現代社会においてストレスと密接なかかわりを持つ適応障害は多くの人にとって身近な精神障害であると言えます。
それでは適応障害の診断にはどのような基準があるのでしょうか。適応障害ととよく似たうつ病との鑑別におけるチェック項目や診断書をもらえるのは何科なのか、使える保険についても解説していきます。
目次
適応障害とは
適応障害とは、心理社会的ストレスによって気分の不調や不適応行動が生じてしまう精神障害です。
米国精神医学会の発行する精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)では、適応障害とは次のように定義される精神障害であるとされます。
はっきりと確認できるストレス因子により、3か月以上にわたり社会的機能が著しく障害されているもののうち、他の精神障害の基準を満たしていないもの
出典:American Psychiatric Association(高橋三郎・大野裕監訳)(2014)『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院
適応障害は、抑うつ気分、いらだち、睡眠障害、食欲減退、意欲・活動性の低下など、心理・生理・行動面など多彩な症状を示しますが、それらの症状の原因がはっきりとしたストレスによって引き起こされており、3か月以上持続しているために社会生活を送ることに支障をきたしているものであると言えます。
適応障害の診断基準
それでは適応障害と診断をするうえで、どのような診断基準が設けられているのでしょうか。
今回は、心理臨床の現場で用いられることの多い米国精神医学会によるDSM-5の診断基準をご紹介します。
【DSM-5による適応障害の診断基準】
A. はっきりと確認できるストレス因に反応して、そのストレス因の始まりから3か月以内に情動面または行動面の症状が出現
B.これらの症状や行動は臨床的に意味のあるもので、それは以下のうち1つまたは両方の証拠がある。
(1)症状の重症度や表現型に影響を与えうる外的文脈や文化的要因を考慮に入れても、そのストレス因に不釣り合いな程度や強度をもつ著しい苦痛
(2)社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の重大な障害C.そのストレス関連障害は他の精神疾患の基準を満たしていないし、すでに存在している精神疾患の単なる悪化でもない
D.その症状は正常の死別反応を示すものではない
E.そのストレス因、またはその結果がひとたび終結すると、症状がその後さらに6か月以上持続することはない
出典:American Psychiatric Association(高橋三郎・大野裕監訳)(2014)『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院
まずは診断基準を上から見ていきましょう。
診断基準A
診断基準Aでははっきりと確認できるストレス因により3か月以内に感情や行動面での症状が現れるというものです。
明確なストレスとは、例えば「4月に部署の異動があり、新しく上司となった人からパワハラを受けている」などの自身がストレスに感じている出来事のことを指します。
このように適応障害を診断するうえで、原因となるストレスがなんであるのかをしっかりと特定する必要があるのです。
診断基準B
次に、診断基準Bです。
私たちは、ストレスを受けると一時的に心身に不調をきたすことは日常的にあり、それはストレス反応と呼ばれています。
例えば、「仕事の重要なプレゼンの前日にイライラしがちで、よく眠れない」、「仕事上でミスをしてしまい、憂鬱な気分になった」などは誰しもが経験することでしょう。
しかし、たいていの場合、それほど長期間持続しなかったり、生活に支障をきたすほど悪化するものではなく、乗り越えられるケースが多いでしょう。
しかし、症状があまりにも強かったり、それにより社会生活を送るのが困難なレベルにまで悪化していると適応障害の要件を満たすのです。
診断基準C・D
適応障害は他の精神障害と併存しません。
例えば、統合失調症を発症し、かつ適応障害も発症している状態などはありえないということです。
伝統的な精神疾患の診断では、病理の深さで精神疾患を分類していました。
その中では、病理の深い精神障害(統合失調症やうつ病、パーソナリティ障害など)には、病理の浅い精神障害の症状が表れても不思議ではないという前提があります。
特に、他の精神障害を患っている状態というのは社会適応に支障をきたし、症状によって苦しんでいる非常にストレスフルな状況です。そのため、ストレスによって症状を呈する病理の浅い適応障害のような症状が表れても何も不思議ではないのです。
また、日常生活において強いストレス反応を引き起こすイベントとしては親しい人の死別が挙げられます。
大事な人を亡くした際に強いショックを受け、憂鬱気分や意欲の低下、睡眠障害が起こることはむしろ自然なことだと考えられているのです。
もちろん、このような症状があまりにも強く、持続する場合には適応障害となりうる場合もありますが、死別反応による社会不適応は複雑性悲嘆と呼ばれる別の精神障害に該当することもあるため、別途鑑別診断を行う必要があるでしょう。
診断基準E
適応障害は明確なストレスにさらされることによってストレス反応を呈している状態です。
そのため、症状の原因となるストレスから離れることで比較的短期間で症状が消失することが大きな特徴です。
むしろ、ストレス因から距離をとっても一向に症状が消失しない場合は、ストレスが原因であるとは言い難く、別の精神障害である可能性が高いと考えるべきでしょう。
適応障害とうつ病鑑別のためのチェック項目
適応障害の診断において混同してはいけないのがうつ病です。
よく、職場のストレスによりうつ病になったなどの話を耳にしますが、このうつ病と呼ばれるもののなかには適応障害のような心因性うつが含まれていると考えられます。
うつ病とは、抑うつ気分、意欲の低下、睡眠障害など適応障害とよく似た症状を呈する精神障害ですが、うつ病は精神病圏と呼ばれる病理の深い(症状が重篤、治療による予後の悪さが深刻)精神障害であり、適応障害との治療アプローチも異なってくるため、しっかりと鑑別診断を行うことが欠かせません。
一般的に言われていることですが、内因性うつ病と適応障害(心因性うつ)には次のような違いがあることが指摘されています。
【適応障害とうつ病の違い】
内因性うつ病 | 適応障害(心因性うつ) | |
発症年齢 | 中年・初老に多い | 若年層に多い |
日内変動 | あり(朝悪く、夕方に改善) | 規則性なし(気分屋) |
睡眠障害 | 必発 | 必ずしもない |
責任の方向 | 自責的(自分が悪い) | 他責的(周りが悪い) |
他者依存性 | まれ | しばしば |
発病前の適応性 | 非常に良い | あまりよくない |
性格 | メランコリー親和型性格 | わがまま、利己的 |
抗うつ薬への反応 | 比較的良好 | 必ずしも良くない |
休養中の態度 | 真面目 | 休養を楽しむ |
適応障害の診断書をもらえるのは何科?
適応障害の診断基準を今回ご紹介していますが、正式に精神障害であると診断できるのは医師のみであり、一般人が誰でも好き勝手に診断を行ってよいわけではありません。
そのため、適応障害の診断書をもらうのは、心理的な不調を取り扱っている精神科や心療内科といった医療機関を受診するようにしましょう。
適応障害となった時に使える保険
適応障害となった時、休職したり、退職を余儀なくされるケースも考えられるため、その際の経済的な補償を受けることは非常に重要でしょう。
職場のストレスにより適応障害を発症する場合、労災保険を申請することが可能です。
労災保険は、労働時間や雇用形態によらず、労働者全員が対象となる保険であり、適応障害など労働により(業務中・通勤途中)起きた事故によって起きたケガや病気などを補償するための保険です。
労災保険は必要な書類を労働基準監督署へ申請することによって受給することができるため、興味のある方は労災保険について詳しく調べてみることをお勧めします。
適応障害の診断ついて学べる本
適応障害の診断について学べる本をまとめました。
初学者の方でも読み進めやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル
米国精神医学会が発行している精神障害の診断マニュアルの最新版です。
もちろん適応障害の診断基準も掲載されており、様々な精神障害の症状についても目を通すことができるため、適応障害とは他の精神障害と違ってどのような特徴を持っているのか、診断を行ううえでどのようなことに気を付けなければいけないのかについて学ぶことができるでしょう。
「適応障害」って、どんな病気?: 正しい理解と治療法 (心のお医者さんに聞いてみよう)
適応障害の診断について学ぶためには、まず適応障害がどのような精神障害であるのかを正しく理解することは欠かせません。
また、診断を行うことは、適応障害への対応においてゴールではなく、適切な治療を行うための手段に過ぎないのです。
ぜひ本書で、診断を行う対象となる適応障害への理解を深め、診断を下した後はどのようなアプローチで治療を行うのかについて学びましょう。
ストレスによって発症する適応障害
適応障害は明確なストレスによって発症し、社会適応に支障をきたす精神障害です。
この特徴は診断を行ううえで重要なポイントとなりますが、何よりも大切なのは他の精神障害としっかりと鑑別診断を行うことです。
そのため、様々な精神障害について詳しく学び、適応障害との違いについてこれからも詳しく学んでいきましょう。
【参考文献】
- American Psychiatric Association(高橋三郎・大野裕監訳)(2014)『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院
- 笹野友寿・木村昌幹・櫛田寿量・野木渡・渡辺昌祐(1987)『神経症性うつ病の鑑別点』
- 平島奈津子(2018)『第113回日本精神神経学会学術総会 教育講演 適応障害の診断と治療 』 精神神経学雑誌 120 (6), 514-520