生まれたばかりの乳幼児はすぐに言葉を話すことはできません。徐々に周囲から聞こえる音を吸収し、自分も言葉を発しようとチャレンジしていくことで私たちが日常的に使っている話し言葉を獲得するのです。
今回は言語獲得の初期段階にあたるクーイングを取り上げます。クーイングとはどのようなもので、いつから出現するものなのでしょうか。喃語への移行過程はどのようになっているのでしょうか。
なかなかクーイングが表れないときに自閉症などの発達障害が疑われるかどうかについても解説していきます。
目次
クーイングとは
クーイングとは、舌が口蓋に近づいた地、接触したりすることによって子音が発生する声のことであり、「ぐー」や「くー」のような声をいろいろな高さ・長さで発し、まるで一人でしゃべっているかのように聞こえます。
クーイングは母音的音声に原初的な子音が伴って発声されるものであり、この時期の非反射的音声の約25%を占めます。
なお、乳児が心地よい状態にあるときによくみられることから「プレジャー・クライ(Pleasure cry)」とも呼ばれます。
クーイングはいつから表れる?
クーイングは生まれてからすぐにみられる発声であることが大きな特徴です。
おおむね、生後6週間から4か月頃になるとクーイングに特徴的な発声がみられるようになります。
こうして出現するクーイングですが、実はこのクーイングも発達に伴って変化が起こります。
生後8か月頃になると、異なるメロディーパターンを持ったクーイングが表れるようになるのです。
クーイングのパターン
またメロディーパターン以外にも、意図的に母親からの声掛けを抑制することでクーイングの間隔の短縮が生じ、逆に母親が応答的な声掛けをするとクーイングの間隔が拡大するという観察報告もあります。
私たちは言葉を話すときに、話す言語的な内容だけでなく、話すときの表情、声の大きさ、声のトーンなどを微妙に使い分けています。
これと同じように、クーイングも異なる伝達機能に即して意図的に使い分けられており、母親の音声によって促進的に作用すると解釈されているのです。
なお、語尾に向かって音が高くなっていくときは、他者からの応答を求める文脈で、語尾に向かって下がっていくときには、自分がとらえた物事を伝えようとする際に用いられていると考えられています。
子どもの言語獲得過程
人間の赤ちゃんは非常に未成熟な状態(生理的早産)で生まれてくることが知られており、生まれてからしばらくは私たちのように言葉を使ってコミュニケーションを行うことはできません。
しかし、実は赤ちゃんは生まれる前から外部の音や声を聴いており、周囲とコミュニケーションをとるための準備を進めているのです。
胎児期において受胎24週の時期には聴覚器官が完成しており、お母さんのお腹を通じて外部の音を聞いてるだけでなく、ほかの人と母親の声を聴き分けていると言われるほどです。
ただし、生まれて間もない子どもは口腔が狭く、そのほとんどが舌を占めており、口腔と鼻腔が分離されていません。そのため、生体の振動を伝えることができず、言語音を発することもできません。
そして、生後6週間頃になるとクーイングが見られ始め、生後4か月頃になると次の拡張期へと移行していきます。
拡張期
拡張期の段階は生後4か月から6か月頃までの時期が該当します。
はじめは原初的な子音しか発語できなかった乳児が、様々な種類の音声を発するようになることがこの時期の大きな特徴です。
そして、一人でいるときにも自発的に音声を発するようになることが多くなるために「声遊び」の時期とも呼ばれます。
この時期によく観察される音声には次のような種類が挙げられます。
- キーキーした甲高い声や裏声
- 大きな金切声
- 低いうなり声
- 吸気と呼気で出す音
- ささやき声
- 唇を勢いよく震わせる音
- 不完全な喃語
この時期は人間に特徴的な喉頭部の下降が生じ、乳児の声道は成人の声道へと近づいていきます。
これによって、音声の高低や声量の大小の調整が可能となり、子音と母音の構造が不明瞭な、不完全な喃語が出現するのです。
標準喃語期
標準喃語とは複数の音節をもち、子音と母音の構造がしっかりとわかる発語のことを指します。
このようなしっかりとした標準喃語はおよそ生後6か月頃10か月頃の間に表れるとされており、「バババ」や「ダダダ」のような子音+母音の語が連続して発話されます。
耳で聞いた言葉を繰り返す聴覚フィードバックが成立したことによってこの標準喃語は成立するとされ、同一の子音と母音を連続して繰り返すという特徴から反復性喃語などとも呼ばれます。
なお、この時期には明確に子どもが自分の意思で発生していることがわかるため、養育者は乳児が話し始めたと感じることができます。
非重複性の喃語期
標準喃語は同一の子音+母音を繰り返す意味を持たない言葉が発生されますが、生後11か月~12か月ごとには母音と子音が異なる非重複性の喃語が表れます。
例えば、「バブ」や「バダ」のような子音と構成の異なる母音を組み合わせた言葉が表れるのです。
このような段階を経て乳児の音声は発達し、やがて初語が出現します。
クーイングがなかなか出ないときは発達障害?
乳幼児の音声のスタートラインであるクーイングは通常1か月半から2か月ほどで出現しますが、なかなかクーイングが表れないという例もあるようです。
そのような場合、どのようなことが考えられるのでしょうか。
言語障害には様々な種類はあり、分類法も異なりますが、一般的には次のような種類が挙げられます。
【耳で聞いた特徴に基づく分類】
- 構音障害(調音の異常)
- 話し声の異常(音声障害)
- 話し言葉のリズムの異常(どもり、早口症など)
【ことばの発達という立場からの分類】
- 言語発達遅滞
【原因または伴っている病気】
- 口蓋裂に伴う言葉の異常
- 失語症
- 情緒的要因で話さない子ども(緘黙症・自閉症)
- 聴覚障害(難聴・聾)に伴う言葉の異常
- 脳性麻痺に伴う言葉の異常
クーイングと自閉症
子どもの言語障害において、情緒的な要因で言葉の発達に遅れがみられることがあるのが自閉症(自閉スペクトラム症)です。
自閉スペクトラム症とは、生まれながらの脳機能の障害により、次のような3つの特徴がみられる発達障害です。
【ウィングによる三つ組みの特徴】
- 社会的相互作用の障害:アイコンタクトなど非言語的なコミュニケーションが苦手
- コミュニケーションの障害:言語的なコミュニケーションが苦手
- 想像性の障害:興味関心の幅が限定される
自閉スペクトラム症では、個人差はあれ、おおむねこの3つの特徴がみられることにより、うまく人とコミュニケーションが取れず社会適応に支障をきたすということが問題となってきます。
クーイングと自閉スペクトラム症の関連
それでは、この自閉スペクトラム症とクーイングにはどのような関係があるのでしょうか。
クーイングはプレジャー・クライと呼ばれるように、乳幼児が快の状態にあるときに表出されやすく、メロディーパターンによって異なった伝達機能を使い分けられるという特徴があるのでした。
このような機能を促進するためには母親の存在が非常に重要な役割を果たします。
母親は乳幼児に対してマザリーズ(Motherese)と呼ばれる情緒的な語り掛けを行っており、これによってクーイングの随意的な発声の獲得が促進されると言われています。
しかし、自閉スペクトラム症児は社会的相互作用の障害により、母親と目を合わせるようなコミュニケーションの基盤となるものが欠落していたり、想像性の障害により母親に対し関心を向けないなどの情緒的な問題が生じる可能性があります。
そのため、いくら母親が情緒的に語り掛けたとしても、子どもがクーイングを発しないというケースも考えられるのです。
ただし、自閉スペクトラム症は個人差が大きく、クーイングを発しないから直ちに自閉スペクトラム症であるもしくはクーイングをするから自閉スペクトラム症ではないと考えてしまうのは時期尚早です。
なかなかクーイングが発されないからといって焦ることなく、子どもの成長を温かく見守ることが求められます。
クーイングについて学べる本
クーイングについて学べる本をまとめました。
初学者の方でも読み進めやすい入門書をまとめてみましたので、気になる本があればぜひ手に取ってみてください。
言語発達とその支援 (講座・臨床発達心理学)
クーイングは、乳幼児が初めて声を使って外部とコミュニケ―ションをとろうとする初めての試みなのです。
ぜひ、クーイングとはどのように表れ、その後子どもの言語発達が続いていくのかと健全な成長に有効な支援について学びましょう。
言語発達障害学 第3版 (標準言語聴覚障害学)
クーイングは乳児が発する音声の最も原初的なものであり、その後の正常な言語発達の基盤ともなるものです。
しかし、言語発達に障害がある子である場合はどのような経過をたどるのでしょうか。
初語の出が遅いなどによって直ちに障害が疑われるとは限りませんが、言語発達障害はどのようなものなのかについて知っておくことに損はありません。
ぜひ本書で言語発達障害について学びましょう。
子どもの発声を喜び、楽しみましょう
クーイングとして発する音声は、言葉といえるほど意味を伴ったものではなく、言語的なコミュニケーションを行うことが出来るのはまだ先の話です。
しかし、この時の乳幼児は身体や中枢神経系の発達によってできることがどんどんと増え、お腹の中で聞いていた母親の声を模倣しようとしたり、自分の身体で出来ることを楽しみながら試しているのです。
ぜひ、子どもの何気ない発達も共に喜び、楽しめるようになりましょう。
【参考文献】
- 前田綾子(2019)『子どもの言葉の獲得のプロセスと発語の時期に関する研究』 人間教育 2 (11), 263-268
- 正高信男(1996)『行動と知能 身体運動は言語獲得にどのような役割を果たすか』 日本ロボット学会誌 14 (4), 501-504
- 久留一郎(1981)『ことばと発達障害』鹿児島大学歯学部紀要 1 9-12