摂食障害の1つである神経性やせ症は現代の心理臨床の現場でも大きな注目を集めている精神障害です。身体がやせ細ってしまうという食行動の異常を示す神経性やせ症とはいったいどのような精神障害なのでしょうか。
その原因やなりやすい性格、診断基準、死亡率、入院治療などについてご紹介していきます。
目次
神経性やせ症(拒食症)とは
神経性やせ症(拒食症)とは、食事の摂取を拒否するもしくは、食事後に嘔吐や下剤の使用などにより痩せた体型を病的に追い求める食行動の異常を特徴とする精神障害です。
神経性やせ症の死亡率
神経性やせ症は非常に死亡率が高いことで知られています。
入院治療を受けた神経性やせ症の患者は経過観察の中で6%が死亡するというデータがあり、この数値は精神障害の中でも最も高いものとなっています。
主な死因としては次のようなものが挙げられます。
【神経性やせ症の死因】
- 飢餓による衰弱
- 低血糖
- 電解質異常
- 不整脈
- 心不全
- 感染症などの内科的合併症
- 自殺
自殺だけでなく、極度の痩せにより身体的異常を起こして死亡するケースが多く、それは入院治療中であっても起こるという点は神経性やせ症の治療がいかに難しく、病理が深いものであるかを物語っています。
神経性やせ症の症状と診断基準
米国精神医学会の発行するDSM-5では、次のような症状が見られれば神経性やせ症であるとする診断基準を示しています。
【DSM-5における神経性やせ症の診断基準】
- 必要量と比べてカロリー摂取を制限し、年齢、性別、成長曲線、身体的健康状態に対する有意に低い体重に至る。有意に低い体重とは、正常の下限を下回る体重で、子どもまたは青年の場合は、期待される最低体重を下回ると定義される。
- 有意に低い体重であるにもかかわらず、体重増加または肥満になることに対する強い恐怖、または体重増加を妨げる持続する行動がある。
- 自分の体重または体型の体験の仕方における障害、自己評価に対する体重や体型の不相応な影響、または現在の低体重の深刻さに対する認識の持続的欠如
※病型分類
- 制限型:この3ヶ月において過食や排出行動(自己誘発性嘔吐、下剤や利尿剤、浣腸剤の誤用)を繰り返していない。
- 過食/排出型:この3ヶ月において過食や排出行動(自己誘発性嘔吐、下剤や利尿剤、浣腸剤の誤用)をくり返している。
出典:American Psychiatric Association(高橋三郎・大野裕監訳)(2014)『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院
どこからが神経性やせ症となるのか
神経性やせ症の診断基準のうち、期待される最低水準や優位に低い体重という言葉が出てきていますが、このような統計的に体重が低すぎると判断される「痩せすぎ」はどのような基準で決められるのでしょうか。
もちろん体重は年齢や身長によって左右されるものであるため、一概に○○Kgから痩せすぎと判断することはできません。
そのため、BMI(ボディマス指数)と呼ばれる数値によって痩せすぎかどうかを判断するのです。
【BMIの計算式】
体重(Kg)÷(身長(m)×身長(m))= BMI
一般的に、このBMIが18.5以下の数値になる際は低体重と判断されるのですが、それはあくまで健常者に限った話であり、神経性やせ症の場合は次のような基準で重症度の区分けがなされます。
【BMIによる神経性やせ症の重症度】
- 軽度:BMI≧17
- 中等度:BMI16~16.99
- 重度:BMI15~15.99
- 最重度:BMI<15
神経性やせ症の原因
現在の心理学研究に基づけば、神経性やせ症は一つの原因によって発症するのではなく、心理的、生理的、家庭・社会・文化的要因など様々な要因が複雑に作用しあうことで発症すると考えられています。
そして、発症のリスクとなる準備因子を持っている人に対し、ダイエットやストレスなどの誘発要因が加わることによって発症するのです。
神経性やせ症の準備因子としては、社会的文化的要因・環境的要因・個人的要因の3つに分類することができます。
社会文化的要因
社会文化的要因とは、神経性やせ症を引き起こすような社会的な風潮のことです。
現代の雑誌モデルや芸能人など望ましいとされる外見の人の多くは痩せた体型をしています。
そして、そのような望ましいイメージは雑誌やテレビ、SNSなどのメディアによって情報が拡散され、私たちの中に良いイメージとして残ることで、社会的風潮が出来上がります。
摂食障害は女性に多いことが知られていますが、このような社会的風潮の増加が痩身願望を助長し、痩せていない自分への自己イメージの低下を引き起こすため、過剰なダイエットなどの行動を導いているという指摘があります。
環境的要因
環境的要因の主要なものとしては家庭環境が挙げられます。
神経性やせ症患者には、愛情に欠ける家庭もしくは過保護すぎる家庭などが特徴的であるということが古くから指摘されています。
特に夫婦間の問題が子どもへと転嫁されるケースも散見されており、実際にはうまくいっていない夫婦関係を子どもの病気という共通の目標によって回避しようとしたり、妻や夫への不満を子どもを通じて解消しようとする三角関係など、歪んだ家族システムは神経性やせ症の発症リスクとなることが知られています。
個人的要因
個人的要因は、身体的な要因や性格・行動、認知の特性など幅広い要因を含んでいます。
その中でも、摂食障害患者に主に共通する特徴は次のようなものだと言われています。
- 真面目な優等生
- 完璧主義
- 自己愛的
- 病識の乏しさ
- 自信がない
- 強迫的
- 認知の歪み
これらの特徴を兼ね備えた神経性やせ症患者といったいどのような人なのでしょうか。
環境的要因でも述べたように神経性やせ症患者の家庭環境は歪んだ構造を持っているものが多いとされています。
そのため、親に愛されるという経験の乏しさから、自信が無く、親から愛される人間になるためにはもっと良い子でいなければと真面目な優等生を目指します。
そして、もっと細く可愛い自分でいれば親ももっと愛してくれるに違いないとボディイメージが歪み、完璧を求めるため、強迫的に痩せるための努力を行います。
しかし、どこまで痩せる努力をしても認知が歪んでいるため、自分が生命の危険があるほど痩せてしまっているということに気付きにくく、病識に欠けてしまっているのです。
神経性やせ症になりやすい性格
上記の個人的要因のうち、性格傾向も神経性やせ症に関連していることが指摘されています。
大森(2005)は摂食障害傾向を持っている女子大学生の性格傾向に関して調査を行いました。
その結果、摂食障害傾向を持つ者は情緒的、心理的な問題に対する脆さを自分自身で認め、その苦しみ対し援助を求めるような性格傾向がみられました。
また、調査で使用したMMPIの追加尺度では次のような特徴が示されています。
- A尺度:不快感・不安感が強い
- MAS尺度:ストレス状況において情緒的に休まらない
- Dy尺度:依存欲求が高い
- Ca尺度:情緒の表出に問題がある
- Do尺度:服従的で自己主張できない
- Pr尺度:ひどく頑なで疑い深い
- O-H尺度:敵意をコントロールできない
- Es尺度:問題やストレスにうまく対処できない
- Mt尺度:無気力・悲観的
- Re尺度:責任感に乏しい
このような結果から、神経性やせ症になりやすい性格としてストレスに対し弱く、脆い人物像が浮かび上がります。
一方で依存欲求も高いため、嫌なストレスフルな出来事に対し、誰かに助けてほしいと考えますが、ひどく疑い深く自己主張が出来ないため、問題解決のために行動を起こすことができません。
そのため、助けてくれないことに対し強い敵意を抱いていますが、それを直接表現することができないため、自分の身体を大事にするという食行動に異常をきたし症状に引きこもりがちであると考えられるのです。
神経性やせ症の治療法
神経性やせ症の治療においては、心理療法によって介入することが主流です。
特に用いられることが多い治療法としては、ボディイメージの歪みなどの認知的な歪みを修正するための認知行動療法や、家族システムの歪みを解消するための家族療法などが挙げられます。
また、中には薬物療法によって治療を行う場合もありますが、あくまで補助的な使用であり、心理的なサポートが最も重要であると考えられています。
神経性やせ症における入院治療
摂食障害の死因として、体重低下による衰弱や身体機能の異常が含まれています。
そのため、重篤な神経性やせ症の場合は、入院治療によって不足しているカロリーや栄養素を摂取させる必要があるでしょう。
特に、食事を作っても食事を拒否したり、自己誘発性嘔吐などで摂取を拒むケースが非常に多いため、必要に応じて、経鼻胃管と呼ばれる鼻からチューブを通し、直接胃へ栄養素を補給する治療も行います。
そのようにして、必要な栄養素を補給し、生命の安全を確保したうえで、徐々に必要な食事習慣の獲得を促していくことが求められているのです。
神経性やせ症の歴史
摂食障害の歴史は19世紀まで遡ることができます。
食行動の異常と精神障害の結び付け
「食べない」という拒食の問題は、内臓の異常であったり、体型が変化するなど身体的な症状をきたすため、精神的な異常ではなく、胃の病気など身体的な疾患と結びつけられて考えられていました。
しかし、モートンというロンドンの医師が1869年に拒食という症状は生理学的な問題のみならず激しい心の悲哀という心理的な要因と結びつけ、「神経性消耗症」という概念を提唱します。
こうして食行動の異常を示す摂食障害は精神障害の1つとして捉えられるようになります。
摂食障害とヒステリー
モートンの提唱と同時期に、当時流行っていたヒステリーという精神障害(今でいう解離性障害と転換性障害)と拒食を結びつける動きがみられていました。
1868年にガル、そして1873年にラセーグは、ヒステリー患者が痩せるという症状を示すことに注目し、ヒステリー性無食欲症という症例を発表しています。
ガルはヒステリー性の無食欲症状を、自我の機能異常による中枢神経や末梢神経の異常が関わっていると考えました。
また、ラセーグは拒食が周囲の人々を媒介して生じるものであると考え、家族の影響を指摘しています。
このようにして、ヒステリーと摂食障害の関係性に関する指摘がなされたものの、ヒステリー研究の大家であるジャネは拒食がヒステリー性のものであるとは限らないとして、ナディアという少女の症例を呈示します。
ナディアは拒食の症状を示していましたが、その根底には、小さな可愛い少女のままでいるために成長に必要な食事を拒否し、醜く見える恐怖から自分の身体を隠すという行動をとっていました。
このことから摂食障害にはヒステリー性のものと、成長しないままでいたいという「成熟拒否」を中核とするものの2パターンがあるという考えが浸透していきます。
神経性無食欲症と神経性過食症の登場
ジャネが拒食の問題に触れてから摂食障害に関する研究は大きく進むと思われましたが、その後心理臨床の現場で一世を風靡する治療法である精神分析の創始者であるフロイトが拒食という症状にあまり関心を示さなかったことで一時的に停滞します。
その後改めて摂食障害に関する研究が大きな転換を見せたのは1962年のことです。
精神分析医のブルッフは拒食によって生じる痩せ症状や無月経などは、内面的変化が表現に現れたものに過ぎず、この問題の中核にあるのは自我同一性の問題であるとして、次の3つの特徴を示しました。
【ブルッフによる拒食の特徴】
- 身体像・自己認知の深い混乱
- 内的・外的刺激の誤った解釈
- 内的な無力感
そして、このような特徴の根底には、子どものころ保護者が自分の欲求を子どもの欲求に置き換えてしまい、子どもの欲求を保護者が正しく受け取って返すことができないために、子どもは自分自身の欲求が分からなくなってしまうために生じると考えました。
その後、1973年にフェイグナー研究のための診断基準を作成し、神経性やせ症(神経性無食欲症)という疾患概念を浸透させます。
このような基準確立によって、神経性やせ症の中核には、体重減少と痩せによる心身の症状、食に対する歪んだ態度のみならず、身体への嫌悪や体重増加・肥満への恐怖なども重要な要素として含まれるようになります。
DSMによる摂食障害概念の成立
このような研究用の診断基準確立により、1980年に米国精神医学会が発行したDSM-Ⅲでは、神経性欲やせ症という概念が紹介され、その診断基準が示されました。
しかし、1994年にDSM-Ⅳへ改訂がなされることで、神経性やせ症と神経性過食症は独立した別の疾患であると記載がなされ、神経性やせ症は摂食障害という精神障害を構成する1つの概念として確立されたのです。
神経性やせ症について学べる本
神経性やせ症について学べる本をまとめました。初学者の方でも手に取りやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
家族の力で拒食を乗り越える -神経性やせ症の家族療法ガイド-
神経性やせ症は死亡率も高く、非常に危険な精神障害です。家族を巻き込んで症状形成するという点も大きな特徴でしょう。
そのため、家族に対し神経性やせ症に関する正しい知識を与え、治療者-本人-家族と手を取り合って治療を行う必要があるのです。
ぜひ本書で神経性やせ症の治療にあたり、家族の協力を得る必要性について学びましょう。
10代のための もしかして摂食障害?! と思った時に読む本
神経性やせ症は認知の歪みから自分が病的に痩せているということに気付かず、病識に乏しいことが大きな特徴です。そのため、重篤化してから専門機関に繋がることも少なくなく、それが治療の難しさへと繋がっています。
ですから、摂食障害だと気づくことが社会適応への第1歩なのです。ぜひ本書で、「摂食障害かも」と気づくためのポイントを学びましょう。
女性のみが神経性やせ症になるのか
神経性やせ症は食べ物が十分にない途上国では見られず、先進国の女性特有の精神障害だと考えられていました。
確かに、現在でも約9割が女性であるという報告もありますが、現代に入り、徐々に男性の神経性やせ症の症例報告が増えてきていることも事実です。
このような、時代の移り変わりにより病態も変化する可能性も否定できないため、しっかりと最新の研究の動向に注目していきましょう。
【参考文献】
- 奥田紗史美・岡本祐子(2005)『摂食障害に関する研究の動向と展望』広島大学大学院教育学研究科紀要. 第三部, 教育人間科学関連領域(54), 319-327
- 大森智恵(2005)『摂食障害傾向を持つ女子大学生の性格特性について』パーソナリティ研究 13(2), 242-251
- 鈴木(堀田)眞理(2016)『VI.摂食障害の救急治療と再栄養時のrefeeding症候群』日本内科学会雑誌 105(4), 676-682
- American Psychiatric Association(高橋三郎・大野裕監訳)(2014)『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院