ここでは、ヒューリスティクスについて解説します。まずヒューリスティクスの定義を押さえ、その後、ヒューリスティクスの種類について説明を行います。また、行動経済学や、バイアスとの関連についても触れます。
目次
ヒューリスティクスとは
はじめに、ヒューリスティクスについて説明していきます。
心理学におけるヒューリスクティクスとは何か
現代心理学辞典には、ヒューリスティクスについて以下の記述があります。
思考における簡便で直観的な方略をさす。人間の思考研究が、思考を行う”人工知能”の研究とともに発展したという経緯から、計算機科学としての人工知能研究と心理学の思考研究と両方の分野で用いられている。
今回紹介するのは、心理学におけるヒューリスティクスです。具体的には認知心理学における用語で、必ずしも正解にたどり着ける方法ではないが、経験的に身に付けた、比較的簡単に答えを出せる思考法(意志決定の仕方)のことです。対義語にアルゴリズムがあり、こちらは確実に正解を導き出せるが、膨大な時間と労力がかかる思考法を意味します。
ところで、検索サイトでヒューリスティクスと入力すると、”マーケティング”や”購買行動”などがセットで出てきます。ヒューリスティクスは心理学の用語なのに、何故でしょうか。この点を理解するためには、行動経済学という学問を知る必要があります。簡単に触れておきましょう。
行動経済学とは
行動経済学とはどういう学問なのでしょうか。結論から言えば、行動経済学は、人間の行動から経済現象や経済問題を読み解こうとする経済学を指します。
目の前に2つのキャベツがあります。1つは100円、もう1つは200円です。皆さんはどちらを買いますか。もちろん100円のキャベツですね。それが合理的な行動です。このような合理的な行動こそ、従来の経済学が前提としていたものでした。
では、自分以外のお客さんが全員200円のキャベツを買っていたらどうしますか。皆さんの中に、200円のキャベツを買う方が出てくるのではないでしょうか。このときの「みんなが買っているから何となく…」という理由は、不合理で曖昧な理由と言えます。従来の経済学では説明できないのです。
しかし、私たちはしばしばこうした行動を取ってしまいます。こうした行動のメカニズムを解き明かそうとするのが行動経済学です。ここまで進むと、ヒューリスティクスと関連付けられる理由も見えてきます。すなわち、ヒューリスティクスは経験や直観という不合理なものに基づく思考法だからです。
ヒューリスティクスの種類
ヒューリスティクスには複数のヒューリスティクスが存在します。ここでは代表的なヒューリスティクスとして、以下の3つを、具体例を交えながら取り上げていきます。
代表性ヒューリスティクスとその具体例
1つ目は代表性ヒューリスティクスで、対象となるものを象徴する(代表する)特徴だけを捉えて判断することを言います。代表性ヒューリスティクスについては、1983年にトヴァスキーとカーネマンに考案されたリンダ問題が有名です。
リンダは31歳、独身。話し好きで、社交的です。大学時代は哲学を学び、差別や社会的問題について深い関心を持ち、反核運動にも参加していました。さて、この説明文から想起されるリンダ像として、1番最もらしいのはどれでしょうか。
(1)リンダはフェミニスト運動家である。
(2)リンダは銀行窓口係である。
(3)リンダはフェミニスト運動家で銀行窓口係でもある。
皆さんはリンダは(1)~(3)のどれに当てはまると考えましたか?恐らく、リンダがフェミニスト運動家であることは最もらしいが、銀行窓口係であることは最もらしくないと考えたのではないでしょうか。しかし確率論的には、リンダは銀行窓口係であることの方が、より最もらしいと考えられるのです。
このように、人間は論理的にではなく、対象を代表する特徴だけを捉えて判断する傾向があります。
利用可能性ヒューリスティクスとその具体例
2つ目は利用可能性ヒューリスクティクスで、心に浮かびやすい事柄に過大な評価を与えてしまうことを指します。
私たちは、身近なものや情報が沢山入ってくる物事は「起こりやすく」、遠く離れた出来事は「起こりにくく」感じがちです。例えば、大地震が起きた直後はそれが起こる確率を高く認識することや、損害保険に加入する人が大災害のあとに増えることは、よく知られています。大地震や大災害が起こると強い不安や恐怖を覚え、その対策を取ろうとするのです。
こうした行動の裏にあるのは、必ずしも正しい確率ではありません。私たちが持つ、想起しやすい物事の確率を高く見積もる傾向がそうさせるのです。
係留ヒューリスティクスとその具体例
最後は係留ヒューリスティクスで、私たちが判断する際に特定の情報や数値に過度に依存し、変更が利かないことを指します。
例えば、(1)富士山の標高は3000m以上か否かと言う質問の後に富士山の標高を問う場合と、(2)富士山の標高は4000m以上か否かと言う質問の後に富士山の標高を問う場合とでは、後者の方が高めの回答が出るとされています。これは、最初の質問にある標高の情報に引きずられるために起きる現象であり、まさに係留ヒューリスティクスの影響によるものと言えます。
補足:ヒューリスティクスとバイアス
以上、3つのヒューリスティクスを見て頂きました。ヒューリスティクスは直観や経験に基づく思考法であることが、改めてお分かりいただけたことでしょう。
ところで、このヒューリスティックに影響を与える概念があります。それがバイアスです。本論の最後に、両者の関係を述べておきます。
バイアスは、偏った物の見方のことです。そして、ヒューリスティクスによる判断は直観や経験に拠るため、バイアスが伴うことになるのです。リンダ問題を思い出してください。リンダについて(1)や(3)を選んだ場合、”フェミニストはこうあるべき”という固定観念がバイアスとなり、判断に影響を与えた可能性があります。
ヒューリスティクスについて学べる本
ヒューリスティクスについてより詳しく学べる本を、2冊紹介いたします。
基礎から学ぶ認知心理学 -- 人間の認識の不思議
ヒューリスティクスだけでなく、認知心理学全般を網羅した1冊です。図や写真も豊富で、わかりやすい内容となっています。
図解 よくわかる行動経済学
行動経済学の入門書です。不合理行動を5種類に分類し、説明しています。アッシュの同調実験や囚人のジレンマなど、心理学を学んだ方なら馴染みのある研究についても、行動経済学の観点から言及しています。
ヒューリスティクスと上手に向き合う
ヒューリスティクスは、行動経済学の観点から見れば不合理な行動です。実際、ヒューリスティクスによって不要な損害保険に入ってしまうことも起こり得ます。しかし、ヒューリスティクスのお陰で、時間や労力が節約でき、日常生活をスムーズに送れているとも言えます。不合理である一方で、大切な役割も果たしているのです。
以上を踏まえると、ヒューリスティクスを単純に悪と決めつけるのは早計でしょう。普段はあやかり、大事な意志決定の際には自分がヒューリスティクス的な判断をしていないか検討するといったように、ヒューリスティクスを上手に利用することが重要と言えるでしょう。
参考文献
- 依田高典著(2010),『行動経済学 感情に揺れる経済心理』中公新書
- 子安増生,丹野義彦他(2021).『現代心理学辞典』有斐閣
- Tversky,A.,& Kahneman,D(1983)『Extensional versus intuitive reasoning: The conjunction fallacy in probability judgment』Psychological review ,90,293-315.