「家の鍵をかけ忘れたのではないか?」「ガスの元栓を閉め忘れたのではないか?」などとついつい気になり確認をしてしまったことはありませんか?
このような強迫観念や強迫行動に支配され、自分でコントロールできなくなってしまう精神障害が強迫性障害です。それでは、強迫性障害とはどのような障害なのでしょうか?その原因や症状、診断基準、治療法などについてご紹介していきます。
目次
強迫性障害とは
強迫性障害とは、自然と浮かび上がってくる強迫観念によって導かれる強迫行動を繰り返すことで社会生活に大きな支障をきたす精神障害です。
強迫という現象は誰にでも起こりうるものです。
例えば、仕事や学校に行かなければいかない時、急いでいるのに「家の鍵を閉めただろうか」と不安になってしまい、再度確認しに戻るなどの経験は誰しもがあるでしょう。
このような現象も度を過ぎると本人や周囲の人を大きく苦しめてしまいます。
強迫性障害の症状
強迫性障害の症状の核を成しているのが、強迫観念と強迫行為です。
代表的なものを挙げると、手を洗ったにも関わらず、まだ手が汚れているのではないかという考えがぬぐい切れず、長時間の手洗いと汚れていないか確認をしてしまうことなどが挙げられます。
この時の「手が汚れているのではないか」という考えが強迫観念であり、その考えに引き起こされる「長時間の手洗いや確認」が強迫行動です。
強迫観念とそれに付随した強迫行為の繰り返しにより、強い主観的な苦痛と社会生活の障害が引き起こされ、場合によっては家族など周囲の人に確認行為を強要するなど周りを巻き込んだ症状を呈することもあります。
強迫観念と強迫行為は次のような特徴を持っています。
強迫観念
- (多くの場合)不安を伴った観念が、自分の本来の意図や新年に反して浮かんでくる
- その内容や考えが浮かんでくることが不合理であることを自覚している
- 自分で考えを抑え込もうとするほど、かえって不安が高まり、さらに考えが止まらなくない
強迫行動
- 強迫行動は何も実際に身体を動かす行為にのみならず、こころの中で祈る、数を数えるなどの心的行為も含まれる
- その行動は不安や苦痛を緩和したり、予防することを目的としており、強迫行動後に一時的に不安は低減するが、不安に思うことへの対処法としては現実的な関連はなく、明らかに過剰
強迫性障害の原因
強迫性障害の原因は、現在でも解明されていません。
精神分析による強迫神経症のメカニズム
強迫性障害は、昔は神経症の1種として捉えられていました。そして、強迫神経症のメカニズムは、2歳頃から始まるトイレトレーニングにまで遡ると考えられていました。
この時の乳幼児は肛門括約筋の発達が著しく、性的エネルギーであるリビドーは肛門に集中しています。
そのため、自分の好きなところで、好きなタイミングで排便をすることはとても気持ちが良いのですが、初めての躾であるトイレトレーニングを成功すると大好きな養育者を喜ばせることができるという葛藤を経験する時期でもあります。
この時に、あまりにも躾が厳しすぎると、好きなように排便をしたいという欲求や躾を行う親への激しい怒りや攻撃衝動を無意識の中に抑圧し、親に従おうとするのです。
しかし、このような欲求、衝動はあまりにも激しく、完全に抑圧してみないようにすることが難しいのです。
そのため、不潔恐怖を伴う強迫を例に挙げると、欲動から汚いものを想像するという観念だけを意識に昇らせる隔離や躾をする親への怒りとは真逆の良い子になることという反動形成という防衛を用いて何とか対処しようとします。
しかし、その防衛は完全ではないため、うっかり汚いものへ触れてしまったときに、打消しという防衛を行い、認めることができない不潔な状態をなかったことにしようとします。
これが基本的な強迫のメカニズムであり、ストレスなどがかかり、自我が柔軟な防衛を行えないと、隔離による観念が次々と出てきて止まらなかったり、汚いものに実際に触れているのかには関わらず繰り返し強迫行動を行ってしまうのです。
現代における強迫性障害の発症要因
神経症は心因性の障害であり、こころの働きのみに原因があると考えられています。
しかし、近年の研究では、そのような心理的要因のみならず様々な要因が複雑に作用しあうことで発症すると考えられるようになりました。
その要因は大きく2つに分けると、遺伝的要因と生まれた後の環境的要因が挙げられます。
遺伝的要因
往来の研究では、昔から強迫性障害の家族歴を聴取していると、親族にも強迫性障害の患者が多いことが知られていました。
それに加え、強迫性障害は不安障害の1郡ではなく、発達障害やチック障害などと近しい障害であると考えられるようになりました。
というのも、強迫性障害の中核にあるのは、行動の制御が出来ず、不合理だとわかっていながら強迫行為を繰り返してしまうことにあり、発達障害特有のこだわりの強さやチック障害の運動・音声チックをするまでのメカニズムは強迫症状に非常に近しいものがあります。
このような障害は遺伝による影響が強いこと、そして、脳科学の発展により、強迫性障害には特有の脳機能の異常が考えられることから、何らかの脳の特徴が遺伝によって引き継がれ、発症しやすさに影響すると考えられています。
そして、これは、脳内の神経伝達物質の分泌に作用する抗うつ剤が強迫性障害に有効であるということにもつながるでしょう。
環境的要因
しかし、親族に強迫性障害の人がいるからといって、必ず強迫性障害を発症するわけではありません。
そのため、遺伝的要因以外にも考慮する環境的な要因を考慮すべき必要があります。
主な環境的要因として考えられているのは性格とストレスです。
強迫性障害の患者には、こだわりが強く、完璧主義であったり、否定的な感情を抱きやすい、物事を回避したがるなどの性格が特徴的とされます。
また、幼少期に虐待を受けたり、過剰なストレスが引き金となって発症するケースも多いようです。
そのため、遺伝的に発症しやすいリスクに対し、強迫性障害の患者特有の性格傾向となるよう育てられたり、過剰なストレスを受けることで発症するという考えが現在の主流となっています。
強迫性障害の治療法
強迫性障害の治療法として有効なものは次の通りです。
行動療法
強迫性障害の治療法として有名なものが曝露反応妨害法です。
行動主義では、強迫観念に基づく強迫行為を行うことで不安が低減されることが強化子となり、さらなる強迫行為を生む悪循環を生じさせると考えます。
そのため、曝露反応妨害法では、不安の対象となるもの(鍵をかけ忘れた、汚いものに触ったなど)にあえてクライエントを曝し、強迫行為をさせないという手続きを取ります。
これにより、次第に曝露されても、強い不安が生じなくなり、強迫性障害を治すことができるとされます。
薬物療法
強迫性障害に対しては、セロトニンとノルアドレナリンの両方に作用する三環系抗うつ薬やSNRIよりもセロトニンのみに作用するSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が有効であるとされています。
この薬はもともとうつ病患者に有効であることが指摘されてきた薬剤ですが、強迫性障害に対しても一定の効果があるという報告がなされています。
しかし、うつ病よりも多くの投与が必要なこと、12週間と長期にわたっての服用が求められると指摘されています。
治療選択の注意点
米国精神医学会の示す強迫性障害の治療ガイドラインは次の図のようになっています。
出典:酒井雄希・福居顕二(2012)『強迫性障害に関して知っておきたいこと(押さえておきたい!心身医学の臨床の知37)』
この図からも分かるように、まず第一選択肢として考えられるのは、薬物療法と行動療法です。
この際に、どちらを使用すべきかという判断をする上で重要となるのが併存疾患です。
例えば、他の精神疾患を併発しており、薬を服用できないなどの理由があれば行動療法のみの適用が望ましく、逆に心理的負担のかかる行動療法を適用できない心理状態であるならば薬物療法のみを行うべきです。
特に併存疾患として危険視されるのがうつ病ですが、そのような特別な理由がない限りは薬物療法(SSRI)と行動療法の併用が望ましいでしょう。
そして、それでも症状が改善しないようであれば、セロトニン再取り込み阻害薬(SRI)や抗精神病薬への薬の変更や深部脳刺激療法、経頭蓋時期刺激療法などを用いるといった流れが考えられます。
強迫性障害の歴史
強迫という現象を初めて疾病であると捉えたのは、精神分析の創始者であるフロイト,Sです。
フロイトは、強迫神経症を発達課題の失敗において生じる心理的葛藤の結果であると考えました。
2歳頃になると乳幼児は、一人で排泄を済ませるべくトイレトレーニングを強いられます。
これは子育てにおいてはじめての躾であり、どこでも構わずスッキリしたいという欲望と対立し、躾に従って親を喜ばせたいという気持ちとそれに反抗し自分の好きなようにしたいという道徳の基礎を学ぶ期間とされます。
この時の躾があまりにも厳しいと、非力な乳幼児は従うしかないため、隔離や反動形成、打消しなどと呼ばれる防衛機制を用いて対処を行います。
その結果、几帳面、潔癖、生真面目、整理整頓が好きなどの特徴を持つ強迫性格が形成され、何らかの大きな心理的ストレスがかかったときに、強迫性格特有の防衛機制が発動するため、強迫症状を呈すると考えたのです。
他の学派による強迫性障害の研究
その後強迫性障害は精神分析的観点から研究を成されることが主流でしたが、1920年代から学習理論に基づき、強迫行動は誤った学習の結果であると考え、条件づけの理論に基づいた心理療法の確立がなされていきます。
その一方で、日本では1920年代ごろに森田療法を開発したことでも有名な森田正馬がヒポコンドリー性基調と精神交互作用による神経症論を展開し、「かくあるべきという強い欲求や、それを完全に満たしたいという願望を持っているにもかかわらず、心のどこかではそれを完全に実現することは不可能である」と強迫神経症の病態を捉えました。
その後1950年代になると、抗うつ薬の開発が進み、強迫患者に対しても有効なことが明らかとされ、セロトニンの活性やその再取り込み阻害作用が対強迫症状に有効であることが明らかとなりました。
不安障害からの独立
このような強迫性障害への取り組みにおいて、強迫性障害は他の神経症、特に不安を核とする神経症の1種であるという見方がなされていました。
しかし、強迫性障害は、症状に必ずしも不安が伴わなかったり、衝動的な強迫行動を制御できないことが中核であるということが指摘されるようになり、他の不安障害と同様のプロセスで理解することの限界が分かってきました。
その後、DSM-5の改訂の際には、大脳基底核の異常に関連した、「とらわれ」や「繰り返し行動」を中核とした独立の疾患であるとされ現在に至ります。
強迫性障害について学べる本
強迫性障害について学べる本をまとめました。
図解やさしくわかる強迫性障害
強迫性障害は繰り返し手を洗う、ガスの元栓を閉めたか確認する以外にも多様な症状を示します。
それでは、それらの行動の根本にある強迫とはいったいどのようなものなのか、本書で詳しく学びましょう。
強迫性障害の治療ガイド
強迫性障害は統合失調症や双極性障害のように、薬で症状を抑える寛解ではなく、治すことのできる精神障害です。
しかし、適切なアプローチをしなければ治療効果は見込めません。
強迫性障害に対し、どのような治療を選択できるかを本書で学びましょう。
コントロールができないことの苦痛
疲れた時、ついつい鍵を閉め忘れていないかと確認するなど強迫性障害のような確認行動は誰にでも起こりうるものです。
しかし、それが長期間にわたり、どこまで確認すればよいかというゴールも見えないため不安感もぬぐえず、バカバカしいと思いながらも一日の大半を不安に駆られて確認行動をやめられない苦痛は想像に難くありません。
ぜひ強迫性障害についての学びを深め、正しい障害理解をするよう努めてください。
【参考文献】
- 松永寿人(2015)『強迫症の診断概念,そして中核病理に関するパラダイムシフト:—神経症,あるいは不安障害から強迫スペクトラムへ—』不安症研究 6(2), 86-99
- 酒井雄希・福居顕二(2012)『強迫性障害に関して知っておきたいこと(押さえておきたい!心身医学の臨床の知37)』心身医学 52(2), 148-153
- 竹林奈奈(2002)『青年期における強迫的心性に関する一考察--衝動性とコントロールの力動という観点から』京都大学大学院教育学研究科紀要 (48), 236-248