怒りっぽい性格や優しい性格のように、私たちは日常的に性格という言葉を使います。そして、その性格があまりにも偏っているために社会不適応を呈してしまう精神障害をパーソナリティ障害と呼びます。
今回はその中でも境界性パーソナリティ障害を取り上げます。境界性パーソナリティ障害とはいったいどのような精神障害なのでしょうか。その原因や症状と診断基準、治療法や接し方などについてご紹介します。
目次
境界性パーソナリティ障害とは
境界性パーソナリティー障害とは、物事の捉え方や考え方が著しく偏っており、感情や衝動のコントロールがうまくいかないために対人関係において重篤な支障をきたすパーソナリティ障害です。
DSM-5では、パーソナリティの偏りにより社会不適応に陥るパーソナリティ障害群の中でも、「周囲の人を巻き込んで、対人関係に大きな問題を抱えやすい」B群パーソナリティ障害に属しています。
人格による精神障害の分類
現代用いられることの多いDSMなどの客観的な診断基準は、表に現れた症状から精神障害の分類を行おうとする症候論に基づいています。
しかし、精神医学の分野では今でも、精神障害の原因から精神障害を分類し、その病態を捉えようとする伝統的な病因論の有用性が重視されています。
病因論では、精神障害の原因を次のように分類します。
- 外因性精神障害:身体の器質的な異常により精神症状が生じる
- 内因性精神障害:現代の医学では明確な原因が特定できない
- 心因性精神障害:ストレスや内的葛藤などの心理的要因により精神症状が生じる
このような病因論による精神障害の分類は、精神障害を特定することができれば、その原因に対して有効な治療法を選択することでより良い治療を行うことができるでしょう。
例えば、妄想がみられるという外側から見られる症状から安直に統合失調症だと考え、治療を行ったとしても、それが薬物の接種による副作用として幻覚妄想生じているのだすればその治療は全く見当はずれなものとなってしまいます。
このように精神医学の現場では非常に重視されている病因論に当てはまらない精神障害群として代表的なのがパーソナリティ障害です。
パーソナリティ障害の分類
そもそも、パーソナリティ(人格)は、生まれつきの性格や素質的なもの(これを気質と呼びます)と、誕生後に環境や加齢などの影響を受け変化していくもののため、遺伝的な影響も環境からの影響も受けるものであり、パーソナリティに起因する精神障害の明確な原因というものはありません。
そのため、パーソナリティ障害は統計的な偏り、つまり正規分布の端に位置する珍しい、変わった性格の持ち主において、社会不適応を引き起こしているものをパーソナリティ障害として分類するのです。
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境界性パーソナリティ障害の特徴
境界性パーソナリティ障害は物事の捉え方が著しく偏り、感情や衝動性のコントロールが難しいという特徴を持っています。
私たちは、程度の差はあれ物事には良い面も悪い面もあると受け入れることができますし、何か悪いことが起こったため感情的になったとしても、暴力をふるったり、自傷行為に及ぶような衝動的な行動を起こすことはありません。
そのような性格面に著しい偏りがみられる精神障害が境界性パーソナリティ障害なのです。
境界性パーソナリティー障害の原因
精神障害の原因の多くは、遺伝的要因と環境的要因が相互に影響し合うという見方がなされていますが、境界性パーソナリティ障害は遺伝的要因による影響はそれほど強くないのではないかと考えられています。
境界性パーソナリティ障害の明確な原因は現代の科学においても解明されていませんが、古くから幼児期の心的外傷体験や不適切な養育を受けていたことが発症に関連していると指摘されてきました。
境界性パーソナリティ障害患者の多くは、幼児期に身体的虐待や性的虐待、親の離婚や死別などを経験しているとされます。
このことによって、重要な養育者との信頼関係である愛着の形成が歪んだものとなり、その結果として、歪んだ認知や感情コントロールの不全といった特徴的な症状が現れると考えられているのです。
境界性パーソナリティー障害の症状
境界性パーソナリティ障害の特徴は感情の揺れ動きの大きさと衝動性にあります。それではこのような特徴はどのようなメカニズムで生じるのでしょうか。
古くから境界性パーソナリティ障害は、防衛機制の特徴によって理解されてきました。防衛機制はフロイト,Sやその娘のフロイト,Aによるものが有名ですが、これらは成熟した神経症水準の患者もしくは健常者が用いている防衛機制です。
それよりもさらに病理の深い境界性パーソナリティ障害では「原始的防衛機制」という、強力な防衛ができるが、その副作用も大きい対処法を用いています。
境界性パーソナリティ障害における原始的防衛
境界性パーソナリティ障害の症状を特徴づける原始的防衛が「分裂」と「投影同一化」です。
分裂とは
自分や他者を含む「人」や「物事」には必ず良い面も悪い面もあり、それらを私たちは受容しながら生きています。
しかし、未成熟な防衛である分裂が良く用いられている乳幼児期は、そのような自我の強さを持ち合わせていないため、1つのことの良い面と悪い面を切り離す、分裂させることで解決しようとします。(良いものは全て良い=全肯定、悪いものはすべて悪い=全否定)
これは自分に対してもそうであり、自分の良い面と悪い面を切り離してしまうため、良い自分を意識できているときはすべてが素晴らしく、そして悪い自分を意識したときは強く落ち込み、自己価値が低下するといった、まるで2つの人格が交互に現れてきます。
投影同一化とは
上記のことにより自分のこころが一貫性を持てず、同一性が障害されるため、感情が不安定で、自分という実感を持てない空虚感を抱きます。
そして、そのような部分となった自分の一部を、相手の持つ特徴だとすり替え(投影)、その特徴を自分に取り入れる(同一化)ことを投影同一視と呼びます。
境界性パーソナリティ障害での現れ方
境界性パーソナリティ障害では、分裂させた自分の良い面を相手に投影し、相手はとても素晴らしい人だと過度な理想化を行います。しかし、ひとたび相手に投影した理想が裏切られると、今度は自分の悪い面を投影し、まるで別人かのように相手を攻撃するのです。
このようなメカニズムにより、急激かつ不安定な対人関係様式が形成され、周囲を巻き込んでいくのです。
境界性パーソナリティー障害の治療法と接し方
境界性パーソナリティ障害の治療には薬物療法や心理療法が用いられます。
薬物療法
境界性パーソナリティ障害は、その自己像の揺れ動きの大きさから、ひとたび機嫌がよく相手を理想化するかと思えば、急激に気分が落ち込み、強い抑うつ状態に陥ることがあります。
そのため、抑うつ症状がみられた場合は、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という抗うつ薬を投与するというのが基本的な方針です。
また、慢性的な空虚感を抱き、見捨てられることに強い不安を抱きますが、抗不安薬によって不安に対処しようとすると、抗不安薬の作用により衝動性の抑制が抑えられてしまうおそれがあるため、抗不安薬の使用は避けるべきです。
心理療法
境界性パーソナリティ障害へ有効な心理療法として近年注目されているのが弁証的行動療法と呼ばれる技法です。
境界性パーソナリティ障害は感情の揺れ動きがとても大きい、つまり感情調節の困難さを抱えている精神障害ですが、弁証的行動療法では、日常生活におけるクライエントの困りや不安などを受け止めるカウンセリングと並行しながら、次のようなスキルの獲得を目指します。
【弁証的行動療法で学ぶスキル】
- マインドフルネス・スキル
- 苦痛耐性スキル
- 対人関係スキル
- 感情調節スキル
入院治療
境界性パーソナリティ障害では、自己像の揺れ動きの大きさと衝動性により、何か嫌なことがあったら自分は無価値だと思い、自傷行為や自殺企図を引き起こす恐れがあります。
このような生命の危険があるときには、入院治療を行うことも検討しましょう。
ただし、望まない入院では、本人の十分な保護が行えないため、家族の理解と共に患者本人の入院への動機づけを高め、病院内の生活で基本的な生活習慣を整え、段階的に人間関係を築いていけるよう支えることが重要となります。
境界性パーソナリティー障害の歴史
境界性パーソナリティ障害は1950年代から精神医学の領域で注目を集めていた概念です。
当時の精神医学の分野では、精神病と呼ばれる重篤な精神症状を示す疾患と神経症と呼ばれる内的な葛藤によって症状を示す疾患の2つが主流でした。
しかし、1953年、ナイト,R.P.によって、病理の深い精神病と比較的病理の浅い神経症との間に位置するという境界である精神疾患の存在に焦点が当たるようになります。
ナイトによる境界例概念の提唱
ナイトは、神経症か精神病かという2分法による古典的な診断学では、治療に限界があると指摘して、当時発展していた精神分析の一学派である自我心理学に基づき、自我機能の状態の評価によって境界例概念を提唱しました。
基本的に神経症は無意識における何らかの葛藤が原因であるため、精神分析によりその葛藤を言語化することにより症状の消失を狙います。
これに対し、精神病は心的要因が発症に関わっているという見方はなされないため、精神医学の分野において入院や投薬など医学的な処置がなされるのです。
ナイトは、神経症のような症状を示したかと思えば、時には精神病のような症状も見られる境界状態を自我の機能の低下が神経症レベルと精神病レベルの間を行ったり来たりするものであり、自我機能の安定を図ることで症状を抑えられるであろうと考えました。
このような背景から境界例は主に精神分析の領域において、その病態理解が進められます。
カーンバーグによる境界人格構造論
その後も、境界例が精神病と神経症という疾患概念の存在がある中でどこに位置づけるべきかという議論は進められていましたが、1967年にカーンバーグ,O.が境界人格構造論を提唱したことで、一気に境界例と呼ばれる人の人格構造に焦点が当たります。
この理論では、人格の発達に次の三つの人格構造があるとします。
- 精神病的人格構造
- 境界人格構造
- 神経症的人格構造
この区別は次の3つの指標からなされます。
- 同一性統制度
自己の記憶や思考、認知などのこころの諸機能が一貫性をもち、自分の人格が1つのまとまりをもって機能しているかの度合い - 防衛操作
欲求不満や内的葛藤などに対し、成熟した防衛機制を用いているか、それとも未成熟な原始的防衛を用いているか - 現実検討能力
現実を正しく把握し、自我境界(自分とそれ以外の境界性)がはっきりと確立されているか
これらの指標において、正常である神経症水準と病理の深い精神病水準の間に位置するのが境界例であり、現実検討が全く失われているわけではないが、自他の区別や同一性おぼろげで不安定なるときがあり、嫌なことに対して過度な未成熟の防衛を用いて対処する人格構造であると指摘されたのです。
境界性パーソナリティ障害への変更
このように、自我機能や防衛機制など精神分析観点から理解されていた境界例ですが、1980年に米国精神医学会が発行したDSM-Ⅲによって人格障害という概念が提唱され、境界例に対する理解は無意識的なこころの働きではなく、実際に現れた症状から捉えられるようになりました。
そして、DSM-Ⅳへと改訂がなされる際に、人格という言葉が人格者のような人としての道徳性を反映するニュアンスを持っており、その人格に問題があるという診断名は社会的な偏見を招きかねないとして境界性パーソナリティ障害と名称変更がなされ現在に至ります。
境界性パーソナリティー障害について学べる本
境界性パーソナリティー障害について学べる本をまとめました。
境界性パーソナリティ障害の人の気持ちがわかる本 (こころライブラリーイラスト版)
境界性パーソナリティ障害は、周囲の人を巻き込み、自傷行為や自殺企図など重篤な症状を引き起こすため、受け止めることが非常に難しい精神障害の一つです。
そのような、激しく良いと悪いという両極的な自己や他者のイメージを揺れ動く人はどのような気持ちを抱えているのでしょうか。
ぜひ本書を手に取り、境界性パーソナリティー障害の人の気持ちについて理解しましょう。
境界性パーソナリティ障害の弁証法的行動療法:DBTによるBPDの治療
感情の調節、衝動性の抑制に困難を抱えている境界性パーソナリティ患者に有効なのが、弁証的行動療法です。
それでは弁証的行動療法とは実際にどのような流れで行われるのでしょうか。
本書から弁証的行動療法の全体像を掴みましょう。
必要に応じた処置が求められます
境界性パーソナリティ障害は、その気分の移り変わりやすさ、衝動性の面から自殺企図が最も懸念されます。
そのような緊急時には薬物療法や心理療法などでは間に合わないため、場合によっては緊急入院などの処置も必要かもしれません。
何よりもクライエントの安全を重視し、その時に最良の処置を行うためには、クライエントの状態像を正確につかむことが何よりも大切なのです。
【参考文献】
- 小片富美子(2005)『境界例(BPD)の歴史と臨床』長野大学紀要 27(1), 1-5
- 遊佐安一郎・宮城整・松野航大・井合真海子・片山皓絵・成瀬麻夕(2019)『感情調節困難の家族心理教育 : 境界性パーソナリティ障害,神経発達障害,摂食障害,物質関連障害,双極性障害などで感情調節が困難な人の家族のために (特集 今必要な精神医療における家族支援 : 家族への心理教育を軸として)』精神神経学雑誌 = Psychiatria et neurologia Japonica 121(2), 131-138
- 野崎泰伸(2014)『境界性パーソナリティ障害の障害学』現代生命哲学研究 (3), 15-30
- American Psychiatric Association(高橋三郎・大野裕監訳)(2014)『DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院