犯罪が起こらないに越したことはありませんが、残念ながら日々犯罪が発生しています。こうした中、犯罪の起こりにくい安心・安全な社会を目指して、心理学の観点から犯罪予防に関する研究が行われています。
今回は、犯罪予防を目的とした理論である「割れ窓理論」について紹介します。
割れ窓理論においては、1枚の割れた窓ガラスを放置することが、犯罪増加につながると考えられており、犯罪が起こりやすい環境を除去することで犯罪を防止することの重要性を示しています。
理論への批判もありますが、1つの違反を放置しないといった考え方は教育や経営など幅広い分野で活用されています。今回は、割れ窓理論について、ディズニーランドをはじめ様々な活用事例を用いながら解説します。
目次
割れ窓理論とは
割れ窓理論とは、アメリカの犯罪学者ケリングが提唱した理論であり、1枚の窓ガラスが割られている状態を放置していると、やがて他の窓ガラスも割られていき、次第に街全体が荒廃、犯罪が増加すると言われています。
割れ窓から犯罪増加に至るプロセスについては以下のように考えられています。
割られた窓がそのままに放置されていると、誰も気にしていないから良いだろうといった窓を割ることへの心理的な抵抗感や罪悪感が薄れ、他の窓も割られるようになっていきます。
そして、この場所は誰も注意を払っていないとの認識が持たれるようになり、その場所で軽犯罪(ごみの不法投棄、落書きなど)が頻発するようになり、重大な犯罪が起こる可能性も高まります。
そうした状況下、元の住民がその地域を去り始め、他の地域から犯罪者が流入するようになり、結果として街の荒廃化、犯罪化が進行するといった経過を辿ります。
つまり、1枚の割れ窓を放置しないこと、小さな不正や犯罪を放置せずに取り締まることが、街の犯罪化や荒廃化を防ぐために重要であることを説いている理論と言えます。
割れ窓理論の事例・具体例
割れ窓理論を活用し、犯罪の減少に成功したのがニューヨーク市の事例です。
1970~80年代と凶悪犯罪が多発していたニューヨーク市において、1994年に就任したジュリアーニ市長が割れ窓理論を実践しました。
具体的には、警察職員を増員し、落書きを徹底的に消し、軽犯罪の取り締まりを強化しました。こうした取り組みを続けることで殺人や強盗などの犯罪が大幅に減少し、治安が良化したと言われています。
日本での事例としては足立区の「ビューティフル・ウィンドウズ運動」が挙げられます。
警察や関連団体、地域住民が連携して、迷惑喫煙防止パトロールの実施や自転車盗難の減少を狙って無施錠自転車へ錠の取り付けるキャンペーンの展開がなされました。
その結果、犯罪件数は減少し、都内で治安が悪いという評価を変えることにつながりました。これも小さい違反を取り締まることで犯罪を抑止するといった割れ窓理論に基づいた事例と言えます。
割れ窓理論に関する心理学研究・論文
上記の事例に加えて、(オンラインで閲覧可能な)割れ窓理論に関する研究や論文についてもいくつか紹介します。
地域安全マップ(犯罪が起こりやすい場所を示した地図)の考案者であり、日本において防犯対策の第一人者とも言える小宮信夫の論文であり、イギリスにおける割れ窓理論を取り入れた防犯対策が紹介されています。
割れ窓理論によって、地域住民の縄張意識や当事者意識を向上させることの重要性、そのための仕組みづくりについてなどが考察されています。
後述しますが、割れ窓理論に対する批判も少なからず存在しています。
何を割れ窓とみなすのか、割れ窓を取り締まることは高リスク者を都市の外部へと押し出すことに過ぎず、リスクの拡散・沈底ではないかなど、割れ窓理論の抱える問題点について考察されています。
割れ窓理論への批判
割れ窓理論が犯罪予防の効果が示されている一方で、割れ窓理論への批判として、犯罪の低下は割れ窓理論の効果ではなく、他の要因によるところも大きいのではないかとの指摘があります。
先ほどのニューヨーク市の例を挙げると、他の都市においても犯罪が減少しているとして取り組みそのものへの効果が疑問視されています。
犯罪減少や治安改善には、景気回復や失業率低下、若年人口の減少などの要因も考えられるとして、割れ窓理論の実践による効果であるとは言えないとの見方もされています。
割れ窓理論の応用
犯罪の予防を目的とした割れ窓理論ですが、様々な分野でその考え方が応用されています。
ディズニーランドの事例
ディズニーランドにおいても割れ窓理論に基づいた取り組みが行われています。
実際に行ったことがある方はお感じになったかもしれませんが、園内にゴミが落ちていないと言われています。これは従業員が清掃を徹底しており、ゴミが落ちていない状態を維持しているためです。
割れ窓理論に当てはめると、ゴミが落ちている状態が放置されていると、心理的な罪悪感が薄れてしまい、自分も捨てても良いかとポイ捨てが発生しやすくなると考えられます。
ポイ捨てが増えていくに伴って、次第に来客者のマナー違反が多発するようになり、園内の秩序が崩れてしまうことが懸念されます。
こうした考えから、清掃を徹底して綺麗な環境を維持することによって、来客者が心地良く過ごせるようになるだけでなく、来客者のマナーを向上させることにつながっているとされています。
教育場面での活用
教育場面でも、小さいルール違反や問題を見逃さないことが重要であるという点において、割れ窓理論が応用されています。
掲示物が剥がれている、壁に落書きがあるような環境を放置していると、次第にモラルが低下し、学校の備品や建物が壊される可能性もあります。
そのため、小さなルール違反であってもすぐに取り締まることによって、学校内の雰囲気やモラルの低下を予防し、大きな問題へ発展するのを防ぐことが重要と考えられています。
また、いじめ問題においても同様です。生徒のちょっとした意地悪な言動が見られたときでも、放置することなく取り締まることで、いじめへと発展するのを防ぐことにつながるとされています。
割れ窓理論について学べる本
最後に、割れ窓理論について詳しく学ぶ上で参考になる書籍を紹介します。
割れ窓理論の提唱者であるケリングの書著であり、本文でも紹介したニューヨークにおける活用事例を踏まえて、割れ窓理論について丁寧に解説されています。割れ窓理論とは何かについて、正しく理解できる1冊です。
割れ窓理論を含む、犯罪の機会を与えないことで犯罪を未然に防止しようと考える「犯罪機会論」の視点から、犯罪の原因や防犯対策について分かりやすくまとめられている1冊です。
小さな乱れを放置しないことが大切です
割れ窓理論は犯罪予防として提唱されたものですが、小さな乱れを放置していると、それが常態化して大きな問題へとつながるとの考えは日常生活の様々な場面で活用できます。
自室の掃除にしても、未整理なものが放置されていると、このくらい良いかと抵抗感が薄れて次々に散らかしていくうちに、部屋が荒れてしまうことが懸念されます。
対人関係においても、挨拶をおざなりにしたり、言葉遣いに気を配らないようなコミュニケーションを積み重なるうちに、不適切な対応を取って相手を傷つけてしまう危険性もあります。
みなさまの仕事や日常生活をより良くするヒントとなる考え方であると思いますので、是非活用されてみてください。
参考文献
内山絢子 著(2015)『面白いほどよくわかる犯罪心理学』西東社
小宮信夫 著(2013)『犯罪は予測できる』新潮新書
小宮信夫(2005)『イギリスにおける地域安全の確保:割れ窓理論を中心に』都市住宅学 (48)25-30
山本奈生(2007)『リスク社会と「割れ窓理論」』佛大社会学 (31) 81-85