この記事では、行動療法に含まれる技法の1つであるエクスポージャー法(暴露療法)についてお話していきます。
まずはじめに、そもそもエクスポージャー法とは何かという、定義や意味について解説していきます。続いて、具体的な手順やその効果・注意点などについてまとめていきます。
目次
エクスポージャー法(暴露療法)とは
はじめに、そもそもエクスポージャー法がどのような方法なのか、また、どのような理論的根拠に基づく方法なのかについてお話します。
エクスポージャー法(暴露療法)の意味・定義
エクスポージャー法は、行動療法に含まれる技法の1つです。多くの不安症や恐怖症に対する治療法で、恐怖や不安の原因になる刺激や状況に、段階的に自身をあえて晒すこと(暴露すること)で、不安反応を消していくことを目指します。
こう書くと何やら難しく聞こえますが、要するに、 “苦手なものに少しずつ慣れる”ことを目指す治療法、ということですね。
なお、暴露を行う際は、基本的に実際にその場面に直面することになります。その場面をイメージして直面しても構いませんが、長時間にわたってイメージで直面させることは、難しいことが多いとされています。
エクスポージャー法(暴露療法)の理論的基礎
エクスポージャー法に限らず、行動療法の技法は、学習理論を根拠にしています。学習理論とは、“人間の(問題)行動や症状は、経験に基づく不適切な学習の結果である”と捉え、“不適切な行動の消去と、適切な行動の学習”を目指す理論です。
エクスポージャー法は不安症や恐怖症の治療法の1つですが、学習理論に基づいて考えれば、“不安や恐怖は不適切な行動を学習した結果生じたものなので、その不適切な行動を止めて適切な行動を取ることで、症状の改善を図る治療法”と言うことが出来ます。
※より細かく言うと、エクスポージャー法は新行動S-R理論という理論に含まれる技法です。行動療法の理論枠は4つ存在し、そのうちの1つが新行動S-R理論です。ですが、あまり細かくお話しすると焦点がぼやけることが懸念されますので、ここで深く取り上げることはしません。
補足その1:不適切な行動とは
不適切な行動とは、ひとことで言えば回避行動です。例えば、いわゆる対人不安の人がいるとします。その人は、人前で話すことに強く不安を感じ、そうした場面を徹底的に避けて生きてきました。
こうした行動を続けていくと、一時的に気持ちが落ち着きますが、その場面に対する不安はどんどん強くなっていきますし、同時に行動範囲も狭まってしまいます。これが不適切な行動が学習された状態、ということです。
補足その2:行動療法と認知行動療法
インターネットや書籍でエクスポージャー法を調べると、行動療法の他にもう1つ、認知行動療法という言葉がヒットすると思います。「“行動療法”で調べたいのに、変なもの(“認知”の2文字)がくっついてくる…」と困惑することがないよう、ここで簡単に両者について説明しておきます。
行動療法は、1950年代、ハンス・アイゼンクによって定義されました。一方、1960年代に、うつ病治療の手法として発展してきた心理療法があります。アーロン・ベックによって提唱された認知療法です。
そして、デイビッド・クラークやポール・サルコフスキスらがこの2つを統合し、認知行動療法が誕生しました。1990年代のことです。
以上から、行動療法は認知行動療法の一部と言えます。ですから、エクスポージャー法は行動療法の技法でもあり、認知行動療法の技法でもあるわけです。だからネットなどで調べると、どちらもヒットするんですね。
というわけで、検索して認知行動療法と出てきても、特に気にする必要はありません。
エクスポージャー法(暴露療法)のやり方
エクスポージャー法のやり方を大まかに述べると、以下のようになります。
まずはS-R分析を行います。S-R分析は行動療法における技法の1つで、問題となっている反応(response)と、その反応を生じさせる刺激(stimulus)を把握するために行います。
S-R分析を行うことで、具体的な不安症状と、それを引き起こす具体的な状況を明らかにしていくわけですね。
次は、不安階層表というものを作成します。
不安階層表とは、不安や恐怖を感じる刺激や状況を具体的に複数挙げていき、それらを約10段階、0~100点の強度(SUD: Subjective Unit of disturbanceの略)を付加して段階的に配列した表のことです。ざっくり言うと、不安や恐怖を数値化する表ですね。
このとき、不安階層表の初めの項目(1番点数が低い項目)は、クライアントにとって不安が軽い場面にすることが大切です。理由は後述します。
ある場面に対し、クライアントが不安をほとんど自覚しなくなるまで、それが難しい場合は、明らかに不安が軽快したことがクライアントにはっきり自覚されるまで、エクスポージャーを行います。
これを繰り返し、1つの項目で不安が消失すれば、次の項目に進みます。
エクスポージャー法(暴露療法)の効果
エクスポージャー法の効果については、多くの報告がされています。例えば、松永らは、腹痛への予期不安が強い全般性社会不安障害の男性に対し、エクスポージャーやSSTなどを行いました。結果、その男性の社会的機能は著しく改善されました(松永ら,2006)。
また、西村は、学校に対する不安が見られた不登校の生徒2名に対し、エクスポージャーなどを実施しました。その結果、彼らの学校への不安感は減少し、再登校が可能となりました(西村,2016)。
このように、エクスポージャー法は、多くの不安症や恐怖症に対して、極めて高い治療効果を有していると言えます。
エクスポージャー法(暴露療法)の注意点
ここでは、エクスポージャー法を行う際の注意点を3点ほどお伝えします。
自己流で行わないこと
エクスポージャー法は、少しずつ苦手なものに慣れていく方法です。こう聞くと、物凄く簡単な治療法に思えるかもしれません。しかし、自分1人で実践することはオススメしません。何故でしょうか。
この治療法を行うにあたっては、不安階層表の作成が必要です。自身が不安を感じる状況を数値化していくわけですが、このとき、自分1人で果たして客観的に数値化できるでしょうか。自身の不安が高まっている状態で、冷静に数値化出来る可能性は低いでしょう。
また、後述するように、エクスポージャー法は、段階を踏まないと危険を伴う方法です。従って、1人で行うのではなく、経験豊富な専門家とともに行う必要があります。
必ず段階的に暴露すること
エクスポージャー法は、手順を間違わなければ、とても優れた治療法です。しかし、不安階層表に従って、不安の軽い項目から行っていく必要があります。早く治したいがあまり、不安の強い項目から始めると、逆効果になりかねません。
先に挙げた対人不安の例で言えば、人前で話すことが苦手な人にエクスポージャー法を行うとして、「手始めに2000人の講堂で発表を行ってみよう。」と言ったらどうなるでしょうか。不安や恐怖はさらに高まることは明らかです。治療者との信頼関係も音を立てて崩れるかもしれません。
ポイントは、あくまで“少しずつ”苦手な場面に慣れていくことです。
全ての不安や恐怖に有効というわけではない
定義のところで、”多くの不安症や恐怖症に対する治療法”と書きましたが、言い換えれば”すべての”ではないということです。
例外の代表格が強迫症です。強迫症は、非合理的な思考である強迫観念と、強迫観念によって引き起こされる強迫行為を主症状とする不安症です。何度手を洗っても、「手が汚れてるんじゃないか」と思い、手洗いがやめられないケースなどが該当します。
強迫症の場合、暴露だけだとどうしても回避行動が生じてしまい、なかなか効果が上がらないのです。そこで、回避行動を防止する方法が必要になり、いわゆる反応妨害という考え方と方法が考案されました。暴露反応妨害法です。現在、暴露反応妨害法は、強迫症に対する治療法として確立されています。
このように、エクスポージャー法は決して万能な治療法ではないということも、当たり前ではありますが、知っておくことが大切でしょう。
エクスポージャー法(暴露療法)について学べる本
エクスポージャー法についてより深く学びたいという方のために、2冊ほど書籍を紹介いたします。
図解 やさしくわかる認知行動療法
こちらはエクスポージャー法に特化した本ではありませんが、入門書としてとても良いのでオススメします。
1つのテーマにつき、おおよそ見開き1ページとコンパクトな作りですし、図も多用されていて視覚的にも読みやすいと思います。不安階層表などのワークシートも付録として付いています。
セラピストのためのエクスポージャー療法ガイドブック:その実践とCBT、DBT、ACTへの統合
エクスポージャー法の基礎理論から実施方法までを網羅した包括的なガイドブックです。こちらはタイトル通り、専門的に勉強したい方向けです。
大切なことは、最初の1歩を踏み出すこと
ここまで、エクスポージャー法について解説してきました。お読みいただいて、「不安や恐怖の克服に使えそうだ」と感じた方も居れば、なかなか重い腰が上がらない方も居るのではないでしょうか。
確かに、不安や恐怖に立ち向かう方法なので、決して負担は軽いものではないと思います。
ただ、最初の1歩(不安階層表の1番下の項目)を踏み出せば、それが自信に繋がります。そして自信が付けば、「もう少し頑張ってみよう」と思えるはずです。
この記事をきっかけに、エクスポージャー法をより深く学んでいただけたら幸いです。
・西村勇人 2016 機能分析に基づいた不登校への行動療法的介入—2症例を通して—行動療法研究 42(2), 257-265.
・松永美希・鈴木伸一・貝谷久宣・板野雄二 2006 腹痛への懸念を強く訴えた社会不安障害患者に対する認知行動療法(実践研究) 行動療法研究 32(2), 157-166, 2006
・山上敏子 2007 方法としての行動療法 金剛出版