妄想という症状を持つ精神障害は数多くありますが、その中でも個人のパーソナリティの特徴に由来する妄想性パーソナリティ障害というものがあります。
それでは、妄想性パーソナリティ障害とはどのような特徴を持っているのでしょうか。妄想の例を挙げながら、その原因や診断、治療法、関わり方の注意点などをご紹介します。
目次
妄想性パーソナリティ障害とは
妄想性パーソナリティ障害(Paranoid personality disorder:PPD)とは、パーソナリティ障害群のA群に含まれる精神障害です。
パーソナリティ障害は、個人のもつパーソナリティの偏りにより、社会適応に支障をきたす(自分もしくは周囲の人が困ってしまう)ものであり、A群に該当するパーソナリティ障害はその行動の奇異さが特徴的です。
妄想とは
米国精神医学会が出版しているDSM-Ⅳ-TRによれば、妄想とは次のように定義されています。
妄想とは間違った信念のことで、通常、知覚あるいは体験の誤った解釈に関するもの。
この定義における「間違った」とは教育的、文化的、社会的な背景にそぐわないということであり、たとえ他人に間違っていることを指摘されても訂正することが困難な現実に即していない考えのことです。
通常の信念も揺るぎのない確固たる考えであるという共通点を持っていますが、両者の厳密な区別は難しく、妄想を取り扱う研究では両者は連続体であるという立場をとるものも少なくありません。
妄想性パーソナリティ障害の特徴
妄想性パーソナリティ障害障害の大きな特徴は、訂正が困難な強い猜疑心を抱いているということです。
つまり、他者を信用することができず、具体的な根拠がない場合でも他者が自分を欺いたり、何か不利益を被ることをしようとしているのではないかという考えを抱いています。
そのため、
- 自分が裏切られるのではないか?
- 見張られているのではないか?
といった考えが頭から離れず、社会生活を送るために必要なコミュニケーションをとることが困難となってしまいます。
妄想性パーソナリティ障害の原因
精神障害の分類にはその原因に着目したものがあります。
- 心因性精神障害:ストレスなど心理・社会的な要因によって引き起こされるもの
- 内因性精神障害:何らかの身体部位に異変が生じているものと考えられるが、現時点でその原因が特定されていないもの
- 外因性精神障害:外傷や身体疾患などにより脳に器質的異変が生じ、それによって症状が引き起こされるもの
これに対し、パーソナリティ障害という精神障害はこれらの分類には当てはまりません。
なぜなら、パーソナリティ障害は「その個人の持つパーソナリティが著しく偏っている」という障害であり、あくまでその診断が下される社会・時代に多く存在する平均的なパーソナリティから大きく逸脱しているということに過ぎないからです。
個人のパーソナリティは遺伝的な要因と、成育環境や周囲の環境といった社会的な要因の2つが関連して形成されるため、明確なパーソナリティ障害の原因を特定することは難しいでしょう。
被害妄想的観念が生じやすい性格特性とは
数ある妄想の中でも、被害妄想はその体験率の高さや行動化しやすいという特徴から、数多くの研究がなされています。
上述したように、病理的な妄想と健常者の信念は連続体であると捉えられることも少なくないため、健常者の持つ妄想様観念を研究することで妄想のメカニズムを研究するものがあります。
健常者を対象とした妄想的観念との関連が指摘されている性格特性としては次の3つが挙げられています。
- 不安・社会不安の抱きやすさ
- 怒りの強さ
- 自尊心の低さ
1と2に関して、不安や怒りという感情は交感神経系の亢進に関与しており、何か驚異的な状況を認知した際に自分がそれに立ち向かう場合は怒りが、逃げようとした場合は恐怖が生まれるとされています(逃走か闘争反応)。
例えば被害妄想的観念により「会社の人から悪口を言われている」という考えが浮かんだ場合、
- 「悪口を言っている人に腹が立つ」
- 「そんな人がいる会社に行くのが怖い」
などといった感情を抱きやすいということです。
また、自尊心はありのままの自分を受け入れ、肯定するこころのことであり、この低さは様々な精神的健康の低さやストレス反応の重篤化などと関連していることが指摘されています。
不安や怒りを抱きやすい人、自尊心が低い人は妄想的観念を抱きやすいと考えられるでしょう。
妄想性パーソナリティ障害の治療法と関わり方
妄想性パーソナリティ障害の治療法としては心理療法や薬物療法が用いられることが多いです。
ただ、薬物療法はあくまで補助的なものです。統合失調症とは異なり、妄想性パーソナリティ障害はあくまで個人のパーソナリティの偏りによって生じるため、薬物で根本的な治療はできません。
そのため心理療法において主観的な苦痛や現実検討、社会的スキルを養う介入を行い、社会生活を送るうえで障害となっている不安を軽減するために必要に応じて薬の処方が行われます。
妄想性パーソナリティ障害の人への接し方
大前提として、妄想性パーソナリティ障害の人の過剰な反応に巻き込まれず、冷静さを保つ必要があります。妄想性パーソナリティ障害の人が示す確固たる考えは周囲を巻き込み、大きな負担がかかる恐れがあるためです。
妄想性パーソナリティ障害は周囲の人に対する猜疑心が強いという特徴があるため、その不安定な心理状態や疑いに関して共感を示しつつも、同意をせず一定の距離感を保つようにすることが重要です。
妄想性パーソナリティ障害と似ている精神障害との違い
妄想性パーソナリティ障害とよく似ている精神障害として、統合失調症や妄想性障害が挙げられます。
それではこれらの障害と妄想性パーソナリティ障害の違いとはいったいどのようなものなのでしょうか。
統合失調症との違い
統合失調症とは妄想や幻覚といった陽性症状と気分の平板化、意欲低下などの陰性症状を特徴とし、最終的には人格の解体へと発展してしまいかねない精神疾患です。
統合失調症に患者においても「誰かに見張られているのではないか?」、「周囲の人が自分の悪口を言っているのではないか?」などの妄想がみられることがあり、妄想性パーソナリティ障害とよく似ているといえます。
しかし、統合失調症の症状は妄想だけではありません。
統合失調症に特徴的な症状
精神科医のシュナイダーは統合失調症に特徴的な次の症状を一級症状と名付け、「一級症状がみられ、他の身体的な疾患の可能性を否定できる場合、控えめに言って統合失調症と言っていい」としています。
【シュナイダーの一級症状】
1.思考化声
2.批判的幻聴
3.ダイアログ(複数人の対話)形式の幻聴
4.身体への悪意ある行為や影響
5.思考伝播
6.思考奪取
7.作為体験
8.関連妄想・妄想知覚
これらを見る限り、特徴的な症状として妄想も含まれていますが、統合失調症ではより幅広い症状を示すことがわかります。
また、統合失調症の示す妄想は多彩です。被害妄想や嫉妬妄想に加えて、以下のような妄想がみられることもあります。
- 「自分が素晴らしい能力を持っている」のような誇大妄想
- 「周囲の人に非常に好かれている」のような被愛妄想
統合失調症と妄想性パーソナリティ障害の明確な違い
統合失調症の最も大きな特徴は、妄想に了解不能なものが含まれることです。
「周囲の人に嫌われているのではないか?」などの気のせい・勘違い(被害妄想的観念)は、通常多くの人が経験したことがあり、その考えに苦しんでいる人のこころに共感することもある程度は可能でしょう。
しかし統合失調症患者には、以下のように了解不能な妄想がみられることがあります。
- 頭の中の小人が騒いでうるさい
- 電波によって自分の身体が操られてしまっている
こうした考えに対してどれほど想像力を働かせても共感することは不可能であり、これが妄想性パーソナリティ障害との明確な違いです。
妄想性障害との違い
妄想性障害とは、単一もしくは複数の妄想が継続的にみられ、社会適応に支障をきたす障害です。
統合失調症と近い疾患であると考えられていますが、統合失調症とは異なり、その症状は妄想のみに限られ、幻聴や思考の障害などは怒りにくいとされます。
妄想性障害の示す妄想は被害妄想や嫉妬妄想だけでなく、
- 被愛妄想
- 誇大妄想
- 身体妄想(自分の顔がひどく醜いと思い込むなど)
などと多彩な妄想を示します。
妄想性障害は統合失調症と近しい疾患と考えられていることもあり、治療には抗精神病薬が用いられることもあります。
妄想性障害の示す妄想によっては妄想性パーソナリティ障害との区別が難しくなることも少なくありませんが、妄想性パーソナリティ障害はあくまでパーソナリティの偏りによって診断がなされるものであり、薬物治療なども効果が見込めないという違いがあります。
妄想性パーソナリティ障害について学べる本
妄想性パーソナリティ障害について学べる本をまとめました。
無差別殺人と妄想性パーソナリティ障害;現代日本の病理に迫る
妄想性パーソナリティ障害は主観的な苦痛の大きさだけでなく、行動化のしやすさという点においても注目を集めている精神障害です。
中には重大な事件の容疑者が妄想性パーソナリティ障害の疑いがある場合などもあり、この本では無差別殺人犯と妄想性パーソナリティ障害の病理の関連について紹介されています。
妄想はどのようにして立ち上がるか
妄想という観念は定義上「根拠がない考えであるのにもかかわらず、訂正が困難な主観的な信念」とされますが、その内容は非常に多岐に渡ります。
この本は幅広い妄想を取り上げ、それらがどのようにして起こるのかについて解説しています。
これから妄想という特徴的な症状を示す精神障害について学ぶ方におすすめの一冊です。
妄想という症状の複雑さ
妄想性パーソナリティ障害や統合失調症など妄想を示す精神障害の治療の難しさは何といっても病識の薄さです。
現実にはあり得なかったり、不合理な内容の考えであったとしても本人はそれを信じ込んでいるため、自らの施行や行動が病的であると気づきにくいということがそもそも治療を開始したり、治療者との深い信頼関係を構築することを阻害してしまいます。
まだまだ妄想がどのようにして起こるのか、どのようにして治療していくべきなのかについては検討の余地があり、今後のさらなる研究が求められる領域だといえるでしょう。
【参考文献】
- 米国精神医学会(2014)『DSM-5精神疾患の分類と診断の手引き』医学書院
- 山内貴史・須藤杏寿・丹野義彦(2009)『日本語版パラノイア・チェックリストの因子構造および妥当性の検討』パーソナリティ研究 17(2), 182-193
- 森本幸子・丹野義彦(2004)『大学生における被害妄想的観念に関する研究―素因ストレスモデルを用いて―:素因ストレスモデルを用いて』心理学研究 75(2), 118-124