精神分析は心理臨床の発展に大きく貢献した理論であり、現在でもその考えに基づいた臨床家が現場で活躍しています。
しかし、一言で精神分析といっても様々な学派があり、大きくその内容は異なっているのです。今回はユングとフロイトの違いを取り上げます。両者が考える無意識やリビドー、治療への考え方の違いを整理していきます。
目次
精神分析とは
精神分析とは、無意識の存在を仮定し、その内容や働きを調べることで人の感情や思考、行動などを捉えようとする理論・アプローチのことを指します。
精神分析において最も重要な学者の代表例としてよく挙げられるのがフロイト,Sとユング,C.G.です。
フロイトとは
フロイト,Sとは、20世紀初頭に活躍したオーストリアの精神科医です。
彼は世界で初めて心理臨床の現場で無意識の存在を指摘し、その働きを詳しく調べることで主にヒステリー(現代の転換性障害及び解離性障害)や神経症の治療に尽力した人物です。
フロイトが無意識の存在を発見し、精神分析の理論を体系化してから、その弟子が後を継ぎ多くの理論を提唱しています。
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ユングとは
ユング,C.G.とは、スイスの精神科医です。
プロテスタント系の牧師の家に生まれたユングは元々宗教や哲学に強い興味を持っていましたが、大学の医学部を卒業後就職したクリニックでフロイトの夢分析についてレポートを書きました。
これにより、精神分析の創始者であるフロイトと親交が生まれ、ユダヤ人であったフロイトの代わりに国際精神分析協会の初代会長へ就任する有力なフロイトの弟子でした。
しかし、後述するフロイトとの見解の相違によってユングはフロイトの元を離れ、独自の精神分析理論を提唱したのです。
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ユングとフロイトの違い①:無意識
ユングとフロイトの違いとしてまず取り上げるべきなのが、両者の無意識の捉え方です。
【フロイトとユングの無意識の捉え方の違い】
- フロイト:意識から排除された望ましくないもの
- ユング:意識を補償するもの
フロイトによる無意識
フロイトが無意識を発見したのは、ヒステリー患者の治療を行っているときでした。
ヒステリーと催眠治療
当時、神経や筋肉など身体部位の異常はないにもかかわらず、立てない、歩けない、声が出ないなどの身体機能の異常や急に意識を消失してしまうヒステリーという病気が問題となっていました。
古くからこの病気は女性に特有な子宮の異常により生じると考えられていたのです。
しかし、19世紀後半になるとシャルコーという医師が催眠術による治療を行い、ヒステリーは子宮ではなく心理的な要因によって引き起こされるという主張を行っていました。
このシャルコーの元へ留学したフロイトは、催眠術にかけられた患者が催眠中に語った内容を催眠が解けた後に全く覚えていないという現象を目撃します。
無意識の発見
フロイトはこの不思議な現象は、普段私たちが感じたり考えたりしている領域とはまた別のこころの領域にしまい込まれているためであると考えたのです。
そして、自分のこころではあるものの、自覚できないこころの領域を無意識と名付けました。
ヒステリー患者が催眠中に語った内容は、人前で話すことが恥ずかしいような性的趣向などのことであり、このことから本人の取って望ましくない欲求や感情、心的外傷記憶などは意識化されないよう無意識の中に閉じ込められているのだと主張したのです。
つまりフロイトは、無意識を自分にとって望ましくない、不要なものがしまわれている『こころから排除された領域』であると考えたのです。
ユングによる無意識
フロイトの考えに対し、ユングは無意識が意識にとって不要なものではなく、むしろ意識の誤りや歪みを修正するサポートを行う存在であり、単に自覚されることのない未知のこころの内容や働きであると考えました。
無意識の分類
ユングは、無意識が次のように分類できると指摘しています。
【ユングによる2つの無意識】
- 個人的無意識:各個人に固有の無意識的領域
- 集合的無意識:全人類に共通して存在する無意識的領域
個人的無意識と集合的無意識
ユングはさらに、個人的無意識と集合的無意識ははっきりと分かれているのではなく、次のような連続体を成していると考えました。
①意識の方向に沿っていないため、意識から零れ落ちた素材 |
➁個人的な過去の記憶の断片 |
③微弱なため無意識の中に取り残された要素 |
④十分な閾値に達していない空想の混合物 |
⑤人間精神医受け継がれてきた構造的な痕跡 |
※①に行くほど個人的無意識が、⑤に行くほど集合的無意識の要素が強くなる
それぞれの人には個性があり、その個性は意識の方向性から導かれます。
例えば、優しい性格の人を例に挙げてみましょう。優しいという個性は適応的であり、他者を攻撃しない、親切な行動をとるということ非常に望ましい特徴でしょう。
しかし、この優しいという意識の方向性が度を過ぎてしまい、優しすぎるがあまり自分の意見を言い出せないということにまで発展すればそれは不適応的に左右してしまいます。
そのため、優しいという意識から零れ落ちてしまった無意識の要素は不適応に陥らないよう意識をサポートするように働くことで、必要な場面で自分の意見を相手に伝えられるのです。
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ユングとフロイトの違い➁:リビドー
リビドーは人間の生活の原動力となるエネルギーのことです。
【フロイトとユングによるリビドーの捉え方の違い】
- フロイト:性的な欲求
- ユング:普遍的な心的エネルギー
フロイトによるリビドー
フロイトは人間のあらゆる活動・行動の原動力となるエネルギーであるリビドーを性的な欲求であると考えました。
そのように考えた理由は、自らの命には限りがあり、種の存続と繁栄により生物は自己を保存しようとすることが求められているため、生殖活動の根源となる性的な欲求こそが最も根源的であると考えたからです。
そして、そのリビドーを小児性欲として考え、それがどのように発達していくのかを理論化していくことでフロイトは性発達理論を提唱しました。
各段階には、それぞれの身体部位にリビドーが集中し、発達において直面する課題に失敗してしまうとその段階に固着が生じ、その人らしさや人格が形成されていくと考えたのです。
ユングによるリビドー
ユングは、フロイトの性欲的リビドーにも懐疑的でした。
確かに性的活動も生物にとって重要な活動なことに変わりありませんが、ユングはそれだけが生命活動を支えているとは考えていなかったのです。
そして、改めて人間が生きるために必要な根源的な生命力そのものに注目し、リビドーを普遍的な精神的エネルギーと考えたのです。
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ユングとフロイトの違い③:治療
精神分析では、社会不適応や精神疾患の治療においても、無意識の作用を重視した治療理論を展開します。
それでは、両者の治療においてどのような違いがあるのでしょうか。
【フロイトとユングの治療論の違い】
- フロイト:無意識に排除された内容の意識への統合
- ユング:意識と無意識の交流
フロイトによる治療論
フロイトは無意識には意識に入ることを拒絶された、本人に望ましくない心的要素があると考えていました。
フロイトによる神経症の説明
フロイトの考える神経症の発生機序では、まず、リビドーの各発達段階のいずれかにおいて、発達課題を失敗し、その時期に訪れる心理的な葛藤を対処するための方法に固執します。(これを発達段階への固着と言います)
こうすることで発達早期の心理的な葛藤や望ましくない欲求、感情はなんとか無意識に抑え込まれ、発達の危機を乗り越えることが出来るのですが、無意識の中にある葛藤などは消化されることなくそのまま抑え込まれています。
そして、成長後に何らかの強いストレスがかかると、固着が生じている時期に特有の防衛が過度に生じてしまうことによって、神経症の症状が引き起こされると考えたのです。
治療と具体例
例えば、2歳頃の幼児はトイレトレーニングが主な発達課題となり、リビドーが肛門に集中しています。
そして、一人でトイレに行けるよう親から躾を受けるのですが、親の言う通りトイレできちんと済ませ親を喜ばせたいと思う反面、躾を行う親に対して反抗し、攻撃欲求を持つという葛藤が生じます。
そして、不適切なしつけを受けることによって、攻撃欲求をうまく抑え込めないために、隔離や反動形成といった防衛を行う癖がついてしまい、大人になって「鍵はきちんと閉めてあるのだろうか」という強迫観念や確認をする強迫行為が止まらなくなると考えるのです。
このように、そこでクライエントの会話の中で現れる内容に解釈を行い、無意識の中に閉じ込められている、意識から排除された記憶や欲求を意識へ統合させることによって、過度な防衛が消失し、神経症の症状がおさまると考えたのです。
ユングによる治療論
ユングはフロイトと異なり、無意識は意識をサポートする存在であり、無意識にある内容は意識から排除された望ましくないものではないと考えています。
そして、フロイトの神経症の発生機序において重要な過去の発達過程における問題が原因だとするならば、なぜ今神経症の症状が引き起こされたのかを説明できないと批判したのです。
ユングによる神経症の説明
ユングは神経症とは生きるうえで多くの人が直面する本来的な苦悩であり、意識から無視されている無意識的な内容が意識に語り掛けている内容だと考えました。
意識はある方向性を持って働くことはユングの無意識の捉え方の説明の際に触れましたが、これが無意識を無視するほど過度に働くことによって現在の環境に適応できなくなり神経症が生じるのです。
そのため、ユングの神経症の治療では、意識と無意識の交流が健全になるように治療者が関わるのです。
ユングとフロイトの違いについて学べる本
ユングとフロイトの違いについて学べる本をまとめました。
初学者の方でも手に取りやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみて下さい。
フロイトとユング (講談社学術文庫)
フロイトとユングの考えの違いは取り上げられることの多いテーマですが、二人の生い立ちにまで触れているものはそこまで多くありません。
精神分析を代表する有名な学者の生い立ちから学び、それがどのように二人の考えの違いに繋がっていったのか考察してみるのも面白いでしょう。
30分でわかる!フロイト、ユング、アドラーの心理学
フロイトの理論、ユングの理論は非常に難解で、いきなりその全てを学ぼうとすると挫折してしまいかねません。
そんな時は短時間でも彼らの理論の概要を学べる入門書から入ってみるのが良いでしょう。
学者の理論的相違がもたらすもの
精神分析の創始者であり絶対的な権威であったフロイトに異を唱えるユングの主張は臨床心理学の発展に寄与する別の視点をもたらしました。
もし、フロイトの理論のみであれば、無意識の一面的な機能にしかフォーカスが当たらず今のような発展を遂げていないかもしれません。
ぜひこれからも様々な学者の理論に触れ、学びを深めていきましょう。
【参考文献】
- 馬場禮子(2016)『精神分析的人格理論の基礎―心理療法を始める前に (改訂)』岩崎学術出版
- 吉川眞理(2011)『ユングによるパーソナリティ理論再考 : 自然のダイナミズムを手がかりとして』人文 (10), 103-118
- 皆本麻実(2015)『遊びの神経症』京都大学大学院教育学研究科紀要 (61), 65-77