誰しもがつい嘘をついてしまったという経験はあるものです。しかし、それが常習化してしまい、癖になってしまうと虚言癖と呼ばれる状態に陥ります。それでは虚言癖とはいったいどのようなものなのでしょうか。なぜ人が嘘をつくのかという問いからその原因や特徴、診断基準と治療法、接し方のポイントなどについてご紹介します。
目次
虚言癖とは
虚言癖とは、必要のない時でも嘘をつき、日常的に繰り返してしまって、自分でもやめられない状況のことを指します。
そして、あまりにも嘘をつきすぎているため、どの話が本当なのか、嘘なのかという区別が薄れていき、自分が嘘をついているという自覚が弱いという特徴があります。
心理学的な嘘の位置づけ
嘘という言葉は日常的によく使う言葉です。
しかし、心理学的にはどのように定義されるのでしょうか。
心理学者であるスターンによれば嘘は次のように定義されます。
【心理学的な嘘の定義】
嘘とは、だますことによってある目的を達成しようとする意識的な虚偽の発言である
そして、この定義に従えば、次のような特徴がみられるとされています。
- 虚偽の意識があるため、自分の発言が事実とは異なっていることを自覚している
- 騙す意図があるため、故意に間違っていることを相手に信じさせようと計画的に装っている
- 何らかの利益を得ようとしたり、罪や罰の回避、自己防衛などだますことに対して何らかの目的がある
嘘とよく似ている概念としては、勘違いが挙げられます。
両者も事実とは異なることを発現するという共通点があるものの、勘違いには虚偽の意識や騙す意図などはないという点で嘘とは大きく異なるでしょう。
臨床心理学的な嘘の歴史
嘘という行為は人間関係に大きな影響を与えます。
例えば、友達に騙されたと経験をすると、その友達のことを信用することができず、人間関係が悪化するなど他者に迷惑をかけたり、自分自身も周囲の人間から嫌われるなど社会不適応を引き起こしかねません。
このようなことがあり、健常者は嘘をついてしまうことがあったとしても、そのリスクを適切に考えたり、謝罪と反省をすることで適応を図っています。
しかし、悪いことである嘘をやめられないという虚言癖になってしまうと、それは病的な嘘です。
そして、この病的な嘘の病は非常に古くから指摘されてきました。
1904年に精神医学の父として知られるクレペリンは、個人の性格の偏りが身体的・精神的生活に高度の意義を持つようになってはじめて病的に見なすことができるとして、異常な性格を示すものを精神病質者として次の7分類を示しました。
【クレペリンの精神病質】
- 興奮者
- 放埓者
- 衝動者
- ひねくれ者
- 虚言者
- 反社会者
- 好訴者
そして、この中の病的虚言を示す虚言者は病的な詐欺師とペテン師としてパーソナリティの異常として捉えられていたのです。
精神病質は現代のパーソナリティ障害の前身となるものであり、凶悪な犯罪にもつながる可能性のあるサイコパシーに繋がるものです。
サイコパシーは冷酷、感情の希薄さ、利己性、無責任、衝動性などの特徴を示す異常性格です。
そして、例え他者が不利益を被ったとしても、その罪悪感や後悔の念を抱くことなく平然と他者を騙すことのできる嘘つきはサイコパシーに通じる病的なパーソナリティの持ち主であると考えられていたのです。
また、このような病的虚言はヒステリー(現在での解離性障害と転換性障害)と呼ばれる障害と関連があると考えられていました。
嘘に関連したヒステリーの人の特徴は次の通りです。
- 情熱家のようであるがそれは人前だけであり、実際には冷たい人間
- 病気になったほうが得だと考えると病気への逃避現象(仮病ではなく、本当に具合が悪くなるよう症状を作り出す)がみられ、天候のせいで体調が悪いとか、不眠、食欲不振、片頭痛、めまい、疲労感などを訴える
- 心気症傾向があり、薬を飲んだり、注射を打ってもらうことを好む
ヒステリーの人の根底にあるのは自己顕示的な欲求です。
そのため、例え嘘であっても、相手が心配してくれたり、賞賛してくれるような話をしなくてはならなくなり、このようにして病的な嘘を繰り返すと考えられていました。
虚言癖の原因と特徴
虚言癖という嘘が癖になっている状況というのは、どのようなことが原因なのでしょうか。
心理学的に、なぜ人は嘘をつくのかというテーマを取り上げ数多くの研究が行われていますが、その中でも、嘘をつきやすい個人特性はどのようなものなのかという研究がなされています。
嘘をつくという虚言行動に関連が指摘されているのはDark Triadと呼ばれる次の3つの特性です。
【Dark Triadの3特性】
- マキャベリアニズム:非道徳性・他者操作性・冷笑的世界観を特徴とする
- 自己愛傾向:優越感・自己満足・権力・虚栄・自己顕示・特権意識・搾取性を特徴とする
- サイコパシー傾向:浅薄な感情・共感性や罪悪感、良心の呵責の欠如・無責任さ・衝動性・拙い計画性と意思決定を特徴とする
このような特性は虚言行動とどのように関連しているのでしょうか。
平山・首藤(2019)はこれら3特性と虚言行動の関連を検討したところ、それぞれが虚言行動と関連していることを見出しています。
マキャベリアニズムは「自己利益獲得のための嘘」と「他者配慮の嘘」の2つの行動との関連がみられています。
そのため、他者に配慮しているような優しい一面があるように見えますが、これは他者を操作するためのものであり、自己の利益につながるよう立ち回る人物像が浮かび上がります。
また、自己愛傾向では「偽りの自己顕示の嘘」との関連がみられました。
これは自己顕示欲と高い自己評価を特徴とする自己愛傾向により、自分をよくみせようと嘘をつくと考えられます。
さらにサイコパシー傾向では、「偽りの自己呈示の嘘」をつきやすく「他者配慮の嘘」をつきにくいという特徴がみられました。
サイコパスと呼ばれる人は、表面的に非常に魅力的に見えるという特徴があります。
これは偽りの自己呈示の嘘によって創り上げられた魅力的な人物像と関連していますが、共感性が低く、他者に対し配慮することがないために、他者配慮の嘘をつきにくいものと考えられます。
虚言癖の診断基準とその治療法
虚言癖というものは精神障害として概念が確立されていません。
したがって、その診断基準や治療法なども確立されていないのです。
しかし、嘘を常習的につくという症状を呈する精神障害がいくつかあるため、関連が考えられる精神障害をいくつかご紹介します。
虚偽性障害
虚偽性障害
とは、周囲の関心を引くために嘘の症状を訴えることを特徴とした精神障害です。
例えば、自分が健康であったとしても糖尿病だと嘘をつき、その根拠を作るために尿に砂糖を混ぜるなどの異常な行動がみられます。
虚偽性障害の原因は現在も確立されていませんが、その原因は幼少期の不適切な養育関係により愛情が不足していたためと考えられているため、カウンセリングなどによって心的な葛藤を浮き彫りにし、適切な行動で対処できるよう支えることが必要となります。
ギャンブル障害
ギャンブルに依存してしまい、生活が破綻するギャンブル障害も嘘と関連を持つ精神障害です。
米国精神医学会の発行するDSM-5では、ギャンブル障害の診断基準の一つに「賭博へののめり込みを隠すために嘘をつく」という項目が設けられています。
そもそも、ギャンブル依存とギャンブル好きの境界性はどこなのかという議論がありますが、すぐばれることなのにもかかわらず、賭博行為自体を隠そうと努力をし続けることにその病理の深さが現れると考えられているため、ギャンブル障害には嘘という行動が深い関連を持っているのです。
なお、ギャンブル障害の治療には、専用の治療プログラムへの参加や認知行動療法などの心理療法が有効だとされています。
演技性パーソナリティ障害
演技性パーソナリティ障害
は、自分に注目を集めるために他者を挑発したり、不適切な格好をしたりするなどの特徴がみられるパーソナリティ障害です。
自分の実際以上によくみせたいという自己顕示欲求が非常に高いため、有名人と知り合いであるのような嘘をついて自己評価を高めようとします。
演技性パーソナリティ障害は、個人の性格傾向により社会不適応を引き起こしているものであるため、明確な原因が存在しません。
そのため、カウンセリングなどで日々の悩みについて耳を傾け、より望ましい行動をとれるよう支えていく支援が主な介入法となります。
自己愛性パーソナリティ障害
自己愛性パーソナリティ障害
とは自分は優れていて、素晴らしく偉大な存在でいなければならないという思い込むことを特徴としたパーソナリティ障害です。
自己愛性パーソナリティ障害は、高い自己評価を保つために、自分をよくみせるような嘘をつくことがあります。
自己愛性パーソナリティ障害も演技性パーソナリティ障害と同じく、個人の性格傾向により社会不適応を引き起こしているものであるため、明確な原因が存在しません。
そのため、カウンセリングなどで日々の悩みについて耳を傾け、より望ましい行動をとれるよう支えていく支援が主な介入法となります。
虚言癖の人への接し方
虚言癖を持っている人との付き合いというのは非常に難しく、大きな問題に発展してしまう可能性もあるため、適切な接し方をするようにしなければなりません。
まず大前提となるのが、あまり関わらないという点です。
虚言癖の人の多くは相手から注目を引こうと、自分がいかに可哀そうであるかを語ることも少なくありません。しかし、親切心から熱心に話を聞いてしまうと、相手からは話を聞いてくれる人、騙せる人と思われ、さらに巻き込まれてしまいます。
そのため、極力相手との距離を取り、関わらないようにすることが重要です。
家族や職場などどうしても関係を断つことが難しいケースもあるでしょう。そのようなときは2人きりで行動することをさけ、適切な情報収集を行うべきです。
虚言癖の人は、自分がついている嘘の辻褄を合わせ、すべての人に納得させることは難しいことを知っています。ですから、他の人が話を聞いていたり、相談できるような環境で嘘を見抜かれることを非常に嫌うのです。
また、相手への関心を低め、話に対して大げさに反応しないことで、相手に求めている反応を引き出すことができず、あきらめる可能性があります。
虚言癖について学べる本
虚言癖について学ぶことのできる本をまとめました。初学者の方でも手に取りやすい入門書を選んでみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
「なるほど!」とわかる マンガはじめての嘘の心理学 [マンガ心理学シリーズ]
人はなぜ嘘をついてしまうのか、その背景には何があるのかということをしっかりと知っておけば嘘に振り回されることは少なくなるはずです。
なぜ人が嘘をついてしまうのかから、適切な対処法を学ぶためにもぜひ本書で虚言行動について学んでみてください。
虚言癖、嘘つきは病気か ― Dr.林のこころと脳の相談室特別編 impress QuickBooks
虚言癖は、心理臨床の現場において精神障害であると概念化されていません。
確かに、虚言行動は社会適応に支障をきたすものですが、それは果たして病気と言えるものなのでしょうか。
ぜひその曖昧な問いに対し、本書を目に通して自分なりの答えを見つけてみましょう。
嘘に対する適切な対処を
嘘をつくと周りの人も振り回されてしまい、良好な対人関係の構築・維持に大きな支障をきたします。
しかし、嘘が常習化してしまっている虚言癖とは、他者が嘘をつかれていると気づいた時に感じるショックや嘘か本当か見極めなければならない心理的な負担など相手に欠けてしまう迷惑という視点が欠けているのでしょう。
そのため、嘘なのかどうかということに振り回されず虚言癖のある人に対して適切な対処法を身につけられるよう、今回ご紹介した本を含め、詳しく学んでいきましょう。
【参考文献】
- 渋谷園枝・渋谷昌三(1996)「嘘の発生とその展開』山梨医科大学紀要 (13), 41-48
- 前田駿太・嶋田洋徳(2015)『臨床心理学からみた「うそ」の理解 (特集 うそ・ウソ・嘘)』心理学ワールド (71), 17-20
- 平山理彩・首藤祐介(2019)『Dark Triadと虚言行動の関連について』中国四国心理学会論文集(52),8
- American Psychiatric Association(高橋三郎・大野裕監訳)(2014)『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院