ここでは、自己中心性と脱中心化という、発達心理学者のピアジェが提唱した概念について述べていきます。まず、背景知識として、ピアジェの認知発達段階説について説明します。次に、自己中心性、脱中心化とは何か、各々の具体例にはどんなものがあるのか、といったことなどをお伝えしていきます。
目次
ピアジェの認知発達段階説
自己中心性と脱中心化は、ピアジェという発達心理学者が提唱した概念です。ピアジェは、子どもの思考の発達過程を系統立てて明らかにし、発達心理学の発展に大きく貢献しました。生涯で50冊以上の書籍と500本以上の論文を執筆し、多くの学者に影響を与えた人物です。
彼の理論は世界中で知られていますが、中でも有名な理論が、認知発達段階説です。1936年に提唱され、4段階から成っています。自己中心性や脱中心化も、この理論に含まれる概念ですので、まずは背景知識として、認知発達段階説について概説します。以下の表をご覧ください。
感覚運動期(おおよそ0歳~2歳) | 原始反射を使って外界に働きかける。単純な動作を試行錯誤しながら繰り返す循環反応が見られる。他に同化や調節なども重要。 |
前操作期(おおよそ2歳~7歳) | 自分の立場から見た関係は理解できるが、他者の見方が理解できない(自己中心性)。他に、アニミズム、保存の未獲得なども重要。 |
具体的操作期(おおよそ7歳~11歳) | 保存の概念が確立され、具体的な物事について論理的な思考が可能になる。また、他者の視点も理解できるようになる(脱中心化 )。 |
形式的操作期(おおよそ11歳~成人) | 抽象的な概念であっても、仮説を立て、論理的に思考することが可能になる。 |
表の左側に各段階の名称と対象となる年齢、右側にその特徴をまとめました。
表から、自己中心性は前操作期、脱中心化は具体的操作期に関係する概念であると分かります。これらの概念は、幼児期の子どもの特徴を説明していますので、子どもの養育に関わる(あるいは、関わろうとしている)方は、しっかり理解しておきたいところです。
ここまでを踏まえて、自己中心性と脱中心化について、以下で詳しく見ていきましょう。
※同化や保存の概念なども重要なキーワードですが、本記事では取り上げません。焦点がぼやけるのを避けるためです。
自己中心性とは
ここからは、自己中心性と脱中心化について説明していきます。まずは自己中心性から見ていきましょう。
自己中心性の意味・定義
自己中心性とは、自分と他人を明確に区別できず、他者の視点を理解できないことを指します。視点が自分あるいは1つに固定されていて、別の視点から見たり、他者の視点を想定したりすることがない状態です。
幼児期における自己中心性の具体例
自己中心性の具体例としては、後述する三つの山問題が有名ですが、ここでは別な例をご紹介します。
例えば、子どものお絵描きを見ると、太陽に顔が描いてある絵を描くことがあります。また、子どもが動物や人形に話しかける場面もよく見られます。これらは全て自己中心性の例で、アニミズムと呼ばれています。
アニミズムは、生物であれ無生物であれ、全て人間と同じように生き、考え、感じ、話すと考える説で、前述の表にある通り、前操作期の子どもに見られる特徴です。子どもが大好きな機関車トーマスや、しまじろうなどが好例です。
他の例としては、誰かと向かい合っているとき、自分の右手は自分から見て右側にあるため、相手の右手も、自分から見て右側にあると思ってしまうことが挙げられます。実際は、自分から見て左側に相手の右手があるのですが、自分の視点しか持っていないため、そのことが分からないのです。
自己中心性とわがまま、自己中心的の違い
自己中心性はピアジェの概念ですが、現代においても、似た言葉が存在します、わがままや、自己中心的(俗にいう自己中)がそうです。これら3つは同じ意味なのでしょうか。
結論から言うと、これらは全て別物として捉えるのが正しいです。こちらも表を用いて説明します。表の左側に言葉を、右側に意味を記します。
自己中心性 | 自分と他人を明確に区別できず、他者の視点を理解できないこと。 |
わがまま | 他人のことを考えず,自分の都合だけを考えて行動すること。 |
自己中心的(自己中) | 常に自分を中心にものごとを考えて、他人の都合は考えないこと。 |
まず、自己中心性とわがまま、自己中心的との違いは、他者の視点が理解できているかどうかが最大のポイントです。
わがままや自己中心的は、他者の視点は理解していて、そのうえで”自分さえ良ければ他人はどうでもいい”と考える訳です。対して自己中心性は、他者の視点を理解していないので、”他人がどう思っているか”という発想がそもそもありません。発達的に未熟だからです。ここに決定的な違いがあります。
また、ニュアンスによる違いも指摘されており、例えば廣澤ら(2018)は、自己中心性(自己中のこと)はややネガティブなニュアンスを含むのに対し、ピアジェの自己中心性は、特にネガティブなニュアンスは感じられないと述べています。
次に、わがままと自己中心的との違いです。一見すると同じように見えますが、こちらは実際に使う場面を想像すると、違いが分かります。
例えば小さい子どもを指して、”わがままな子”と評することはあっても、”自己中心的な子”と評することは余りないのではないでしょうか。つまり、わがままという言葉には、手を焼く、可愛げがあるという含みがあるわけです。自己中心的にそういった含みはありません。これが両者の違いです。
脱中心化とは
続いて脱中心化について見ていきます。流れは自己中心性と同じで、まずは定義から述べていきます。
脱中心化の意味・定義
脱中心化とは、自己中心性を脱し、他者の視点を理解できるようになることを言います。ピアジェの認知発達段階説では、具体的操作期に含まれる概念です。他者の視点を理解できるようになるため、例えばそれまで見られていたアニミズムは、消失するとピアジェは考えました。
脱中心化の具体例
脱中心化の具体例として、1つは前述したアニミズムの消失が挙げられます。ここでは別な例もご紹介します。
脱中心化が起こると、他者の視点を理解出来るようになります。つまり、客観的な物の見方が出来るようになるということです。ですから例えば会話の中で、「絶対」といった表現ではなく、「たぶん」や「~かもしれない」といった表現を使うようになります。
自分の見方が絶対的なものとは、必ずしも思わなくなってきているわけです。
また、自己中心性の例で挙げた右手の判断も、より正確に下せるようになります。
自己中心性・脱中心化と「三つの山問題」
自己中心性、脱中心化の例として非常に有名なものに、この三つの山問題があります。いったい、どのようなものなのでしょうか。
三つの山問題は、子どもの空間認知能力を調べるための実験です。ピアジェとインヘルダーによって、1948年に行われました。実験手続きは長尾(2007)に詳しいので、ここでは概要を以下に記すに留めます、
まず、1辺が1mの正方形の区域の中に、三つの特徴の異なる山の模型を配置します。次に、ある位置に子どもを座らせます。そして、3つの方法を以て、子どもの空間認知における自己中心性を明らかにしようとしました。なお、このとき被験者として、4歳から12歳まで100人の子どもが選ばれています。
結果は次の通りです。4歳の子どもでは、自分の視点を離れることは困難であり、7歳以降になると複雑な山の位置は理解できないが、前後関係や左右の関係に関心を示すようになります。そして、9歳~12歳になると、山の位置関係把握の正確さが増し、実験の正解率が高まりました。
以上の結果から、ピアジェとインヘルダーは、幼児は他者の視点に立った物の見方が出来ず、自己中心的であると考えました。
ピアジェの発達理論について学べる本
ピアジェの発達理論について、さらに学んでみたい方のため、書籍を2冊ほど紹介します。
ピアジェ入門 活動と構成: 子どもと学者の認識の起源について
ピアジェの考え方や研究業績について、詳しく学びたい方にオススメです。本記事で取り扱えなかった、同化や保存などの概念についても学ぶことが出来ます。
発達心理学ガイドブック 子どもの発達理解のために
本書はピアジェのみを取り上げた書籍ではありませんが、ピアジェ理論の基本が丁寧に書かれているため、紹介させて頂きます。
本記事で扱った三ツ山の問題についても、イラスト付きで解説されているため、頭に残りやすくなっています。加えて、ピアジェ理論に対する批判も紹介されているため、より深い知識を得ることが出来ます。
ピアジェの考え方を学び、日々の生活に役立てよう
自己中心性、脱中心化について、定義や具体例などを見てきました。これらの概念を含め、ピアジェの考え方の特徴は、子どもの発達を認知的機能に集約して説明する点にあります。そこには当然批判もありますが、子どもを理解するにあたって、重要な知見を沢山残してくれたことも事実です。
ピアジェの考え方を学ぶことで、それまで理解不能だった子どもの言動や行動を、別な切り口で捉えることが出来るようになるかもしれません。
新たな引き出しとしてピアジェの考え方を学ぶことは、仕事で子どもと関わったり、またご家庭で育児をしたりする際など、様々な局面できっと役に立ってくれることでしょう。
小野寺敦子著(2009).『手にとるように発達心理学がわかる本』かんき出版
長尾寛子(2007)."子どもの空間認知の自己中心性と幼児絵画の発達"名古屋造形芸術大学名古屋造形芸術大学短期大学部紀要(13),113 - 121.
廣澤愛子・大西将史・岸俊行(2018).”自己中心性尺度の作成 : 「他者への共感不全」と「自己内省の困難さ」に焦点を当てて”,福井大学教育・人文社会系部門紀要(2),207 - 223.