメモリ容量とは何か?ー個人差と認知パフォーマンスへの影響 北海道大学大学院教育学部研究院紀要 109,81-92
日本認知心理学会(編)(2013) 認知心理学ハンドブック 有斐閣
服部雅史・小島治幸・北神慎司(2015) 基礎から学ぶ認知心理学ー人間の認識の不思議 有斐閣
マイケル・W. アイゼンク、デイヴィッド・グルーム(編)箱田裕司・行場次朗(監訳)(2017) 古典で読み解く現代の認知心理学 北大路書房