職場のストレスなどにより「うつ」は私たちの身近な存在となっています。しかし、それらすべてがうつ病であるとは限らず、その中には適応障害と呼ばれる精神障害が含まれます。
それでは、適応障害とはいったいどのような精神障害なのでしょうか。その特徴や検査、治療のための薬物療法・心理療法などについてわかりやすく解説していきます。
目次
適応障害とは
適応障害とはストレス因により引き起こされる情緒面や行動面の症状により、社会生活が大きく障害される状態を示す精神障害です。
適応障害はうつ病のように抑うつ気分や意欲の低下などの症状がみられますが、両者は全く異なる疾患であることに注意が必要です。
米国精神医学会の発行するDSM-5では、うつ病は気分障害と呼ばれる障害群に該当しますが、適応障害はPTSDなどと同様に心的外傷およびストレス因関連障害群に含まれ、全く別の障害だと考えられています。
なお、DSMでは適応障害を次のように定義しています。
【DSMによる適応障害の定義】
はっきりと確認できるストレス因子により、3か月以上にわたり社会的機能が著しく障害されているもののうち、他の精神障害の基準を満たしていないもの
大半の適応障害が示す内容は、抑うつ状態か不安状態です。うつ病や不安障害の診断基準には満たない症例ではあるものの、社会適応に支障をきたしているようなストレス性の症状を呈しているものが適応障害なのです。
適応障害の特徴
適応障害の特徴を知るために重要となる心理学的概念として、抑うつ神経症とストレスが挙げられます。
抑うつ神経症
抑うつ神経症や心因性うつと呼ばれる疾患は、うつ病のような症状を呈しますが、その原因が心因性であることが指摘されています。
抑うつ神経症は次のような特徴を持っています。
【抑うつ神経症の特徴】
- 社会機能のより障害されていないものであり、苦悩や葛藤があっても社会機能を維持している
- 非精神病性であり、精神病像を呈さないものという除外範疇となる
- 内因性うつ病に特徴的な症状(早朝覚醒、体重減少、抑制)を示さない
- 誘因となる心理社会的出来事に引き続いて生じてくるものであり、状況因性うつ病や反応性うつ病と同義となる
- 人格障害による長期にわたる不適応の結果であり、特に性格因性うつ病や抑うつ人格と呼ばれる
- 精神分析理論によれば次の4つの基本的要因に関わっている
- 対象の喪失
- 自己評価の低下
- 攻撃欲動を巡る葛藤
- 自己愛・依存性・両価性が絡み合った人格高次構造
これらをまとめると、軽度なうつ症状を示し、ストレスなどの心理社会的な要因によって発症するものとなります。
しかし、その疾患概念には様々な種類の精神障害が内含されているため、1980年に米国精神医学会が発行したDSM-Ⅲでは抑うつ神経症という概念は解体され、大うつ病の軽症型、気分変調性障害、抑うつ気分を伴う適応障害とそれぞれの疾患ごとに分けられたのです。
また、DSMのような診断マニュアルは主に外側から観察できる症状によって病気の鑑別を行いますが、その中でも適応障害は心因性のうつを示す抑うつ神経症概念を引きつぎ、その診断において、明確な心理社会的要因によって発症するものという病因論的立場も採用しています。
ストレスについて
適応障害に深く関わっている概念として押さえておきたいのがストレスです。
ストレスとはもともと「物体に圧力をかけることで生じる歪み」を意味する物理学の用語ですが、1936年にセリエという学者が心理学的な用語として初めてストレスという用語を用いました。
一般的にストレスと呼ばれるものは不快な刺激という意味合いを持っていますが、正確には生体に対し与えられる内外からの様々な刺激をストレッサーと呼び、それに対し身体の反応が生じるものをストレス反応と呼びます。
そして、ストレッサーとストレス反応を含む一連の流れのことをストレスと呼ぶのです。
現在の心理学では、このストレス学説に対し、認知的評価とコーピングという働きを加味して考える認知的ストレス理論が採用されています。
この理論では、まず生体がストレッサーに曝されることで、その脅威度に対する認知的な評価を行います。
その後、それが脅威的なものであると判断された場合、次にその脅威に対し自分が対処できるかどうかという認知的な評価が行われることで、ストレッサーへの対処法であるコーピングという行動を起こし、これらの一連の流れによって心理的、生理的、行動的なストレス反応が導かれるというモデルです。
そして、そのストレス反応には次のようなものが挙げられます。
【心理面】
- 怒り
- 悲しみ
- 憂うつ
- 不安
- 意欲の低下
- 疲労感
【生理面】
- 動悸
- 息苦しさ
- 食欲不振
- 血圧上昇
- 発汗
- 口渇
- 肩こり
【行動面】
- 闘争
- 逃走
- 過食
- 過飲
- 嗜癖
そして、人間は一度、脅威的ストレッサーに曝されたからといって、直ちに問題が生じるわけではありません。
例えば、重要な仕事のプレゼンを控えていると、緊張や疲労感、不安などのストレス反応が生じますが、このようなことは誰しもに起こりうるものです。(生命の危機など、あまりにも強いストレスに曝されることで社会機能が障害された場合、PTSDなどの障害となります)
そこでセリエはストレッサーに曝され続ける期間に注目し、次のような段階を提唱しました。
【汎適応症候群】
- 警告反応期:ストレッサーに曝された初期段階で、一時的にストレッサーに対する防衛機能が活性化する
- 抵抗期:ストレッサーに対し、生体の適応が出来ている段階で、主要なストレッサーに対する抵抗力は維持されるが、その他のストレッサーに対しての抵抗力は低下していく
- 疲弊期:長期間にわたってストレッサーに曝されることで、エネルギーの低下による抵抗力の減退がみられる
そのため、適応障害とは長期間にわたってストレッサーに曝され続けたことにより、抵抗力が低下し、ストレス反応による抑うつ状態を呈している状態であると捉えることができるでしょう。
適応障害と心理検査
適応障害の診断において、何らかの心理検査により鑑別診断を行うということはありません。
表面上のうつ病と適応障害の違いはその重篤度にあり、抑うつを測定する検査の得点が高ければうつ病、低ければ適応障害と考えられそうです。
しかし、そのような抑うつの重症度だけを基準にして考えると適応障害でも起こりうる希死念慮などの症状に対する介入が遅れてしまう危険があるのです。
そして、両者の本質的な違いはその原因にあります。
これは心理検査では捉えきれるものではありません。
そのため、心理臨床の現場では治療期間の経過を振り返るための資料として、具体的に抑うつ症状を測定する心理検査を実施することもあるでしょう。
有名な抑うつを測定する心理検査は次の通りです。
【抑うつを測定する心理検査】
- BDI(ベック抑うつ質問票)
- HAM-D(ハミルトンうつ病評価尺度
- CES-D(うつ病自己評価尺度)
- SDS(自己評価意識抑うつ性尺度)
知能検査における適応障害の認知機能
適応障害はストレス社会の現代において増加している精神障害であるにも関わらず、適応障害の発症要因は生物学的問題、心理的問題、社会的問題などの議論は一定の見解が得られていません。
しかし、近年注目されているのが適応障害の認知機能についてです。
そこで、和迩(2017)は知的能力だけでなく認知機能を測定することもできるウェクスラー式知能を用いて適応障害の認知機能の特徴に関して調査を行いました。
その結果、ワーキングメモリと処理速度の得点が有意に低いという結果が示されました。
ワーキングメモリとは電話をかけるときにその電話番号を一時的に記憶しておくなど、短期間の間覚えておくための記憶機能のことであり、認知的な処理や思考を行うという役割を持っています。
そして、強いストレス下におかれ、抑うつ状態に陥ると注意制御の能力が低下し、結果としてうまくワーキングメモリが働かなくなってしまうことが示唆されました。
また、処理速度は視覚情報を素早く解読し、素早く反応したり、全体的な情報処理を行う認知機能です。
うつ病では精神運動抑制と呼ばれる、思考がまとまらない、何事も思いつかず、集中力や判断力が著しく低下する症状を示しますが、これは処理速度の低下によって生じると考えられています。
そして、うつ病の診断に満たない適応障害での抑うつ状態においても処理速度の低下がみられたのです。
適応障害の治療法
適応障害の治療法にはどのようなものがあるのでしょうか。
主な治療アプローチとしては薬物療法と心理療法の2つが挙げられます。
薬物療法
適応障害の治療では薬物を用いることもあります。
例えば、睡眠障害が起こっているために睡眠薬を処方したり、不安感が強いため抗不安薬を処方するなどのケースが挙げられます。
しかし、適応障害には抗うつ剤の効きがあまり良くありません。
抗うつ剤は脳の神経伝達物質でありセロトニンの分泌異常に対し作用するのですが、適応障害の原因はそのような脳の神経伝達物質の異常ではなく、心理社会的ストレスであるとされるため、抗うつ剤はそれほど有効ではないのです。
そのため、適応障害に対する薬物療法は原因から改善を行うのではなく、あくまで症状として現れたものを抑える為の対症療法であること忘れないようにしましょう。
心理療法
適応障害に対する心理療法で重視すべきことは、「ストレス因の除去」と「ストレスに対する適応力の向上」の2つです。
そもそも、適応障害は心理社会的ストレスの影響を強く受け発症するものであるため、ストレスに対するアプローチをとることは当然のことでしょう。
ストレス因の除去で行うべきは環境調整です。
例えば、職場の営業ノルマに関し、上司からのプレッシャーが強いため適応障害を発症してしまった場合は、部署の異動などによりストレスの少ない環境で働くことができるよう働きかけるなどがあるでしょう。
また、本人のストレスに対する適応力を向上させることも重要です。
ストレス反応は認知的評価とコーピングという2変数によって規定されるため、状況をどのように受け止めているかという認知面にアプローチしたり、ストレスに対する適切なコーピングを身に着けられるよう支援することが重要です。
適応障害について学べる本
適応障害について学べる本をまとめました。初学者の方でも手に取りやすい入門書をまとめてみましたので気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
「適応障害」って、どんな病気?: 正しい理解と治療法 (心のお医者さんに聞いてみよう)
うつがこころの風邪と言われ始めてしばらくたちますが、その際に指している「うつ」とはうつ病というよりも適応障害の抑うつ状態を示す場合が多いでしょう。
ストレス社会で私たちの身近な存在である適応障害に対する正しい知識を身に着けるために、本書で詳しく学びましょう。
ストレスの心理学―認知的評価と対処の研究
適応障害はストレスによって発症すると考えられている精神障害です。
それでは、ストレスが私たちに与える影響、そしてどのように心身の不調につながっていくのか詳しくご存じでしょうか。
適応障害を正しく理解するために欠かせないストレス理論について詳しく学びましょう。
適応障害は軽症例なのか
うつ病の軽症型であるとも考えられている適応障害ですが、自殺企図が起こるなど決して軽視できる精神障害ではありません。
ただし、明確なストレスという原因が分かっているため、自殺が頭によぎっている人であっても回復までの希望を共有しやすいということは大きな特徴でもあります。
うつ病のようでうつ病ではない適応障害についてこれからも詳しく学んでいきましょう。
【参考文献】
- 豊田益弘・河合正登志・西島久雄・井上道雄・石井正宏・井上悟(1989)『気分変調性障害 (いわゆる抑うつ神経症) の臨床統計的研究』昭和医学会雑誌 49(3), 277-285
- 斉藤瑞希・菅原正和(2007)『ストレスとストレスコーピングの実行性と志向性(1)ストレスとコーピングの理論』岩手大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 (6), 231-243
- 和迩健太(2017)『適応障害患者における Wechsler 式知能検査所見と臨床的特徴の検討』川崎医学会誌43(1), 43-55