学習性無力感は、自分のコントロールできない状況下で繰り返しストレスを与えられることによって、状況が変わっても行動を起こさなくなる現象です。今回は学習性無力感の意味や例、理論を解説します。また、先行研究を交えながら仕事や勉強における学習性無力感の克服・予防方法も紹介していきます。
目次
学習性無力感とは
心理学の長い歴史において、動物を使った行動の研究が盛んに行われてきました。そしてそこで得られた知見の中には現在の心理学研究及び心理臨床の場でも活用されているものもあります。
学習性無力感はその一つであり、無気力状態と密接な関係にある現象です。
学習性無力感の意味と定義
学習性無力感とは自分がコントロールできない状況下において、繰り返し嫌悪刺激に晒され続けることによって、意欲が低下し、行動を起こさなくなってしまう現象のことを指します。
この現象は、アメリカの心理学者であるセリグマン,M.E.Pによって提唱されました。
学習性無力感の具体例
学習性無力感は経験に基づいて生じる現象です。
次のような例を見てみましょう。
Aさんは新卒で入社した商社に勤めていました。
3年目になってから人事異動を言い渡され、これまでと違う部署に移りました。
しかし、新しい部署に配属されてから慣れない仕事でミスが起こってしまい、上司から目をつけられてしまいます。
これまで以上に仕事に打ち込み、同僚に仕事を教えてもらうことでミスを減らそうとしたり、前の部署の上司に相談してみるなど自分なりに行動を起こしてみました。
その結果、仕事のミスが減ったにも関わらず、他人のミスをAさんのせいにされたり、「服装が社会人にふさわしくない」など上司からの叱責は終わりませんでした。
精神的に参ってしまったAさんを見かねた同僚が、パワハラではないかと疑い、人事部へ相談することを進めましたが、Aさんはどうせ無駄だと思い、諦めてしまいました。
学習性無力感の大きな特徴は、諦めです。
この場合、Aさんは様々な対策を講じていたにもかかわらず、上司からの叱責を受け続け非常にストレスフルな状況に置かれていました。
そのため、対策を講じても事態は好転しないということをAさんが学習してしまいます。
そのため、同僚が人事部への相談という事態を好転させられる方法を提示してくれたにもかかわらず、「どのような対策を講じても事態は好転しない」という学習された内容が邪魔をして対処行動を行わなくなってしまったのです。
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学習性無力感に関する心理学研究
学習性無力感は動物実験から始まり、人間にも起こりうる現象であることが心理学研究で実証されています。
セリグマンによる動物(犬)の学習性無力感
学習性無力感を提唱したセリグマンは犬を使った実験によって学習性無力感が生じることを示しました。
実験の内容は次の通りです。
電気ショック(嫌悪刺激)が流れる2つの部屋があります。
ある部屋は部屋の中のパネルが押せば電気ショックを止められるのに対し、もう一つの部屋は電気ショックを止められる装置は何もついていないという違いがありました。
それぞれの部屋の中に、1匹ずつ犬を入れ、しばらく過ごした後、仕切りを飛び越えるだけで電気ショックを避けられる部屋に移します。
そうすると、パネルがついている部屋に入れられた犬は仕切りを飛び越えたのに対し、もう一方の犬は何も行動を起こさず、電気ショックを受け続けるようになってしまいました。
この実験で興味深いのは、仕切りを飛び越えれば電気ショック(嫌悪刺激)を避けられるという同じ条件下に置かれた犬が、それまでの経験によって起こす行動に違いが表れたという点です。
電気ショックを止められる装置が付いていない部屋に入れられた犬はどのような行動を起こしても電気ショックを止めることができなかったという経験をしています。
そのため、「行動を起こしても無駄だ」ということを学習してしまい、電気ショックを簡単に避けられるような環境に変わっても行動を起こさなくなってしまったのです。
そしてセリグマンは抑うつにおける意欲の低下と似た現象が起こることに注目し、学習性無力感の理論を抑うつを説明するモデルとして位置づけました。
人間の学習性無力感
セリグマンが学習性無力感は抑うつを説明するモデルとして位置づけて以来、多くの心理学者が学習性無力感に関する研究を行いました。
その結果、セリグマンの主張する「コントロール不可能な状況に置いて嫌悪刺激に晒される」という先行条件のみでは、人間に学習性無力感が生じるとは限らないという事実が明らかになってきました。
そこで、エイブラムソン,L.Yらはセリグマンの理論をさらに発展させた改訂学習性無力感理論を提唱しました。
この理論の最大の特徴は原因帰属の考えを取り入れたことです。
原因帰属の次元は次の3つに分けられます。
- 内在性次元:その原因が自分にあるのか(内的)、それ以外にあるのか(外的)。コントロール不可能な出来事の原因を内的に帰属しやすいほど自己評価が低下する。
- 安定性次元:いつまでもあり続けるか(安定)、一時的に起こったものだと考えるか(不安定)。否定的な出来事がいつまでも続くと安定的に帰属すると学習性無力感は慢性化しやすくなります。
- 全体性次元:原因が特定の場面のみで起こる特殊なものか(特殊)、どのような出来事でも共通して起こるものか(全体)。原因を全体に帰属するほど無力感は生活の多くの場面へと般化します。
この改訂学習性無力感理論によって次の8つの帰属スタイル(2×2×2=8)が考えられます。
内的 | 外的 | ||
安定 | 特殊 | 内的×安定×特殊 | 外的×安定×特殊 |
全体 | 内的×安定×全体 | 外的×安定×全体 | |
不安定 | 特殊 | 内的×不安定×特殊 | 外的×不安定×特殊 |
全体 | 内的×不安定×全体 | 外的×不安定×全体 |
そして、その帰属スタイルの中でも内的×安定的×全体的に原因を帰属スタイルを持つ人ほど、将来における行動と結果の非随伴性(行動が結果に影響を与えられないこと)の予測が形成され、学習性無力感が強く引き起こされると考えられています。
仕事や勉強における学習性無力感の克服・対処法
学習性無力感が生じてしまった際にはどのようなことができるのでしょうか。
ポジティブな感情を味わう
菅原・杉江(2015)はアナグラム課題の間にポジティブな感情を引き起こす映像を流す群と流さない群の2群における学習性無力感の差を検討しました。
その結果、ポジティブな感情を体験すると学習性無力感の一側面である動機づけの低下が抑制されるという結果が示されました。
このことから、ポジティブな感情が起こるとやる気が出てくるということがわかります。
そこで、学習性無力感により意欲が低下してしまったときには、楽しいと心から思える体験をしてポジティブな感情を味わうことが効果的だと考えられます。
成功体験を積み重ねる
服部・境(2019)では、抑うつの高いものに対し、行動が報われる体験を繰り返しが随伴性認知(自分の行動によって結果が左右できるというコントロール感)に影響を与えるかどうかを検討しています。
大学生に対し、1週間に一度のノイズ停止課題(パソコンから流れる不快なノイズをキーを押すことで止める課題)を3度にわたって行いました。
その結果、低抑うつ者だけでなく、高抑うつ者においても自分の行動が結果に影響を与えることができるという随伴性認知がポジティブな方向に変容することが示されました。
随伴性認知が高まれば、自己効力感(自分が目標のために必要な行動を正しく行うことができる「自信」のこと)が高まり、無力感を抑制することができます。
そのためにも、成功体験の積み重ねは非常に重要だと言えるでしょう。
そこで、いきなり大きな目標を設定するのではなく、段階ごとに細かく分け、より成功体験を多く味わえるよう工夫することがおすすめです。
学習性無力感を抱かせないための予防策
学習性無力感はポジティブな結果を引き起こすことはありません。
周囲に学習性無力感を抱える人が出ないようにするためにはどのようにすればよいのでしょうか。
部下などの教育
仕事の現場では、結果が求められます。
しかし、何をしても報われないという体験を積み重ねると学習性無力感を抱かせてしまいます。
そのため、部下に対する教育は結果が芳しくないことを指摘するだけでなく、努力を認めるなど一部分だけでも認めてあげるフィードバックをするよう心掛けましょう。
そうすることで、頑張って取り組んだけどすべてが無駄であるという認知は構築されにくくなります。
親子関係
大事に思うがあまり、子どもへ高い期待を抱いている保護者も多くいます。
しかし、「将来苦労させないために」という一心から厳しく子育てをすることで子どもに無力感が生じてしまうこともあるでしょう。
それを防ぐためにはもう一度、子どもと自分を見直してみることが重要です。
「果たして自分が要求していることが子どもの幸せにつながるのか」、「子どもの今の力に適切な勉強などを行わせているのか」、「子どもの将来が不安という自分の勘定に巻き込まれて子どものもつ力を信じられていないのではないか」。
もし高い期待を子どもに押し付けてしまっているようであれば、できないことを何度もやらせるのではなく、できそうなことから取り組ませ自信を育ませることが重要です。
また、都築・花井(2020)は発達障害児はコミュニケーションや学校での課題など苦手な課題に直面し、無力感を抱きやすいことを示しています。
発達障害の子どもを育てる親は特に疲弊しやすく、子どもに対して高い要求をしているという意識を抱きにくいとされます。
そのため、他の子と比べず、目の前の自分の子どもを見つめなおすようにできると良いでしょう。
学習性無力感について学べる本
学習性無力感について学べる本をまとめました。
パワハラに絶望しない方法:学習性無力感に陥らないために
ストレス社会とも呼ばれる現代の日本では、無力感を抱えてしまうということが一部の特別な人とは限りません。
日常的なテーマを交えて書かれていますので、これから学習性無力感について知りたいという方におすすめの1冊です。
学習性無力感 パーソナル・コントロールの時代をひらく理論
学習性無力感の理論が提唱され、現在の形にまで発展していった経緯が詳細に記してあります。
少し内容が難しいので、学習性無力感に関する学びを深めてから、さらに発展させることを目的として手に取るのが良いかもしれません。
何をしてもダメだという思いは本当に正しいですか?
何をやってもダメだ、無駄だという思いを抱くこともあるでしょう。
しかし、そのような時こそ自分の認知が歪んでいないかチェックしてみてください。
本当は「運が良くなかった」、「自分が原因ではなかった」、「ずっと悪い結果ばかりが続くわけではなかった」など反証できる事実があるかもしれません。
無力感を抱えている時だからこそ、自分のこころを見つめ直してみましょう。
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参考文献
- 菅原大地・杉江征(2015)『ポジティブ感情による学習性無力感抑制効果の検討』日本心理学会大会発表論文集 79(0), 2PM-101-2PM-101
- 服部秀幸・境泉洋(2019)『行動が報われる体験が随伴性認知に与える影響』宮崎大学教育学部紀要 (92), 19-30
- 都築繁幸・花井志帆(2020)『発達障害児の学習性無力感』東京通信大学紀要(2), 75-87